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≪ロシア四方山ばなし≫ 藤沢 晴巳さんのロシア紀行
『私たちの40年!!』メーリングリストのメンバーのお一人でポルトアレグレ市の近郊、サンレオポルドに住んでおられる藤沢 晴巳さんが≪ロシア四方山ばなし≫と言う面白い紀行文をメーリングリストに投稿しておられます。
最近『私たちの40年!!』寄稿集は、順調なアクセスと突然変異的なアクセスを記録313万回を記録していますが、寄稿集の更新が出来ておらず皆さんのMLへの投稿も利用させて貰い更新して行こうとの方針を立てました。その第1弾として藤沢さんのロシア紀行を使わせて頂くことにしました。
写真は、5枚程送って頂いているのですが、サンクトペテルブルグのネバ河畔に佇む藤沢さんの旅愁溢れる写真をお借りする事にしました。皆さんのコメントも一緒に掲載して置きます。


ロシア四方山ばなし (前) 藤沢さんからのお便りです。

皆さん
  藤沢です

先日TVニュースでロシアのプーチン大統領が、議員の汚職を防ぐための法案が可決されたあと、これでロシアの汚職は減るだろうと話していました。自分と取り巻きたちが随分派手にやっているらしいのに、「言うものだなあ」と変な感心をしながら聞いていました。GDPではロシアは日本にはるかに及ばないのに、国際的な影響力では日本がはるかに及ばない原因は、こんなところにあるのかも知れません。杉井さんと前田さんが以前紹介されていましたが、汚職はお隣の中国もずいぶんひどいようですね。思い出したのは、2年前、プーチン氏が首相、メドベージェフ氏が大統領だったころ、ロシアを旅行したときに目にした汚職にまつわる実見話しです。一人旅でした。四方山話しとしてお読みください。
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(その1)
ヘルシンキからサンクトペテルブルグへは約400km、近いのでバスで移動しました。40人ぐらいの乗客のなかに、アルゼンチンからの3人の一家がいて、バスがロシアの入国審査所に着いたときに彼らにちょっとした事件がおこりました。私もふくめて他の乗客にはすぐに入国許可が下りたのですが、アルゼンチンの3人が審査所から出てきません。1時間たっても、2時間たっても出てきません。フィンランド側の審査所には土産物屋とかスナックがありましたが、こちら側にはそんなものはありません。周囲は針葉樹みたいなくすんだ色の樹木ばかりで、民家もない寂しい風景です。季節は9月、あのあたりは午後になるとさすがに肌寒く、それでも乗客の多くはバスのなかにも入らず、半ば不平まじりに、「どうしたのかなあ」などと話し合っていました。

そのうちに、何故彼らが足止めを喰らったのか、話が伝わってきました。この3人はアルゼンチン人ですが、イタリアのパスポートも持っていて、ヨーロッパにはフランスからイタリアの旅券で入りました。その後あちこちヨーロッパをまわったあと、ロシア入国時にはアルゼンチンの旅券を提示したと言うのです。ロシアは、イタリアには要求するビザを、アルゼンチンには要求しないからです。ヨーロッパ上陸の記録のないアルゼンチンの旅券を見たロシアの審査官に、「アルゼンチンからロシア内陸の国境までどうやって直接来たのか」と言われたのかもしれません。言いがかりだと思います。EUはアルゼンチンにビザを要求しないのですから、フランス上陸のとき、はじめからアルゼンチンの旅券を使えば良かったのです。イタリア旅券の方が格上、との子供っぽい、しかし何となくもの悲しくもある優越感でも持っていたのかな。

そのうち3時間ちかく経ってから、3人がようやく出てきました。それほど疲れたようにも見えませんでした。ロシアはソ連時代から融通が利かないことで有名でしたので、私は思わず傍にいたスペインからの夫婦者に、「ロシアも変わったなあ、良くなったなあ」といったところ、ニヤニヤしながら「あんたはアマい、カネだよ」と言われてしまいました。後で、ためしに当のアルゼンチン人に「カネか」と尋ねたところ、答えは「そうだ」でした。それにしても、亜人も、露人も、3時間近くも何を話し合っていたのか、黙りこくっていたのか、あるいはにらみ合っていたのか知りませんが、良くも粘ったものです。私にはとても出来ません。

