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和田所有の【古いスクラップブックより】(後篇)
古いスクラップブックよりと題して『私たちの40年!!』関連BLOGに写真と簡単な説明を付けて掲載しました。毎回熱心にコメント頂いた山田 喜久子さん、あや子さん初め沢山のコメントを頂いておりそれに答える形での当時の思い出、説明文等を纏めて寄稿集に収録して置くことにしましたが、1回1万語までとの使用ソフトの関係上2回に分けざるを得ず(その10)以後を後編としました。
写真を見ていると無謀と云うか若いから出来た旅だと今思うと恐ろしい気がする旅だったと思います。使用する写真はどれを使うか迷いましたが、べレンーブラジリアの旅を共にした今では名前も思い出せない仲間達の写真を青春の記念として貼り付けて置くことにしました。


古いスクラップブックより(その10)
前回、トラックの転覆現場を紹介すると書きましたが、もう一度べレンーブラジリア街道の当時の状況を撮った写真を掲載することにしました。トラック転覆現場明日にします。
http://blogs.yahoo.co.jp/yoshijiwada/38623705.html

一番上の写真が前回分と重なってしまいました。削除するまでもないのでそのままにして置きます。
最後の写真は、ガソリンポストのある街に無事到着したトラックです。ガソリンポストのあるところで給油して置かないと必ずガス欠になって動きが取れなくなります。今思えば大変な所を走ったものだなあと呆れます。

きっ子さんのコメントです。
それにしても大変な行程ですね・。
>ガソリンポストのある街に無事到着したトラックです。
どんなにホッとされたことでしょう。
真ん中の写真・・・いかにも道なき道ですね。 こうして苦労をともにされた方々は今どうしておられるのでしょう。
日本から移民された方やいろんな人がおられますね。
すでに和田さんはブラジルの言葉で会話されていたのですよね・・・ 頭が下がります。

何時もコメント有難う御座います。きっこさんのコメントにお答えする形で話題が広がるのが嬉しいです。
陽気で愉快な仲間達の写真を最後に掲載する予定ですが、正直言って今や皆さんの名前も覚えていないありさまでどうされているか分かりませんが今どこかで会っても見分けが付かないと思います。
言葉は早稲田大学の特殊語学講座でポルトガル語を勉強して行きましたが殆ど通じなくその場その場で覚えて行ったのだと思います。74年(着伯12年後)にポルトアレグレのカトリック大学の法学部を卒業し弁護士協会に入れて貰い一応弁護士の資格だけは取得していますが余り役に立てていません。売った買ったのBUSSの世界に今も身を置いています。


古いスクラップブックより(その11)
http://blogs.yahoo.co.jp/yoshijiwada/38640585.html
べレンーブラジリア街道の2週間近い旅では、開通したとは名だけで自分たちで道を開き、補修しながらの旅で何台もトラックが横転しているのに出会いました。皆で助け合いトラックを元に戻し荷物の積み直しを手伝って燃料を出来る範囲で工面してあげたり助け合いの精神と云うかトラックの運転手同士の結束は強かったようです。ブラジルでの生活の初めにこれらのブラジル底辺で働く純朴なブラジル人との交流がその後の私のブラジル生活でのベースとして身に付いたのは幸いでした。
今日は添付したトラックとそれを助ける仲間たちの写真を貼り付けて置きます。

この古いスクラップブックの写真も後4−5回で終了しますが、このスクラップブックの説明文とコメント集を寄稿文にも収録して置く積りにしています。
私がべレンーブラジリアを走った時期と相前後してこの街道を旅された徳力さんもこの写真を見ておられると思いますが、是非コメントお願いしたですね。
始めての方も率直なコメントを頂けると嬉しいです。

きっ子さんのコメントです。
なんと横転したトラックの写真を4枚見て お怪我はなかったのかな?と思いながらも現在の目で見たとき正直 わらってしまったのです。(ごめんなさい)
現在はべレンーブラジリア街道はきれいな道になっているのでしょうね。それにしても今ならTVニュースに出ているでしょう。

乗っていたトラックが横転した分けでなく既に横転して立ち往生していたトラックを皆で起こす作業を手伝っただけです。私は何もせずに写真を撮っていただけですが皆で起こした車に荷物を運びあげる作業も手伝っていました。
NHKでも自動車事項等も報道していますね。今の舗装されたベレンーブラジリア街道では荒木さんが言っているようにバスを止めて武器を持って乗り込んでくる強盗が話題になり報道されるかも知れませんんね。カメラを担いで取材に行く間に逃げてしまうでしょうが。。。


