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第8回バーチャル座談会 【訪日において学んだ事、感じた事】
今回、私は2年振り、伴侶のけい子は7年振りの訪日を果たしました。長期ストによる連邦大学の変則休暇が8月末から9月22日まで取れたことから残暑の厳しい日本での3週間を楽しみました。特に最後の1週間は、完全休暇となり九州の旅と帰国前日と当日を富士箱根、厚木の湯元温泉、江ノ島、鎌倉観光に充て充実の訪日となりました。
暫らく休んでいたバーチャル座談会を無事退院された常連メンバーの香西さんの復帰を記念して皆さんでだべって見たくなりました。題して【訪日において学んだ事、感じた事】、日本でお会いした多くの皆さんの一言ずつでも語って頂ければ面白いバーチャル座談会になるのではないかと期待します。
久しぶりのバーチャル座談会の始まり始まり。
写真は、使いたい写真が色々有るのですが佐藤さんに撮って頂いた別府の地獄巡りか志高湖での写真をと迷ったのですがこれを選びました。


和田:丁度1年前、5000回アクセス記念として神戸じいじさん、MASAYOさんの3人でキーワードを神戸、移住、人生としてアクセスが増えてくれればとの願いを込めて始めたのですが、新春放談から桐井さんに参加頂きブラジルの政治経済には山下さん、サッカーには沢田さんを迎えて現在のメンバーが出来上がったのですが、皆さんお忙しい中、私の速度に息切れがする事、神戸じいじさんの入院加療等もあり暫らくお休みとなっていました。皆さんのHPにもバーチャル座談会の欄を設けていただいており更新の必要性もあり久し振りに座談会開催です。先ず最初に香西さんにお願いしたいと思います。香西さんは春先より肺に曇りがあるとの事で肺癌の早期発見とその徹底治療と言う半年に渡る闘病記を【或る記録】として残しておられますが、経験した者でないと理解できない癌と云う現代病との戦いに付いて少しお聞かせいただきたいのですが。

香西:この度は皆様にご心配をお掛けし、また、励ましを頂き有難うございました。
生活習慣病と言われる糖尿病などの成人病と違い、癌は予防が出来ないし、自覚症状が無いまま進行します。
身体の変調から癌が発見された場合、もう手遅れです。
私の場合、偶然ですが早期に発見されたため、必ず完治すると信じ、抗癌剤による治療を受けることが出来ました。
健康に自信のある方も他の病気で通院中の方も、定期的に癌検査を受診されるようお薦めします。

MASAYO:神戸じいじさんのお見舞いは私たちを代表して和田様がいってくださったと思っており本当にありがとうございました。
神戸じいじさんも長い入院生活、本当にがんばられました。いつも日記を読ませていただきその不屈の精神力に声援を送っておりました。御退院されてこんなうれしいことはありません。久々のバーチャル座談会、もりあがることは間違いなしです。神戸じいじさん、お疲れのないようぼちぼちと御参加ください。
またこのバーチャル座談会がとても懐かしい気がしています。

