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『街角:アルゼンチン 日本移民とゲバラ』  毎日新聞2008年6月22日東京朝刊より
毎日新聞メキシコ特派員の庭田 学記者から下記メールを頂いています。
チェ・ゲバラの幼馴染で3歳の時からの付き合いがありヴェネズエラのカラカス外港のラグアイラからあるぜんちな丸に1966年に乗船されたカルロス・フェレールさん(79)を紹介されています。私たちも立ち寄ったラグアイラからブエノスアイレスまであるぜんちな丸に乗船された同船者のようです。1966年と言えば私たちの第12次航より4年後で第23次航(2月神戸出港91人)、24次航(6月神戸出港65人)、25次航(10月神戸出港122人)の3航海が記録されています。カルロスさんが乗船されたのはこのうちのどれかの航海だと思いますが、計画移住地への集団移住者が激減した時期で花嫁移住者の需要が増えた時期とは思いますが、花嫁移住者50名位は、移住者として記録されている乗船者数からしてちょっとオーバーですね。若かったカルロスさんの目には特異なケースとして大きな驚きと共に拡大されて記憶に残ったのではないかと思います。以前キュラサオからリオまであるぜんちな丸に乗船したという方の書き込みがあり紹介しておりますが、結構あるぜんちな丸の同船者がおられるのですね。庭田さんお便り有難うございます。
写真は、何度か紹介されていますが42年前にカルロスさんが乗船されたあるぜんちな丸の雄姿です。


街角:アルゼンチン 日本移民とゲバラ
 「日本と言えば、私は『あるぜんちな丸』に乗ったことがあるんだよ」。思いがけない人から日本の南米移民船の話が飛び出した。キューバ革命の英雄チェ・ゲバラの取材で出身国アルゼンチンに行き、幼なじみだったというカルロス・フェレールさん(79)=ブエノスアイレス在住=と話をしていた時のことだ。
 ゲバラとの付き合いは3歳の時からだった。カルロスさんが24歳の1953年、2人はアルゼンチンから放浪の旅に出た。エクアドルから2人は別々の旅路に。メキシコにたどり着いたゲバラは、キューバ革命に参加することになる。
 カルロスさんが「あるぜんちな丸」に乗船したのは66年、一時暮らしたベネズエラからアルゼンチンへの帰路だった。
 「ブラジルなどに嫁ぐ日本人の女性が50人ほど乗っていてね。カツコという女性を覚えている。みんなつつましく、礼儀正しかった。赤道通過時の赤道祭りはにぎやかで楽しかった。日本人の船長がアルゼンチンタンゴに詳しくて驚いたよ」
 乗船していた女性たちは、写真で結婚相手を紹介された、いわゆる「写真花嫁」。リオデジャネイロやサントスの港で女性たちが船を下りる時は、みんな涙を流して別れを惜しんだという。
 ゲバラ生誕から6月14日で80周年。またブラジルへの日本人移民から18日で100周年。それぞれ直接の関係はないが、カルロスさんの話を通じ、不思議な縁を感じた。共通するのは日本人移民もゲバラも、夢を抱いて国境を越えた偉大な「旅人」であることだと思う。【庭田学】
毎日新聞 2008年6月22日 東京朝刊



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