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【イランへの旅】 前篇 オランダにお住みのPHILIPPOあや子さんの紀行集 
昨年『私たちの40年!!』MLのメンバーに参加さえたオランダ在住のPHILIPPO あや子さんが10月にイランに旅行されました。私に取っては珍しい国に成り是非旅行記をお願いしたいと頼んで置いた所、連載でMLに送って呉れております。今回その前編としてその4までとコメントを掲載して置きます。既に5回まで公開しておりますが、使用ソフト上1万語までとの制約があり4回までしか掲載出来ませんでした。5回目以後は後編として掲載します。
写真は送付頂いた沢山の写真からどれを選べば良いか迷ったのですが矢張りご夫婦の中の良い写真を選びました。


和田さん 今晩は。
今回イランに行くにあたり、"どうしてイランにいくの。" というような質問が、ほとんどでした。そういわれてみると返答にも困り、私自身改めて考えてみました。わたしはなぜ、何を求めて旅にでるのか。

私がしたい旅はその国の人にじかに触れたい。人々がどんな風に生活をし、どんなものを食べ、そういうものにどのぐらいのお金をかけているのか。一般庶民と同じようなことをしたい。

もちろんその国の歴史、文化遺産なども見たいけど、これが一番の目的ではないのです。
イランという国は女性の顔だけしかみえず、個性が見えないのでそんなのを垣間見たいみたいな好奇心がはたらいたのかも知れません。


イランへの旅 少しずつ書きたいと思います。
      (1ドル=100円として記載)

2008年10月10日
スチュワード "何をお飲みになりますか"
乗客  "コーヒーをお願いします。"
スチュワード "3ヨーローいただきます。"

数年前に乗った飛行機でドイツの2人のスチュワードが冗談をお客にいい飛行機の中で大爆笑。すべてがこんな調子でした。

ところが今回の飛行機、冗談ではありません。はじめにメニューが配られ、しっかり金額が入っているのです。注文を受けると、電卓でぱちぱちやりながらおつりの計算。

どうしてこんな簡単なのに、電卓を使うのと意外な一面。いつもてきぱきと動くスチュワーデスも数字はにがてなのか。

14:30にアムステルダム発 19:00にイスタンブール着 時差1時間。

空港からイスタンブールのアジア側の中心地にバスで1時間。そこで夕食のトルコのピザとトルコのパンケーキ、ヨーグルトを食べ旧市街へいくバスを待つ。

1時間待ってもこず、ここで待てといい続けたひとが聞きに行ったところ今日はもう来ないといわれ、地下鉄に連れて行ってくれた。前回なかった地下鉄が出来ていて、地下鉄と路面電車でヨーロッパ側の目的の駅に20分ほどでつく。もっと早くに教えてほしかった。

翌日旅行会社に行き電車のチケットをたのむ。今日の便は売り切れ、後は月曜日20:00発、週2便とのことなので、すぐ予約をいれる。

2人部屋の寝台車。終点のタットワンには2日後の14:00着 "食堂車はありますよね。"と聞いたところイエスとの返事。お菓子でもあればOKと思っていたが、当日駅に行くと
駅前に小さな売店がひとつあるのみ。

改札がまだ始まらず中には入れないが、なにもなさそう。商店街から15分ぐらいはずれたところなので、道々買わなかったことを後悔する。

荷物をアルにみててもらい、あわてて今来た道をひきかえす。ピーナッツ、あんず、水、ジュース、お菓子、などを買いもどる。改札が始まっていて、私が帰ってこないので心配したようだが、これでひと安心。

自分の車両の前であくのを待ちながら、ピーナッツを食べる。アルがホームのはじからはじまでみて歩き、もどって来るなり"食堂車なんてないみたい。"と言う。そのことばにガックリ。

20:12分なんの前ぶれもなく、スーと走り出す。イスタンブールの町の中を、ゆっくりと走る。各車両ごとに世話をする駅員がいて、ベッドの用意をしてくれる。今日の夕飯はぬきか。

