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第31回バーチャル座談会『新春放談、行く年来る年2016/2017』(その3)
第31回バーチャル座談会『新春放談、行く年来る年2016/017』(その3)は、伊豆山大老の安倍総理の真珠湾訪問時の演説に付いてのコメンントに多くの皆さんが思い思いの75年前の出来事と現在を比べ合わせてのコメンント寄せて呉れました。これぞバーチャル座談会の醍醐味、上手く時系列に従い拾い集めることが出来たがどうか自信がないのですが、1万語になったので掲載して置きます。写真は、やはり安倍首相の真珠湾における頭を下げる写真を地元紙から借りて掲載して置く事にしました。


伊豆山:昨夜、偶々テレビを観たら阿部総理の演説が映し出されました。演説の内容は概ね好感を持ちました。
総理は既に戦争を知らない年代ですが、『海ゆかば』を聴きながら太平洋に沈むのが自分の運命と決めて育った私にも違和感を持たずに聴ける、日米双方に配慮した演説だと感じました。
演説を聴きながら、次のことが私の頭に浮かびました。
終戦直後、アメリカは食料に飢えた日本人に食料をくれた事への謝意を首相は述べましたが、アメリカが日本憲法に民主主義と言論の自由を強いた事には触れませんでした。
戦後の日本の繁栄、我々の今の何でも物が自由に言える社会があるのは一にこのアメリカの押し付けがあったことを今の日本人は知ってほしいと私は常々思っています。
又、戦争直後、引き続き、多大の犠牲を払って共産主義を38°線以北に食い止めたのはアメリカであり、このことは日本に多大の恩恵を与えたのですから、日本人はもっとアメリカに感謝すべきと私は思います。
勿論、アメリカはそれを日本の為よりも、自国の為に行ったことは、間違いないのすが、結果的には日本に多大の恩恵を与えたことは事実なので、日本人は謙虚にアメリカに感謝するべきと私には思えるのです。
言論の自由は空気なようなもので、あって当り前ですが、いざ、不足すると、その有難みが如何に大きいかに人々は気付くのでしょう。
謹賀新年

和田:伊豆山さん 伊豆山さんのバテパポに書かれた安倍総理の真珠湾における演説を聞きながらの投稿を読みながら伊豆山さんのご意見に共感を覚えています。伊豆山さんの方が大先輩で私は、太平洋戦争と共に生まれ育った戦後派ですが、アメリカにもっと感謝すべきだとの伊豆山さんのご意見には、大いに賛同します。好きな時に好きな事を言える自由(この私たちの50年!!メーリングリストの基本方針)は、アメリカのお陰ですね。バーチャル座談会にも残して置きたいので皆さんにも転送させて頂きます。来年も4月には日本に行っておられないですか?良きお年をお迎えください。

加藤:伊豆山 様、私は、ララ物資で命を繋いで貰った一人です。
脱脂粉乳、粉末卵、そして、なぜかお米の代わりの干しぶどう。配給されたこれらの食糧に私は、今と違う世界があることを知りました。何とか世界をこの目で確かめなければと小さい心を決めたものです。
安倍総理は、こんな子供の感謝の気持ちを、伝えて下さいました。

山岸:伊豆山 さん、ご無沙汰しておりますが、御活躍のご様子ご同慶の至りです。貴兄のお説、私も 戦後 カルメ焼きで糊口をつないだ、世代ですが真に的を居たお説で、戦後日本が復興を果たした原因は アメリカの占領政策に有った、と思っています。

伊豆山:山岸さん お元気で何よりです。 今年は税関のストライキで、散々な目に逢いました。
11月には、部品の入荷がとまり、売上が上がらず、資金ショートをきたし、散々な目に合いました。そんな訳で、マナオスの年末フェスタには行かず、山岸さんにもお会いするチャンスを得られませんでした。
未だ、四苦八苦していますが、回復しつつあり、今年は順調な経営が出来ると思っています。まあ、又、何が起きるか分かりませんが、、。
山岸さん、ご家族共々、良いお年をお迎え下さい。
2017年も元気で行きましょう。