(注)写真を2枚添付します。1枚は、サンクトペテルブルグのネバ河畔の風景です。イタリア人による都市計画のため、町並みはベニスに良く似ています。もう一枚は、イサク大聖堂、サンクトペテルブルグで最も高い建物です。ドーム屋根のぐるりの展望台からは、美しい町並みが一望できます。すばらしいとしか言いようのない眺めです。正面に見える円柱には、ドイツ軍のサンクトペテルブルグ(当時はレニングラード)包囲戦のときの弾痕が残っていました。大理石のため、修理しても元にはもどらないし、戦争の記憶を消さないためにも、そのままにしてあるとか言っていました。(続く)


ロシア四方山ばなし(後) 藤沢さんからのお便りです。

藤沢です。
前回の続編をお届けします。

(その2)
モスクワでの出来事です。ホテルには午後3時頃着いたので、近くをブラブラすることにしました。"Crowne Plaza"という名のモスクワ川沿いに立地のホテルで、歩いて、当時は首相のプーチンの詰める首相府には5分ぐらい、メドベージェフのクレムリンにも30分ぐらいです。モスクワのど真ん中です。部屋に荷物を置いた後、フロントの階でエレベーターを降りたところ、エレベーター待ちのためのソファに、上品な身なりの30歳前後と思われる二人の女性が座っていました。チラッと見ただけですが、二人とも美人だと思いました。そのときは別にどうということもなくそのまま外に出ました。かれこれ一時間以上も歩いたあとホテルにもどり、こんどはエレベーターに乗ろうとフトみたら、先ほどの女性たちが同じソファにまだ座っていました。思わず視線を向けたら、そのうちの一人がにっこり微笑むではありませんか。何か話がありそうだったので、そばに行って、促されるまま一緒に座り、「やあ」とか「どこから来ましたか」とかどうでも良いことを話しているうちに、「今宵ご一緒にいかが"What about a nice evening with me? "」、と切り出されました。私は英語が苦手ですが、それでもこれはすぐに分かりました。彼女たち、高級コールガールだったのです。話し方は落ち着いていて、下卑た感じは少しもありません。英語があまり通じなかったロシアでこれを話せるところをみると、彼女は案外高学歴なのかもしれません。「すばらしい宵」は300ドルだ、と言いました。

このホテルは四つ星ですから、いい加減なホテルではありません。旅行社が選んでくれました。ドアマンのほか警備員らしき人もいて、内部にはコンベンションセンター、国際通信室、ブチックや小さいながらスーパーもあり、立派なレストランも4,5軒ありました。その内の一つは、「柳」という名の和食レストランです。ビジネス客が、外に出なくても用が足りるように設計されたホテルのようです。黒っぽいスーツのいかにもビジネスマンといった感じの人たちが多く行き交っていました。ロシアでは、とくに政府系の企業とのビジネスには賄賂がものを言うのだそうで、外国企業から来るビジネスマンは、多額のカネを持ち歩くということは聞いていました。

コールガールの狙いはこれです。好色ビジネスマンが不用意に姫君を自室に入れると、300ドルだけでは済まず、時には眠り薬を巧妙に盛られたりして、目がさめたら金目のものをゴッソリやられていたりする、とは前から知っていました。しかし、まさか私のところに来るとは想像もしていませんでした。私を大金を持っているビジネスマン、と思ったのかも知れません。売春組織を牛耳っているのはロシアマフィアだそうで、誘ってくれた件の女性は、映画「ウエストサイド物語」に主演の、ロシア系の米女優ナタリー・ウッドに何となく似ていました。私の好きな女優でした。ホテル側がこんなことを知らないはずはなく、マフィアの活動を見てみぬふりをしているのでしょう。
最後に。私好みの美女のせっかくの誘いでしたが、おことわりしました。
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この旅行では、サンクトぺテルブルグとモスクワ、それにモスクワ近郊のロシア正教の聖地を訪ねました。どこも大変美しいところばかりでした。ただし残念ながら、人間は不機嫌そうなブスッとしたのが多く、笑う筋肉が退化してしまっているのか、と思ったほどです。

