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『ブラジル戦後移民』 46年の記録  旧ホーム・ページの保存(20)
旧ホーム・ページの保存は、今回で20回目になります。毎回10万回のアクセスがある度にTOPE PAGEの書き換えを実施しており前回は3月24日、120万回アクセスの日に更改したTOPE PEGEを残して置くことにしました。
7月17日に130万回を更新する予定ですが、2002年5月11日の着伯40周年を記念して開設した『私たちの40年!!』も7年と2ヶ月(86ヶ月)で130万回のアクセスを記録したことになり月に15116回、1日に503回のアクセスがあった事になります。どうしたら皆さんにアクセスして貰えるかと思案していた頃が懐かしいですが現在では毎日平均1000件のアクセスが記録されています。今回は少しアクセス数がスロウダウンして114日間、平均877回を記録しています。このペースで行くと年内に150万回アクセスは無理で年末には146万回を記録している事になります。気が遠くなるようなアクセス数ですが沢山の方にアクセス頂いており感謝の念に堪えません。
写真は、7月15日(水)に小雨降るイボチ移住地に中平マリコさんをお連れした日に咲いていた寒緋桜(沖縄桜)を使用しました。


『ブラジル戦後移民』 47年の記録
私たち、あるぜんちな丸第12次航(1962年5月11日サントス港下船)の同船者681名は、平成14年5月11日で40年を迎えました。当時のあるぜんちな丸第12次航の船内新聞「さくら」の編集責任者をしていた私と船内ニュース班の仲間として手伝って呉れた編集員が中心になり船内新聞の40年後の特別号、号外の形で戦後移民40年の移住史の一部を皆で書き残そうとの企画が持ち上がり、出来れば印刷、出版もと考えていましたが、時間的な問題、資金面の問題もありせめて寄稿して頂いた貴重な記録、原稿を大事にし、書き物にして後世に残して置きたいとの切なる願いから、当時のガリ版刷りの船内新聞の一部、黄色くなった名簿、懐かしい写真等を文明の利器パソコンを使い資料のDIGITAL化による保存を考えついた次第です。これらの無形に近い数多くの資料、写真等を我々同船者全員の資産として共有し、後世に残して行く事、民族の移動、移民、移住問題、個人の人生の選択等に関心を寄せる人達、特に海外に夢を馳せる若い人達に読んで頂ければとの気持ちでこのホーム・ページを開設しました。

平成14年5月にこのHPを正式公開し既に6年10ヶ月の歳月が過ぎました。今年の5月で私たちも着伯47年を迎えます。47年弱の戦後移住者の定着の過程、移住者としての記録を書き残すという作業は、編集者の私の力不足、時間的制約等に起因して思うような成果が挙がっていませんが、昨年は、日本移民100周年を日本とブラジルの両国で盛大に祝い日伯、特にブラジル社会で日本移民の100年歴史を認識して頂き、マスコミにも大いに喧伝されました。これからのブラジルに置ける我々日本移民は、200年に向かいどのように生きて行けば良いか問い掛けられる立場にあります。特に今年はアマゾン移民の80周年の節目の年に当たり、トメアスー、べレン、マナウスに置いて9月に盛大な式典が準備されており北伯に入られた同船者の皆さんと共にお祝いしたいと願っています。本日、120万回アクセスを記録したのに合わせこのTOP PAGEの一部を書き換える事しました。同船者仲間、ブラジルの領域を大きく超えて現在では、世界100数十カ国の国々からのアクセスが記録されており、1昨年10月11日(水)になんと一日に6575回のアクセスがありました。6年10ヶ月で120万回のアクセスを記録、ブラジル総合サイトとして育って来ており、その管理運営にも大袈裟に云えば社会的な責任も伴うのではないかと身が引締まる思いがしております。

しかしながらアクセス数がどんなに増えようが基本的には同船者681名の戦後移住者としての生き様を書き残して行くという大要は変わりませんが今後はあるぜんちな丸で着伯した多くの仲間(合計11,102人)、ひいては戦後移住者全員、移住と直接関係の無い日本企業短期派遣社員、留学生、研修生、旅行者と幾らかでもブラジルと繋がりの出来た多くの方にブラジルを語って頂きインタネットを通じて少しでもブラジルに関心を持ちブラジルを知りたいとのお気持ちを持たれた時には『私たちの40年!!』にアクセスすればその目的が果たせると云った総合『ブラジル学?』のサイトとして育って行けばと念願しております。更に私達の同船者が入ったボリビア、パラグアイ、アルゼンチンの仲間の様子、それらの国以外の移民の歴史(明治初期のメキシコ榎本移民、ハワイ移民、ペルー移民、戦後のドミニカ移民等)についても記録を集めて行きたいと思います。