内田:伊豆山さん ご無沙汰しております。神戸住吉の内田です。アメリカの強制のおかげで、言論の自由などを手に入れることができたというお説。
全く、共感を覚えるとともに、アメリカの占領政策をそういう視点から見ることもできるのだと眼からうろこの気持ちがしました。
39度線で共産主義の浸透を食い止めたことも、納得できます。
それにしても、昔から外圧がなければ自分自身では変わることができない日本、日本人、これはどこからくるのかなと改めて考えさせられるお説でした。

伊豆山:内田さん ご返事有難うございました。戦前の日本には、言論の自由がありませんでした。例えば、中国から撤兵せよなど、誰も口に出来ませんでした。
あり得ないと思うかも知れませんが、本当の話で、誰かその様なことを口にしたら、赤(共産主義者)或いはアメリカのスパイとして、投獄されました。例え投獄されないにしても、周囲から村八分にされ、徹底的に虐められました。
付和雷同者は戦争を支持し、戦争に疑問を持つ人々を虐め抜きましたが、戦後途端にアメリカ様々に変身、又は、正反対に反米、親ソの輩に変身いたしました。
その醜さは終戦当時小学六年生の私にもありありと見えるものでした。そう言う混乱の中に日本人は正しい歴史を見失って行ったのです。
私は将来にはあまり危機感を持っていません。それは今の若者が我々より遥かに利口だからです。ですから、私は彼らに自分の経験、事実は話しますが、意見は言いません。云う必要がないのです。
お互いに将来を信じて、年老いて行こうではありませんか。

内田:伊豆山さん 「言論の自由」は空気みたいなものでありがたさはわからないのでしょう。
パナマ駐在中の80年代は、ノリエガ将軍の独裁時代で、ノリエガのことをたとえ、日本語でもしゃべるのはちょっと気味がわるかったです。だから、ノリエガをノリエガちゃん、とかノリちゃん、とか、それでも心配で、ちゃんノリ、とか言っていました。密告スパイがいるとかでビビったことを覚えています。その程度でも、不気味でした。
若い人には、事実は言うが、意見は言わない、との事。実は、その点は今年の初め、家内に指摘されそのようにしようと努めているところです。
家内いわく、若い人はずっと将来のことを不安に思い、一所懸命考えている、レールに乗っていたらよかったあなたたちとは違い、よくよく考えているよ。だから、生半可な「経験」などからくる意見など、言っても無駄だし、それ以上のことを考えています。と。
そのとおりだと思います。伊豆山さんがいわれるように将来を信じ、若者を信じ、そして、若くありながら年老いていくように努力します。

広橋:伊豆山さんの意見に大いに賛同します。私は終戦の年の3月に11人兄弟の末っ子として生まれました。その後、苦しい時代でしたが、なんて幸せな(平和と繁栄と自由平等)世代に遭遇したか、何度も自分の時代に感謝しました。

井川:伊豆山さんのご意見に大賛成・同感です。私は戦前派の伊豆山さんのやや後輩の焼跡派で、終戦時7歳でしたが、アメリカの援助のおかげで始まった学校給食の嬉しさ・有難さは一生忘れないでしょう。そして自由と民主主義・・・これらは現在の日本の基盤となったものですね。そして、私は70年間の日米安保条約の恩恵を忘れてはならないと思います。その間の不戦、軍備の軽減のおかげで、いまの豊かな日本があると言っても過言ではないと思います。末筆ですが、伊豆山さん、お元気で、よいお年をお迎えください。 感謝!!