香西:今回の座談会の題名が、【訪日において学んだ事、感じた事】となっていますが、和田さんの感覚では、今回の旅行は、里帰りではなく訪日なのですね。私は、岡山県倉敷生まれですが、父母が亡くなり兄弟が逝き、今は甥の代になっています。お墓参りに、私は「・・・帰る」と言いますが、妻や子供は「・・・行く」と言います。この言葉に、自分の存在基盤をどう認識しているかを表しているように思います。
ブラジルに夢を馳せ、前向きに生き抜いてこられた和田さんにとって、今回のご旅行は「訪日」ですね。
さて、和田さんの「訪日における写真集」を拝見していますと、今更ながら和田さんのバイタリティに感心します。日本・ブラジル交流会、ビジネス、色々な所縁の方々と旧交を暖め、そして、ネット友達にお逢いになる等、大変有意義なご旅行の様子がよく判ります。私事になりますが、そうした貴重なお時間を割いて、わざわざ病院までお見舞いにおいで下さり、恐縮しております。
病気が発見された時は「アガリスク」「プロポリス」などを航空便で送って頂き、さらに、お見舞いに「アガリスク」「プロポリス」などをご持参頂き、ご厚情に感激いたしました。
それに、阪神タイガースファンの私に、今期の優勝を祈念する「御守り」として、ブラジルの「虎の目石」をワザワザご持参下さいました。
「霊験あらたか」9月15日、リーグ優勝いたしました。\(^o^)/
薬の副作用で、頭の毛も眉毛も無い「ノッペラボー」を写真を、「訪日における写真集(14)」に載せて頂いていますが、本来の顔は、 www.hi-net.zaq.ne.jp/kouzai/">http://www.hi-net.zaq.ne.jp/kouzai/ の自己紹介をご覧下さい。

MASAYO:皆様、おひさしぶりです。というのも変ですか?(笑)
このたびは和田様が、バーチャルではなく本物の和田様ご夫妻が日本に来られました。このバーチャル座談会が始まったのも1年前のちょうど今頃だった気がします。神戸じいじさん、あらためて退院おめでとうございます。
和田様がお電話をくださればなんとか会社をぬけだして一緒に神戸じいじさんのお見舞いにと思っておりました。身は行くことができませんでしたが、気持ちは和田様がお届けくださったと思っております。
和田様の訪日の様子は写真が次々とupされ楽しいご夫妻の笑顔で充実されたご訪問だったことがわかりました。和田様の今回の訪日の感想をお聞きしたいです。また7年ぶりという奥様の感想もお聞かせください。
一番私が残念だったのは好調タイガースの球場での六甲おろしを和田様に歌ってほしかったことです。

和田:訪日の感想は、追々HPにも記載して行く積りですが、7年振りの伴侶は、私が働いている間に白浜や北海道横断旅行を楽しみ富良野から摩周湖、知床まで行ったようで初秋の九州横断旅行、富士箱根、江ノ島、鎌倉と楽しんだようです。前回は北陸と四国を廻っているのでこの次は観光地より過疎化した鄙びた田舎でゆっくり1ヶ月ぐらい温泉にでも浸かりながらのんびり絵筆でも取れればと贅沢な希望を述べています。後5年で大学も定年退職となるので是非実現させて遣りたいと思います。
阪神と言えば甲子園での星野監督の胴上げをと3ヶ月も前から9月13日の切符を押せて貰ってたのですが、前日と翌日は勝ち私が行った夜だけは負けると言う結果で悔しくなりました。翌日名古屋に中日―ヤクルト戦を見に行けば中日が負けるし塁審を突いたとかで山田監督が退場処分を受けそのまま免責?辞職するし博多の森にアビスパ福岡を応援に行くと7連勝中の福岡が川崎フロンターレに負けその後又7連勝しており負け癖を持ち込んだようで悔しさが募る3連敗でした。
次に今回の訪日で大きな楽しみの一つがNET上のお付き合いだけで一度もお会いしていなかった栗本さん、桐井さん、佐藤さんとの別府での会合でした。別府での会食の翌日には、桐井さんがHPに紹介しておられますが。

桐井:現代的出会いというか現代ならではの感じが強くします。ブラジル在住の和田好司さんご夫妻が平成15年9月14日ご来県されました。先ず栗本克彦さんとその妹さんがお二人を宇佐駅でお迎えし、昭和の町「豊後高田」や仏の里「国東半島六郷満山」をご案内、夕刻6時から佐藤征夫ご夫妻とわれわれ夫婦も加わり、別府駅前の和食処「とよ常」にてささやかな酒宴をもちました。
私たち4人はインターネットのとりもつ縁で結ばれた者同士です。ひと昔前では到底考えられないようなことです。あたかも10年の知己の如く直ぐ打ち解け、和気藹々とした会合になりました。インターネットの話はもとより、ブラジルや日本・世界のこと、来し方、趣味等々話題は尽きなかったのですが、夜も更けたので参加者全員の健康と幸せを祈念して無事に終了しました。