古いスクラップブックより(その12)
http://blogs.yahoo.co.jp/yoshijiwada/38651894.html
べレンーブラジリアの国道14号線の開所当時の旅は前回のトラック転覆事故?等色々おこりますが、水がありちょっとした木陰があればトラックを止めて水を飲んだり、バナナ他色々な地元の果物やマンジョカ(タピオカ芋)の粉を口に運んだり地卵でもあれば最高のご馳走、ピラルク(アマゾン鯉)の干し肉のスープを作ったりしますが、食後はハンモックを吊って木陰で休んだり遊びに興じますが、その一つが腰に差しているピストルで遠くの缶を狙っての射撃競争です。私も1発撃たせて貰いましたが的外れのないか軽い感じでこれで人が死ぬのかなあと何かおもちゃのような気がしました。考えてみると危険ですね。

荒木さんからのコメントです。
和田さんしばらくです。
べレンーブラジリア街道沿いの写真楽しく拝見いたしております。
私も1965年の末にセーレスと言う町に行って同街道の測量などの仕事をしまして懐かしい思い出です。
今、また同街道を1300km北上したエストレイトと言う町のすぐ近くを流れる、トカンチンス河に建設しているエストレイトダム工事に、去年の11月から毎月20日間の契約で来ています。
発電用のダムで延長は約2km、船舶航行の運河も設計されている比較的大きなダムで、以前働いたツクルイダムの上流にあたります。
同街道は BR 014 だったかも知れませんが、ブラジリアからは BR 153 でエストレイトからべレンまでは BR 010 と呼ばれています。
道路は40数年前とは大違いで、良く整備されたアスファルト舗装道路です。でもこの辺から夜間に北に向かうのは盗賊が出るとかで危険と言われて、夜行の長距離バスなどは数台一緒に、警備会社の車を先頭に走っています。
国道に沿って広軌鉄道の線路がありますが、輸出用鉄鉱石をサンルイス港まで運ぶそうですが、まだ見た事がありません。話では100両程繋いだ貨車が通るそうです。

荒木 さん
お便り有難う御座います。
ダム男らしくまた月に20日間はダム現場ですか。好きなダムの仕事に打ち込めるのは幸せですね。今回はエストレートのダムとのことインペラトリースの近くですよね。
その内また新しいダムの写真と共に様子を知らせて下さい。
べレンーブラジリア街道は、北の方は夜は盗賊が出るのですか?昔より危険ですね。武器を持った集団強盗ならバスに乗り込んで来ると身ぐるみ剥がれてしまいますね。
マラニオン州の都、サンルイスまでの鉄道は開通して走っているのですね。100両連結の汽車は壮観でしょうね。通過するのを見つけたら写真を撮って送って下さい。鉄鉱石の積出港のイタキ港は栄えているのでしょうね。
またのんびり車で走って見たいですが夜は危ないとか昼間だけの移動になりそうですね。
ではまたブラジル北部の情報を送って下さい。貴地では車のプレートがNHKとか。写真を送って貰いましたね。


古いスクラップブックより(その13)
http://blogs.yahoo.co.jp/yoshijiwada/38669721.html
今回は、べレンーブラジリアの街道沿いの川で我々の近くでインヂオ(ブラジルインヂアン)が水浴をしているのに出くわしました。石鹸は使っていなかった様ですが素っ裸での水浴は風呂に慣れているとはいえ少し奇異に感じました。余り近かづかずに撮りましたがズームがある訳でもなく安物のカメラでの撮影ですので雰囲気だけとなりました。

あや子さんのコメントです。
これは本当に自然との共存ですね。我々の贅沢が環境破壊につながっているのを申し訳なくおもいます。

自然との共存ですか。ブラジルのインヂオも少なくなって来ておりこんな景色はもう見ることが少なくなって来ていると思います。この水浴のあと何人かがトラックの荷台の上に乗り込み一緒に旅をしました。
荒木さんの話では舗装された街道にインヂオならぬ強盗が出て来る部ッソなご時世になっているようです。これからは矢張り環境問題に気を配るべきでしょうね。アマゾンの森林の伐採速度が物凄く地球に酸素を供給する量が年々減って来ているそうです。


古いスクラップブックより(その14)
http://blogs.yahoo.co.jp/yoshijiwada/38689409.html
そろそろこの古いスクラップブックの写真も種切れとなりますが、2週間近く一緒に生活したトラックの運転手、愉快な仲間達の写真を紹介しましょう。当時は名前も全部覚えておいお前と呼んでいたと思いますが私の名前YOSHIJIは、覚えにくいらしく普通は現在でもWADAで通していますが、ある仲間が難かしいのでポルトガル風にYOSHIJIでなくARISTIDES(アリスチデス)にしておけと云われたりもしました。
陽気で愉快な仲間達との旅でしたが、何処で何を食べ何処で寝たか(ハンモック、寝袋を持ち歩いていたと思いますが)彼らに幾らかでも金を払ったか等肝心のことを全く覚えておらず記憶力が弱かったのか無頓着だったのか良くまあ生きて来れたなあと今思えば感心します。