伊豆山: 和田さん、広橋さん、井川さん、ご賛同有難うございます。

都賀:伊豆山さん 仰る通りだと理解しますが、小生の個人の問題でアメリカ命令を称賛できません。個人の問題ですが、占領軍は日本で農地解放を命令しました。
両親にとっては突然だった、予測できない母が小生を身籠った後に公布された。
子沢山(7人)を持っていた父は 農地解放が公布された時に、そのインパクトの大きさ(小作地からの上がりで生活しており農作業をしていなかったので金も米もなかった)に驚き小生を堕胎することを母に命令しました、しかし泣きくれる母を見た祖母が *生みなさい、私が育てます*と叱咤激励された御蔭で小生は生まれることが出来ました。 これを知ったのは進学時に戸籍謄本を取り寄せたときに 豊一(父)の 六男、名前は 五郎 を見て 驚き 母に詰問して やっと祖母が 名前 五郎を 主張して 戸籍上は六男でも 名前を五郎と入籍させたのでした。ですから米軍の強制でされた 農地解放の言葉は 大嫌いです。

和田:都賀さんの占領軍アメリカの農地解放令の実害を被った辛い歴史を知り驚いています。それにしても現実を見据えたご尊父の命令を却下されたおばーちゃんの英断は、凄いですね。五郎さんの命の恩人です。大地主として小作料で悠々と食っていけた都賀家にとっては、小作人に土地を分け与えるのは占領軍の命令とは言え辛かったでしょうね。小作人たちは大喜び。悲喜こもごもの戦後の出来事ですね。それにしても実害を受けた方がおられるとは驚きでした。良く聞かせて呉れましたね。アメリカと云うより占領軍の政策に涙をのみ実害を受けられた都賀家の皆さんに同情します。生き延びられた都賀五郎さんに万歳です。長生きして下さい。

丸木で〜す 東芝で同期の男が云ってました。上智大学、ニューオータニ、文芸春秋社等々のある紀尾井町は終戦まで彼の祖先の土地。彼の父親は最後の宮内大臣、所有してた土地を没収され失意の末に亡くなったとか。没落貴族の末裔でしょうか。人それぞれ終戦の被害者も居れば恩恵を受けた者も居ますから、一概に日本の敗戦を善悪決めつけられません。

伊豆山: 都賀さん それは大変でしたね。我が家は東京なので、農地を失うことはありませんでしたが、父が他の株を売って、満鉄の株に替え、仰山持っていたらしく、戦後母は父の才覚の無さをなじっていました。
又、多数の借家が全部爆撃で焼失し、店子がバラックを建てたのを、親父が気の毒だからと、追い出さずに居住を認めたのが仇になり、居住権が発生し、追い出せなくなり、全部失いました。幸い住んでいた家は焼けずに残り、露頭に迷うことはありませんでしたが、、。終戦時、兄は中学二年、もう少しで召集状が来る年でしたから、終戦を告げる玉音放送には、止めどなく涙を流し、僕と弟に、『お前たち良くお聴き、、。日本には天皇陛下と云う偉い方がいて、戦争を止めてくれたのよ。有難いこと、感謝しなさい。』と何度も言いました。母にとっては子供を戦争で死なせずに済んだことが、何よりも有難いことだったのでしょう。戦争で、資産も、商売も失い、呆然としていた父に母が立ち上がり、必死の行動を起こすのですが、話が長くなりますので、この辺で、止めます。都賀さん家も、大変だったでしょうが、我々こうして生きていられることは、有難いことかも知れません。

丸木で〜す 日本で平和が続いてるのは結構な事で異論の余地は御座いません。但し、米国の傘の下で何の準備もせずに安保により米国が守ってくれると誤解してたら、あっと驚く為五郎ですよ。米国の新政権の顔ぶれが歴然とそれを示してます。米国の仮想敵国は日本です。ニクソン政権で、キッシンジャーが同盟国である日本に通告せず中国と国交回復し煮え湯を飲まされたことを忘れてはなりません。狂犬と言われる国防相がロシアや中国と組んで日本包囲網で締め付けてくると、太平洋戦争の発端となった英米蘭中による包囲網の比ではありません。原爆どころか、もっとひどい兵器で攻め込んで来る4国に対抗できる再軍備が出来てないのは致命的です。今からでも遅くないから、自国による国防強化策に転換すべき時機です。新年は祖国存亡の危機です。