10月14日(火)
目がさめると全くの別世界。山が身近にそびえ、ゆっくり走る電車の優雅なこと。景色の移り変わりを楽しみながら、編み物をしたり、ボケーと外を眺めている。もっとも幸せなとき。

2mx1,6mぐらいのスペース、2段ベッドで洗面台がついている。家から40kmほどのアムステルダムの往復料金が3,000円弱なのに、個室寝台(2人用)で1人4,000円と信じられない値段。

それにしても駅弁とまでは言わなくても何か売りに来ると思っていたが、なにもない。この車両の世話をする車掌さんに、どこで食べ物が買えるのかを聞くとカイセリとのこと、到着は3時。

11時半、パンらしき物を売っている人を見つけ思わず飛びつく。おいしそうでもないけど、食べ物に飢えた我々には贅沢はいえません。

しかしそれを見ていた車掌さんが買うなという。なんと自分のパンをお盆にいっぱいのせて持ってきてくれ、好きなだけとれという。チーズパン、ソーセージパン、黒いケーキに種が入ったもの。見るからにおいしそう。

2つずついただいた。お金を払おうとしたが要らないという。おまけにお茶までごちそうしてくれた。トルコの親切な車掌さんに感謝。

カイセリは時間が大幅に遅れ16:30.駅には小さな売店が1つあるのみ。男の人が4,5人買っているのを見ながら、手当たりしだいに買ってもどる。

翌日6時間遅れで、終点タットワンに夜8時近くに着く。外は真っ暗だけど久しぶりに歩き、気持ちがいい。歩いてワン行きのバス乗り場にむかう。

30分ほど歩いてバス会社の待合室につく。20分でくるか1時間半待つかわからないというが、明日イランに入国したいので、とりあえず待つことにした。隣がティールームでお茶をたのんでくれ、親切にも何杯もサービスしてくれるが、いっこうにバスは来ない。

そのうちもうここは閉めるので、他のバス会社に行くようにと出される。私達とおしゃべりをして待っていた2人のトルコ人が、5分ほど歩いたところにある他のバス会社に連れて行ってくれる。

バスが来るのは夜中の0時過ぎになるというので、さらに1時間まち。ワンに着いたのは夜中の2時半。明日の朝のバスでイランに行きたいので、近くの24時間営業のお店にはいる。

あや子さん
イランへの旅、楽しく読ませて頂きました。貴女にはユーモアがあるからでしょうね〜。 面白いです。
周囲の方々は、何でイランなの? ですって? メソポタミア文明はイランにも跨っていたんでしょう? 文明発祥の地に何で興味ないのかなあ。 人種的にも、アーリアンと云う、古代文明の担い手で、今でも、人種論争の的になっているらしいから、あれこれ人種の形成を考える上でも興味深く感じます。 
気楽な旅、羨ましいですよ。 旦那様に感謝しなきゃね。
伊豆山@サンパウロ

伊豆山さん
メールありがとうございます。
和田さんと書く約束をしていたのですが、コンピューターに関してはのろまと不器用それに加えて度胸がなくで遅れに遅れてしまいました。え
伊豆山さん、学がありますね〜。そうです。歴史のすごさには、圧倒されました。
旦那に感謝じゃあなくて、私に感謝ですよ。私がいなかったら、彼は"日干し"です。ハハハ
おかげさまで又ボチボチ続きを書かせてもらう元気をいただきました。
有り難うございます。
あや子

あや子さん
学があるんじゃなくて、ただ、ご先祖様が辿ってきたルートに興味があるだけです。
アフリカから地中海沿岸に移住?移民?逃亡?した人類は、文明を築くまでにはずいぶん苦労したんでしょうねえ。 外敵、争いからの身の守り、飲み食いネグラの確保はあや子さん達の何十倍もの苦労だったのでしょうか。 想像するだけで、大ロマンを感じられます。 
遺跡は観光客でいっぱいでしたか?
ザワザワした中での遺跡探訪なら、飲み食いネグラの心配いらない博物館で済ませる方がマシかも知れない、なんて思うのですが、、。もし、これから書いて下さる旅日記続編に、その辺の事情が含まれるなら、敢えて、私の質問にお答えになる必要はありません。 続編で楽しく読ませて頂きます。では、、。
伊豆山

