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「生きること、演じること」の後書き「決着の夏」神山 典士さんよりの寄稿。
昨年3月に浅草ロック座ブラジル親善公演に臨時演出家として同行されたドクメタリー作家、神山 典士さんより時に寄せお便りを頂いておりますが、今回下記のお便りを頂きました。「生きること、演じること」の後書きに書かれた「決着の夏」です。9月末に上梓される予定ですが一足先に掲載させて貰う事になりました。出版されればその本の表紙を掲載予定ですがそれまでは、昨年の浅草ロック座のブラジル親善公演のプログラムを掲載して置きます。 

「晩夏とはいえ暑い日が続きます。いかがお過ごしですか。
真夏の雲を見上げながら、こんな文章を書きました。
9月末、ぴあから上梓される「生きること、演じること」という、毎日新聞日
曜版に連載した演劇人たちのルポルタージュをまとめた作品の後書きのための
文章です。」 2002年9月2日


「(前略)同時にこの20年は、私にとって大学卒業を前にしてフリーランスの
ルポライターという職業に興味を持った日から今日に繋がる時間の流れでも
あった。社会に出るに当たって、私は文章を書くということよりも、日々フラ
フラと街を歩き人と出会い、次々とテーマを変えていける生活スタイルに憧れ
た。ある日ある所である人と出会い、何日か何カ月か同じ時を過ごす中で一遍
の物語を仕上げてやがて別れていく。飽きっぽい自分には、映画「シェーン」
のような生活が魅力に思えた。
 その最初の出会いが「演劇」だった。教官を説得して卒業論文の代わりにノ
ンフィクション作品をまとめる事で納得してもらい、私は大学三年の秋から翌
年の春にかけて大学内にあった劇団「山脈」の役者たちに張り付いた。日常の
稽古、合宿、キャスティング発表の日、公演準備、そして四日間6ステージの
公演の模様、等々。
 密着取材といっても、それは深夜下宿で酒を酌み交わす口実にすぎない行為
ではあったけれど、その時書き上げた「春を呼ぶ風景」という約五〇枚のレ
ポートは、まぎれもなく書き手としての私の赤面するばかりのスタートになっ
た。
 けれどそれだけだったら演劇はそれほど深く私の中に根を張ることはなかっ
たはずだ。信州の田舎の大学では、他に書くに値するテーマがなかったといっ
てしまえばそれまでだ。私を演劇につなぎ止める「縁」となったのは、その物
語に「続編」があったことが契機となっている。

 大学を卒業して二度目の春。大学に残る後輩から悲鳴の様な電話が入った。
「野口さんがトラックに跳ねられて亡くなりました」
 それは、高校時代は共にバレーボール部で汗を流し、大学に入ってからは
「山脈」の舞台で活躍していた後輩の悲報だった。小柄ですばしっこく剽軽で
快活で、教室では影が薄いが舞台に登ると妙な色気を発散する男。学部では落
第を繰り返しながらも「山脈」では主役を張り、年に三度の公演を待ち遠しく
させる役者。もちろん私のルポにも登場し、自分の語り言葉や登場シーンの描
写について酒の席で私をからかい、嬉しそうに笑っていた奴。
 はたして彼の役者としての力量がどの辺りにあったのか、地方都市の学生劇
団と観客には計るべきメジャーもなかった。けれど、その存在の「傾き方」が
演劇的である事は誰もが認める男だった。
 その野口が、ある日突然驀進するトラックに自ら頭から突っ込む様にして死
んだ。
 確かに私が大学を去る頃から、彼は心の病に冒されていた。アルバイト先の
うどん屋でお客を怒らせ、頭から出し汁を被せられても笑い続けていたという
話が伝わってきたのは卒業後最初の春のことだった。寮の部屋に籠もり続け、
山脈の部室にも顔を出さなくなった。誰が声をかけても生返事を繰り返し会話
にならない。いよいよ友人たちの会話からもその話題が希薄になった頃、大学
附属病院に修養された瀕死の重傷患者の身許確認が山脈の仲間の元に来たのだ
という。所持品もなく、靴に書かれた「のぐち」の文字だけが社会との繋がり
だった。仲間が病室に駆けつけてみるとすでに意識はなく、全身を包帯でぐる
ぐる巻にされていたという。
 何のメッセージも残さずに、野口は突然私たちの前から去った。私たちはた
だ酒を酌み交わすばかりで、その死との距離感が取れなかった。余りに虚し
く、無責任な死。納得できない。言葉にならない。宙ぶらりんな死。