内田:丸木さん その備えは必ず必要と思います。今回の安倍さんの真珠湾演説の場所の奥後方、戦艦アリゾナの左側に、戦艦とおぼしき大鑑が繋留されていたのを見ました。
あれっと思い、ネットで調べてみると、はたして、戦艦ミズーリが記念艦として繋留されていることを知り驚きました。
ミズーリは、ご存知のとおり、昭和20年9月2日東京湾上で、日本の降伏文書調印式が行われた戦艦です。戦艦大和型に対抗するために建造された戦艦群の一隻ですがなんと、今も、亡霊ではなく生きているのです。
戦艦は今や時代遅れの長物ですが、米国ではスクラップにせず記念艦として保存し、しかも、あの真珠湾にいるのです。
私は、アングロサクソンの血の執拗さ、執念深さに改めてぎゃふんといわされました。
うまく演出された演説会場でした。 降伏文書調印艦の前で、不戦を誓う敗戦国のトップ。
戦後、日本に民主主義を植え付けることは、実は、二度と、米国に逆らわない人たちを作りあげることであったのです。それも仕上げの段階、もう一息で日本はアメリカの優等生になるとアメリカの旦那方は舌を出し、笑いが止まらなかったのではと思います。
幼稚でお人よしの日本人は、これからも続くのだなあと思いました。
丸木さんの言われるABCDの新包囲網が出来上がれば、我が国は、またしても自存自衛のため、逆上して百姓一揆みたいな戦争を始めてしまうのでしょうか。

麻生:丸木さん 内田さん アメリカはアメリカの国益の為に日本を守っているので、日本の為では、ありません。
日本がロシアではなく、アメリカに占領されたのは、幸運です。両国の民族性を較べれば、アメリカの方がずっと、ヒューマニズムがあります。アメリカの国策として、日本を二度とアメリカに刃向かう事のないように徹底的に解体し、朝鮮人を支配者にして間接支配をもくろんだのはGHQです。飢えかけていた日本人にララ物資だの、食糧援助をしたのはアメリカですが、その前の空爆で120都市を焼き尽し、80万の非戦闘員を焼き殺したのは、アメリカです。米軍は戦闘行為でも捕虜を取らない事を原則としていました。戦場整理と称して、負傷兵は片っぱしから銃殺しました。慈悲の欠片もないのが戦争です。
戦後日本に民主主義を導入したアメリカとて例外ではありません。日米関係がいくら深化しても、アメリカがこの先、日本を守ってくれる保証などありません。アメリカの都合で日本と敵対する事だってあり得ます。
アメリカの傘の下でヌクヌクと平和を謳歌してきた日本も、平和、平和と御題目を唱えていれば平和が維持できるわけはなく、それ相応のコストを負担しなければなりません。平和ボケ病が蔓延している日本も早く現実に覚醒して、真の独立国になってくれる事を祈ります。

内田:麻生さん 本当にロシアでなくてよかったです。GHQが朝鮮人を支配者にしての間接支配をもくろんだとは全く知りませんでした。
小学校給食の脱脂粉乳の粉樽が校舎の横に積み上げてありましたが、ガリオアエ ロアなんとかと書いてあったのでしょう。星条旗も印刷されていたのを覚えています。ある先生が、これは豚のエサで米国では有り余って捨てるものを、恩着せがましく日本人に与えているのだ、しかも、タダではなく、カネを取っているのだよ、と言っていました。でも、ロシア人よりはましでしょうね。
平和とは、戦争と戦争の間の日数のこと、とどこかに書いてありましたが、それ でもいい、今の平和が続いて欲しいです。そのためのコストは払いましょう。

丸木で〜す 終戦後の日本へ真っ先に食糧援助してくれたのはカナダのメノナイト教団だそうです。ブラジルで布教されてたメノナイト宣教師が斎藤さんの奥様です。

和田:若い頃、トカンチンス州のアマゾンに近い田舎町にメノナイト宣教師として派遣されていた若き宣教師にその笑顔と真面目さ勤勉さを認められ(斉藤さんは、メノナイト宣教所の施設で野菜を栽培しておられた)カナダ帰国時に一緒に連れて帰って貰った斉藤さんは、ナイヤガラ郊外のトロントでゴルフ三昧、好きな農作業を趣味として楽しんでおられる羨ましい人生を大いに賛美しています。斉藤さんよりお年を取っておられる奥様を大事にしてあげて下さい。良いお年をお迎え下さい。またナイヤガラ界隈を歩きたいです。