伊豆山さん
そうですね。私が歩いているのは苦労ではなく、思わぬ出来事を楽しんでいるのです。
ご先祖様が生きるために必死で歩いてきたのとは違うので比べられませんよね。

メソポタミア文明というのは遠い昔聞いて、頭の隅にありましたが行く道々(トルコの電車のなかで)イランの歴史を紐解いての発見!!!ものすごいショックでした。

シルクロードを通って日本に渡った正倉院布。西はトルコまで続くシルクロード。その間にあるイランで何か見られるかなぐらいでした。

メソポタミア文明を思うと、シルクロードは新しい若僧ですね。明日から少し時間があるので、又書きます。
あや子


イランへの旅 その2
4,5人ほどの男の人がいた。ティールームにしても、外で飲み食いしているのはいつも男の人だ。

4時すぎると誰も居なくなり、長靴をはいて洗剤と水で本格的な掃除が始まった。日本だったら年に一度の大掃除といったところだが、毎日の事のようだ。

悪いので出ようとしたがかまわないといい、リュックサックを高いところに置いてくれるので、椅子を持って表に出て掃除が終わるのを待つ。

掃除が終わると、朝一番のお客が来はじめた。歩くと靴の足跡がつき、気の毒のようだ。

明るくなったところでバス会社に行き、8時少し前にミニバスに乗りバスターミナルまで行き、9時過ぎにイランに向かって走り出した。

国境に近いトルコの町は活気的で、豊かな感じをうけた。なぜなのかよくわからないが、自衛隊のまちだからかな???

トルコの国境で全員バスから降り、雨のなか平屋の長屋のような建物に駆け込み順番を待つが、受付は一人でなかなかはかどらず。

やっと自分達が済んだところで、我がマスコットのチャーリーにもハンコウを押してもらおうかとアルの遊び心が始まった。

"実はサルを連れてきているのですが、これにもハンを押してくれますか。" と聞くと、どこ??と言ってきょろきょろ。

かれがサルのチャーリーとパスポートをみせると、"上司に聞いてくる"と言って消えてしまった。

チャーリーのパスポートは4cmx3cmぐらいで、写真がはってあり、身長15cm、体重・・・g国によっては押してくれるので、いくつか本物のハンが押してあります。
日本はもちろんダメ。

2人で "悪いねーこんなに待っている人がいるのに、まさかこれを本気にするとは思わなかったものねー。"と!

そして上司と共に現れ上司が言うのに"ハンはなくても自由に通ってけっこうです。"

イランの入国手続きが終わり、バスにもどろうとすると税関の人に、"ウエルカム イラン " と言われ、とれもうれしくなりました。今まで一度もそんな風に迎えられた国はなかったのです。

バスに戻り国境に近い町オルミイェに着く。テヘランからは北西950kmの所にあり、トルコ語やクルド語が使われている。

この町は7世紀にはアラブ人に制圧され、その後セルジューク朝モンゴル人などの支配を受けオスマン朝末期の今世紀初頭にはムスリムによるキリスト教徒大虐殺の恐怖がこの地を襲ったが、現在ではイラン最大のキリスト教徒コミニティが存在している。

1時間ぐらい歩いて中心街にでる。けっこう大きなホテルで、シャワー、トイレ、朝食つきで3000円。4年前の旅行の本だが、かなり高くなっているのにびっくり。シーズンオフのせいかお客がほとんどいない。

近くのレストランに入るが英語が通じないので、本とにらめっこで注文。シシカバブとにじますのフライを食べる。1000円 久しぶりにゆっくりと夕食を食べ、市場でみかんを買って帰る。旅行に出ると野菜不足になるので、果物で補給。10,000リアルが100円ぐらい。
この国の物価がわからないのと、金額がペルシャ語なので全く読めず。これから先の旅行のことを考え、まずペルシャ語の数字を読めるようにし、金額をしゃべれるようにしなくては!

