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移民の心伝える記念碑 【2001年5月5日ニッケイ新聞より転載】
神戸の日伯協会で発行している隔月発行の「ブラジル」の編集をしておられる黒田公男氏(元神戸新聞記者)が神戸港移民乗船記念碑実行委員会事務局長として書かれた記事が移民乗船記念碑神戸港で建立除幕式等のニュースと共にニッケイ新聞2001年5月5日号に掲載されておりますので転載させて戴きました。同移民乗船記念碑の除幕式に参加された同船者の岡山県出身の窪津健さんご夫妻も直接参加しておられました。このニッケイ新聞は、窪津さんよりお借りしたものです。写真は、関係記事の出ている新聞です。



サントスに日本人移民上陸記念碑があることを知っている日本の日本人はほとんどいない。知っている人はかなりのブラジル通である。だから像がどちらを向いて立っているかという質問をしたとしても答えられるはずがない。
「サントスの上陸記念碑は、これから働くことになる内陸を向いているだろう」
「ブラジルへ働きに来たのだから、当然でしょう」
4月28日に神戸港で行われた除幕式に参加した人たちが、こんなやりとりをしていた。続いて
「神戸の海外移住者の顕彰碑は日本を出発するときの様子を銅像にしたんですって」
「そうなんだ。上陸記念碑がブラジル移民九十周年祭の一九九八年に出来、今、建立したばかりの神戸港のは出発の記念碑なので、日本を出てブラジルに到着という、両国を結ぶストーリーとして繋がるんじゃないか。このつながりが先人たちの偉大な足跡を後世に伝えるモニュメントになるはずだ。両国にある二つの像から子孫がルーツ捜しのきっかけになるかも、ね」
この二人の会話に真実味がある。私たちが建立する意図はここにあった。実を結んだ移住者の開拓者精神がブラジルの国づくりに貢献し、異国で地に足をつけた国際化の先人の役割を果たした。この事実は深く、重い。
 神戸に移民船乗船記念碑を造ろうという話は一昨年十月、ブラジル日系団体が神戸市長に陳情書を提出したことに始まる。その昔、移住基地だった神戸での反応は早かった。
 二十世紀は海外移住がピークをを迎え、その終焉の世紀でもあった。日本から海外に移住したのは満州(中国東北地方)行きを除いて約百万人、そのうち四十万人以上が神戸から乗船した。ブラジルについてはその大部分が神戸発だった。ブラジルへ移住していったのは約二十五万人、それが現在では子孫たちを含めてなんと百五十万人が日本人の血を引いている。
移住というものが日本のグローバリゼイション(世界化)のさきがけとなってきた事実、先人たちの築いた実績に目に見える形で後世に残したいとの思いからの切なる陳情だった。
この気持ちが神戸を中心にした市民、団体が呼応して昨年1月下旬に実行委員会を結成、建立活動を進めた。陳情書を受け取った神戸市側は側面から強力に協力していただいた。
出口の見えない不況の真っただなかだったが、多数の人々のご協力を得て立派な記念碑が日の目を見ることができた。皆様のご協力に頭がさがります。
記念碑に付随するパネルには神戸と海外移住の足跡と、ご協力者のご芳名と共に、ブラジル移住のシンボル笠戸丸が移民船時代の姿を、現在考えられる最高の人たちが合議しながら、忠実に復元した歴史的にも貴重な絵を陶板に焼き付けて永久に展示する。
九三年前の笠戸丸出港記念日である四月二八日、港を離れた午後五時五五分に停泊中の船からの汽笛を合図に除幕が行われた。
私はよくここまで来たという感激と充実感に目から熱い涙がこぼれた。ブラジル移住研究に打ち込んできた私にとって研究の集大成であり、移住者と私にとって一大金字塔である。ブラジルをはじめとする世界各国へ移住した同朋たちの栄光と永遠の生命に幸いあれ。
平成14年6月5日タイプアップ
和田 好司



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