丸木で〜す 昔から露助と半島人と支那ちゃんころは信用でけんと言われてましたので、そいつらと取引するようになってからは注意してました。それでも、ソウルで飲み過ぎて奸計に引っ掛けられたことがあります。

麻生:内田さん 現在の南北朝鮮の反日教育の種を撒いたのはGHQだそうです。アングロサクソン伝統の植民地統治は、分割統治です。東南アジアの植民地政策を見ても、支配者に中国人(経済)、少数民族(政治)、混血(治安、統治)等を間接支配させ、その上を、支配者の欧州人が君臨するする方法です。GHQは朝鮮人を準戦勝国民として待遇し、ノサバラさせました。アメリカもララ物資、ガリレオイロア資金等様々な援助をしました。
只と見せかけた、有料援助もありました。畜産の飼料も食料として混じっていましたが、飢えた日本人にはそれでも、干天の慈雨だった事は確かです。何しろ国民の大多数が栄養失調だった時代です。
平和を守る為に自衛手段を持つ、極めて当然です。添付の記事を参考までに送ります。

内田: 麻生さん そういわれてみると腑に落ちることがわかります。
伝統的な植民地統治法ですね。現在でも底の底のところのホンネで、アングロサクソンやお隣の人たちが日本のことをそう思っているとしたら大変です。
添付の記事参考になりました。
私は神戸ですので、第三国人による生田署襲撃事件は聞いたことがあります。
山健組などが一度、本気で対抗しやっつけたら、彼らは泣いて謝ったと聞いたことがあります。
神戸以外でも無茶をしていたのですね。現在の大統領弾劾で揺れるソウルの現状を見て、私は、儒教に基づく正統性を徹底的に追及すればあれほど尖鋭化するのかなと思っていたのですが、そんなきれいごとで済ます国民性ではないのですね。
来年度以降しっかりと我が国が進めるように見守っていきたいと思います。

麻生:内田さん 1951年に朝鮮動乱が勃発し、GHQの対日政策が変わり、間接統治より日本を共産主義の防波堤化しようとしてから、一人前に扱われるようになりました。
然し根本的には、日中韓が一つにならないように、紛争が続くように仕向けているのが欧米の本音です。特にねつ造と湾曲により作られた韓国の国家感は、いくら賠償を払おうと、謝罪しようと、止むところがなく、続く筈です。

丸木で〜す 米国ペンシルバニア州ランカスターの小さな空港のロビーにミズリー号での調印式の写真が沢山飾ってあります。敗戦国である重光外相や梅津大将の姿が、戦勝国である米軍の高官と一緒に写ってるのは蹴った糞悪い限りです。
おそらくは、この草深い片田舎が米国を勝利に導いた誰かの出身地なのでしょう。

麻生:丸木さん 日本はかっての連合艦隊旗艦の長門が生き残りましたが、1946年のビキニ環礁の原爆実験の標的艦にされ、2度の原爆実験で沈没しました。
ミズリー号は太平洋戦争では、沖縄戦、室蘭製鉄所砲撃等に参加、朝鮮動乱では仁川敵前上陸援護、湾岸ではイラク砲撃等、数々の実戦に参加しています。ルーズベルト大統領の出身州から命名された戦艦で、沖縄戦では特攻機に体当たりされています。日本との終戦調印式に掲げられた星条旗はペリー提督が浦賀に来た時の星条旗で、態々、記念館から取り寄せて、掲げたそうです 。

丸木で〜す 終戦直後、近所に長門の野田艦長が住んでました。ラジオの修理に何度も来られたけど、シャープの初期のラジオは雑音しか出なくなっていたので、新品の6球スーパーを組み立ててくれました。
その艦長さんの娘さんが高校の二年先輩で水泳部に居られ、顔はともかく素晴らしい身体に見惚れ水泳部に入部したのでした。たった一年しか一緒に練習しませんでしたが、楽しかった想い出です。

