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勢古口 順さんの『カナディアンロッキーへの旅』
勢古口 順さんは、丸紅から出向していた大同コンクリート建て直し後のジャパンパイルをこの6月末日に早期退職された。1948年生まれとの事ですので少し早い退職のようですが、考えるところもあり自らの選択、今後の生活設計もしっかり立てておられるのでしょう。退職記念旅行?として選ばれたのがカナディアンロッキーへの旅。毎週書かれていた『忙中閑あり』がリタアイアメントノートに変わっただけで相変わらずの健筆が冴えます。大自然に囲まれた綺麗なところのようです。是非行って見たい場所ですね。『私たちの40年!!』HPに収録しておくことにしました。今後とも得意の食文化、食べ歩き、映画鑑賞に読書欲、時間を掛けての執筆を楽しみにしています。
写真は、カナディアンロッキーで撮られた記念写真です。


「J REPORT 2008 リタアイアメント・ノート第1月目」
数年振りの海外旅行だ
成田発のJAL018便は、空港混雑のため、まず出発が45分遅れた
機内サービスも悪く、飲み物も食事も出されるのは一番最後、「サービス悪い」と言ったら怖い顔された
挙句、ウィスキーをもらいにいったら、年配のフライトアテンダントが飲みすぎるといって怒る始末、勝手にしろ。だからJALは嫌だ
機内での8時間半は約2時間程度しか寝られず、バンクーバー到着、勿論遅れて
さらにイミグレーションが大混雑で結局、国内便のチェックインは午後0時45分、従って当初予定のCA214便午後1時には乗れず、次の216便、2時15分初にSTAND BYとなった
要は空席待ち
しかし、これにも乗れず、次の218便2時50分発へと更に変更
しかし、この時点で空席待ちは44名とのこと こりゃあ困った
旅行会社に電話して便の変更を要請している最中に何とか空席ができて乗れることになった
危なし危なし
こうしてバンクーバーから次の目的地カルガリーへ1時半のフライト 遅れること約3時間
ここから最終目的地、カナディアンロッキーの玄関口
バンフまで約1時間30分の車の旅
途中のハイウェイは周囲は牧場だけ、ガードレールもなく、電柱もなく、自動販売機もなく、ただ単調に片側2車線の道が続くだけ。中央分離帯は数メートルのくぼ地に草が生えているだけ
対向車線を走る車はスモールライトを点けている
カナダでは1991年以降に生産された車には自動的にエンジンが掛かるとライトが点くようになっているという
理由は相手側の車がこちらに向かっているのか、反対なのかを知るためだという
事故は大半が単独事故だという
道からそれて落ちていくのだという
中央分離帯は草の生えた窪地なので、車は底に嵌ってしまって対向車線までは来ないという
漸く壁のような高い山々が見えてきた あれがロッキーだ
バンフ到着は午後7時35分
ところがまだまだ明るいどころの騒ぎではない 日没は午後10時過ぎだという
ここバンフは周囲の他の3つの国立公園と合わせて世界自然遺産に登録されている
4つの国立公園の合計が四国とほぼ同じだという広さ
周囲を2800m級の山々に囲まれた小さな町だ<
疲れてはいるが、時差ぼけから眠れはしない
それでも町一番のレストランに行って、この地方で有名なアルバート牛のステーキを食べる(注:ここはアルバータ州なので牛肉はアルバータ牛としてブランド化されているという)
食の話はまた別の機会に
さて翌朝、早速町を歩いてみた ホテルの後ろをボー川が流れている
高原のような、といっても正に高原なのだが
気温が低く寒い位だ。気温は9度 半そでではとてもとても
静かな田舎町といった風情 遠く?近くの山は山頂に雪を頂いていた
さあカナディアンロッキーを楽しむぞ
まずは隣の国立公園ヨーホー国立公園への日帰り観光へ
国道1号線を西へと向かう
ハイウェイには動物専用のアニマル・アンダーパスや、同じくアニマル・オーバーパスなどがあり、道路を動物が車に気兼ねせずに横断出来るトンネルと橋が設けられていた
現在ルートは1車線から2車線に拡張中だった
さて本日の目玉はタカカウの滝
氷河の水が落ちてくる迫力ある滝
高さが254mあり、ナイヤガラの約5倍の高さ
ここへ行くまでの道がすごく、途中、カーブをスウゥイチ・バックで登らないと進めないような道なのだ
随所になだれのあとがあり、木々がなぎ倒されて全く生えていない山肌が残酷に見られる
滝は豪快に流れ落ちていた
川に流れ込む水は氷河が山肌を削り取り、その成分を細かくしたために生じた岩の粉が入っているので白く濁っている
国道1号線に戻ると平行して走る大陸横断鉄道
を旅客列車が走っていた
また長蛇の貨物列車もいた
平均で100両編成、長いものだと150両以上の貨車を繋いでいるという
話は変わるが、最近は中高生の修学旅行にカナディアンロッキーに来る人たちが多いという
時代は変わったものだ
我々の世代はもっぱら国内旅行だったが
さて次の目的地はエメラルド湖
なかなか素晴らしい景色の湖だが、着いた途端に
雷が鳴り始め、あっという間になんとヒョウが降って来た
と思ったら豪雨だ
参ったなあ
早々に車に戻り、ナチュラル・ブリッジ(川の水が作った自然の橋、要は水が岩を砕き、橋のようなものが出来た)へ
5億年前の化石が今でも出るバージェス山
緑の氷河湖モレーン湖などを見て回った
カナディアンロッキーの大きな特徴は巨大な氷河があり、それが7−8000m級の山々を侵食し、巨大なU字型をした谷を造ったことだという
その名残りが今でもいたるところに氷河として残っている
