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第15回バーチャル座談会【新春放談 行く年、来る年2006/2007!!】(中編)
今年の新春放談は、矢張り日本の世相を反映して【いじめ】という難しい問題とまっこうから取り組んでおられる方が多くこれが日本の良識かと思います。
また軍歌の名曲【空の神兵】を私も初めてその歌詩トメロデイーを聞かせて頂く機会をえました。是非覚えて歌いたい軍歌です。
私に取っては矢張り12月の出来事として真新しい事もあるのでしょうが、地元ポルトアレグレのインテルナシオナルが横浜でバルセローナを堂々と破り世界一の座に着いた事が一番嬉しい出来事として残るでしょう。願わくば2007には、阪神タイガースの優勝と一部リーグに復帰した松田 浩監督のヴィセル神戸の奮闘を期待したい。
皆さんの協力により今年の第15回バーチャル座談会は、上中下の三回かそれを越す四回になりそうです。中編を収録して置きます。
写真は、藤木 亘さんの年賀状を使わせて頂く事になりました。有難うございます。


香西:「わたしたちの40年」の皆様、ご無沙汰しております。
「バーチャル座談会」は、もう15回目になるのですね。
恒例の「新春放談」に参加させて頂きます。
ブラジルは夏ですね。日本は暖秋(?)でしたが、今は紅葉も散り急に寒くなりました。
今年の日本は、スポーツ界では楽しいニュースが沢山ありました(阪神タイガースが優勝できなくて残念でしたが・・・)。夏の高校野球の「ハンカチ王子」は、心が和む出来事でした。ブラジルの皆様もご存知ですよね。
社会問題では、イジメが原因で児童が自殺する・母親が我が子を殺す・子供が我が家に放火し家族を殺すなど、心を痛める事件が多発しました。
昭和30年代にブラジルに移住された方々には、思いもよらぬ事だと思います。
私は、昭和30年代が懐かしく、段々人間性が失われいく今の日本に不安を感じます。
来年は、嫌な事件が起こらないよう祈って居ます。

和田:香西 さま。お元気に野鳥を求めての写真撮影にご活躍の様子嬉しく思います。デジタル一眼レフを購入し香西さんに弟子入りして山野を掛ける夢はまだ捨てておらずまずデジタル一眼レフの購入は実現する事になりました。我が家の大蔵大臣から予算2000ドルが付き今年のクリスマスプレゼントとしてキャッシュで貰いました。次回訪日時に購入予定ですのでご指導下さい。
『私たちの40年!!』HP開設の5000回アクセス記念として神戸、移住船あるぜんちな丸をキーワードに香西さん、MASAYOさんと始めたバーチャル座談会は、おっしゃるように15回目、行く年来る年の新春放談も4回目になります。随分続いたものですね。ご協力に感謝します。

内田:しっとうしっとう。我が家はいえでは神戸弁。娘もそうです。丸木さんも神戸でしたか。いやいや浪速にちかい兵庫県人?
神戸の風景では、省線電車?が灘を出て六甲道を過ぎ住吉に着くまでが摩耶、六甲の景色が最高です。
高層ビルが建ち始め、もう市街地のゼロメートルからは山並みは分断されてしまい、あの雄大な山並みは望めないです。
ケーニヒスクローネ、ユーハイム、神戸のお菓子、とくにパンは最高です。
阪急はあきまへん。阪神のほうがまだ経営方針がしっかりしとう。協業で、JRに対抗できる線路4本、複々線を入手したというのに、対抗策は未だなし。阪神西宮と阪急西宮を結ぶバスを整理するのがせきのやま? アカンはあの角社長は。野球も阪神タイガースも阪急にどくされたらアカン。そやけど、阪急ブレーブスの雰囲気はすきやったです。私の近所はみんな阪急ファンでしたで。こんどトロントへ寄せてもろたときは、神戸しっとう会を是非訪問させてもらいます。その節はご一緒に入会しましょ。
ところでもう一つ。灰田勝彦の「新雪」は神戸をイメージしたうただとご存知でしたか? 阪急神戸線で御影駅をでてすぐのところ六甲登山口駅に向かって電車が増速するところの陸橋から、摩耶山、六甲山が見えます。私の大好きな神戸の景色の一つです。この六甲が冠雪したときに出来たのがこの歌です。まさに、進取の神戸、はいからな神戸のイメージの歌です。戦前の神戸はそんなイメージだったのですね。戦争中、「灰勝」が統制のため、ハイカラな歌を歌えなくなったとき、「ラバウル海軍航空隊」という軍歌とは思えないハイカラな調子の歌を歌いました昭和19年のはなし。
海軍は日本の良識のとりででした。海軍士官はスマートネスを以ってモットーとするという初級士官心得があったそうです。この歌もいい歌です。 ♪我に語る友のみたま、いさをはたかしラバウル航空隊♪
このころの一本芯が通った若者はどこへいってしまったのでしょうかね。 私は大人が若者を食い物にしていると思っています。もうイイカゲンにしないと日本自体がつぶれる。