あや子さんのコメントです。
和田さんが仕事でトラックに乗っているのかと思ってましたが、便乗乗車でしたか。旅は道連れ世は情けといったところでしょうか。トラックが大変な事態でも、ブラジル人の明るさで笑って乗り越える雰囲気が、伝わってくるようです。古いスクラップブック、一緒に楽しませてもらいました。ありがとうございます。

1962年に来伯した時は、まだ早稲田の現役の学生(3年で休学)でしたが一応東京都の農業移住者として移住船に乗り込みましたので永住権があり労働手帳も取得可能でしたが運転免許書は取っていませんでしたので車は運転出来ません。特にトラックは、普通免許書では運転出来ません。良く覚えていないのですが必要に応じて乗せて貰ったのだと思います。無謀でしたよね。言葉もそれ程喋れるわけではなし金もなかったので今考えると不思議です。

きっこさんのコメントです。
みなさん 頑丈な体ですね。いかにもラテン系の顔をされていますね。
愉快な仲間たち・・・なんだか ほっとする言葉です。
今のブラジルにとっても大切な資料になるでしょう。
あの時代にここまで カメラに収められたことが驚きです。
若かったからできたことでしょう。楽しみに拝見しました。

きっこさん 毎回欠かさずコメント頂き有難うございました。最後まで続けることが出来たのは温かい励ましのコメントのお陰だと思います。
若さの特権?確かにそうだったと思います。今では出来ない経験でこれがその後の私のブラジルでの生活の基礎になったと思っています。もうブラジルに47年にもなりますが、ブラジルに住み着けたのも当時の経験のお陰と思っています。


古いスクラップブックより(その15)
http://blogs.yahoo.co.jp/yoshijiwada/38723108.html
このシリーズも一応今回を持ってべレンーブラジリア街道の旅は終了します。
陽気で愉快な仲間達との旅と生活、交流は写真が残っていなければ遥か彼方の断片的な思い出だけになってしまっていたでしょうが写真を見ながら往時を思い出す縁(よすが)となり結構楽しく過ごせました。また見て頂いた皆さんからのコメントとそれに対する回答の形で補足出来たのは良かった喜んでいます。
古いスクラップブックより前篇として一部前半を『私たちの40年!!』HPにも収録しました。後編として残りを収録する積りです。
ご覧になって頂いた皆さんのご感想、コメントを頂けると嬉しいです。宜しくお願いします。
最後は矢張り仲間たちの写真で飾りたいと思います。
私が撮った為に写っていませんが、仲間のほぼ全員の写真が3枚目です。
最後の写真は、多分泊まったこともあるのだと思いますが、トラックの運転手が留まる宿屋(はたご)です。撮った当時は全く気が付きませんでしたが矢張りこの種宿屋に付きもののその種の女性が写っているのに今気が付きました。当時は何も気が付かないでカメラを向けたのでしょうね。当時の田舎の感じが良く出ている記録写真としても価値?のあるものだと思います。
長らくご一緒頂いて有難うございました。

私がこのべレンーブラジリアの旅で苦労したのと相前後してこの街道を旅された方がお一人います。三重大から学生移住連盟の派遣員として来伯された徳力啓三さんです。現在無農薬コーヒーの日本向け輸出を手掛けておられ三重県人会長さんとしても活躍さえています。
是非徳力さんのコメントをお願いしたいですね。

長らく古い昔の写真とおしゃべりにお付き合い頂き有難うございました。色々コメント頂いた方には感謝します。 有難うございました。

きっこさんのコメントです。
ついに終わりましたね。 長い 記録映画というか 1枚の写真が持つインパクトに胸驚かせながら拝見しました。
昨夜も トメアス だったかな、アマゾンに住む人たちに日本人が農業指導し、独立していくブラジルの様子を BS で放映されました。
100年式典の華やかさは コツコツ勤勉に働かれた人たちの思いがいっぺんに出たのでしょう。
ありがとうございました。

本当にきっこさんには毎回コメント頂き話が続き感謝しております。また週末に『古いスクラップブック』後編として写真説明の本文と寄せて頂いたコメントを纏めて『私たちの40年!!』寄稿集に収録して置きます。本当に有難うございました。



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