切り立った山と山の間にある谷、そこは氷河が通過した跡地だった
山は石灰石で出来ており、氷河に削られたあとが生々しく露出し、今でも多数の落石を起こす非常に危険な地帯だ
だが国立公園内は基本的に修復はせず自然そのままに放置されている
動物の生態系もそのままで、100年以上前は
狼を多数殺したり、ビーバーの毛皮、バッファローの肉を盛んに捕ったので、生態系が崩れてしまったが、今は自然そのままにしているという
狼を殺すと鹿たちが増え、樹木を食べてしまうという
逆に今は狼が増えたので、大型のヘラジカが激減しているという
自然は難しいものだ
帰り道でエルクという中型の鹿を見た
皆、道路わきに車を停めて、写真機を片手に見ている更に地リスが立ち上がっているのも見ることが出来た
山は猛吹雪の模様
昼食は鉄道駅を改築したレストランで
そして夜は、今日はスーパーで食料を買ってきて部屋で食事にした
夜中、外に出てみると空は満天の星が光り輝いていた
北斗七星がすぐそこ、手が届くところにある
北極星があんなに近くとは、驚き
滞在3日目、昨晩降った雪で周囲の山々は雪化粧 空は快晴
今日は氷河に行く日
本来は氷河の話題なのだが、実は最高のエピメ[ドは野生の熊、それも何と4頭も見ました
氷河湖も大氷河もいいけれど、野生の熊に遭遇することはそうめったにあることではない
それも4回も一日で
ツアーによっては見ることが出来ないツアーもあるという
別にどこにいると決まっているわけではなく、偶然だからだ
その日は朝からついていた
朝、散歩に出掛けたら、リスを発見
木の枝に登って「チチ、チチ、チチ」と鳴く
警戒心を表しているのだという
まずリスを見た
ツアーから戻り食事の後、ホテルへ戻ってきたら
今度はメスのエルクがホテル前の道路を悠々と横断して線路方面へ
車も止まって道を明けている
結局、熊も鹿も全く人間や車を無視して、マイペースで生活していると言うことだ
彼らには我々人間の姿は眼に入らないのだ
当日は兎に角昨日の悪天候が嘘のような晴れで、更に雪化粧で最高の景色を演出してくれた
正にラッキーに尽きる
あちらこちらの氷河湖を回ったが、本当はバンフ一番の観光スポットであるレイク・ルイーズを紹介すべきなのだろう
国立公園法が出来たのが1930年で、それ以前に建てられた建物なので3階以上あるが、30年以降は3階立て以下でないと建築が許可されなくなった
ホテルの目の前の湖とその先にある氷河の組み合わせはこの世のものとは思えない美しさを演出している さあ、肝心の氷河探検 
コロンビア大氷原から連なるアサバスカ氷河へといく
ここは隣のジャスパー国立公園内にある
まず「アイスセンター」に駐車して、大型バスに乗り換えて、雪上車乗り場まで行く
途中、氷河から吹き降ろす冷たい風で木々が風下に枝が生えて、風上には全く枝がないという不思議な現象に出くわした
この氷河、温暖化で後退も激しいらしいが、現在厚みは300mから360mという
数年前に日本の男の子がクレバスに落ちて死んだという
クレバスに落ちるとどうしようもないらしい
底にある冷たい水で急激に体温が失われ、死に至るという
さて我々はタイヤの大きさが1m以上ある超大型の雪上車にバスから乗り移り、氷河へと向かう
急な坂を下り、ゆっくりと氷河に近づく
降り立った氷河は極々普通の氷の上
しかし、氷河というのはなかなか出来ないらしい
100mの雪が降り積もって、その圧力で氷が出来るのがたったの3m、従って、数百メーター、数千メーターの厚さになるには物凄い量の雪が降らなければならないという
気の遠くなる時間を掛けて氷河は出来ている
冷蔵庫の氷が出来るのとは訳が違う
それにしてもカナディアンロッキーには数々の大小の氷河がある
だが、これらの氷河の後退も実に早いという
今後50年以内に今のままだと氷河はなくなってしまうという
世界自然遺産にも残れなくなってしまうかも 広大なカナダ
そこに残る氷河、どうしても温暖化対策を施し、気温の上昇を防ぎ、氷河を守らなくてはならないと痛感した
その日はバンフから200km離れたジャスパーの町へと到着した
余談だが、カナディアン・ロッキー行きを思い立ったのは6月の末
慌てて旅行会社に垂オ込んだが、その時点でこのツアー、「お二人様垂オ込みあるので、出発します」とのことだったが、飛行機もホテルも取れていないという
結局、出発ぎりぎりになって漸く手配完了との連絡
行くつもりになっていたので、行けなかったらどうしようとひやひやもの
今は、ロッキーの旅を終えて、バングーバーに到着
いやはや、良い旅だったと思う
バンフの町は人口9000人強の標高1900mほど
周囲は2800級の山々に囲まれている
バンフからジャスパーへ、例の氷河観光ルートを通る辺りの山は3000m以上の高い山が連なる
山並みと山並みの間、昔氷河が動いていったあとに川や湖が残り、そこに人は道路を橋を線路を造っている
ジャスパーは標高1200m、人口6000人の町、その内20%が鉄道関係者で、ここは鉄道の重要な起点でもある
北緯53度、バンクーバーが北緯49.5度
樺太と同じ緯度だ
昔、ヨーロッパから来た人々が、大陸を横断して、ロッキー山脈に苦労して入って来た時、迎えた景色と今とでは大違いだったのだろう
そんな中1930年に国立公園としてはアメリカのイエローストーンに次いで世界で2番目に国立公園に指定されたというカナディアン・ロッキー
大半があるアルバータ州
守らなければならないことが我々には沢山あることを痛感されられた旅だった。
ロッキーの旅はまだまだ続きます
勢古口のリタイアメント・ノートでした