丸木:シャープの内田はん、神戸弁より大阪弁に近こおますやんか。トロントしっとう会発起人は富士通の八尾君で、現在は帰国し神戸のテンに勤務中です。彼はコンピューター読本の著者で超・熱狂的な阪神ファンです。僕の大学同級生にシャープの常務までやった若狭谷がおりますが、定年退職後に胃潰瘍で弱っとるらしいと同じ同級生の藤本義一から聞いてます。阪急の西宮球場はなくなったそうですね。なに?六甲山をけずってる?けしからん都市計画でんな
序でにいじめについてですが、日本のいじめ問題の元凶はデジタル革命にあると存じます。いじめは昔もあり僕もいじめ側になったこともあるし、いじめられる側になったこともあります。それでも現在のような陰湿なやり方でなく、後で取り組みの決闘でかたをつけたものです。僕は小さい頃に柔道をやってたので背負い投げで分投げてやり、いじめの相手とは逆に仲良くなったものでした。僕等の子供の頃は青空の下で朝から晩まで真っ黒になって遊んでましたから、喧嘩した後もあっけらかんとしてました。この際、任天堂やソニーのゲーム機器や携帯電話のメール機能も未成年には使用禁止にしないと、陰湿ないじめはなくなるどころか益々増えると杞憂します。あのビデオゲームとゆうソフトはまるで残忍な殺人講習のごときで危険極まる兵器ですよ。世界の子供が青空の下で遊ぶことを忘れ、ゲームや携帯でごそごそしてる有様こそ教育再生で、いの一番にやる課題と思考します。まぁ、日本では他国の様にガンをぶっ放すやろうが居ないだけでもましだとは思いますが、早くてを打たないと亡国の危機が迫りますよ。

高橋:『深刻ないじめ問題』については私も丸木さんの意見に賛同します。
最近の子供達はゲーム機器や携帯、PCなどで冷ややかである電子的な遊びをしています。毎日のように明けても暮れてもゲームで殺人などを楽しむことをしていれば、それは健全な精神を蝕み「人命の尊さ」について歪められた理性が蔓延ることになってしまいます。
丸木さんが発言されていましたが私達の子供の頃は外で遊ぶ方が多く、薄暗くなるまで真っ黒になって遊んでいました。
ビー球やめんこ、独楽、凧上げ、あるいは竹のバットに毬一個で三角ベースの野球の真似事をするとかして過ごしていました。
泥で汚れた学生服のポケットにジャラジャラいわせながらビー球の重さでポケット側の裾がよじれているのが、自慢でもありました。
「いじめ」も確かにありました。
しかし、今のように陰湿なものではなく、ましてや、それを苦にして自殺などをするなんて事はありませんでした。 子供同士で取っ組みあいのケンカもありはしましたが、殴る蹴るとかの暴力はなかったように思います。
学年ごとに番長がいて、その頂点に全校の番長などがおり、グループに分れ対立もありましたが、互いに牽制しあい暴力の応酬などは見られませんでした。又、学校には心強い硬派の先生がいて睨みを利かしていましたから、無茶なことはできない仕組みになっていました。
今は、このような強面でしかも正義感の強い先生はいないのですかね?
ブラジルでも日本と同じように子供達は競ってゲームで遊ぶようになってきています。巷の街角には大なり小なりゲームセンターがあり、暴力的な要素をもっているソフトが人気があり、ワイワイ言いながら相手をうまく倒すと観戦している子供達から歓声があがります。
気になるのは、そのゲーム機器がメードインジャパンなんです。
日本のゲーム機器が世界の子供達を駄目にしているのではと考えるのは極論でしょうか?
ブラジルは貧富の差がありすぎる国の一つです。
ゲームで遊ぶ小遣いを持っていない子供の方が当然多いのですが、ゲームで遊ぶ金ほしさに、いろんな事が起きています。
まともに稼ぐのは良いのですが、悪い事をして小遣いを稼いでいる子供もいるようです。 そんな環境から薬物がはびこり、それに手を染め、破滅への道をまっしぐらというということにもなってしまいます。
ゲームと薬物がブラジルの社会に影をおとしているのも事実です。
情報産業が盛んになり、居ながらにして、なんでも手に入る時代になっていますが、便利ではあるのでしょうが、しかし反面失われた大切なものがあるような気がします。
今、このようなことを言うと「ナンセンス!」とか「時代錯誤!」とかいわれるのは承知しています。 しかし 「苦労は買ってでもしろ!」 「清貧!」「勿体無い精神!」 「目上の人を敬う!」 「共存共栄!」 もっとありますが、このような熟語を覚え、意味をしっかりとらえ実行していく世の中になっていくのが望ましいと思っています。

