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移民百周年記念式典の総括(1)-(5=終り)サンパウロ新聞編集局長 鈴木雅夫
サンパウロに置けるブラジル日本移民百周年記念式典は、6月21日(土)、22日(日)の両日サンボドロモで行われ土曜日の午後には皇太子殿下も参加された。この皇太子殿下参列の式典に参加することを楽しみにしておられた一世の多くの方が入場券を得られず断念したとの事実もありサンパウロ新聞の社説『灯台』で鈴木雅夫編集局長が記念式典の総括の中で『高齢者に謝罪すべき』と書いておられる。
個人的なケースとなりますが、私も入場券を入手する為に移民百周年記念協会に2日間の入場券を僚友滝谷栄一さんご夫妻分の4名分を期日内に申し込みしました。待てど暮らせど入場券は届かず前日の午後になって切符が出来ているので早急に取りに来るようにとの電話が入りました。ホテルは取れないし航空切符も手配が出来ず最終的には滝谷さんに入場券を取りに行って貰い少なくとも彼らご夫妻は当日の式典に参加して貰いました。過日滝谷さんから手渡された入場券が記念に手元に残りました。写真は当日の入場券です。


移民百周年記念式典の総括(1)-(5=終り)サンパウロ新聞編集局長 鈴木雅夫
移民百周年記念協会は高齢者に謝罪すべき
 しばらく、本欄を休載した。移民百周年記念の種々の事業に携わっていたため原稿が書けない日々が続いていた。移民百周年記念式典が終わり、二十日も経過、いまさら記念式典の批判をしても「気の抜けたサイダー」のようで気がひけるのだが、今後も移民百周年記念協会が存続する以上、是々非々ははっきりしておいた方がいいと考え、あえて苦言を呈する▼サンパウロのサンボドロモで行われた記念式典はほぼ満席に近い状態で無事、大過なく終了した。誰もが安堵したが、成功したとは言いがたい。なぜか。記念式典を見たいという人たちが事前に申し込みをしていたにも関わらず、約半数の人たちに入場券が渡らず、入場できなかったからだ。この入場券を手にできなかった人たちは高齢者が多かった。入場券を手にした八十歳以上の高齢者でも優待席に座れず、スクリーンでしか式典を見ることができなかった人も多かった。加えて、入場券を持参せず、会場に赴いた高齢者の人たちは空席があるにも関わらず入場を拒否され、長い時間入り口で足止めされていた▼移民百周年協会は、移民百周年は先駆移民及び高齢者を顕彰するといいながら、高齢者を邪魔者扱いした。いまだに、同協会がこうした不手際を謝罪したという話は聞かない。県人会や各日系団体は、入場券希望枚数を同協会に提出していたが、削減理由の説明もないまま、約半数が削られた。このため、各団体は入場券の割り振りに苦慮した。ある県人会の役員は、地方の会員から「既にオニブスのチケットも購入し、参加できるのを楽しみにしていたのにどうしたんだ。お前たちは何をしているんだ」と電話で罵声を浴びせられ続けたという▼ところが、不足していたはずの入場券が記念式典前日に余り、同協会が今度は各日系団体に「入場券があるので使ってほしい」と依頼し始め、その電話攻勢は式典当日まで続いた。同協会幹部によれば、ブラジル政府関係及び大口スポンサー向けに確保していた入場券を少なくするように交渉したことと入場券を刷り増ししたため間際になってダブついたと説明するが、遅すぎた。誰のための移民百周年記念式典だったのか、今からでも遅くない、同協会は、入りたくても入場できなかった人たちに謝罪すべきだ。
(つづく、編集局長 鈴木雅夫)

