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戦後第1回移民(サントス入港ベース)として15歳でブラジルに移住された冨家 修さん。
和歌山県白浜出身の1937年10月24日生まれの冨家 修さん(64歳)は、現在も現役で日系旅行者最大手のTUNIBRAのDIRETORとして活躍されております。先週、サンパウロに出張の際、日本の友人からの依頼もあり日本からの団体旅行に付いての相談に伺う機会がありお話を聞かせて頂きました。戦後移住のサントスに到着した第1回移民として1953年7月8日に構成家族の一員としてルイス号で到着、マット・グロッソ州の松原移民の第一陣としてドラドス移住地に入植されたとの事。正確には戦後移住の第1回はアマゾンの辻小太郎が許可を取得した辻移民が前年の1952年12月に日本を発っている様ですが、バルガス大統領の友人として特別移民許可を得た松原移民の第2回目がサントス到着第一陣となっている様です。


冨家 修さんは、戦後和歌山県の県費留学生の第1号として母県和歌山県に研修に戻り1年間移住思想啓蒙にも努力された事があるとの事で常に経理、事務畑で日系企業で活躍され27年間は、TUNIBRAから航空切符を買う側として付き合いがありトーメンを退いた後TUNIBRAの役員として13年、都合40年のツニブラとの関係がある大ベテランで日系企業向け窓口を担当したおられ、趣味のゴルフ談義になると目が輝く(シニア-グループを組んで既に20数回ゴルフツアーを組んだ経験があるとの事)。冨家さんのゴルフ仲間、親しい友達と『S.L.会』を結成しSL精神を自ら実践しておられる。SL会の精神は、人生を2分し前半のSLは、STEAM LOCOMOTIVE即ち蒸気機関車宜しく懸命に会社の為に働く人生、後半のSLは、SOFT LANDING即ち残りの人生を如何にまっとうし人生の終焉に導くかを語り合う会との事で趣味に生き、無理をしない、健康に気を付ける、何か人の為に尽くす、急降下又は落下して家族に迷惑を掛けず放物線を描く様に軟着し人生を終える平安の日々を心がけるとの事で共鳴するところがあり私も是非SL精神を見習っていきたいと思いました。念願の100ゴルフ場征服まで後僅かとの事、当地にもその候補地が幾つもありますのでポルトアレグレに来られた時には是非御一緒させて下さい。冨家さん今後とも宜しくお願いします。



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