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サムライ商社マン・堤寿彦氏 サンパウロ新聞WEB版より
ついこの間まで三菱商事のリオ支店長、リオの日本商工会議所会頭を務めておられた堤寿彦さんが、日本への帰国命令を断り好きなブラジルでの生活を選ばれた。仕事を通じて繋がりのあったエリゼール・バチスタ氏のご子息エイキ・バチスタ氏とスポーツを通じて相照らし合うところもありEBXグループの中枢部門の重役として迎えられ新しいブラジルでの生活を始められるとの記事がサンパウロ新聞WEB版に紹介されていました。
堤さんとは日本製鋼所の押出機のCONPERJ(リオ石油化学センター)向け売り込みのお仕事を通じてお付き合いさせて頂いているだけでなしに昨年マナウスの商工会議所15周年記念式典とブラジル日本商工会議所代表者会議でもご一緒させて頂いており今年のリオのカーニバルに奥様とご一緒に日本刀を抜いてのパーフォマンスを繰り広げる写真をご紹介していますしマチュピッツの例の顔写真を提供して下さり大きな話題として皆さんと議論し合ったので覚えておられるのではないかと思います。
サンパウロ新聞掲載の写真もお借りして収録して置きます。


ブラジル産業界のあらゆるジャンルに積極的に投資を進めている著名な企業家で超資産家のエイケ・バチスタ氏が、このほど一人の日本人をグループ八社の中枢にある投資会社EBX社の重役に据えた。先ごろまで三菱商事リオ支店長だった堤寿彦氏(五十五歳、熊本県出身)だ。「人生の価値観や物事に挑戦する人間力にお互いが共鳴した」というなれそめも含め、同氏のこれまでのブラジルでの活動などを聞いた。

 堤寿彦氏は、四年半前に三菱商事リオ支店長としてブラジルに赴任。本業の商社マンとしての業務に加え、リオ日本商工会議所の会頭を三年務め、後半は百周年事業に積極的に関与、居合道・剣道の指導に尽力、さらに、個人的に社会貢献活動を積極的に行うなど、幅広い活動を精力的に行って来た古風・実直な肥後もっこすである。

 さまざまな活動を通して築いて来た産・学・官及び武道の世界での人脈も広く、ブラジルでも多方面から頼られる存在となっている。

 「もともと不器用なので、無心で事に当たり、一途に、人の数倍打ち込まないと」と自己分析するが、一家を暖かく迎えてくれたブラジルで三十年の商社マン生活を締めくくることに、ためらいはなかったという。

 「健康で、気力と体力があるうちに、家内と二人、ブラジル社会にしっかり根を下ろします。移民百周年を迎えたこの時期にブラジル駐在としての仕事に巡り合うことができたのも幸運でした。将来、仕事を通じて、日伯経済関係の強化や、ライフワークとしている武道の指導・普及に少しでも貢献できれば、これまでの三十年の商社マン生活の経験を建設的に活かせるのでは」 と家族と語り合い、全幅の信頼とバックアップを受けての転身となった。

 「高校の同級生の家内(早苗さん・居合道三段)と郷里の熊本を出て、故事いわく、『青山いたるところにある・・だろう』と、五年間にわたるイギリスでの駐在生活、そして今回はリオと日本の反対側に軸足を持つことになりましたが、人生を今振り返ると、なんとなく、ブラジルを目指していたような気がします。この間、仕事以外、ライフワークとなった居合いや剣道を長年継続できたのは、職場の先輩たちの深い理解もありました。それら全てをひっくるめて、国内外ですばらしい人たちの出会いの数々を提供してくれた三菱商事には心から感謝しています」と振り返る。

 そして、「人生には、出会うべくして出会う大切な人がいると思いますが、幸い、自分も、人生の師と言える人が二人います」と説明した。

 一人は、居合を教わった東京の小坂範士。小坂氏が七十六歳の時に出会った堤氏は、八十九歳で亡くなる前日までの十三年間、技と理論の基礎を、厳しくしっかり叩き込まれた。

 「古めかしい木枠の破れた窓から、雪が舞い込む真冬の底冷えする道場で、包むように暖かくじっと見つめるまなざしを今もはっきり覚えています。東京、イギリス、そして今回のブラジルと色々な道場で指導して来ましたが、目標は、この師の【位、暖かさ】に少しでも近づくことです」と気持ちを新たにする。

 そして、もう一人は、ブラジルで出会ったエリエゼール・バチスタ氏(元大臣でリオドセ社長を歴任)だった。
 「ご本人は、恥ずかしがられると思うので、お話してはいません。片思いです」と笑う堤氏。バチスタ氏は、日伯両国政府も認めるブラジルの中でも類まれな実力者・ご意見番であることは説明する必要もないが、堤氏は「人としての幅の広さ、万人をも惹きつけるえも言えない魅力、その接し方・目線に、心から感服しています。家内共々、この四年間、本当に身内のようにかわいがってもらっています。『国士』と言える人が現代にいるとすれば、太い幹を持ったバチスタさんのような人だと思います」と絶賛する。

 堤氏はもう一人、超えられない人がいる。今回の転身について、四月の末まで両親に話せなかった。小康状態とはいえ、少し癌を患っている父親には、ショックになるかも知れず、日本で直接会って話そうと考えていた。ビザの関係で四月下旬に数日間日本に行き、二十四日の東京での政府主催の移民百周年記念式典の当日、ペトロブラスがスポンサーになっている近代舞踏のイベントに両親を誘って観に行った。島内憲大使やジルマ文官長、ペトロブラスの幹部、ブラジルにゆかりある日本の人たちなど、錚々たる顔ぶれの人たちと幕間に、堤氏は和気藹々と談笑する姿を、父親は遠くの席から、微笑みながら目で追っていた。

 そのイベントの後、堤氏は、家族、それに弟夫婦との夕食の席で、恐る恐る両親に、ブラジルですばらしい人達に出会い多くの経験をしていること、日本に帰らずブラジルで働き続けることを話した。

 父親の第一声は、「それはすばらしいことだ。皆さんに迷惑掛けず、しっかりやれ」という言葉だった。八十歳を越えた肥後もっこすの父親には、それ以上の説明も要らなかった。「杖をついてリオに是非遊びに行きたい」と堤氏につぶやき、家路についた。

 「最後迄残っていたもやもやが吹っ切れて、家内共々、我々に向いた選択として正しい事であったと得心しました。私は、父親はいつも家庭の中のヒーローであれと、常日頃、考えています。子供たちも学生で、それぞれの道を求めて歩き始めていますが、いつも背中を見ているのを感じます。難しいことですが、子供達には、小さい頃に背負われた暖かさと安心感を、ずっと感じていて欲しいと思っています。私は、熊本の田舎で、父の背中に、いつも実直さ・誠実さを感じながら育ちましたが、到底敵いません」と父親の存在の大きさを実感している。  (つづく)
 2008年7月2日付
(写真:バチスタ氏と堤さん(左から)

サムライ商社マン・堤寿彦氏



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