河野:「私たちの40年」は大きく育ちましたね。いつも和田さんの前向きの積極性に感心、いや尊敬しています。
今回のアメリカンドライブは事情があって一人ぼっちです。
FELIZ NATAL E PROSPERO ANO NOVO.

和田:河野さんのブラジリアにおける活躍振りは目を見張るものです。今年の正月はご家族を離れてアメリカですか。お仕事をそこそこにしてご家族特にまだ小さいお嬢さんとの時間を持つようにして下さい。内の3人娘達とは仲良くしていますが彼女達の教育すべき時期、会話を築き合う時期を忙しく過ごし大きくなってからは理解し合えても母親ほど親父は必要が無い(会話の対象でない)との立場のようで今になって悔やんでいます。
またサンパウロでお会いしましょう。
良きお年をお迎え下さい。

桐井:日伯メーリングの皆さん  こんばんは  大分市の桐井です
年の瀬も押しせまってまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか。最近の日本は年中、盆と正月の観があります。私どもは特別正月の用意はしておりません。ただ、不要になったものの整理や大掃除等しました。捨てるものが山ほど出て、家の中がきれいになりました。
一段落ついたので、今日は読書を楽しみました。既にお読みになった方もいらっしゃるかもしれませんが、文芸春秋 新年特別号 (硫黄島 栗林忠道の士魂 藤原正彦「国家の堕落」)を読みました。内容がとても良く読み応えがありましたのでお薦めします。
また、久しぶりにホームページも更新しました。
・エッセー欄 「今ある幸せに感謝「ありがとう」と手を合わせる」・詩集欄 新聞等に載った俳句や短歌その他・NEW欄等々
どうぞ良いお正月をお迎えください。

丸木:あんじょう年越せる思もてたら、又も最悪のニュースが年末の日本で・・・。「日本でブラジル人が凶悪犯罪!」。こんな人物をどうして入国させたんやろ?ブラジルの治安の悪さが輸出されてるようで、僕等移民には聞きたくないニュースです。内田、藤木、桐井等々の諸兄も日本社会の現状に杞憂されてますが、せめてブラジルからは日本に悪人が入国して欲しくないものです。美しい国日本を逆流させる者はシャットアウトすべき入管の奮起を促します。

