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【オランダ語】 あや子さんの書き込みに沢山の方が参加賑わいました。(続編)
あや子さんが書き込まれた【オランダ語】の書き込みへの反応が過去最高?の書き込み数と参加者が見られ賑わいました。1回の1万語で納まらず今回その続編として新しく収録することにしました。まだまだスペースは残っているようですので継続頂いても書き足し可能ですので宜しく継続下さい。
一応これまでの書き込みを下記の通り収録して置きます。
参加頂いた皆さんには感謝です。この種コメント集は、日常語が日本各地、世界各地で呼び名が違っていたりどうして高知では、カボチャのことをボーフラと呼んでいたか分からずン10年喉に骨が刺さったままでいたチリの三好さんがその理由が分かったり、リオのポポ売り娘のポポがフルッタ コンデ(バイレイーシ)だと分かったり外来語のおさらい(特にオランダ語、ポルトガル語、スペイン語、中国語等)大変参考になりました。有難うがポルトガル語が語源との珍説は【枕き草紙】を引用して大和言葉で有るとの解説で胸を撫で下ろしました。
写真は、あや子さんから以前送って頂いていたご自宅の近くの運河の写真を使わせて頂きました。


富田:あや子さん、大辞林によると、かぼちゃはポルトガル語のCambodia(カンボディア)から来たので、かぼちゃになった、とあります。
しかしかぼちゃは熱帯アメリカが原産地なので、南米から宣教師がカンボディアに持ち込んだものと思います。
アジア地域のイエズス会員の公用語はポルトガル語だったため、かぼちゃを初め、彼らが持ち込んだ「日本には無かった外来種の食物、衣類等々」はポルトガル語で日本に紹介された、のです。
日本では、17世紀初頭、ウイリアム・アダムス(英国)が乗り込んだオランダ船が日本に漂着した後、オランダがポルトガル、スペインを追い出して日本に居住するようになりました。
そして、今度はオランダ人が持ち込んだ物品が日本に紹介されるようになり、オランダ語が語源の言葉が日本語になっていったのですね。面白い話です。

丸木:大阪ではナンキンと云いますから、南京から伝わったのでしょうね。NHKの朝ドラ「いもたこなんきん」は大阪では代表的な女性の好物です。

あや子:今晩は オランダからです。賀多井さん 富田さん 松田さん 三好さん 丸木さん 皆さんメールありがとうございます。
ことばの歴史を感じます。日本国内でもこんなに違うよびかたがあるのにはびっくりしました。ところで大阪ではカボチャのことを南京というそうですが、私が子供の頃は
ピーナッツのことを南京豆といっておりました。大阪ではなんと言っていたのでしょうか。

丸木:大阪でもピーナツは南京豆ですよ。ついでに、とうもろこし(玉蜀黍)はなんばきび(難波黍)とかとうきび(唐黍)と呼びますから唐から伝わったのでしょうか?
ブラジルでも僕達はサンパウロでアボボラと呼んでましたが、ノルデステ(東北ブラジル)出身の妻はジリムーと云います。ついでにマンジョーカ芋もノルデステではマカシェーラと云うし、リオではアイピンと呼びますね。所変れば品変るでなく呼び名変る。東京ではカボチャ、大阪ではナンキン、高知でボーフラ、長崎でボーボラですか。サンパウロでアボボラ、レシーフェでジリムー。リオではなんと呼ぶのでしょうか?

山下:丸木 様 カボチャはリオもABOBORAです。
昔、船に冷蔵施設がなかったころでもバナナやリンゴはどうにか輸送できた
らしく中南米諸国どこでもバナナかマンサナに似た言葉ですが、
パパイヤやイチゴ、牛肉の部分の名前は現物を運んで見せることができなかったと見えて南米諸国でも全然ことなります。
カボチャも保存ができなかったのでしょうかね。
柿など比較的近代に行き渡ったものはどの国もカキになっているようです。

富田:山下さん、Mexicoで、柿のことはPERSIMON、ペルシモンと言います。「かき」CAQUIともいいますが、CACA(大便)の幼児語がCAQUIで紛らわしいので、使わないのでしょう。
MEXICOは変なところはあって、KARAOKEと言わないで、CANTA−BAR、と言ったりするのです。