「J REPORT 2008 7月号続き」
「リアイアメント・ノート 第1月号続き」
リタイアメント後の最初の旅行がここカナダになった最初の日はバンクーバーでカルガリ行きの飛行機に乗り遅れ、着かないかと心配したが、なんとか遅れたものの無事到着。同じツアーの小暮様ご夫婦も品がよく、これならば心配せずに気楽に旅が出来ると一安心
漸く着いたバンフの町は小さな田舎町ではあるが、一応何でもそろっている
高校も、スパーマーケットも、酒屋も、レストランも、コンビにも、バーも、土産店も、映画館も、回転寿司も、勿論消防署もあった
土産店では「OKギフトショップ」というのがあり、これが大橋巨泉経営の店だという
翌日現地時間7月10日は、ヨーホー国立公園ツアー、エルクという雄鹿も見ることが出来た
このツアーの人に「定年前ですが、会社を辞めましたので来ました」と言ったら「あら、もったいない」と言われてしまった
美しい氷河湖を回って、嵐の中をホテル到着
さて7月11日は氷河探検ツアーをしながらバンフからジャスパーへと移動
途中、カナディアンロッキーで最も有名なレイク・ルイーズに立ち寄った
昨晩の雪のお陰で幻想的な雪化粧した山々が実に美しかった
その途中で熊に4回遭遇することも出来た
最後にたどり着いたジャスパーは観光の町でもあるが、鉄道の町でもある 
ジャスパーはバンフよりは両側の山までの距離がある
盆地状の地形になっている
雪は降らないが、冬の気温はマイナス10度以下、寒いときはマイナス30度にもなる
近くにスキー場もあるが、人口降雪機を使わないと雪が乾燥したパウダーなので、積もらないそうだ
この時期、周囲を走るのは「キャンピングカー」
しかし大半はレンタカーだそうで、慣れない大型車を運転するので、皆スピードが出せず、地元民は困るという

