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第19回バーチアル座談会 『新春放談 行く年、来る年 2009/2010!!』を開催します。(その1)
第19回バーチャル座談会『新春放談 行く年、来る年 2009年/2010年』を開催したいと思います。メンバーの皆さんの思い思いの2009年と新しい年2010年に寄せる思いを記念に『私たちの40年!!』寄稿集に残して置いて下さい。今回は12月5日から1月5日までの1ヶ月の間に飛び交う皆さんの書き込み、コメント、提案、年末年始の挨拶等なんでも結構ですのでメンバーの皆さん特に常連のメンバーだけでなく初めての方、今年入られた方、これまで黙して語らずだった方等新しい発見、驚きを期待しております。昨年末は279名だったメンバーが現在327名に増えております。皆さん有ってのメーリングリスト宜しくお願いします。発言の際には最初か最後で結構ですのでお名前だけは付けて下さい。
開催1週間で規定数字の1万語に達しそうですので第1回を掲載して置くことにします。今年は、5回位になりそうですね。奮って皆さんのご発言をお待ちします。
写真は2010年のトラ年にあやかって恵子が描いた虎の絵を使用しました。


昨年の第18回の(その1)を始めての方もおられますので参考に下記して置きます。
第18回バーチアル座談会 『新春放談 行く年、来る年 2008/2009!!』を開催します。(その1)
http://40anos.nikkeybrasil.com.br/jp/biografia.php?cod=1332
既に毎年恒例になっている『私たちの40年!!』HPのバーチャル座談会第18回をそろそろ開催したいと思います。今年は、17回の北京オリンピックに付いて語るだけでしたがそれ程盛り上がる事もなく過ぎてしまいましたが、第18回の行く年、来る年 2008/2009は、これから3週間の間にこのメーリングリストで飛び交う話題、発言、クリスマス、正月の挨拶、画像等をその時期を一緒に過ごし共有した証として寄稿集に収録、永遠?に残して置きたいと思いますので皆さんのご発言、書き込みをお願いします。
現在『私たちの40年!!』メーリングリストには279名のメンバーが登録されております。この内の出来れば20%前後に当たる50名程度の皆さんのご発言をお待ちしています。年に一度の書き込み、こんな方も参加しておられたかと驚くようなご発言、是非初めての方のご発言も期待したいと思います。
使用ソフトの関係上1万語で区切りとなりますが、その1で終わって仕舞わないように皆さんの参加をお待ちします。
写真は、行く年である2008年のねずみが富士山にさようならをしている象徴的な写真を野口みどりさんが送って呉れましたのでこれをお借りすることにしました。この写真はみどりさんが芦ノ湖から大涌谷に向かうロープウェイから撮られたものです。

和田:第19回バーチャル座談会を開催しましたが、まだ何方からの発言もありません。今年もトップバッターの丸木さんが書き込まないと誰も発言出来ないのですかね。少し早いですが、気軽に年末年始の語らいを楽しみましょう。

丸木:明日、トロント猛虎会では残念会を兼ね納会です。
来年は虎年、来年おことを言うと鬼が笑うから、それはさておき、行く年の話題はなんと言っても政権交代。あれだけ政権交代を叫び続けた鳩山さん、首相になったら何たるざま。これでは投票した国民はやりきれません。宰相の器でない鳩山さんは歴史的な政権交代を成し遂げたのだから、野田か枝野に代表の座を禅譲し大所高所から政権を見守る国家元首にでもなられてはいかがなものでしょう。

和田:矢張りトップバッターは丸木さんですね。トロント猛虎会の残念会兼納会があるのですか。松本会長始め皆さんに宜しくお伝え下さい。
所で丸木さんも新しい年からは、70の手習いでデジカメの技術を習得してトロントの街の写真を撮り紹介して呉れる計画をしておられるとの事、トロント猛虎会のBLOGだけでなしに丸木さんのトロント便りのBLOGを開設してトロントの街を紹介して下さい。
私も70の手習いで来週の月曜日から木曜日まで夕刻6時から8時まで毎日写真教室に通う事にしました。2週間で8日間16時間の授業です。
畑山美紀さんの写真が何時も上手く撮れており恵子から写真を撮ってBLOGに貼り付けるのならもう少しましな写真(ピンボケ等がない)、芸術性を感じさせる写真、構図、シャッターチャンス等少しは勉強しなさいよ!と云われており発奮して日の長い夏時間中に写真教室に通うことにしました。娘たちの成長振りを残して置いて遣りたいともう35年近く写真を撮り続けており今更とも思うのですが、デジカメの特徴を生かせるように勉強して見ることにした次第です。