山下:富田さん メキシコの柿とカラオケのことは知りませんでした。勉強になります。言語は奥が深いですね。ブラジルの幼児語で便はCOCOで加賀もダメです。

大内:ポルトガル語起源の日本語も元をたどればアラビア語というものが結構ある、という話を学生時代にアラブ史の授業で聞いたことを思い出しました。
調べてみると、こんなところです。
シャボン(石鹸) ← sabão(ポルトガル語)/jabón(スペイン語) ← صابون(サーボーン)
蘭引(ランビキ/酒類・医薬用の蒸留機具) ← alambique(ポルトガル語) ← الإنبيق (アル・インビーク)
以須太良比(イスタラビ/天文観測機) ← asrtolabio(ポルトガル語) ← أسطرلاب(アストロラーベ)
襦袢(ジバン・ジュバン) ← gibão(ポルトガル語) ← جبة(ジュッバ「上着」)
如雨露(ジョウロ) ← jarra(ポルトガル語) ← جرة(ジャッラ「瓶、壷」)
トタン ← tutanaga(ポルトガル語) ← tūtiyā(ぺルシア語起源)
「以須太良比」、「蘭引」はどんなものなのか想像もつきません。大昔の日本人は使った言葉なのですかね。

あや子:今晩は オランダからです。賀多井さん 富田さん 松田さん 三好さん 丸木さん 皆さん
メールありがとうございます。ことばの歴史を感じます。
日本国内でもこんなに違うよびかたがあるのにはびっくりしました。
ところで大阪ではカボチャのことを南京というそうですが、私が子供の頃はピーナッツのことを南京豆といっておりました。
大阪ではなんと言っていたのでしょうか。

賀多井:おはようございます。カボチャを岡山では、子供の頃の事ですが、南京の他に、話題に上っている、ボーフラと言っていましたし、とうなす(唐茄子)とも言っていました。
また、ピーナッツの 南京豆の 呼び方は、そこまめ(底豆)地中に出来るからそう言っていたのでしょう。

和田:賀多井 さん  コメント有難う御座います。今回これまでの皆さんのコメントを集めてホームページに掲載しましたが、使用ソフトが1件、1万語までで全部を掲載できませんでしたので続編として残りを掲載する予定にしています。
岡山ではピーナツの事をそこ豆と云うのですか?これは初めて聞きました。神戸では落花生と呼んでいたように思いますが。。。

丸木: 戦後の日本で暁テル子の歌った「リオのポポ売り」が大ヒットしましたが、リオでも暮らしたことのある僕は未だにポポが何か判じません。パパイアはブラジルではマモ ンだし、ポポとは一体なんでしょうか?

山下:丸木さん  何かわからないから物知りに聞きました。下記の返事がありました。パンレイシなればこれでFRUTA DE CONDEと呼ばれていますが、辞書でポポとの関連はありません。何語か知りませんがポポーはおそらくこれだと思います。
「北米南東部原産のバンレイシの落葉中高木。自生地では河川の低湿地などに生える。日本には明治時代に渡来したが、家庭用果樹にとどまった。春6弁の紫褐色のカキに似た鐘状花をつけ、果実はアケビに似た形で秋に収穫、果肉はやわらかくて甘い、特有のい強い香りがある、ポーポーとも云われる、尚上記<バンレイシ>に就いてはお手元の百科事典でご覧下さい。」

丸木:果物の伯爵ですか、僕も果物の女王と言われるドリアンも考えたのですが、ブラジルではジャカだから発音が全く異なるし解らなくなったのです。家内の故郷のレシーフェはじめ東北地方にはフルータ・ポンがあり、パンレイシに似てますが。生では食べないようですから異品種でしょうね。いずれにしても、有難う御座いました。

杉井:ローボ(大根)は中国語では「芬・/span>卜」 「蘿蔔」と書きます。 
因みにかぼちゃ「南瓜」の他にも西瓜(スイカ)、冬瓜(とうがん)、黄瓜(キュウリ)などがあり、ジャガイモは土豆と言います。

和田:中国語は面白いですね。なまじ漢字で書けば日本語風読み方ができ理解できた気がしますが、発音は全く違うのでしょうね。
じゃがいもが土豆ですか。サツマイモは【南の土豆】【薩摩土豆】でしょうか?

