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能楽博士号持つ日系2世=東京芸大初の快挙=理論と実技をクリア=伯国への伝統芸術継承に期待-----------2月5日(水) 
ニッケイ二世で東京芸大で始めての能楽博士号を取得した続木初美エルザさんが 【BRASIL NEWS】ニッケイ新聞メルマガ版30号で紹介されています。続木さんは、『私たちの40年!!』HPでも何度もお世話になっているコロニアの映像作家岡村 淳さんの義妹に当たるとの事で岡村さんを通じて続木さんの写真を送って頂きこのHPでもご紹介する事になりました。【歴史六百年の伝統芸能楽ブラジルに接ぎ木出来るのは今後、この人しかいないかもしれない。】とのニッケイ新聞の期待の記載に私たちも見守り続けたいと思います。1月のポルトアレグレで開催された世界社会フォーラムの行事の一つとして能楽「加賀宝生」公演に通訳兼コーディネイターとして活躍されたそうですが、世界から集まった市長会議のエヴェントの一つとして開催されたため日系人への入場券配布がなく残念ながら本公演には行けませんでした。
現在は、ご主人のブラジル外務所勤務のご主人(在パラグアイ、ブラジル領事)と共に国境の町、パラグアイ国のシウダ・デ・レステ市に住んでおられるとの事でパラグアイの首都アスンシオンの町で撮られた写真をお借りしました。


さきにブラジル二都市(ポルトアレグレ、サンパウロ)で行われた狽フ「加賀宝生」公演で、通訳兼コーディネイターとして活躍した日系二世の続木初美エルザさんは、東京芸術大学で矧y博士の資格を取った初めての人だ。机上の博士ではない。仕舞・囃・謡≠ニ実舞台での芸事に長けていることが要求される。さらには古文の素養も。そんな難関を乗り越え、芸大初の快挙を達成したのが続木さんだった。
 八三年処鼬氏A東京都千駄ケ谷に国立能楽堂がオープンする。このとき、こけら落としの舞台を目撃したことが後の人生を変えた。当代一流の能楽士たちが競演する、六百年以上という類い希な伝統を持つ古典劇に、続木さんは「尋常でない感動を覚えた」。武蔵野音楽大学に留学し、邦楽の手引きを受けていたころの話だ。 
 「小さいころから、バッハなど宗教音楽が好きでした。後から、印象派にもひかれて。それで、大学では室内オーケストラの指導法を勉強しようと」
 サンパウロ大学芸術コミュニケーション学部に入学。が、まもなく、日系二世というアイディティに足をとられる。「とたんにルーツの国の音楽が気になって」、大学を休学、日本へと赴く。それが二諸N前のこと。
 一年で復学するが、国立矧y堂で受けた衝撃はあまりにも大きかった。「いま振り返っても卒業論文で何を書いたか、覚えていないほど」、大学の勉強はそっちの気で狽フ世界にのめり込んだ。卒業した足で日本に戻った続木さんは東京芸術大学修士課程に進む。 
 大学では宝生流の佐野萌(はじめ)さんに師事。邦楽理論を学ぶと共に、矧yを研究した。同期の多くは両親が矧y士、でなければ、幼少から習っているような人だった。そのため、邦楽科で能楽博士号を目指すときに受けた面接では泣かされることに。
 博士コースは矧y士のプロを養成することを目的にする、と大学側は主張。「きみは将来、舞台に立つつもりか。でなければ、どうして音楽学理科に進学しないのだ」などと苦言を呈してきたという。 
 博士論文として設定したテーマは「『働事』の歴史的変遷」。狽フ研究者から「その資料はない」と言われたことが決め手となった。「働事」とはそれぞれの舞いにおける意味。シテ方五流・囃し方二女ャの代浮轤ニそれぞれ面会し、聞き取り調査した。同じ名称でも流派によって名称や意味が異なったりするからだ。そうした研究作業のかたわら、演者として舞台に立っていた。
 同期は過去の先輩同様に、舞台が忙しく、論文を発浮キるところまで至らなかった。そんな中、続木さんは二足のわらじを履き通した。結果、芸大で初めての能楽博士の資格を手にする。
 卒業、そしてブラジル人外交官と結婚。当時夫の赴任地だったパリでは九七年、宝生流を招くために奔走する。家元の渡仏も実現し、フランスにおける「日本年」に花を添えた。
 現在パラグアイに在住、「あと数年は海外生活が続く」という。目下のところは、暇を見つけて自宅で稽古に励む。外国語に堪狽ネだけに海外での伝承も期待される続木さんだが、「プロの三、四諸N選手でも稽古の日々。能楽士は終身修行です。だから、わたしにはまだまだ他人に教える気がわいて来ない」と打ち明ける。
 代わりに、研究業に精を出す。芸大の矧y博士として、中国で今年開かれる「国際伝統音楽会」に参加。「狽フ音楽と動きの関係」について発浮キることが決まった。また、かつて存在したコロニア歌舞伎に関する調査もブラジル日本移民史料館の依頼で進めている最中という。「なんとか記録を残しておいて、伝えたいから」とボランティアで引き受けた。
 ブラジルではいま、観世と宝生、喜多の各流派が日系社会で活動している。ただ中心となっている人の高齢化が進み、なかなか、若い世代に伝え切れていない。
だからこそ、死ぬまで日々これ修行でも伝えていく義務は認識している。「佐野先生からは謡いなどより、型=仕舞から入っていくのが簡単だろうと言われているのですが」。歴史六百年の伝統芸狽ブラジルに接ぎ木出来るのは今後、この人しかいないかもしれない。



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