吉田:仙台の吉田俊英と申します。若輩の新参者でございますが、ちょっとコメントさせていただきます。
丸木さんの心痛める投稿、誠に同感です。しかし、こと問題は入管手続きの問題だけではないようです。
広島市安芸区で昨年(2005)十一月、矢野西小一年木下あいりちゃん=当時(7)=が下校中に殺され、段ボール箱に入れられて見つかった事件で、殺人、強制わいせつ致死などの罪で死刑を求刑されたペルー国籍のホセ・マヌエル・トレス・ヤギ被告(34)の判決公判が四日、広島地裁であった。岩倉広修裁判長は「極めて悪質だが、矯正不可能とまで言い切れない」として無期懲役を言い渡したが、「犯情や遺族感情にかんがみれば被告の一生をもって償わせるのが相当。仮釈放については可能な限り慎重な運用を希望する」という意見を付け加えた。 (中国新聞ホームページより)
昨年この事件の報道を聞いた時に、名前からして日系人のようだったので、在日日系人に対する一種の排除行動が起きるのではないかと危惧されました。ところがこの男は経歴を詐称しており、ペルー在住当時幼児に対する犯罪行為の前科があったという報道が後日ありました。日系人ではなかったようです。残忍な事件であり、被害にあわれた木下さんには慰めの言葉も申し上げようもありません。日系ペルー人の方々としてはいくらかホッとされた部分もあったかもしれません。
 この事件がきっかけかどうかわかりませんが、2006年3月から法務省入国管理局では、「在留資格(ざいりゅうしかく)「定住者(ていじゅうしゃ)」で入国(にゅうこく)・在留(ざいりゅう)する日系人(にっけいじん)の方(かた)の入管手続(にゅうかんてつづき)について 」というものを定めて、入国の際や在留期間更新の際に本国からの「犯罪経歴証明書」を提出してもらうようになったそうです。
www.immi-moj.go.jp/keiziban/happyou/nikkei.html">http://www.immi-moj.go.jp/keiziban/happyou/nikkei.html

この手続きによって、犯罪歴のある外国人の日本への入国を防ごうという狙いはあると思います。あとは証明書を発行する側がきちんとした証明書発行手続きを行うことができるか、そして日本側がきちんと審査できるか、という問題だと思います。犯罪者たちのために、善良なる多くの日系人が入国や更新時に余計な手続きを強いられるということは、ちょっと割り切れないものがありますね。
 外国人犯罪のニュースの中で、ブラジル人の名前が出てくることは、残念ながら、かなりあります。警察庁の「来日外国人犯罪の検挙状況(平成16年)」をご覧頂くと中国人に次ぐ人数になっています。
www.npa.go.jp/sosikihanzai/kokusaisousa/kokusai1/16b/2.pdf">http://www.npa.go.jp/sosikihanzai/kokusaisousa/kokusai1/16b/2.pdf

在日外国人に占める中国人ブラジル人の数が多いから、そういう数になるのかもしれません。そうなると原因は1990年の改正入管法にあるということかもしれません。詳しい経緯と分析については、法務省の「出入国管理基本計画(第2次)」のホームページをご参照下さい。
www.moj.go.jp/PRESS/000300-2/000300-2-2.html">http://www.moj.go.jp/PRESS/000300-2/000300-2-2.html

私の寺の檀家さんで、元外務省職員の方がいます。その方は現役時代に入管法の改正について法務省と協議する実務担当者だったそうです。数日前にその方と話をする機会がありました。

日本もいわゆるバブルで景気も良く人手不足の時期でもあり、日本人の子供孫については受け入れても良いのではないか、と法務省側と折衝しました。そして、改正間もない時期のブラジルからの就労者の質も良く、開業資金や設備投資資金を日本で稼いで数年後にブラジルに戻るという決意で来日し、大部分のの方々が目的を達成してブラジルに帰って行った。しかし、段々ときちんとした考えも無い、日本に行けば何とかなるという発想の在留者が増えてきたように感じます。入管法改正当時は改正して良かったと思っていました。しかし、今となっては、入管法を改正したことが良かったのかどうか考えさせられます。

という話を聞きました。
 仮に制度を見直すにしては、日本という国が今後政治経済文化労働教育というそれぞれの分野で外国人をどのように受け入れていくかという問題に突き当たると思います。私の乏しい知識と経験では見当が付きません。諸先輩方のご教示を賜りたいと思います。
 もう一つ、大きな問題は、日本とブラジルとは「犯罪人引渡し条約」を結んでいないことです。日本で犯罪を犯しても、警察に追及される前にブラジルに戻ってしまえば逮捕されないということです。もっとも。現時点で日本がこの条約を結んでいるのは米国と韓国だけのようです。この問題は、日本の犯罪被害者にとって切実な問題です。条約締結をブラジル政府に要望している団体もいくつかあるようです。
www.sankei.co.jp/chiho/shizuoka/061123/szo000.htm">http://www.sankei.co.jp/chiho/shizuoka/061123/szo000.htm
www.geocities.co.jp/ritotan2/index.html">http://www.geocities.co.jp/ritotan2/index.html
日本の外務省もしっかり交渉して欲しいと思いますが、ブラジル在住の皆様も「日本で働く善良なる仲間」の名誉の為にも犯罪人引渡し条約締結を政府に働きかけていただければと思います。ブラジル国内の治安のことを考えれば、簡単に出来ることではないかもしれません。でも、日本とブラジル、そしてこれからの日系社会にとっても大きな課題ではないかと思います。
長文の駄文をご容赦下さい。