杉井:和田さん さつま芋は甘薯(カンシュ)で日本語の甘藷と同じです。 恐らく中国南部から薩摩に入ったのでしょうね。 ジャガイモは土豆(トウートウ)以外に馬鈴薯とも言いますが、これも中国から日本へ入った外来語でしょうか。
一方人参は元々中国原産では無い様で、胡芬・/span>卜と言うところからペルシャなどの中近東からもたらされたのでしょう。因みに読み方は南瓜(ナンクア)、西瓜(シークア)、冬瓜(トンクア)黄瓜(フアンクア)です。 キュウリは日本語では胡瓜と書きますが。
ところで先日のアルゼンチンご出張の際にMEDELLINのアルゼンチン人の発音は確かめられたのでしょうか?
ペルーで中国レストランをCHIFAという語源も誰方かご存知無いでしょうか。

和田:杉井さん 甘藷、馬鈴薯は、知っていましたが矢張りこれは中国語から来ているのですね。
MEDELLINのアルゼンチン人の発音は確かめられたのでしょうか? 残念ながら確認できまえんでした。
またアマゾンから戻った翌日の9月22日からアルゼンチンに出掛けけますので再度TRYして見ます。
TOMOKOさんにも直接お会い出来なくても電話で聞いてみます。
ぺルーの中国料理店のCHIFAの語源は私には分かりかねます。

丸木:オランダにはエロニンゲンとかグロニンゲンとかゆう都市があるとか、ほんとうですか?

大内:大内@鎌倉です。
> オランダにはエロニンゲンとかグロニンゲンとかゆう都市があるとか、ほんとうですか?
スケベニンゲン(Scheveningen)のことですね。日本人にとっては珍地名ということで結構有名です。実際には北海に面したただのリゾート地なのですが。
このスケベニンゲンのほか、エロマンガ島(バヌアツ)、キンタマーニ(インドネシア)、チンポー湖(中国)など、内外の珍地名の土地ばかり訪問して現地の様子をレポートしている方がいらっしゃいます。
世界の「珍名」所 大集合
http://ankyo.at.infoseek.co.jp/chinmei.html
南米ではアルゼンチンのマルデアホ(Mar de
Ajo)、ペルーのマラ(Mala)、チンボテ(Chinbote)のことがレポートされています。世の中には奇特な方がいらっしゃるものですね。

あや子:丸木さん 思わず大笑いです。
Groningen
Scheveningen
g  や ch はタンを吐き出す様な感じですので、発音が違いますが確かにそのまま読むと、グローニンゲン、スケベニンゲンですね。エロニンゲン も スケベニンゲン も日本語の意味はおなじだから。

内田:あや子さん 博多どんたく、ですか。
九州はさすが外国の窓口ですね。もっともっとでてくると思います。
スペイン語ではbonzo、bionbu、catana、moxa 坊主、屏風、刀、もぐさ(お灸のときの)などがあります。
ああ、いまはオランダ語の話でしたね。
司馬遼太郎の「花神」ではオランダ語の話がでてきます。ありがとうをイキテペイレーゲンといい、当時の蘭学者たちは粋がって、いきてぺい、と言っていたとかがあります。パナマ在勤中、オランダの商社と中米各国で取引あり派遣されているオランダ人に、イキテペイレーゲンを聞いてみましたが、知らなかった。また、例の解体新書ターヘルアナトミアを聞いて見たけど知らなかった。どうなってんの、と思った。
またちょっと返事できない日々が続きます。ごめんなさい。

あや子:内田さん スペイン語からきたものは漢字に変わっているのですね。
これが外来語とはしりませんでした。知る人ぞ知る隠れ外来語ですね。おもしろい!
いつ頃のことなのでしょうか。
オランダ語からきたもの、いくつか紹介します。
コーヒー
ビール
オルゴール
マドロス、デッキ (船関係は多いですョ)
メス (食事にも使います)
ズック靴 (ズックは布の意味です)
スポイト (spuit スパウト)噴霧器
司馬遼太郎の"花神”読みましたが、当時はオランダには縁がなかったので イキテベイレーゲン の記憶がありません。アルファベットで書いてあればさぐれますが、私にもわかりません。
オランダ語で私というのを Ik と書き 発音は ”イク ”でも ク はのみこむのでほとんどきこえません。
日本語にはこの発声がないので、はじめの イキ は私だと思いますが、その先はどう考えても思いあたりません。
子供が幼稚園に行っている頃、(ブラジルからオランダに来て10日目)幼稚園が終わると先生と園児が庭にでてきます。
おやは外で待っており、子供は先生に一声言って親の所へかけてきます。
ある日先生に何て言っているの?と訊ねたところ ”シーマームラ ”というのでびっくり。
私の頭の中は ”島村” Ik zie mijn moeder  イク シー マイ ム  R先生の頭の中と私の頭の中との違いに笑ってしまいました。
イキテベイレーゲン アルファベッドでぜひ見てみたいものです。
解体新書は日本では活気的な出来事でしたが、オランダの中で日本との交流を知っている人はあまりいません。
よっぽど日本に興味をもって自分で調べた人は別ですが。
オランダ人にしたらドイツの解剖学の本をオランダ語に訳し、それが日本に入ったただそれだけです。
内田さんが熱を上げて話しても知らない者にとっては”それが何なんだ。”になるのでしょうね。
内田さん、お忙しそうですね。時間があるときでけっこうですよ。このサイトはまだずーーーと続くと思いますので。