印象的だったのはペイト・レイク
これも氷河湖なのだが、周囲の大きな山々の姿が美しい
右から、「サーバック山」、「カフマン・ピークス」、「マーテャント」等々、人名がつけられた山だ
発見者ではなく、スイス人の登山家がカナダで登山に指導をした功績から山に名前を付けられたのだという
1800年代、商人たちは当時ヨーロッパで流行していたビーバーの毛皮を求めて、まずこの地に入ってきたという
原住民と物々交換で、毛皮を買うと、今度は冒険家がやってきて原住民をガイド役に仕立てて、探検を行った
更に時代が過ぎると、今度は大陸横断鉄道の建設が始まった
そして現在、今度は観光客が全世界から訪れている

登山といえば、日本人で初登頂した人がいた
その人の名は槙有恒氏
細川公の要請でカナダを訪れ、1925年7月21日午後7時35分、アルバータ山に初めて登った
厳しい壁、多発する落石、人間はしごを組んで漸く登ることが出来たという
頂上で彼はピッケルを氷に差し込んだ
これを後にアメリカ隊が発見したが、途中で折れてしまい、根元を残して持ち帰ったという
その後、長野県の隊が残りの部分を発見し、ジャスパーで上の部分と下の部分が合体することいなった
そして記念品として今もジャスパーのイエローヘッド博物館に保存、展示されている

7月12日、「マリーン・レイク」観光へ
ここは有名な写真が撮られた場所だという
タバコの宣伝の景色がそれだという
タバコを吸わないからマーシャルも見ないし
この湖も勿論氷河湖、3つの氷河から水が流れてくる
全長22kmの細長い湖
遊覧船に乗り込む
カナダ人の男性ガイドが観光客の国籍を聞く
アメリカ人、イギリス人、ドイツ人、オランダ人
アジアでは日本人、インド人、韓国人ら
環境保護のため、エンジン付きの船は14km地点までで引き返す
そこに小さな島があり、数本の木が生えている
その景色が美しく、写真になり評判を呼んだという
我々も上陸して、その場所へ
この時、雷鳥を発見
湖は刻一刻とその水の色を変化させ、観光客を飽きさせない
その先に行くにはエンジンのない手漕ぎボートのみが許可されるという
マリン・レイクの帰り道、助手席に座っていた私が「あっ、熊だ」と叫ぶと、ガイド兼ドライバーの女性が急ブレーキをかけ、慌てて戻る
いました、いました、熊発見
私が単独で発見しました
お手柄でした
熊は石を裏返して、そこにいる虫を食べているのだという
3歳程度の親離れしたばかりの比較的若くて小さな熊だった