内田:みなさま。「空の神兵」もいい歌です。これは高木東六さんという有名な作曲家が、愛国心に燃えて昭和17年か18年に作った歌です。でも、あまりにメロディーが美しすぎるということで、陸軍が軟弱であるとクレームし歌われなくなったと聞いています。“敵撃摧と舞い下る舞下る、まなじり高き、つはものの、いづくか見ゆるおさな顔”私の好きな一節です。
撃摧は、げきさいとよみ、日本神話で神武天皇の東征に出てくることばです。また落下傘でまなじりを決して降下する兵士が、今の若い人にダブります。今の若い人にも使命感と目的を与えたら立派に、つとめを果たすでしょう。
若者につみは有りません。今も昔の笑顔、屈託なさ、日本の若者はいい連中です。
高木とうろくさんは戦後、軍部にいやいや曲をかかされたと発言されていますが、サビシイですね。そんなことはない。日本人なら、米英に対し、立ち上がった陸海軍を熱き血を以って拍手したはずです。民族とは、血とは、そのようなものです。イヤイヤであんなきれいなメロディが出来上がるはずはないと思う。
自分を卑下することはまったくない。むしろ、ココロの中を素直に発言させない、国民性をこそ問題にすべきです。
その高木さんも昨年?一昨年に亡くなりました。
わが落下傘部隊の活躍は、蘭印と呼ばれたオランダ領東インド。いまのインドネシア。スマトラ島のパレンバン。一挙に石油地帯を制圧した。また、同じく蘭印セレベス島のメナド。こちらは海軍の落下傘部隊。水路の要衝を瞬く間に押さえ、南方作戦の進行に寄与しました。「のろし」といい、当時性能のわるかった落下傘は100%開くのではなく、そのまま落下してしまうのもあったとか。ほんとうにまなじりを決した若者にしかできない作戦だったのです。練り上げた練り上げた精強な人達でした。
私は戦後の昭和23年うまれです。念のため。

光田:内田さん私たちの40年のみなさん神戸 Nagatano Micchan です
みなさま 「空の神兵」もいい歌です。これは高木東六さんという有名な作曲家が、愛国心に燃えて昭和17年か18年に作った歌です。
でも、あまりにメロディーが美しすぎるということで、陸軍が軟弱であるとクレームし歌われなくなったと聞いています。
内田さんより上記のご投稿がありましたので、ご参考までに「空の神兵」のサウンドと歌詞をWebサイトからご紹介いたします。
空の神兵(昭和17年)
藍より蒼き 大空に大空に
 たちまち開く 百千の
  真白き薔薇の 花模様
   見よ落下傘 空に降り
    見よ落下傘 空を征く
     見よ落下傘 空を征く

世紀の華よ 落下傘落下傘
 その純白に 赤き血を
  捧げて悔いぬ 奇襲隊
   この青空も 敵の空
    この山河も 敵の陣
     この山河も 敵の陣

讃えよ空の 神兵を神兵を
 肉弾粉と 砕くとも
  撃ちてしやまぬ 大和魂(やまとだま)
   わが丈夫(ますらお)は 天降る
    わが皇軍は 天降る
     わが皇軍は 天降る
作詞:梅木三郎
作曲:高木東六
唄:鳴海信輔・四家文子