翌日、頭にスカーフをかぶり長袖を着て朝食を食べに下に行く。ぺちゃんこのパン、紅茶、ジュース、バター、はちみつ、チーズジャム、ケーキ。食事の後荷物をまとめ、受付に預けてまちにでる。

干した杏のまわりに白砂糖をかためたようなのを子供の頃食べたけど、ここではクルミが入ったのが有名とかで、甘い物がすきなアルはしっかり一箱かいました。ヌガーも特産とかで、これも一つ買う。

どこかでお茶を飲もうと思ったが見つからないので、甘い物を買ったお店にもどり尋ねると、椅子を出してくれお茶をティーポットつきで頼んでくれ、お菓子をそえてごちそうしてくれました。話が出来ないのが残念。かたことのペルシャ語で、辞書をひきひきの会話。

バザールに行き、ここの土地のものでナンの中にジャガイモをつぶしたのを食べたり、スイカをきって出してくれるお店にはいる。

タクシーでバスターミナルに行く。タブリーズまでバスで行くつもりだったが、タクシーの運ちゃんがバスだと湖をぐるりと回るので280kmだが、タクシーなら渡し舟を使うので135kmとの事。値段は手をひろげているので5だけど500円か5千円か

"まさか500円ということはないんじゃない。2時間はかかるだろうし。" "そうよね。運転手もその後家に帰らなければならないだろうし。"  と、二人の会話。

全く英語がダメなのと、まだここの相場がつかめていないので、交渉の前にバス会社に値段を聞きに行った。バスだと300円ということは、タクシー2人で1000円。

英語がほんの少し話せる25歳ぐらいの男の人が、運転手との間にたって話をまとめてくれた。タクシーの集団との交渉はうるさいので好きではない。アルが、この青年に"助けてくれて、ありがとう。"と一言いうと、顔が少し硬直し、英語で内緒ごとのような口調で何かを言ったが、わからず。3000トマーンというのだけが聞き取れた。

彼は突然 "本当に助けてやる" とつぶやくように言うと、事務所に向かって
すっ飛んでいった。


和田さん 皆さん今晩は。 あや子です。
今年初めて仲間に入れさせてもらい、たくさんの情報、お話ありがとうございました。

2008年もあと10分ほどで終わろうとしている、ここオランダです。うちの前の運河も凍り、十代の若者が運河の上を歩いています。完全に凍るとアイススケートやそりでにぎわいます。
2009年もよろしくお願いしま〜〜〜す。

今年最後のイランの旅 その3を送ります。
車に乗り込むと、二人の若いイラン人のカップルも乗り込み彼らも同じくタブリーズに行くという。出発寸前に戻ってきた先ほどの男性に、ペルシャ語で書いた紙切れをもらうが何が書いてあるかわからず、あの緊張した顔が何か気になる。

同乗した男性は英語が達者で、15時45分に出て18時20分にバスターミナルに着くまで、楽しくおしゃべりがはずんだ。彼らはここで他のバスに乗るので降りるという。ターミナルはたいてい街から外れたところにあり、到着の少し前に運転手が"ターミナルで他のタクシーに乗り換えるなら、3,000トマーンをあげるので乗り換えるか。"と同乗のイラン人の通訳で聞かれ、このままセンターまで行きたい旨をつげてもらった。
3,000トマーンとは30,000リアルと同じで、全金額の3分の一もくれるというのはおかしいなと思った。

バスターミナルであちこちで頼まれたと思われる荷物を降ろし、センターにむかう。降りるときは必ずひとりはタクシーに乗っており、運転手が降りてから二人とも降りることにしている。そうでないとリュックをのせたまま走られては困るので。

荷物を降ろすと30,000リアル払えといいだした。これですべてのなぞが解けた。あの男の人が言いたかったのはこれだったのか。アルは柔道と大気圏をやってたので、一人なら怖い物なし。サーと構えると、なにやら叫ぶが手が出ないようなので、リュックをしょって無視して歩きだした。