ところがロシア人には、「北のラテン人」との異名もあります。たとえば、あのピョートル大帝は若い頃、船大工修行などでオランダに滞在したとき、のちに忠実な親衛隊となる取り巻きたちと、連日のように酒盛りや乱痴気騒ぎをし、宿の備品は壊す、床を使い物にならないほど汚す、夜遅くまで大声や物音をたてて騒ぐなど、宿に散々迷惑をかけたそうです。彼等同士ではお祭り騒ぎ、それもバカ騒ぎが好きなようです。サンクトペテルブルグでは、私の泊まったホテルの宴会場で、若者たちがディスコをやっていました。ここまではどこの国でもあることです。ところがこの後は例によってバカ騒ぎでもやったのか、翌朝早く散歩に出てみたら、ホテルの前の道路にたくさんの酒瓶の破片が散乱していました。ホテルの人に聞いたところ、警察も来たそうです。街中では不機嫌そうなロシア人が、どんな顔でお祭り騒ぎをするのか、多少興味があります。

ロシア人が不機嫌な顔をしているのは、ジンギスカン(一族)だの、ナポレオンだの、ヒトラーなどに散々苦しめられたので、外国人と見れば警戒するのが習い性になってしまったのかも知れません。ロシア旅行中、私は愛想の良いブラジル人が懐かしくなりました。ただしロシア人の名誉のためにつけ加えれば、彼らの中にも愛想のよい人は勿論いました。道案内を乞うと、言葉は分からなくても一生懸命教えてくれた年配の方とか、子供ずれの中年のご婦人は忘れられません。

サンクトペテルブルグに記念艦として繋留されている、帝政バルチック艦隊の巡洋艦オーロラ号の写真を貼り付けておきます。オーロラ号は日露戦争での日本海海戦で横腹に大穴を明けられながらも、生き残りました。そのときの様子の絵が館内に展示されています。その後、ロシア革命では、皇帝側、革命側双方がお互い怖くて手を出しかねていたのに業をにやしたオーロラ号が、皇帝の住む冬宮(いまのエルミタージュ美術館)に艦砲を撃ち込み、これがキッカケで戦端が切って落とされ、勝敗はあっという間に決しました。レーニンでさえあれほど簡単に革命が成就するとは思っていませんでした。オーロラ号がロシア革命の主要因でないのは言うまでもありませんが、それでも、革命をひいては世界の歴史を突き動かした軍艦と言って差し支えないと思います。

クレムリン内の武器博物館前に展示してある、ナポレオンの置き土産の写真も貼り付けます。ロシアでの戦いで破れたナポレオン軍が、敗走時置き去りにした大砲の写真です。あんな大口径の砲や弾丸を、フランスから馬に引かせて何千キロも行軍した苦労が偲ばれます。
他の1枚は、ロシア正教の総本山トロイツェ・セルギェフ大修道院で、カトリックではバチカンのサンピエトロ大聖堂に相当する宗教施設です。ロシア人は信仰心の篤い国民だと思います。

(コメント集)
藤沢さん
ロシア四方山ばなし(前)送付有難う御座います。お一人でロシアまで行かれたのですね。後編を楽しみにしています。
現在泊まっているニッケイパレス8階では、無線が通じずケーブルも昨夜から不通、やきもきしていますが、ロビーまで降りれば無線が使えるので何とか交信が可能だと思います。
これから又書道展会場に向かいます。明日にはポルトアレグレに戻る予定です。
ではまた。