ボランテイアをはき違えた協会役員
 記念式典当日、皇太子殿下がお座りになった貴賓席に居合わせた日系二世の来賓の一人が、正面に座っていた優待席の高齢者を見て「この人たちにこの席に座ってもらうべきだ」と感じたという。皇太子殿下がご着席になるまで雨が断続的に降り、高齢者は寒さに震えながら身じろぎもせず、式典の始まりを待っていたからだ。今年八十歳を迎えた上原幸啓移民百周年記念協会理事長も優待席に座ってもらった方が良かったかもしれない▼ところが、この貴賓席に我が物顔で居座って顰蹙を買った同協会役員がいた。貴賓席は約四百席。そのうち、百五十席はサンパウロ総領事館が管理し、来伯した国会議員、県知事、県議会議長などに振り分けた。椅子に役職、名前を張っていたのだが、早々と貴賓席に到着した同協会役員がその席に腰を下ろしていた。サンパウロ総領事館の担当領事がこの役員に事情を説明し、席を移るように促したが埒があかず、困り果てた領事は、松尾治同協会執行委員長に説得を依頼した。松尾執行委員長は、再度事情を説明したところ、件の役員は「私はボランティアで協会を手伝ってきた。この日ぐらいはわがままを言ってもいいだろう」と座り続けたという。松尾執行委員長は「何を言っているんだ。ともかく、席を移ってくれ」と語気を強めると、「そんなことを言うのなら、今後協会の手伝いはしない」とはき捨てたという。売り言葉に買い言葉で、松尾執行委員長は「手伝ってもらわなくても結構。その話は後だ」とこの役員を追い立てて一件落着した▼この話は誰もが驚くのだが、同協会役員の多くが同じ意識を持っているようだ。西林万寿夫総領事が「協会の役員はまるでお客様の感覚で式典に臨んでいる」と揶揄した。今に始まったことではない。イベントがあるごとに同協会の役職員が我が物顔にいい席を占領してきた。入場券配布にしても責任者は我関せずで、若いボランティアの人たちが一般の人たちから怒鳴られていた。気の毒の一言に尽きる。ボランティアだから無責任で良いという感覚は通用しない。協会の役職員は最後まで黒子だ。ひのき舞台に立つのはトップだけ。その意識をもてない人は、協会を去るべきだ▼もちろん、式典当日、黒子に徹して働き続けていた役員も少なくなかった。老人の優待席の後ろのVIP席で朝から雨の降る中、案内役をしていた山内淳さんを見た日本の日系人団体関係者は「元文協会長が案内役で頑張っているなんて、素晴らしい」と褒めちぎった。こうした人たちがキラリと光る。
(つづく、編集局長 鈴木雅夫)

コケにされた式祭典出場者たち
 二十一日の式祭典を盛り上げたのは誰か。移民百周年記念協会でもなければ、日本からの慶祝使節団でもない。一万数千人といわれる式祭典でさまざまな出し物を展開した各種団体だ。ラジオ体操をはじめ和太鼓、盆踊りなどこの国で日本文化の保存、普及に努めてきた人たちだ。手弁当で遠くからバスに揺られて式祭典を盛り上げた。一年以上前から毎月会合を開き、合同練習もサンボドロモで行ってきた。「自分たちの移民百周年」という気持ちが強いから、協会側の無理難題にも文句も言わずに従ってきた▼だが、協会の意識はまったく逆のように映った。「この連中は、出たがりで目立ちたがり。出してやる」とばかりの態度をとり続けた。まず、最初は会議を重ねて決まったことが朝令暮改でコロコロ変わり、会議に出席した代表者たちは「何も決まらない」と不満を漏らした。その理由は、芸能委員会が決めたことが執行委員会など上部組織で通らず、差し戻され、一向に話が具体化しなかった。次に押し付けられたのは、出場者は、出番が終わればそのまま退場してもらい、観客席には入れない、という通達だった。言われた人たちは「仕方がない」と諦めかけたが、「そんな理不尽な話はないだろう」という邦字紙のねじ込みで「出場者の二五%までは観客席に入れるようにします」と後退した▼極めつけは、今年に入り、出場者のユニフォーム、ハッピ類は企業や団体のロゴマーク入りは禁止され、事前に協会に提出し、審査のうえ許可するというものだった。ある団体は、いつも使用しているハッピが使えず、それぞれ個人負担でハッピを新調までして当日に備えた。また、ある団体は、ある企業からハッピを提供してもらうことで合意していたものの企業のロゴマークが禁止されたために他のハッピで間に合わせざるを得なくなった▼ところがである。式典で和太鼓のグループはブラデスコのロゴマークを背負って堂々と皇太子殿下の前で演奏を行った。この光景を見た出場者からは「あの申し合わせは一体なんだったのか」と不満が噴出した。ブラデスコは式祭典の大口スポンサー。それなら、最初から「ブラデスコだけは許可する」と注釈をつけるべきだろう。まだまだ、おまけが付いている。出場者は団体ごとに出場者の顔写真入りのカード提出を義務付けられた。ところがいつまでたってもその入場クラッシャーが発給されない。各団体とも何度も催促してようやく式典の数日前になって受け取った団体がほとんどだが、クラッシャーの印刷枚数が少なく、結局クラッシャーなしで当日入場した団体も結構多かった。協会の管理体制はほとんど機能していなかった。
(つづく、編集局長 鈴木雅夫)