とりあえず近くのピザ屋さんにはいる。隣がホテルなので見に行き、きれいなのでトイレ、シャワーは別だがここに決めた。疲れてしまって他を探す気力なし。きれいというよりは清潔なかんじで、ここを設計した人は病院の設計者ではないかと思う。

ベッドは左右に目いっぱいはなれ、旦那は隣の患者さんといった感じ。トイレに行くのにガラス張りの受付の前を通り、行く度に頭にスカーフをし、長袖の服をきる。やはりトイレ、シャワー付でないのを後悔。部屋には洗面台があり、まあ1,500円だから文句はいえないか。

翌日ヨーグルトと蜂蜜のおいしいお店があると言うので行くが、途中揚げパンのおいし
そうなのを見て値段をきくと、倍にふっかけられたので買わず、ヨーグルトのお店に直行。
ヨーグルトと蜂蜜、クリームと蜂蜜それとパンこれが今日の朝食。

私達は行った先々で必ずバザールに行く。その土地の生活のにおいがするし、活気が
あるのでこういうところを見て歩くのが、おもしろい。イランの男の人はたいてい長袖のワイシャツを着ているので、アルもワイシャツを買う
といいだした。腕が長いのでオランダでも買うのに気をつけないと短いし、どうせ買うなら綿の物を買いたいので、どうかと思ったがさんざん探して・・・ありました。

75,000リアル 高い!と思ったが、今思うとずいぶん安い。900円ぐらいですごくいい品物。オランダでこういうのを買うとなると、7,8倍はするだろう。でもイランの安い生活に慣れてくると、すっかり 感覚までイラン人になってしまったようだ。

私が膝丈のスカートを見て、こんなのをはいている人がいないので不思議に思っていると、
店員がうちの妹は家の中ではこういうのをはいていると説明してくれた。黒地にビーズがついている膝丈のスカートを450円で買った。

お茶を飲んでいってくれといわれ、ご主人が居るのに大丈夫なのかしらと思ったら、お父さんでした。このスカートは旅行中ズボンの上にはき続けた。イランではお尻の線がかくれるほうがいいようなので。

お腹がすいてレストランをのぞくが、ことばが通じないのに入れ入れと言うのはわかる。
とりあえず豆のスープを注文。大きなレストランで、次から次へと人が来るがどうも前菜にスープを飲み、それからシシカバブを食べるランチメニューのようで、本を見ながら注文するが、どれもないという。

"どうしよう、私は肉はダメだー"
"そうだなー。じゃー出ようか?"
"スープだけで出るのもちょっとへんだけど、行こうか。"

二階から下に降り入り口にすわっているレジのおじさんに値段を聞くが通じず。"そうよね。前菜だけ食べて帰る人いないものねー。"と話していたら、"日本人ですか。どうしたの。"と助け舟。"エーこんなところに日本語のわかる人がー。" とびっくり。

説明をすると、"いいから行きなさい。私が払っておくからいいよ。"という。"でもー" とぐずっていると、レジのおじさんも彼から事情を聞き、"行きな、行きな"と手で言ってくれた。"ヘイリーマムヌーン" と覚えたてのペルシャ語でお礼を言って出た。


イランの旅 その4 を送ります。

タブリーズから南に50Kmほど行ったったところにキャンドウァーン村があり、まるで山に岩がへばりついているようで、ニョキニョキと岩が林立している。その中で家畜やら、人々が生活している。

そんな岩場を登って右、左とちょっと覗きながら上にでると、視界が開けけっこうたくさんの人々が住んでいるのがわかる。配管のパイプを入れるべく一人の男の人が黙々と働いていた。

下に来ると10人ぐらいの女性が列を成しているので何かと見に行くと、ナンをやいていて出来るのを待っている人たちでした。丸める、伸ばす、30cm以上楕円形に広げ機械にのせる人、ぐるりと一周すると出来上がり。一人10枚ぐらいたばで買っていくのです。