富田:あや子さん、内田さんへの返信にbonzo,bionbu,catana,moxaがスペイン語
から日本語、(坊主、屏風、刀、もぐさ)になった、意のことが書いてありますが、これは反対ではないですか。
日本語がスペイン語になった、例として内田さんは紹介している、のだと思います。
Mexicoでは、Bonzo,Bionbuは日常、使われています。

あや子:富田さん 内田さん そういうことですか。それなら納得。ありがとうございました。

内田:あや子さん 富田さん
富田さんのおっしゃるとおりです。日本語からスペイン語へ入ったことば達です。

あや子:和田さん 伊豆山さん 皆さん 今日は オランダからです。
オランダ人のニシンが好きなのやフランスで活躍している日本人などをみて、家のお店のことを思ってくれる人がブラジルにいるというのはうれしいことです。
伊豆山さん有り難うございます。
ここではニシンは塩ずけで、これは長く保存するために生活の知恵で生まれたようです。シーズンになると6週間ぐらい隣の魚屋さんも売りに出しますが、これをおいしいと言って食べるのは、ほとんどが年寄りです。
家に来た日本人に食べさせても、一口食べて後はダメでした。ニシンが生で売られているのは見た事ありません。
私も母が作ってくれた甘辛に焼いたのが好きでした。この味はオランダ人にも受けるような気がします。客観的な立場からこそ見えるヒント、有り難うございます。
私自身寿司を作るということが、こんなに楽しいことだとは思ってもいませんでした。
ソロバン、機械編み、手編み、茶道と全部最高の免状を持っているのにもかかわらず、免状のない寿司を商売にしている事に自分自身苦笑です。
それとは別に、このサイトを通して受けた自分自身の生き方に対する影響力は多大です。
私達の祖先が歩いてきた道、そして今なお現役で頑張っている人、日系ブラジルあるいはブラジル人の為に日本で手を差し伸べている人・・・・。メールを通して実際に生きた声を聞けることは刺激的です。
和田さんはじめ皆さんに感謝しています。
夏木さんは今でもメンバーに入っているのでしょうか。
去年読んでいた夏木さんのメールさりげない友達と会った時の話しやら、ズッズーと昔々の話などとても楽しみに読んでいましたが、最近見ないのが寂しいです。
また機会がありましたらメール送ってください。

和田:あや子 さん 今回のあや子さんの【オランダ語】の書き込み皆さんが大きく反応して下さりあや子さんの適切なコメントもあり結構長く続きました。1 万語に納まらずはみ出した書き込みを纏めて続編として掲載する予定ですが来週末まで待つことにしました。
またオランダの適当な写真をもう一枚送って頂けませんか?ご協力下さい。
大阪の夏木友子さん(ペンネーム)は、乗馬中の事故?で療養中との丸木さんの情報がありますが詳細は掴めていません。
丸木さんその後の様子を掴んで居られますか?ほんとに寂しですね。夏木女史の書き込みが絶えて久しいです。

丸木:正木さんは半年振りでパソコンのスイッチを入れ、出稼ぎ談義に驚いたそうです。彼女の健筆のカムバックに期待しましょう。
田中首相の母堂が、息子は新潟から東京へ出稼ぎに行ってるとおっしゃったように、故郷を出て稼ぎに行くのが出稼ぎだと思います。故郷に仕事のある人はラッキーな方です。

あや子:和田さん 昨日、アルがアルゼンチンに発ちました。
写真は全部彼が管理しているので、メールをうっておきます。
リマ経由で23時間かかると言うことですのでちょっと時間がかかるかも・・・・。

伊豆山:あや子さん  世の中にない、新しいものを造るのはそんなに簡単ではないと思いますが、ダメモトです。 自分にしか出来ないことと思って、じっくり時間かけて、、。一年後に成果を聞かせて頂ければ幸いです。 



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