和田:桐井さんの『訪ねる人に安らぎを去り行く人に幸せを』のHPは、格調高く奥様が描かれたバラの花を頂いたり本当に高校の恩師にあったような気がしましたが、年齢的には恩師と言うより同級生か先輩に当たる方で場所は違っても同じ時代を生きて来た仲間との親しさを感じました。栗本さんは、移住船の通信士として南米航路に乗っておられたし佐藤さんも冷凍船の船長さんとして南米を何度も訪問しておられる気持の良い船乗さん達で会食の後、別府駅の裏側の溜まり場で皆で万歳三唱をした時には学生時代に戻り爽快さを感じましたがオマワリさんに注意されるのではないかとの心配が胸をよぎりました。

佐藤:今日は、九州・別府からの発言です。先般9月14日和田さんご夫妻来別の際は、大分の桐井さんご夫妻・栗本さんと妹の後藤さん・そして私達夫婦と別府で初のオフ会でしたがインターネットで知り合った気心知れた仲間同士?・・初めからざっくばらんの楽しい語らいの夕べが昨日の様に思い出されます。
ブラジルと言えば私達は一般的にリオのカーニバル、コーヒー、アマゾンと大自然、移民と日系人社会、スポーツ好きの人はサッカー王国・・等々思い浮かべます。
戦後ブラジルやアルゼンチン、ペルー、チリ等々南米大陸沿岸を基地として日本の漁船が活躍した時代がありました。そしてその後日本の水産会社が引上げた後も現地に残り永住した漁船員の方々がいます。1990年頃と思いますが、私はリーファーベッセル(冷蔵貨物運搬船)船長としてフルーツや野菜・冷凍魚など集荷しながら南米を廻っていました。そして各港で元日本のトロール漁船と分る船が停泊しており、現地に帰化された漁船員が船頭として活躍する姿を多く目にしました。
ブラジルから日本への輸出品は確か鉄鉱石やアルミニュムが一番で、次いでコーヒーだったと思います。その他農産物が占める割合も多く日本への食糧供給国としての陰には渡伯した日本人の多くの方々の汗が流れた歴史と、他方水産業界でも日本人の活躍があった事を忘れてはならないと思います。
ブラジルの最南端リオ・グランデ・ド・スル州の州都ポルトアレグレ・・そしてお隣のサンタ・カタリーナ州との2州でちょうど日本の国土面積に匹敵するんですね、ブラジルの先進地域で大学も多く、工業や農業などが盛んなところ・・ブラジルは本当に広いですねー。そしてポルトアレグレより発信されるHP『私たちの40年!!』はインターネット時代の新しい情報交流の場、ブラジルを知る人が少しでも増える役割を果たして行くのではないかと思っています。
現在ブラジルから日本への出稼ぎ現象が多々報じられていますが、これも日本との関係を活性化する現象ですし、また日本の若者がこれから活躍できる平成の新天地こそ遠くて近いブラジルではないのでしょうか。大いなるPRが必要と思います。
かって船員時代、ブラジルの焼肉料理シュラスコの味、その美味しさが記憶にありますが、先般和田さんからお土産に頂いたCD、PORTO ALEGRE E DEMAIS のメロデイも大好きで時々聴いています。

和田:私達の別府での会食のあと肝臓癌が再発して現在、国立ガンセンターに入院、加療中の栗本さんは、9月18日の日々新しくの欄に遠くて近い国ブラジルと題して私たちの訪日を取上げて呉れております。直接の発言が無理なようですのでそのままお借りします。『私たちの40年!!』HPにも掲載しておりますが栗本さんからは『ブラジルへの思い』というメモも頂きました。

