HOME  HOME ExpoBrazil - Agaricus, herbs, propolis for health and beauty.  Nikkeybrasil  編集委員会  寄稿集目次  寄稿集目次  通信欄  通信欄  写真集  リンク集  準会員申込  em portugues




あるぜんちな丸第12次航(1962年5月11日サントス入港)同船者の集い主催者側世話人代表挨拶文
2002年5月12日(日)丁度“母の日”と重なった『私達の40年!!』の集いは、午前10時より午後3時まで関係者を含め延べ人数120名を越える集まりと成りました。正規の同船者及びその家族等で参加費を納めた方が87名を記録しております。詳しい当日の模様は、5月14日付けのサンパウロ新聞でレポートして呉れており、これを転載させて戴きますのでお読み下さい。当日の主催者側の世話人代表として挨拶させて戴きましたがその原稿を下記して置きます。
着伯後初めての同船者会は、無事終了しましたが次回は何時になるのでしょうか。特別な集いは45年か移民100周年にあたる2008年にでも開催できればと思いますが老齢化が進む中、果たして何人が集まるでしょうか。日々の生活を通じて同船者としての仲間意識を保ち得れば最高です。写真は挨拶文を読み上げている私です。


僭越とは思いますが主催者側の世話人を代表して一言ご挨拶させて頂きます。
1962年4月2日神戸港を出港したあるぜんちな丸第12次航の私達は、昨日5月11日で満40を迎えました。
私は、幻の船内新聞と云われる「船内ニュース さくら」の編集責任者として船が港に寄港中も休まずに30数刊まで仲間の皆さんと船内新聞を発行していた関係上、この新聞編集委員の仲間とサンパウロ在住の有志の皆さんと40年後の号外特別号を発行しようではないかとの企画で昨年、中ごろより1年掛りの準備を続けて来ました。これらの仲間の存在と献身的な協力が無ければ本日のこの集いは実現しなかったと思います。私はポルトアレグレと言う遠隔地に住んでおりほぼ月に一度仕事も兼ねてサンパウロに出て来て、またかと辟易する方も引っ張り出し今日の準備を重ねて来ました。内輪で恐縮ですがご協力戴いた皆さんおよび同じ気持ちで本日出席されておられる一人一人に有難うの気持ちを伝えたいと思います。
船内新聞の40年目の特別号を発行したいとの企画は、少し変更を余儀なくされ最終的には、文明の利器HPを通じて実現しました。
皆さまのお手元に配布された『私達の40年!!』のゴミ袋にそのHPのアドレスが記載されておりますのでご覧下さい。インタネットを操作されない方には、見本としてプリントアップしたものも用意しております。
集まった資料、写真等の共有の目的で公開しているHPを何年か後に私たちの子孫が自分達のルーツとして引き継いでくれる事を願っており、今後、森幸一博士の学術的考察、記録映像作家の岡村淳さんの映像による記録保存等が総合的に『私達の40年!!』企画を充実させて行って呉れる事を期待しております。
既に20年前に当時長崎県人会長をしておられた吉川 元さんが同じ趣旨で同船者の集いを計画されたと聞いておりますし船内世話役代表として活躍された吉田 昌治さんもお元気な頃には誰彼となく同船者会を持つことを勧めておられと聞いております。残念乍本日この席に参加出来ないのが非常に悔しい次第ですが、お父様の気持ちも抱きヴィトリアから船内新聞編集員として活躍された長女の美智子さんがご兄弟4人と共に参加して呉れております。
本日の会場には、パラグアイ移住地から参加の園田一家、ミナス州の青木さん、青柳さん一家、リオ州フンシャル移住地から岩本さん一家、同じくリオ在住の田中ご夫妻、パラナ州の坂本さん等遠路遥々参加されており、花嫁移住者の吉川さん、吉武さんも顔を見せて呉れております。  
産業開発青年隊の隊長兼移住輸送助監督をして下さった長澤亮太さんより「開拓は100年の計。一世が耕し、二世が種を蒔き、三世が収穫するというのが真実、命の尽きるまでロマンを追求する積りだ」との力強いお便りを戴いており、我々はまだブラジルの土を耕している最中ですが、この今日の会合を一里塚として今後もこの様な同船者会が開かれ、皆で楽しく歓談する場が持てればと念願しております。今後45年、50年、60年何時まで続くか想像も尽きませんが土を耕す私たちだけでなく種を蒔き育てる2世、収穫してくれる3世へとこのあるぜんちな丸第12次航として結ばれる多種多様な人材、ブラジル、ボリビア、アルゼンチン、パラグアイの南米4ヶ国に広がる大きなファミリーが何らかの絆で結ばれて行って呉れればと祈らずにはおられません。今日半日の語らいの中で今後の『私達の40年!!』の管理運営等に付いても皆さんの率直なご意見を聞かせて戴きたいと思います。
皆さんに語り掛けたい事、聞かせて戴きたい事、万感胸に迫る思いがしますが、長くなりますので後はHPに私の思いを思う存分ぶつけておりますのでそちらに譲ることにしてご挨拶と代えさせて頂きますが、1962年着伯僅2ヶ月で悪性マラリアに倒れアマゾンは、トメアスー移住地の墓地に眠る海谷 千恵子さん享年21歳と先月30日にサルバドールの病院で亡くなられた谷 出治さん享年67歳のお二人に代表される多くの物故者の御霊に平穏を祈り私達への加護をお願いする次第です。合掌。
平成14年5月12日
和田 好司




アクセス数 4661881 Copyright 2002-2004 私たちの40年!! All rights reserved
Desenvolvido e mantido por AbraOn.
pagina gerada em 0.1941 segundos.