和田:丸木さんとの対談の様相を呈していますが、そろそろ他の方の参加もお願いしたいですね。
話題を振ってマリコさんに恵子の素朴な質問をぶつけて見ましょう。恵子が疑問を持っているのはロシア民謡の仕事の歌の2番、「イギリス人は利巧だから水や火など使う ロシア人は歌をうたい自らなぐさめる」との歌詞ですがこれは原曲に忠実な訳なのかどうか?もしそうとすれば現在でもロシアでこんな歌がうたわれているのかどうか?誇り高い?現代のロシア人がこんな歌詞の歌をうたっていないというのが恵子の見解ですが、ロシア民謡もうたわれているマリコさんはどう思われますか?皆さんのご意見も是非お聞かせ下さい。
仕事の歌
(原曲)ロシア民謡
(訳詞)津川 主一 
1.かなしい歌 うれしい歌
  たくさん聞いた中で
  忘れられぬ一つの歌 それは仕事の歌
  忘れられぬ一つの歌 それは仕事の歌
  ※ヘイ! この若者よ
   ヘイ!前へと進め
   さあみんな前へ進め

2.イギリス人は利巧(りこう)だから
  水や火などを使う
  ロシア人は歌をうたい 自らなぐさめる
  ロシア人は歌をうたい 自らなぐさめる
  ※(くりかえし)

3.死んだ親が後にのこす
  宝物は何ぞ
  力づよく男らしい それは仕事の歌
  力づよく男らしい それは仕事の歌
  ※(くりかえし)

伊豆山:では、和田さんの誘いにのって、、、。
ロシア民謡は懐かしいですね。 奥様のご質問は、マリコさんにお任せして、私は別の歌に付いて一言。
私にも、一人前に、マルクスの本なんか読んで、世の中の矛盾に憂れた若き日がありました。
球場前広場のデモにも参加したりしていましたが、彼ら(仲間)の、『君はプチブルだ。』の 一言で他人の意見を葬る彼らのやり方に失望。 一挙に、左翼から軟派に転向いたし、 まことに、快快楽楽、しかし、少々、むなしい学生時代を過しました。 ロシア民謡では、バイカル湖の畔を無上に好み、一生懸命、ロシア語で、但し、多分、ロシア人には、よく分からないであろう発音で、唄ったりしましたが、今は、すっかり忘れました。
ロシア民謡ではありませんが、左翼の連中が唄っていた歌の中で、彼らの目指した意味(革命戦士育成)とは違いますが、もっと一般的な意味で、〔若者よ〕を、素晴らしい歌として、今でも好んでいて、機会があれば、若者に告げる言葉として、この歌を唄いたいと思っています。
丸木さん、サンパウロナツメロ会では、この歌、唄えますか?
若者よ、体を鍛えておけ〜!
美しい心が、逞しい体にからくも、
支えられる、その日が何時かは来る〜!
その日の為に〜、体を鍛えておけ〜!
若者よ〜。
皆さん、いい歌でしょう?

和田:伊豆山さんにもマルクスを齧りデモに参加された時代があるのですね。慶応ボーイで銀座で遊んでいた?伊豆山さんをプチブルと呼んだ戦士?の気持ちも推察できるような気がします。
私は、安保闘争の頃、清水谷に集合し東大生がアジり国会議事堂、首相官邸等にデモるのですが機動隊との衝突となると何故か早稲田、明治が前に押し出されており殴られるのです。だから早明はラグビーが強くなったのですかね。それでも神戸高校の先輩の樺美智子さんは東大でした。機動隊に圧殺されました。デモ隊と機動隊の衝突による数少ない犠牲者でした。この頃のデモ、政治への挫折感が私をブラジル移住と云う選択を選ばせたのだと思います。日本に残っておればと思うことも有りますが、私の人生の選択に悔いはありません。