栗本:インターネットで知り合った、ブラジル南部、ポートアレグレに住む日系人ご夫妻が来日しました。40数年前の昭和30年代にブラジルに移民したお二人は40数年ぶりの日本観光の一つに大分県の豊後高田市に出来た「昭和の町」を希望していました。
初対面の遠来の友を、最寄のJR、宇佐駅でお迎えしました。
昭和の町は私も始めてでしたが、昭和30年代の日本の町を再現していました。当時の面影を残した食堂で、当時の学校給食を食べ、日本を離れ、遠いブラジルに移民した頃のことを懐かんでいました。一番遠い国から来て頂いたと地元の方々の大歓迎を受けて感激しました。
近くの宇佐神宮や国東半島の国宝の寺院、仏像をご案内しました。
別府で、ご夫妻と、HPやメールの、とりもつ縁で結ばれた、6名が集まりました。全員が初対面でしたが、和やかな会食、そして別府地獄めぐり湯布院から九重高原、阿蘇山をご案内しました。
ご夫妻は「遠くて近い国ブラジル」ですよ!!と明るく笑っていましたが、日本の貧しかった時代に、夢と大志を抱き、ブラジルに移住した決断と勇気そして、開拓者精神に頭が下がる思いでした。同じ時代を生きた私達ですが、色々な人生ドラマがあったと思いました。

和田:今回の訪日で帰国前に関東の観光名所を車で案内頂いた関船長さんにも一言お願いしたいと思います。

関:9月4日に代々木の青少年センターで和田さんの講演を聴講し、その後の皆様との交流をHPで知り、和田様の日本との交流の深さに感銘いたしました。私は、長い船の生活で、俗に同じ釜の飯を食った乗組員とはすぐに打ち解けますが、あとは学生時代の同級生との、それも近く(関東圏)の住人と細々と交流を続けている状況です。
趣味を通じての交流も広げようとHPを立ち上げましたが、未だ公開しているのは朝日ネットのみで、気が向いたら人のHPを開いてみる程度で没頭できないでおります。といっても、返事を返すのもスボラになりがちな性格なので余り進展は望めないかもしれませんが、
自分のHPを埋めて誰かが見てくれればとの思いだけでHPを触っています。
折角の9月19日〜20日の日本最後の滞在では、観光地のみの巡回で疲ればかり残り、もう少し船仲間の出迎えを企画したほうが良かったかなと、他の写真集寄稿文を見ながら考えています。関東地区でも船仲間のブラジルの集いがあると聞いていますので、落ち着いたら参加して情報を集められたらいいなとHP立ち上げ当時の初心に戻って考えています。

和田:関さん有難う御座います。ここらでブラジルからも発言をお願いしたいのですが、沢田さんは、最近ヨーロッパに行っておられたようですが今回のヨーロッパ旅行の目的は、何だったのでしょうか。収獲は如何でした。
報知新聞に掲載されたコラムが7月末で終了したそうですが今後のご予定は如何でしょうか。