焼いていた人が覗き込んだ私にサーと一枚くれた。出来たてであたたかくとってもおいしかった。おしゃべりしながら待っている様子がとてものどかで、日本も昔はこうだったのだろうなァと思われた。こういう親切はこの先もたびたび、買ったお客さんが、おいしいから食べてと言った感じでサーとくれるのです。

ここの湧き水はイランでも有名なミネラルを豊富に含んだ水とのことなので、ペットボトルに入れに行った。

タクシーで来たが、帰りのバスは夕方1便だけだというので、2時間ぐらい待たなければならない。観光バスと自家用車、あとはタクシーがお客を待っていてフリーのタクシーがない。タクシーに待っていられるのが好きではないので帰したが、どうしようかと相談。

ヒッチハイク やろうか?やろう!

大きな観光バスにたった6人しかいないチェコの観光客。ここに便乗。

これから先の旅行の話をすると、私達の旅行に合わせるからこのままいっしょに乗っていかないかとの誘いを受けるが、街で降ろしてもらった。この旅行会社からなにやらプレゼントをもらい開けてみると、ソックスとロンリープラネットのイランのガイドブックが入っていた。

アルの持っているのと同じで、こんな重たいのを2冊持っていてもしょうがないので、昨日行った本屋さんに行き、あげることにした。彼がこの本が手に入らないと言っていたので。

本屋さんに行くと、もう会えないと思ったのに又来てくれたと喜んでくれ、ケーキとお茶で歓待してくれた。なんと今朝ドイツ人がこの本を買いに来たという。残念。なんという偶然。

昨日この若いマネージャーと話し込んでいると、よく来る女性客が来て一緒に話し込んだ。といっても彼は忙しく、お客に説明、店員に指図それだけでも大忙しで、そのあいまあいまに話している。

英語の本を取り扱っている本屋さんで、彼女はよく来るようだ。2人がお互いに好意をもっているように見えたので、彼女に彼はあなたの電話番号を知っているのかと聞くと" 私が言ったっていわないでね。"と言って、なかつぎを頼まれた。

10月23日
乗り合いタクシーでテヘランにむかう。山越へだけれど、すごいスピードで走る。昼過ぎにのり、4時についたがここがどこだかわからず、誰か英語の話せそうな人を探すが、ゼロ。

アルの感と地図を頼りに、歩きだす。しばらく歩いたところで若い学生が5,6人話をしているので、地下鉄の駅へ行く道をきくと一人の 少年がついてくるように言うので後についていく。

するとタクシーの運転手と話をし、お金を払い、これに乗って行くようにという。私はあわててお金を返してもらい、" そんなことしないでほしい、そんな遠いとは思わなかった。" というと、" あなた達は私達の国のお客さまです。“道に迷ったらかわいそうだとおもって" といわれました。

私達は30カ国以上歩いているけれど、こんなに親切にされた国はありませんでした。道を歩いていても、バイクに乗った人が"ウエルカム イラン" と言って走り去って行くのは、何度言われたか解りません。

"イランをどう思いますか?"と言う質問もたびたび受けました。30歳以下の人の人口が、70%を占める世界の中でも教育水準の高い国。自分の国のリーダーのせいで、他国であまりいい印象を受けてないのを彼らは知っているのです。

テヘランでは地下鉄から歩いて一分の、いいホテルを紹介してもらいました。

翌日山に行くことにし、地下鉄で終点までいき、そこからバス。地下鉄からバスに乗ろうとしたら、後ろに行くように手まねでやられ二人でそそくさと後ろに乗ると、なんと半分から後ろは女性専用でした。

バスを降り、タクシーでトーチャル山に行き、午前中に来れば5,000mぐらいまでいけるようだが、1時をすぎケーブルカーで標高2,400mのところまでしか行かず。
それでもテヘランの眺めを楽しんだ。

ここはイラン人の観光のスポットのようで、街を眺めながらのバーベキューを楽しんでいる人がたくさんいました。



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