伊豆山:和田さんは、政治への挫折感を持たれたとの事。 分かる気がいたします。 
私の場合は勉強もつまらないし、女の子とデートを重ねても、常に、むなしさが心の底にあって、幸福感は八分目と云った感じでしたね。
戦後、親が銀座にちっぽけな店を開けていたこともあって、銀座は家の庭みたいな感じでした。 パーティーで知り合った、浅草のヤクザ親分の娘とかと夜の銀座を歩いたら、あっち、こっちで、いい若衆に挨拶され、これはヤバイと、付合うの止めたことがありました。 今となってはみんな良い思い出です。
私の場合も、和田さんや、多くの皆様同様、もし、ブラジルに来なかったら、今のような国際的な人生を送ることもなかったでしょうし、後期高齢者となっても、現役で仕事を続けることもなかったでしょう。 と云っても、これは、自分一人の力ではなく、死んだ女房のお陰でしょう。 
今朝、NHKを見ていたら、ゴリラのオスは、何匹ものメスを従えて、一見、亭主関白みたいだけれど、実際は、メスに都合よく動かされているのだと、ゴリラ博士が言っていました。 人間様も同じですね。 
お互いに人生未だ終わってないから、これから何が起きるかわかりませんが、自分の人生、今のところ、概ね良好と云うところでしょうか。

和田:矢張り伊豆山さんは慶応ボーイで銀座を我が家の庭としてのし歩いていたとの事、プチブルだと云われても文句は言えませんでしたね。
それにしてもあんなにお元気だった奥さまが突然お亡くなりになるとは夢にも思っていませんでした。ポルトアレグレに来られた時にカトリック大学、総領事館等をご案内したのが昨日のように思えます。人生何が起こるか分かりませんが生きている間は感謝して生き続ける事にしましょう。

丸木:丸木で〜す
トロント歌声喫茶の会では「若者よ」を毎回歌っております。
「アムール河の波」や「我らの仲間」とともに学生時代は歌声運動の定番曲でした。
サンパウロの「なつメロ合唱の集い」ではトロントのように歌集は使わず、カラオケで選曲し巨大な画面を観ながらみんな一緒に歌うので、どんな歌が含まれてるかは存じません。

伊豆山:丸木さん 『若者よ』を唄いたければ、カナダまで行くっきゃないか。 遠いなあ〜
若者よをYahooで検索したら、歌詞、楽譜付きで、音楽がなりました。
bunbun.boo.jp/okera/mawa/wakamonoyo.htm

丸木:丸木で〜す
大歓迎ですが、サンパウロでは毎月第1土曜に「なつメロ合唱の集い」をやってるから確かめられてはいかが?来年5月のトロント歌声喫茶の会十周年には愛国行進曲も歌います。「空の神兵」も毎回歌ってます、為念。

内田:伊豆山さん では、わたしも。
キャンプで歌った記憶があります。それと、学生運動の最中に清廉なつどいがあり歌ったかな。40年も前を思い出しました。メロディーはどんなだったかうる覚えです。
聞いてみましょう。思い出すかな。きいたきいた。思い出しました。
全共闘のやつらと一緒に歌った。主義は違ったが、一緒に歌った歌はいい歌だなと思った。内田雅夫くんはたちの秋。かな。

和田:内田さん二十歳の秋、紅顔の美少年だったのでしょうね。全共闘、懐かしい言葉です。皆、歌声喫茶やコンパの席でロシア民謡を唄ったのですね。『若者よ』以外にも『カッチユシャの歌』、『黒い瞳』、『バイカル湖の畔』、『大砲としゃれこうべ』も好きな歌です。丸木さんを囲んでサンパウロで皆で歌えると楽しいでしょうね。

内田:本当にみなさんで歌ったらたのしいだろうなと思います。
インターナショナルの歌、などいいメロディーです。あのころの憂国の学生はどこへ行ってしまったのでしょう。
勉強しない、遊ばない、女に興味がない、ほんとうに繁殖力のなくなった日本の若者たち。すみません。話題を変えましょう。若者よ体を鍛えておけ!!

正木:和田さま、みなさま、こんにちは。夏木@大阪です。
横レスごめんなさい。ロシア民謡大好きなので…。
 夏木も「仕事の歌」時々歌うのですが、恵子さまと同じ疑問を
持っておりました。
 『仕事の歌』の原題は多分『ドゥビーヌシカ』だと思います?
つまり樫の木から作って船などに使われる丸太棒ですから
 この歌はまさしく労働歌=組合の歌?だと思います。
それに何故、2番になってイギリス人とロシア人との比較がでてきたのでしょうか??
 多分、夏木の推測ですが、改作されて革命歌として歌われてきたところにあるようなに思います。
 事実、革命歌としても歌詞があるそうです。夏木は残念ながら存じませんが・・・。
 そのあたりに謎をとくカギがありそうな??気がしますが・・・。
 帝政ロシアの圧制下、自由にならない言論を



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