『私たちの40年!!』は、そのコンセプト、表現手段を日本語を基本としたホーム・ページとして公開しましたが、私達の同船者681名の内、3分の1に当たる200数拾名が47年前にサントス港に着いた当時15歳未満でした。これらの仲間は、当然ポルトガル語又はスペイン語の方が日本語より使い易く、更に当地で生まれた二世、三世の我々の後継者は、当然現地の言葉が中心となります。従いこれらの仲間、私達の子供、孫達を対象にしたポルトガル語のHPの必要性を感じ『私たちの40年!!』HP公開1周年を記念してポルトガル語のHPを開設しました。日本語のHPから直接ポルトガル語ページに移れるしその反対にポルトガル語のページからも日本語ページに飛べるようにしております。ポルトガル語のHPは、日本語版の翻訳版ではなく同じ目的、主旨による兄弟HPではありますが、表現手段が変わる事により同じ寄稿文でも幾分そのニュアンスも違ってくるし、考え方、物の捉え方、解釈も変わってくる事から同じ文を取り上げても逐語訳等の方法を取らず意訳、説明的な文と成る事から日本語の資料を基にしたポルトガル語の文章となります。その編集、更新作業は当然こちら生まれの二世、三世の皆さんにお願いする事になりますが、先ず始めるに当たり身近な存在として私の長女、和田弥生エリーゼ(リオグランデドスール州連邦大学新聞学部新聞学科卒業後2年間日本のポルトガル語新聞社でポルトガル語新聞と雑誌の編集、記者として勤務2003年3月に帰国)に手伝って貰う事にしました。開設5年10ヶ月で30万回のアクセスを記録しております。管理運営を任せている弥生の趣向が強く出て来ていますが、時間の許す限り日本に住むブラジルからの出稼ぎ者の生活、日本でポルトガル語新聞の記者生活をしていた頃の経験等を積極的に取上げ紹介しております。最近の更新が見られず気にしていますが、今後我々の後継者が興味を示し継続して行って呉れることを切に望んでいます。

本来の『私たちの40年!!』HPは、戦後移住者としての我々の移住先の国々での定着の過程、生き様を我々の子孫に語り伝え自分達の祖先、ルーツを辿る資料として残して置きたいとの気持ちで始めたものでありそれを近い将来同船者の現地移住国で教育を受けた準2世の仲間、私たちの子供達が引き継ぎポルトガル語、スペイン語で私たちの歴史を書き継いで行って欲しいと念願しており、今回のポルトガル語版は、その気持のあらわれです。従い私たちが日本語で書き残す記録が何時の日か我々の子孫がそのルーツとしておじいちゃんたちが残してくれた財産として引き継いで呉れる事を期待しています。

あるぜんちな丸第12次航の681名の同船者がブラジル、ボリビア、パラグアイ、アルゼンチンの4ヶ国に入植しました。志し半ばで亡くなられた方、家庭の事情で帰国せざるを得なかった方、移住国に拠点を置きながらも現在は、日本に働きに出かけている方、47年間、最初の入植地に居座り営農に従事している方、国内移動、国外への転住者、それぞれの皆さんの47年の歴史があります。各個人、各家庭、各移住地の歴史を一人一人が書き残す事により戦後47年の歴史が浮き彫りになって来るのではないでしょうか。 同船者皆が語り、書き残していく『私たちの40年!!』も多くの同じあるぜんちな丸で移住して来られた人達、戦後色々な形態で移住して来られた人達、移住とは直接関係のない短期駐在員、留学生、研修生、旅行者、果てはまだブラジルの土を踏んだ事のない多くの人達からの寄稿、暖かい書込み、励ましを受けており、我々同船者だけでなく多くの日本の皆さんにブラジルと日本を繋ぐ絆としてまた祖国日本を遠く離れた地球の反対側に住む私達の戦後移民47年の歴史を通じての赤裸々な生き様を知って頂く手段としての『私達の40年!!』HPは貴重な存在となって来ております。

『私たちの40年!!』の映像化も、コロニアの著名な記録映像作家の岡村 淳さんの協力を得て2002年に『40年目のビデオレター』北伯編としてベレンで下船された三一名の同船者の皆さんを訪ね、ビデオレターを届けて頂いております。又その続編として『41年目のビデオレター グアタパラ編』が2003年11月末に完成し日本でその完成記念上映会が実施されました。この続編を見せて頂きましたが、私の関係した北伯編と比べて数段の向上、出来栄えでグアタパラ移住地に現在も住んでいる小島さん夫妻を軸にした時空を感じさせる力作で短期日の同船者訪問では描き切れないものを移住者の目線で撮っておられる岡村さんの技量に感心しました。経済的な問題がなければ第三部、第四部と岡村さんの自由な企画で続けて頂きたい所ですが、私達にはその資力もなくこのHPの管理運営といった形でしか協力出来ないのを残念に思います。今後もボリビア、パラグアイ、アルゼンチンに入植された同船者、日本に帰国または働きに行っておられる同船者の皆さん、トメアスー移住地だけでなく、リオのフンシャル移住地等最初の入植地で頑張っておられる同船者、炭鉱離職者、花嫁移民、野球移民、産業開発青年隊、コチア移民と話題性に富む同船者のその後の様子等、映像記録等も残して置きたいと思っています。