意識の低い移民百周年記念協会関係者
 六月二十一日、サンパウロ・サンボドロモで行われた移民百周年記念式祭典での出来事。第一部の祭典で日系コロニアの歌手三人が歌を歌った。その中の一人が熱唱したのは歌手キム・ヨンジャ「朝の国から」だった。この歌を聞いていた多くの人が違和感を覚えた。 この曲は、ソウルオリンピック公式歌として閉会式で歌われたもので、歌詞の中に「おおソウル コリア」が入っている。韓国人の移民百周年ではない。日本人移民百周年に似つかわしくないのは誰でもわかりそうなものだ▼移民百周年だから日本の歌やブラジルの歌だけを取りあげろとは言わない。式祭典にふさわしい音楽なら誰も奇異には感じない。いくらカラオケが全盛だといっても、節度をわきまえるのが当然だろう。プログラムを組んだ段階で移民百周年記念協会の役員はじめ同協会芸能委員会の面々はチェックしなかったのだろうか。チェックしていなければ怠慢だし、チェックしていて見逃したのなら、式祭典の意義をまったく理解していないことになる。この歌を会場で聞いていたある一世は、「日系二、三世の人たちがこうした公の催し物を行うとき、このような意識では今後、日系コロニアの存続が危ぶまれるのではないか」と危惧した▼祭典は楽しく盛り上がればいいのか。それだけではないはずだ。歌手をはじめ関係者が式祭典の根本的な意義や目的を十分に理解していないからこのような齟齬が生じる。高齢者を優遇するといいながら、実際には多くの人たちが隅に追いやられた。しかも、移民百周年に資金面で支援してくれた企業、団体をもないがしろにした。企業の人たちからも「招待状だけは立派なものが送られてきたけれど、入場券で入った場所はひどかった」という不満の声が渦巻いている▼式祭典は、可もなく不可もなく終わった。同協会幹部の多くは「成功」に安堵し、手放しで嬉々としている。成功したのではない。無事に終わっただけである。移民百周年記念事業全体が成功だったのかどうかは、一般の人たちの声をもとに式祭典の反省を行い、残された半年間に反省点を改善できるかどうかにかかっている。もう一つ、大きなハードルが横たわっている。美酒に酔うのは早すぎる。
(つづく、編集局長 鈴木雅夫)

移民百周年祭は赤字決算?
 サンパウロの移民百周年記念式祭典が終わって一か月が経過しようとしているが、収支決算がいまだに明らかになっていない。式祭典の予算額は約五百万レアルで資金調達はほぼできており、赤字にはならないという。一方、式祭典と並行して隣接するアニャンビー国際会議場で行われた日本文化週間は大幅な赤字が見込まれそうだ▼日本文化週間の予算額は当初五百七十万レアルだったが、期待していたルアネー法の適用が遅れたため予算を大幅に削減し二百万レアル近くまで落とした。しかし、ルアネー法が認可されたのが今年四月中旬だったために支援を予定していた企業が「この時期には無理」と断られたところも多い。加えて、適用されたルアネー法は一〇〇%無税になるのではなく六〇数%の免税枠だったために寄付する企業も当初予定していた金額を削減するなど現時点で百万レアル程度しか集まっていない。このためブラジル日本移民百周年記念協会では寄付金集めに奔走している▼だが、終わったイベントに資金提供してくれる企業があるのだろうか。このままだと百万レアル程度の赤字決算になる。ただ、同協会がすでに企業、団体から募った一般寄付金があり、その中から補填せざるをえないのだが、補填すれば手持ち資金がほとんど底をつくのではないか。これで、移民百周年式祭典が「成功」と胸をはれるのか。一般的に企業なら、当然、責任問題が発生する。同協会の手持ち資金はそのほとんどが浄財だ。コロニアから預かった金を湯水のごとく使うことに痛みを感じていないのではないか▼今回の式祭典、日本文化週間を実施するにあたり、同協会は当初、日系企業にも仕事の依頼を行った。しかし、同協会のあまりのいい加減さに「これでは仕事を受けられない」と断った企業が複数あった。赤字になったときに責任の所在が明らかではなく、経費を取りそこなう恐れがあったからだ。この体質を変えない限り、同協会の信用度は変わらない。今、同協会に問われているのは、責任体制の確立だ。式祭典が終わり、同協会は規模を縮小するというが、人事考課を行い、わけの分からない役員やボランティアはお引取り願ったほうがいい。
(おわり、編集局長 鈴木雅夫)



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