丸木:今年2月にトロントで開催された「なつメロ歌謡ショー」では司会者の中山あつ子さんが下記のエピソードを読み上げてくださり、トロント芸能愛好会リーダーの
山本昇さんが「空の神兵」を高らかに斉唱されました。それ以来「トロント歌声喫茶の会」でも、若者(安保闘争で樺美智子さんが圧死した年に生まれた)の阿部一彦君が毎回この曲をリクエストされるようになり、歌声会員一同で合唱しております。サンパウロの伊豆山さん、羨ましいでしょう。
 “去年の1月、ブラジルのサンパウロで毎月開催されている「なつメロ合唱の集い」に出席した僕は、子供の頃よく歌った「空の神兵」をリクエストし、皆様と共に高らかにこの名曲を斉唱しました。東芝メデイカル長崎営業所長の僕がブラジルに移住した頃、親会社・東京芝浦電気(東芝本社)の現地法人に居られた森田左京さんは海兵77期、東大機械工学科出身の移民。
 森田さんによれば「空の神兵は陸軍にはもったいないほどの名曲ですが、あれは陸軍の落下傘部隊が昭和17年2月にスマトラ島のパレンバンへ降下し、ロイヤルダッチシェルの精油所を無傷で占領した時の歌です。昭和18年、中学3年の時に、その隊員だった中尉の講演を学校で聞かされました。」
 まさに歴史の生き証人、森田さんは更に驚くべき事実を話されました。「海軍の落下傘部隊は、昭和17年1月にセレベス島のメナドを攻略したもので、その時の隊長・堀内豊秋中佐(後の大佐)は我々77期の第1部幹事で体育の教官でした。堀内先生は海軍体操の創始者です。この恩師は戦後、オランダ軍から戦犯として追及され、昭和23年に銃殺刑に処されました。占領時代の責任をとわれたものですが彼は無罪です。」と、断言されました。
 森田さんの恩師は、かくも無念な最期を遂げられましたが、インドネシア独立50周年記念日には、メナド市に堀内大佐の慰霊碑が建立されました。このように日本軍のお陰で、142年間も続いたオランダによる搾取と弾圧の植民地支配から解放され独立できたインドネシアの国旗は、日本に謝意を表す白地に赤くデザインされています。ちなみに、インドネシアの建国宣言の日付は西暦でなく皇紀2605年と明記され日本に感謝の意を表しています。
 後日、サンパウロ在住の伊豆山さんという方から、こんなメールが届きました。
「空の神兵は僕の一番好きな軍歌です。もはや軍歌を堂々と歌える時代は、ずっと昔に去りましたが、僕が若かった頃に銀座のサロンで、こんな出来事がありました。
その時、そのサロンでこの歌を歌ったら、前後左右の席からも、あっちこっちそこらじゅうから続々とジョインする人が出てきました。ついに最後には、30人ぐらいの客全員が肩を組んでの大合唱。歌い終わった時には、お前よくやった、よくぞ歌ってくれた!とばかり、皆さんから肩を叩かれるは抱きつかえるはの大騒ぎになりました。
 昭和47〜8年頃だったと思います。いずれ機会がありましたら、ご一緒に「空の神兵」を声高らかに歌わせてください。今の若い人達には、もう軍歌への違和感はありませんから「楽しい歌じゃない」なんて云われるかも。」と、結んでありました。
 この伊豆山さんからのメールに僕が返信したら「レス有難う御座いました、共通の時代を駆け抜けた戦友ですね。」ところがなんとまぁ、伊豆山さんは日立系の現地法人のトップだった方でライバル会社の人物と判りましたが、引退した今では、もうお互いライバルでもないので戦友として肩組んで歌うのを楽しみにしております。
 日本では、日本軍は悪いことばかりしたように教えられていますが、このようにアジア諸国を欧米の植民地支配から解放し独立を助けたり、善行をしてきた史実を後世に正確に伝え残しておく必要があります。日露戦争の結果、フィンランドやトルコがロシアの圧制から脱し、非常に対日感情の良い国であるのは両国に出張のたびに痛感します。どうか、光輝ある「空の神兵」を祖国日本やブラジル、更にインドネシアにまで轟くよう高らかに謳い上げて下さい。”
ついでに加筆して置きますが、トロントで3月開催予定の「春のバライティーショー」では、神戸のみっちゃんから先月届いた「パソコン小唄」を、トロント芸能愛好会の中山あつ子さんが歌い、日本舞踊家の花柳さわ英華さん(医学博士)が振り付けし踊られる予定です、為念。



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