藤沢さん
まだニッケイパレセのロビーに座り込んでいます。そろそろ書道展の会場に出掛けないといけないのですが、インタネットが繋がるとついつい座り込んでしまいます。
藤沢さんのロシア四方山ばなしには写真が添付されていましたのでBLOGにも転載させて頂きました。
下記URLです。
http://blogs.yahoo.co.jp/yoshijiwada2/33517184.html

藤沢さん 前田です
ロシアの入国審査所のお話、おもしろく読まさせて頂ました。
3時間はすごいですね。
ロシアには行ったことがありませんので、是非行きたくなりました。
ところで、藤沢さんが横浜の西郷さんに訊ねられた原発に関する質問事項の返答を期待して待っているにですが、見過ごしてしまったのでしょうか。
見られないでいます。

前田さん
ロシアは面白い土地です。
他のヨーロッパ諸国とはかなり異なるところが面白いとおもいました。
警察官や軍人に、おどけた仕種をすると、悪意はなくても拘束されることがあるそうです。
周辺の国もおすすめです。私はとちゅう、スエーデン、エストニアにも行きましたが、知りあった人はロシアを悪く言っていました。先日引退した元大関バルトはどう言いますか。
西郷正雄さんには、手違いか何かで、まだお読みいただいていないようです。
こっちはパソコン音痴、あのメールなんとかを探し出してもう一度送ります。
藤沢

藤沢さん
その後、原子力に関する質問を出していただけたのでしょうか。
最近いろんなメールが非常に多く入るものですから、「私たちの40年」のメールにおいてもたくさんのために、タイトルによって、見ないメールもございます。
私宛がわかるようにタイトルを付けていただきたく宜しくお願いします。
もし可能なら、ccのメールアドレスにも合わせて配信していただくと見落とさないと思います。
申し訳ありませんが、貴殿から私宛の質問のメールを見落としているようです。
再信お願い致します。
西郷 正雄

藤沢さん 西郷さん 前田です
多分、これだと思いますが。
添付します。

前田さん
これです。有難うございました。
「あれほど教えたのに、まだ分からないの」と娘に叱られずにすみました。
西郷さん
これですので、よろしくお願いいたします。
藤沢

藤沢さん
内容については、添付の通り了解しました。
ただ、ご返事は、少し時間がかかりそうなので、そのつもりで宜しくお願いします。
西郷正雄

西郷さん
分かりました。
西郷さんのお時間の許すときで結構です。
急ぐ必要はまったくありません。
藤沢

藤沢 さん
ロシア四方山ばなし(後)有難う御座います。楽しく読ませて頂きました。
藤沢さんは、一人旅を楽しまれるようですが、一人旅もよさそうですね。色々チャンスも出てきたり。。。
私は、慣れっこになっているので伴侶同伴(食堂に弁当を持参すると何時も丸木さんが文句を云っていますが)しか考えられませんが。。。サンパウロ3泊4日が終わり今、帰宅しましたが、これからクリチーバに3泊4日(1泊夜行バス)、秋の日本3週間、12月にはクリスマスイブから大晦日まで7泊8日でぺルーに出かけます。来年は、またヨローッパ、地中海のクルーザ等を計画しています。
ロシアにもその内行って見たくなりました。
下記BLOGに転載させて頂いています。
http://blogs.yahoo.co.jp/yoshijiwada2/33523421.html

和田さん
お読みいただき有難うございます。
メールが長すぎる、と注意されると思っていましたが、それもなく安心しています。
今度書くときはもっと短くまとめます。
藤沢

藤沢さん 前田です
読む方はもっと長い方が面白いのですが、ブログ管理の和田さんはそうもいきませんね。
高級ホテルをあまり利用しないので、美女に話しかけられた記憶がありません。
部屋で、顔が見えない電話を頂いたことは数回ございます。
ロシア、是非行きたいです。

藤沢さん
書き込みは、後編が2600字、合計で4300字程度の短い文でした。前田さんが云われるようにもう少し長い方が良かったかも知れませんね。前後編を纏めて『私たちの40年!!』寄稿集に収録させて頂く事にしましたのでご了承御下さい。






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