2002年、5月12日に開いた着伯40年後の同船者会とこの『私たちの40年!!』HPが私達のあるぜんちな丸第12次航の同船者681名の団結のシンボルとなっており大事に守って行きたいと願っておりますが、毎年歯が抜けて行くようにその数を減らして来ております。その現象を印象付ける出来事として私たちが46年前にサントス港に到着した昨年の5月11日に船内新聞編集を手伝ってくれていた龍川 いく子さん(藤間流の藤間芳嘉師匠)が亡くなられました。40年祭から7年、数多くの同船者が他界、私たちより先に逝ってしまいました。3年後の50周年にはどれだけの同船者が残っているでしょうか?幸い681名の3分の1が当時15歳未満でしたが既に壮年期を過ぎる60歳を越しています。生きている我々が先に逝った皆さんを偲び慰霊して行く必要があると思います。同船者の一人園田さんの自社ビルの一部をお借りしてあるぜんちな丸第12次航の資料展示室を開設していますが、色々な機会を捉えこの資料展示室の展示物の充実を計り固形物の収集、展示、公開の場を作れればと願っています。既に『あるぜんちな丸の模型(250分の1)』、『あるぜんちな丸乗船記念バッチ』大型写真のパネル等の寄贈も受けており、入植当時使用しておられた飯盒、黄色く変色した幻の船内新聞『さくら』と住所録の実物を寄贈頂いております。資料収集に同船者の仲間初め多くの皆さんのご協力をお願いする次第です。

『私達の40年!!』HP編集責任者としての私の人生観、趣味、好み、居住地等による編集趣向に個人的な偏り等も随所に見られると思いますが、今後も同船者の一人を通じての戦後移住者の記録を、一人一人にこの47年間がどうであったのか聞き出し記録していく作業を地道に続けて行きたいと思います。このHPの根底に流れる私の気持ちは同じ船で移住してきた仲間が一人でも多く『移住という選択』が間違っていなかったとこの47年を肯定できる人生を過ごしてこられた事を願いその過程を知りたいというものであることは間違いなく、その基本的な考え方は頑なに守って行きたいと思います。

『私たちの40年!!』HP開設当初は、どうすれば皆さんにアクセスして頂けるかに心を配り、各種MLに参加したり、多くの日本の皆さんのHPの掲示板等にも書き込み、『バーチャル座談会』の企画を実施したりそれなりのPR、努力をして来ましたがYAHOOのブラジル関係欄にも紹介して貰ったり、2004年7月から始めた『私たちの40年!!』MLも大いに寄与しているようで一日平均1000回前後のアクセスが見られるようになって来ております。最近はこのML(現在293名参加)による活発なメンバー間のメールが飛び交っており4年9ヶ月で1万535通のメールが配信されています。YAHOOのWEBサイトでこれらのメールの全文をご覧頂けます。また最近公開された国立国会図書館の電子展示会「ブラジル移民の100年」にもリンク集に掲載頂いております。

2002年の11月に設置した画像掲示板も写真の貼り付けも可能な事から皆さんに喜んで使って頂いており既に9万9千7百回のアクセスを記録しております。寄稿集のPR等にも利用しており古い貴重な写真の保存にも役立っています。通常の掲示板は、最近使用頻度が落ちていますがそれでも捨て難い魅力があります。膨大な寄稿集、画像掲示板、掲示板、写真集、リンク集ですがお時間の許す時に少しずつでも読み継いで頂ければ幸いです。寄稿集は、読みやすくする意味で活字サイズを大きくしたり、更に話題別目次欄を設けました。項目別に好きな話題、読みたい話題を纏めて見て頂けるようにしました。昨年新しく2008年のブラジル日本移民100周年関係のニュース欄を新設しましたがこの欄にアマゾン移民80周年を追加今後は、アマゾン移民80周年祭関係の記事を掲載して行きたいと思っています。

2006年10月に始めたYAHOOの 『私たちの40年!!』関連blogは、大きな写真(2メガまで)が何枚も一度に貼り付けられることから写真集として重宝しており、MLが文章で表現するのと一味違う写真を中心とした簡単な説明だけの報告書的な性格が気に入っておりほぼ毎日更新(写真の貼り付け)を実施しておりちょうど2年5ヶ月になりました。既に6万回のアクセスが記録されています。『あるぜんちな丸と同船者』、『我が街ポルトアレグレ』、『ブラジルに咲く花』等も是非ご覧下さい。

平成21年3月24日 『私たちの40年!!』HP公開6年10ヶ月、120万回アクセス記録の日に書換え更新                      
『私たちの40年!!』HP編集管理責任者
     和田 好司



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