HOME  HOME ExpoBrazil - Agaricus, herbs, propolis for health and beauty.  Nikkeybrasil  編集委員会  寄稿集目次  寄稿集目次  通信欄  通信欄  写真集  リンク集  準会員申込  em portugues




でっかい尻   井川 實
井川 實さんは、物書き志望でこれまでにいくつもの作品を書き残しておられますが、拓殖大学在学中にリオに研修に来て居られた時の実体験をそれは見事にショートショートに纏め上げられた作品がを最近【私たちの50年!!】メーリングリストを通じて送って呉れましたのでホームページにも残して置きたいとおもいます。井川さんは、直接のブラジル移住は、諸事情があり実現できませんでしたが海外に飛び出した拓殖大学の仲間達の集まり≪桂会≫の会長、事務局長として日本サイドで長年皆さんの面倒を見て来られました。最近は、ブラジル国花イペーの花を日本に咲かせたいと云う≪花咲爺の会≫会長に就任し日本各地、特に耐寒性の問題から育たないと云われて来た関東以北にも植樹しており2018年の日本移民110周年までに横浜の山下公園にもイペーを植えたいと努力しておられます。
写真は、でっかい尻のペレの後姿を探したのですが見つからずサントス時代の写真を使用しました。


でっかい尻   井川 實

その小さなカフェバーはコパカバーナの襄通りにあって、いつもぎっしり客が詰っていた。
日本からブラジルヘ留学中の私は、学校への行き帰りに毎日その前を通っていたが、うさん臭い奴等がたむろしているように思えて一度も入ったことはなかった。
ところがその朝、その店の前を週ると、私を待っていたように、四人ほどの男がとび出して未て私の行く手を塞いで、いきなり、「セニョール、カフェは嫌いですか?」と訊いた。言葉は丁寧だが眼は鋭い。
「いや、カフェは好きだけど……?」と私は答えて周囲を見た。どうも様子が変だ。
閣けっ放しの店の内に立ってコーヒーを飲んでいた沢山の客も白衣のバーテンダーも子供のウエイトレスも全員がこっちを見ていた。
「じゃあ、一杯どうかね?……」一人の男が私を誘うように私の手を引いた。
「……いいよ。カフェにしよう」観念して私は店へ入った。
労働者風の男達の体温と体臭でむせるようだった。
ポケットから十円ほどの札を出してカウンターに置くと、
「はい(シン)セニョール、カフェジーニョ!」 
バーテンダーがにこやかに出してくれたデミタスカッブを二本の指でつまんで唇を寄せて、キスをするように熱いコーヒーをチュッと吸った。一瞬周囲がシーンとしたようだった。
「味はどうかれ?」耳のそばで誰かが低い声で訊いた。
「美味いー・ムイトーペンー・」私は正直に答えた。
実際、そのコーヒーは、私がブラジルで飲んだ最高のカフェだった。
ワーーーーッ ピィーーーーッ
そのとたん、店の中が笑いと畝声とロ笛と拍手で割れるような騒ぎになった。
腹を飽えて笑っている人、隣り同志で握手して喜んでいる人、そして私に握手を求めてくる人もいたが、とにかく全員が嬉しそうにゲラゲラと大笑いしていて、笑ってないのは、初老のバーテンダーと私の二人だけだった。
「みんなはあんたがカフェを飲んで美味いという方に賭けて、勝ったというわけさ」
バーテンダーは両手を広げて諦めた仕草をしてから私に説明してくれた。
「そうさ。十日も前からみんなで賭けてたんだぜ。あの日本人(ジャポネス)の『鉄のケツ(クー・デーフェーロ)』がフェを飲むか、飲まねえか、ってな……」と私の隣にいた黒人が言った。
「何ですか、その鉄のケツて……?」
「勉強ばっかして座っている奴のことさ」
と、その隣りのイタリア人が教えてくれた。
それで私も笑った。ガリ勉を鉄の尻とは上手いシャレだと思った。  
すると、そのまた向うにいた背の高いアフリカ系の青年が手を伸ばして私の肩を叩いて、「早く恋人(ナモラーダ)見つけろよ」と嬉しそうに笑った。歯と目だけが白い人なつこい顔だった。
彼はくしゃくしゃの札を出してカウンターの上へ置いて、私に、「もう一杯どう?おれのおごりだ」と言ってバーテンダーにウインクした。
それから彼は周りの連中と片っぱしから握手して店を出て行ったが、その後姿はまるで猛獣のようで、特に下半身が凄かったので、思わず私はバーテンダーに訊いた。
「すごいでっかい尻だけど、あの人、何する人……?」
すると、一瞬バーテンダーの顔がボカーンと呆れて、その眼がまじまじと私の顔を見た。
「あんた、ほんとうに、彼を知らないの?ほんとうに・・・・?」
ソクラテスのようにいかめしかったギリシャ顔が一気に崩れて彼は店中に響くような大声で笑い、そして叫んだ。
『ワーッハッハ、おーい、みんな、聞いたかよ?でっかいケツの男だってよー
世界のペレの名前を知らねえんだとよ!!
どっとまた店の中に笑いと歓声と口笛の渦が沸いた。
一九六三年の秋だった。
『ほら、でっかいケツのおごりだぜ』
バーテンダーが出してくれたカフェジーニョを私は笑いながら啜った
今でも覚えているが、香気に充ちた最高のカフェだった。

(井川さんの注書き)このエッセイは2009年のUCCコーヒーエッセイに小遣い稼ぎに出したもので、先日GOOGLEでほかの資料を探していたら出てきたので、(いがわじつ、で検索すると全文一括スライドで出てきますが、送り方がわからなくてバラして)送りましたが、思いもかけずお目に留まり、恐縮しております。



アクセス数 4561964 Copyright 2002-2004 私たちの40年!! All rights reserved
Desenvolvido e mantido por AbraOn.
pagina gerada em 0.1286 segundos.