ジャスパー駅に
大陸横断鉄道の列車が到着
先頭にジーゼル機関車2輌がつき、後ろを20輌以上の客車が連なっている
降りてくる客も改札までの距離がかなりあり、ホームをのろのろとやってくる
すぐに窓を洗うクルーが現れ、モップに洗剤をつけて窓を拭き、もう一人がホースで水をかけ、連携よく、洗っていく
20輌の両側すべてだから、見ていても大変そうだった
途中にある展望車には、特殊車両で屋根の上に上って洗ったりする人もいたりで見ごたえある動きだった
飛行機などと一緒で大きな荷物は別の車両に入れたあったらしく、駅のスタッフがゴルフカートの大型の見たいのに乗せて運んできた
そうやってあわただしく時が過ぎ、45分後に新たな乗客を乗せる改札が始まった
笑えて笑えない話だそうだが、今年の春先、バンクーバーからトロントに鉄道で行く日本人男性が、ここジャスパーでの待ち時間の間に町に買い物に出掛け、列車に乗り遅れたそうだ
駅員が話しかけたが英語が分からず、ツアーコンダクターのところへ来たので、タクシーに乗せて次の駅まで80km行かせたと言う
ところがその駅に最初に着いたのは、バンクーバー行き、即ち西行きの列車で、彼はまた英語を聞き間違えて、再びジャスパーに戻ってきたという
結局、荷物は列車とともにトロントへ
彼は仕方なく飛行機で大陸横断したという
ガイドさんも言っていたが、英語が全く出来ないのに、レンタカーを借りてやってきたり、糞度胸がいいのか、驚かされる人が増えたと言っていた
「恥のかき捨て」は止めましょうね、皆さん
以上、カナダからの途中報告です
残りはアルバータ州の州都「エドモント」と、バンクーバーのお話です
勢古口の
リタイアメント・ノートでした

「J REPORT  2008 7月号続き」
「リタイアメント・ノート、第1月目号続き」
「カナディアン・ロッキーの旅」もいよいよ終盤戦
ジャスパーの町を後にして、アルバータ州の州都
エドモントンへと向かう、距離400km
このロッキーでは滝は全て凍りつく、勿論湖も凍結してしまう
凍った滝を登るアイスフォールクライミングが今カナダでは人気だそうだ
クールな遊びだが、危険な遊びでもある
マリーンレイク観光の帰りに小熊連れの親子に遭遇
子連れの母熊が一番危険らしいが、皆車を降りてカメラ片手に追いかける
話は違うが、カナダには湖が多い
聞いてみたら、全世界の淡水総量の20%がカナダにあるという
正にカナダは水大国なのだそうだ
さて、森の樹木がなくなっている広大なところがあった
ここはファイアコントロールといって、管理局が人工的に火災を起こした場所だという
この辺りの松は、松ぼっくりが硬く、落ちてもはじけない。ではどうなるかというと、自然発火で起きる火事の時、松ぼっくりは火の熱により、殻が解け、そこから火事のあと芽を出すのだそうだ
火事は森林の新しい再生の手段なのだという
だが、この地点はコントロールできなくなり、大火事になってしまったそうだ
逃げ遅れた動物にとっては可哀想なことだった
火事も時速30kmにも達するという
切り立った山が道路に達している場所では制限速度が70km、動物が出てくる可能性が高いという
いました。メスの羊です。生まれた直後から崖を登れるという羊は、狼やコヨーテから逃れるために崖に生息しているという
たまに道路付近まで降りてきて岩塩をなめるらしい
さあ、カナディアンロッキーの山々ともおさらば
いよいよ平原に入ります

広大な平原が延々と続く
ジャスパーを出て160km、もうロッキーの山影は全く見えない
この辺りの産業は製材、紙業、
牧畜だという
そして州都エドモント周辺は今菜の花が黄色く色づいていた
エドモントンでは、石油、石炭、小麦、そして菜種油が生産されている
石油は畑の中に小さいがジグも見える
エドモントン、カルガリーなどは鉱物資源が豊富で最近の資源ブームにより人口が急増しているという
エドモントン郊外ではプレファブ住宅の工場があった
工場で家を生産し、トレーラーに乗せて現場へ運んで設置するだけという
このアルバータ州だけで、面積は日本の1.8倍、人口はたったの300万人
黄色の菜の花畑と、緑の小麦畑のコントラストが鮮やか
エドモントン国際空港からは、ロンドン直行便も出ているという
チェックインは機械式、我々はパスポートを差し込み、行き先を入力すると搭乗券が出てくる。
それを持って航空会社のカウンターで荷物を預ける
カナダ国内便は全て機械式チェックインシステムになっているという
日本でも全日空はSKIPというシステムで、航空券なしで、ICカードをタッチすればいけるから、日本のANAの方が進んでいるが、パスポートでチェックインとは海外旅行の人が多いということか
今度は問題なく、飛び立った