 ところがそれから数年後、私は再び野口と向かい合うことになる。
 つかこうへいが七年ぶりに演劇界に戻った日。新宿・紀伊国屋ホールでたっ
た一回だけ行われた「今日子」の客席で、私は突然かかったBGMに激しく身
体を揺さぶられた。
 柳ジョージとレイニーウッド。「青い瞳のステラ〜1962夏−−−」。
 それは野口の歌だった。まだカラオケが演歌中心だった当時、酔えば伴奏も
なく熱唱し、皆で肩を組んだぬくもりが身体に残っている。
 
 沖を通る貨物船眺め、テネシー・ワルツ歌おう。
 うまいもんさ、あんたに教わった、ちょっといかしたステップ。
 褒めてくれよブルーアイズ細めて、芝生の下で眠っていずに。
 褒めてくれよブルーアイズ細めて、芝生の下で眠っていずに。

 その時私は思った。演劇の神は、けっして野口を見捨ててはいなかったじゃ
ないかと。元気な頃、野口も木村伝兵衛を演じた「熱海殺人事件」の作者・つ
かこうへいが、野口のために、憧れの紀伊国屋ホールでこの歌を用意してくれ
た。人生では神に選ばれなかったかもしれないけれど、その傾き方やよしと、
演劇の神はお前を見捨ててはいなかったじゃないか。
 私は涙が止まらなかった。それが私にとっての演劇との出会いとなった。

 野口だけではない。出会っては別れてきた多くの人との思い出や記憶が、突
然劇場で蘇る。自分自身の歩みや思考が、物語の中でなぞられて深まったり広
がったりする。あるいは自分でも気付かなかった感情が物語の中で沸き上が
り、涙と共に心に滲みていく。
 だから私にとって舞台で演じられる物語は、実人生の物語と等価だ。生きて
いく上でかけがえのないもの。生きていくために必要なもの。それが舞台には
ある。

「それじゃ、稽古始めます」
 今日もまたどこかの稽古場で、演出家が役者を前に第一声を張り上げる。お
よそ一カ月後に幕はあがり、どんなに超満員の観客が詰めかけようとも何週間
か後に幕は降りる。言うまでもないがその瞬間、全ての取り組みは跡形もなく
消え去っていく。
 風に書かれる文学。演劇。
 あの日から二〇年後にこんな演劇の本をまとめる事が出来て、私もまた、演
劇の神に深く深く感謝している。できるならこの思いが、野口にも届くといい
のだけれど。」

 決着をつけたいな。
 この文章の着想から執筆にかけて思ったのはそのことでした。もう一七年も
前の友人の死を書いて、はたして読者に通じるだろうか。一抹の不安はありま
したが、いつかどこかでこのことを書かないと僕の中での決着がつかない。
 その思いの余り、書き進めてみたのでした。

 途中面白い事がありました。何人かの友人に当時の記憶を確かめると、いろ
いろな説が出てくるのです。「野口は即死だった」「いや病院で何日か生きて
いた」「うどんの出汁は野口が客に笑ってかけたんだ」「いや客が野口にかけ
たんだ」「靴の文字は漢字だった」「いや平仮名だったはずだ」等々。
 共に野口への思いは色濃く残しながらも、記憶は思った以上に恣意的なもの
です。暑く忙しい夏を過ごしているはずの友人たちには余計な記憶を辿らせて
しまったなと反省しつつも、そんなやりとりに思わず笑みを浮かべている自分
もいました。

 決着をつけること。思えば生きていくとは、そういうことの連続なのかなと
も思います。
 例えば僕は仕事の中で、勝新太郎に決着をつけた。藤原喜明に決着をつけ
た。コンデ・コマにはまだ思いが残っている。小室哲哉はもういいのだろう
か。坂井三郎さんには思いは届いたはずだ。ロック座の斎藤智恵子はどうだろ
う。清原和博には二〇〇〇本安打で決着をつけたい。猪熊功にはなかなか思い
が届かない。バーニングの周防郁雄にはこの秋是非とも決着をつけなければ。
 次々とそんな思いが巡ります。

 友人の一人がこんなメールをくれました。
「今回投げかけられた件は、またしても野口のすごさ、かわいさ、愛くるしさ
を充分に思い出させる機会になり、また今夜も40男一人が焼酎を飲みつつス
テラを聴いてしまいたくなったのでした。どーでもいいことにこだわってし
まって申し訳ありません。ではまた」

 その酒は、どんな味だったのでしょう。決着の酒になったのでしょうか。
 少なくとも僕には、書く事によって一つの区切りは付いた気がします。振り
返ればもう四〇年以上もあちこちに思いの種をまき散らしてしまった以上、そ
の決着をつけるのにもまた同じ月日がかかるのかもしれません。
 一つ一つに決着をつけること。改めて褌を締め直す夏になりました。

 皆さんの夏は如何でしたか。実りの秋へ。近い内またお目にかかれたらと
思っています。
 ご自愛下さい。

神山典士
・ザ・バザール
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・03-5248-0811ファックス03-5248-0810
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