沢田:7月いっぱいヨーロッパを旅行し、8月の初めから20日頃まで日本に一時帰国していました。ここ数年、ほとんど休暇を取っていなかったので、サッカーのシーズンオフを利用してサッカーとはほとんど関係がない旅行をしてきたというわけです。
ユーレイルパスを使ってすべて陸路で旅行したのですが、一番印象に残ったのはポーランド南部にあるアウシュビッツ捕虜収容所です。現在、ポーランド政府が運営する博物館になっているのですが、かつて捕虜が収容されていた宿舎、処刑されたガス室、捕虜たちの遺品などがそっくり保存されています。何の罪もない少年少女も大勢ここで処刑されていて、その子たちの写真が残っており、その中に私の娘と同年齢の13歳の女の子(クリスチーナというブラジルにもよくある名前で、とてもかわいい子でした)の写真を見つけて、しばらくその場を動けなくなったほどのショックを受けました。
ポーランドの他には、フランス、ドイツ、オーストリア、イタリア、スペイン、チェコ、モロッコを駆け足で回りました。
サッカーの方は、シーズンオフだから試合などないだろうと思っていたのですが、それでもフランスのボルドーでジダンが出場したチャリティーゲームを観戦し、北イタリアの田舎町で中田の所属するパルマと中村俊輔の所属するレッジーナのプレシーズンマッチを見ることができました。
8月に入ってから日本に帰り、仕事関係の人に会ったり、広島の実家に里帰りしたりしたのですが、報知新聞に毎週書いていたサッカーコラムの連載が打ち切りになったと聞いて、アウシュビッツに匹敵するショックを受けました。
サッカーの仕事の方は、現在、日本のサッカー専門誌やスポーツ総合雑誌に定期、不定期で記事を書いているほか、「ブラジル・サイト」というブラジルを紹介するサイト(日本在住の日系二世が運営している。 www.brazil.ne.jp/ )に毎月2回ほどコラムを書いています。">http://www.brazil.ne.jp/ )に毎月2回ほどコラムを書いています。

和田:バーチャル座談会のメンバー総発言となると矢張りリオ在住の経済評論家?山下さんの発言が待たれますね。お忙しい所申し訳ありませんが、一言お願いします。

山下:日本は楽しかったようですね。いつものことながら和田さんのバイタリテイーには驚かされます。何時寝ているのですか。
今回の座談会は出る幕がなくて黙って見ていましたが、香西様は 倉敷ですか。私は神戸出身ですが、母の里が岡山県金光町で、中学校2年までここで育ちました。現在も訪日したら必ず立ち寄ります。
平和なブラジルに比較すると、日本は衆院選も終わり、土井社民党首が辞任し、大きく時代が変わりそうです。自衛隊、安保条約、海外派?兵と最近の文芸春秋などマスコミも徐々にトーンを変えており、既成事実で戦争へエスカレートして行くようで心配です。土井さんのこといろいろと批判されていますが、戦争放棄の憲法、何が何でも戦争反対の社会党の存在は たのもしかったのにね。実は前にFHC前大統領が訪日したとき、土井衆議院議長が国会で立派な演説されているのを近くで見ました。この未来憲法を世界のどこの国にも売り込むことのできず仲間を増やせなかった日本の国力が問題であるかもしれませんね。

香西:バーチャル座談会で何時もブラジルの体制・経済について、興味あるお話を聞かせております。山下さんのご母堂が金光町のご出身とお聞きし、大変親しみを感じて居ります。私は、今は倉敷市と合併していますが旧玉島の出身で金光は隣町です。兄嫁は金光町大谷の生まれですし、私は金光中学に自転車で通っていました。帰郷しても長い間金光に行っておりませんが、子供の頃金光教の祭典のとき、阪神方面から臨時列車が運転されたり、煙硝花火が打ち上げられていたのを懐かしく思い出します。本当に縁は奇なものですね。ブラジル経由で縁が出来るとは・・・これからも宜しくお願いいたします。

山下:どういたしまして。私は、金光町の北の占見新田というところで、すぐ近くに金光教の金光学園があり二年生までそこにおり、神戸に転校しました。何かお近くの話しになりました。こちらこそよろしくお願いいたします。

和田:海を隔ててのバーチャル座談会で子供の頃に住んでいたそれも年齢的に余り変わらず一緒に缶を蹴ったり、喧嘩をし合っていたかも知れない近くの町同士の名乗りあいがあり佳境に入り始めたら何時もの様に字数制限の為中断せざるを得なくなります。新メンバーとして参加頂ける方、コメント等が御座いましたら聞かせて下さい。続編又は改めて開催させて頂きます。この次は、昨年と同じように新春放談でも皆さんと一緒に語り合いたいですね。ご協力有難う御座いました。



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