飛行機の上からロッキーをと楽しみにしていたが、
残念、雲の上で見えない
時間を少し戻して、アルバータ州
牧場になにやら転がっているものがある
それはヘイロールというもの
干し草を丸めてロール状にしたもの
冬場の家畜用の餌になるという
これを専用に生産している農家もあるという
更に驚いたのはバッファロー牧場があり、バッファローが飼育され、その肉がスーパーで売っているとのこと
肉質は赤身で、ちょっと匂いがあり、美味くはないらしい
オーストラリアに行くと、カンガルーの肉があったが、あの手の類いか
実は私はバッファローは既に絶滅していたと今の今まで思っていた
1900年初頭には、バッファローは肉と毛皮を取るために乱獲されて滅び去ったと思っていた
まだ生きていたんだ

バンクーバー、カナダ第3の都市
人口はグレート・バンクーバーといって周囲の都市群を含めて200万人、札幌か福岡といった規模か
夏場の気候は晴れが多く、気温は15度から24ないし25度だが、乾燥した空気で涼しい夏が過ごせるという
逆に冬は11月から3月までしとしと雨が降るという
だが、世界で住みたい都市、ナンバーワンに2度選ばれているという人気都市
翌朝、晴れ、快晴
早速、ダウンタウンに隣接したスタンレー公園にウォーキングに出掛けた
全てが海に囲まれた公園には、海沿いに「海側」が人専用、「陸側」が自転車専用の道路があり、ウォ−キング、ジョギング、サイクリングしている人が沢山いる
全長11kmを歩き始める
半分ほど行ったところに大きな吊り橋があった
対岸の住宅地とダウンタウンを結んでいる
郊外の住宅街は豊かさの象徴か
周囲も緑、緑
休憩も含めて約2時間のウォーキング
街にはレンタサイクルやレンタブレードの店があり、観光客が楽しんでいた
2010年のバンクーバー冬季五輪目指して、選手村の建設ラッシュだそうだ
綺麗な街だ
この時期、夏休みを利用して海外からの短期留学生が多いらしい
1−2週間、バンクーバーの語学学校に通うという
確かにアジアにも近く、治安もよく(アメリカに比べれば格段によいらしい)、気候もよいとなれば人気スポットになって当たり前か
海の幸も豊富、夏は暑くなくドライ
日差しは強いが、ヨーロッパ系の人たちは短い夏は肌を焼くことに専念するという
果たして老後、どこで暮らすべきか、これから一年かけて探そう
ハワイで温暖な気候がよいのか?
涼しいバンクーバーなどがよいのか?

いよいよ帰国
昨日は市内で電線の火事があり、中心部の信号がダウン
警察官が手旗信号で交通整理、従って大渋滞発生だった
空港まで約20分
すぐにチェックインでき、更にうれしいことにビジネスクラスにグレードアップしてくれた
JALさんりがとう
エコノミーとビジネスでは大違い
カナダは出国手続きが全くない
出て行く奴は勝手に出て行けという訳
但し、航空会社が独自で手荷物チェックをする
これが厳しい
水は100ml以下
私の手荷物も何回も検査場で再検査
漸く通過し、することもないので「スタバ」でコーヒーを買い、ゲート前へ
スターバックコーヒーはシアトル発
カナダでは当初はこの味が好まれず、カナダ向けに苦味を抑えて味にしたという
兎に角、どこにでもスタバはある
椅子に座っていると女性がやってきて、空港のアンケートをしているという
問題ないので協力することに
アンケートを回収しに来た時、お礼として小さなカナダ国旗のバッチをくれた
さよなら、カナダ、また来よう、カナダ
久し振りに(パスポートを見たら、2004年に出入国の記録があった)海外に出て思った
日本人って国際的でないよなあ
韓国人や中国人のほうがよほど国際的だ
働くことだけでなく、遊ぶことに長けてないなあ
人生を楽しんでいないのが日本人か
人間らしく生きよう、少なくとも私だけは
来月は、いよいよスペインとパリ
楽しみです
以上、勢古口が
バンクーバーよりお送りしました



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