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埼玉から来島、再会喜ぶ 南海日日新聞より
『私たちの40年!!』メーリングリストのメンバのお一人鹿児島県霧島市国分にお住みの前田久紀さんが兄、弟さん(埼玉県在住)と3人で満州で同じ社宅に住んでおられた朝倉トミ子さんと64年振りに奄美大島で一堂に会し、朝倉さんと旧交を温めたとの南海日日新聞の記事、話題の最前線をワードに転換し新聞社にお願いしてオリジナルの写真を取り寄せて『私たちの40年!!』寄稿集に原稿を寄せて呉れました。
前田久紀さんとは今年5月に鹿児島を訪れた時に南九州から宮崎経由、大分迄車で名所を案内して頂き4泊5日ご一緒させて頂きほぼ同窓に近い年齢から色々越し方行く末を語り合う機会があった。
又前田さんの国分のご自宅の近くにある畑に植わっていたケラマツツジ、アマミサイシカの苗をお土産に頂きブラジルに持ち帰り現在、育てている。その内、接ぎ木等で増やして行きたいと思っている。ブラジルから送ったイッペーの種、パラナ松の実等も育てて頂いており園芸の先生でもある。


南海日日新聞・2010年6月5日掲載記事

 特集記事:話題の最前線

  満州引き揚げ64年ぶり

    埼玉から来島、再会喜ぶ
       ━ 朝倉さんと前田さん兄弟 ━

 太平洋戦争中、中国の旧満州で家族同然に暮らしながら、戦後離れ離れになった、奄美市在住の女性と埼玉県に住む男性らがこのほど、奄美大島で再会を果たした。男性らは三人兄弟で、このうち長男と三男が女性と再会したのは六十四年ぶり。四人は遠い記憶の中に互いの面影を探しながら、手を取り合って再会を喜んだ。
 
 奄美市名瀬に住む朝倉トミ子さん(81)との再会を果たしたのは、前田信良さん(71)=埼玉県埼玉市=、久紀さん(69)=霧島市=、博さん66)=埼玉県伊那町=の兄弟。
 朝倉さんは満州電信電話株式会社の電話交換手として1944年に奄美大島から一人で満州間島省に渡った。前田さんの父親は勤務先の同僚だったことから、「同じ社宅で生活しており、家族同様に接してくれた」(朝倉さん)。
 終戦を迎え、前田さん一家は四十六年秋に一足先に帰国、朝倉さんも翌年二月に奄美大島に引き揚げた。信良さんは「終戦のどさくさで、別れを惜しむ間もなく引き裂かれた」と話す。
 その後、鹿児島市役所入りした朝倉さんは、電話交換手時代の職員名簿などを手掛りに根気強く前田さん一家を探し、約三十年前に消息を確認。すでに両親は亡くなっていたが、信良さんら兄弟と年賀状や手紙のやり取りを続けていた。
 同じ県内の久紀さんと朝倉さんはこれまでに数回対面したことがあるものの、それぞれの仕事の都合などから全員が一堂に会する機会に恵まれず、今年ようやく実現した。
 前田さん兄弟はそれぞれの家族を伴って今月一日に奄美大島入りし、朝倉さんと再会した。「はじめのうちは(朝倉さんの)面影が、なかなか思い出せなかった」と話す信良さん。しかし、当時の話をしながら、少しずつ記憶の糸がほどけ、次第に目頭に熱いものが込み上げてきたという。
 前田さんらは四日まで滞在、島内各地を観光し、奄美の歴史にも理解を深めた。「奄美が沖縄と同じく、米軍政下にあったことを初めて知った」などと話す信良さん。朝倉さんとの再会を喜ぶとともに、今後も変わらない親交を約束し合った。



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