内田:野田艦長のお嬢さんにあこがれて水泳部に入部ですか。血が躍るようなお話ですね。彼女が浸かっている同じプールの同じ水に自分の体が浸かっているとおもうと、きっとうれしくて仕方なかった丸木青年だったのでしょうね。
そのエネルギーが、丸木さんの今の好成績の原動力かも知れません。

丸木で〜す 連合艦隊司令長官が搭乗してる帝國海軍の旗艦ですから、戦時中なら艦長は雲の上の人ですわ。海軍が壊滅したので、戦後はラジオの修理しながら細々と生計を立てておられた海軍士官が、座敷に正座され丁寧な言葉使いされてた覚えがあります。ご長男は別当なんかが居た甲子園の甲陽中学でサッカーの名選手でした。母と艦長の会話を傍受してたら、上の学校にやる余裕はないと話されてました。妹さんは大学に進学された筈ですが、インカレには出てなかったから水泳はやめられたと思います。高一男子には、高三の女生徒の水着姿は刺激が強過ぎます。

和田:伊豆山さんの『総理演説を聞きながら』に多くの皆さんが関心を示しバーチャル座談会らしい皆さんのご意見を聞かせて頂き感謝しています。真珠湾攻撃から75年の歳月が過ぎた現在、祖国日本の現在の繁栄と今後をこの年の瀬に考えて見る機会を与えて呉れた伊豆山さんの感謝します。生きる場所がどこであれ我々日本人は、日本の将来が気になります。孫子の代も日本が世界が、地球が宇宙が存続して呉れることを切に希求します。まずは身近な良きお年2017年をお迎えください。

内田: 和田さん みなさま いろいろとお世話になりました。そうですね。まずは身近な来年が和田さん、和田さんご一家、そして、この50年の皆さんにとって良い年であるように祈ります。
「私たちの50年」で来年も勉強し、考え方をリフレッシュし、老いない高齢者を目指します。

和田:麻生さん毎日ブラジルニュースを配信頂いており有難うございます。『リオオリンピックを語る!!』のバーチャル座談会に助っ人して麻生さんの50年!!への復帰をお願いしてご活躍頂きその後も展望台との総合乗り入れ的に上手く機能しており大変嬉しく思います。来る年も是非宜しくお願いします。東京農大の皆さん始め健筆化のいる展望台のご繁栄を願っています。
2017年がより良い年になるようお祈りしています。
(追伸)今日のブラジルニュース ー破産3州(リオ/ミナス/リオグランデ)の復興策=テメル大統領は3州の財政復興につき、プランを検討中。法律上は人件費は予算の60%を上限としているが3州とも超えている。(ミナス州は予算の78%が人件費)負債の30か月の支払い停止についても協議中。
関連コメントとして リオ州、RS州に次ぎミナス州も破産ですか。これからも続々と破産州が出て来るでしょうね。RS州は、州だけでなく州都ポルトアレグレも破産状態で市税の2017年度の家屋税(IPTU)を12%の割引で今年中に支払わせそれで13ヵ月給料を支払う予定が新市長が2017年度の家屋税は、2017年に入ってから徴収すべきであると1月末で払えば15%引きにすると宣言しましたが、裁判所が最高12%以上の割引は罷りならぬとの判決で2月8日までに12%引きで支払えることになりました。州公務員の13ヵ月給料は30回払いの分割払いに決定しています。ブラジルの経済2017年度は、少しは好転するのですかね?

麻生:和田さん 益々御健勝の段、大慶に存じます。2017年も旧年同様、宜しく御願します。破産各州も、PTの情実且つ選挙用採用で、職員数が膨れ上がっています。連邦政府が何とかして呉れるだろうとの期待が外れ、テメール大統領も厳しい姿勢を取っていますので、 にっちも、さっちも行かなくなりました。ブラジル全体が不況であり(インフレ抑制どころではない)失業者数は1300万人を超えてしまいました。自動車生産台数だけ見ても2014年に380万台あったのが今年は240万台ぐらいに落ちています。2017年前半は、今年同様、不況の風が吹くと予想します。幸いブラジルは世界屈指の農業国で、食うには困りません。ブラジルの強みの一つです。



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