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ブラジル・ワインの総本山 ベント・ゴンサルヴェス(PITORESC0誌よりの転載)
サンパウロのレジャー情報誌Pitoresco=ぴとれすこ(ショーエイ出版社、高橋昭社長)という月間誌がニッケイのホテル等に置いてありサンパウロに出張する楽しみはこのPITORESCOを手にして今回は何が紹介されているかを楽しみにしていたのですが、最近は見かけなくなり残念に思っている一人です。2001年発行の20号に旅行記として牧野 久蔵さんが書かれた掲題の【ブラジル・ワインの総本山 ベントゴンサルヴエス】という一文を大阪の妹にFAXで送りタイプアップして貰いましたが最近になり書作者の牧野久蔵さんから誤字、脱字が多いので訂正して欲しいととのお叱りを受け校正した文を送って頂きました。この牧野さんご自身校正による文に全文置き換えました。牧野さん御免なさい。ポルトアレグレに来られる機会がありましたら是非お知らせ下さい。
数あるワイナリーの中、イタリア式のコロニア風ワイナリカーザ・ヴアルドゥーガは、葡萄の季節には葡萄棚を見学させてくれます。ご兄弟の隣りのワイナリーのドン・カンジドさんも有名な方で気軽に写真も一緒に取らせて呉れます。何時も出かけるとどちらかのワイナリーでイタリアのコロニア風食事を楽しみますが写真は、前回訪問時にドン・カンジドさんご夫妻と撮った写真に替えました。古いCASA VALDUGAの入口の写真は、写真集にそのまま移して置きました。


牧野久蔵

ブラジルの南。そこには常夏のプライアも、ビルの壁の落書きもないし、カポエイラを踊る若者も、歩道を占拠するカメローたちもいない。延々と続く山並と平原。その単調な風景が繰り返されるエストラーダには、やがていくつもの小さな町が点在している事に気づく。どの町も小ぢんまりまとまっていて、いかにも田舎の体裁である。異国情緒ではなく、何か安心感を喚起してくれる、そんな風景に葡萄畑が混じり始めると、もうすぐベント・ゴンサルヴェスの町を望むことができる。
 ベント・ゴンサルヴェスは、ブラジル最大のワインの産地である。町の入り口に据えられた樽型のオブジェが、それを誇らしげに示している。この街中とその周辺には、大小約40軒ものワイナリーが点在している。ここで作られたワインは、ブラジル全土はもとより、世界各地、遠く日本へも運ばれている。しかし、ブラジルのワインの国際的知名度は決して高いとは言えない。ここの人々は、そのことを十分に意識していて、いつか自分たちのワインが世界最高と評価される日が来ることを願って、伝統を守り、研鑚を積み、未来を見つめている。その姿こそが、ベント・ゴンサルヴェスに深い自信と静かな緊張感を与えているのであろう。

  勤勉な人々
1835年の革命運動の指導者「ベント・ゴンサルヴェス“Bento Gonçalves da Silva”の名を冠したこの町は、1875年12月24日にこの地に到着した20人のイタリア移民によって創立された。彼らが到着した場所、今のクリスト・レイ(Cristo Rei)教会の広場には、それを記念した石碑が擱かれ、その20人の名前が刻まれている。新天地を求め、ここに入植した移民たちは、色々なものを持ち込み、そして一所懸命に働いた。養蚕、葡萄作り、家具製造など、町の産業はみるみる発展した。だが当時、ベントの町の人はこう言っていた。「私たちは豊かになった。必要なものは何でもあるし、商売だってできる。しかし、売りに行くための道が無い」。政府の道路整備より先に、彼らは発展してしまったのだそうだ。
こういったベントの移民の歴史は、街中の移民歴史資料館で知ることができる。資料館の中心には、あの狼から乳をもらう双子「ロムルスとレムス」の小さな像があり、ここの住民は遠くローマから続く子孫なのだというささやかな誇りが窺える。ベント・ゴンサルヴェスは現在人口8〜9万人、その約7割がイタリア系の人々という町なのである。また、この資料館の様々な展示物の中に、一際美しく、私の目を惹くものがある。アコーディオンだ。ブラジル南部ではこの楽器をガイタ(Gaita)と呼ぶ。一昔前、ベントはアコーディオンを製造し、やはりブラジル全土はもとより、世界中に輸出していた。この町のメーカー「トデスキーニ“Todeschini”」のアコーディオンといえば、最高の楽器の一つとして認知されていた。バイアォンの王様 ルイース・ゴンザーガも白く輝く、美しいトデスキーニを愛用していた。だが、このブラジル音楽史の栄光の一幕も、電子楽器の普及に押され、アコーディオンの需要の減少とともに哀退し、ついにトデスキーニはアコーディオンの製造を中止してしまった。なお、このトデスキーニは家具メーカーとして、現在も活動している。たとえ製造が中止されようとも、今でもトデスキーニのアコーディオンは、ガイテイロ(アコーディオン奏者)たちの憧れの的であり、これを持つことは彼らのステイタス・シンボルでもある。この資料館にはメーカーのトデスキーニから寄贈された歴史的意味のある輝かしい傑作がいくつか展示されている。

  街並という建築作品
均整の取れた、美しい音色が愛されたトデスキーニに象徴されるように、ベント・ゴンサルヴェスの街並もまた美しい。無計画な開発を早々に取り止め、ここを訪れる観光客たちの目をも楽しませるように、景観作りに努めている。イタリア移民の町としての特性からイタリアの建築様式に詳しい建築家たちを呼び集め、住民が家を建てる際には建築家たちの協力を仰ぐよう、町ぐるみの民間キャンペーンを展開した。その結果、無駄な虚飾の無い、居住のための実用性と調和する、シンプルに美しい街並ができあがった。
田舎風の暖かなデザインの家々、ところどころに敷かれた石畳、緑に囲まれた小さな庭。実に快適そうだ。収容所のような高い塀、動物園のような鉄格子とは無縁の世界である。和やかな生活の音が聞こえてくる。軒先で家族や隣人が集まって、シマローン(マテ茶)を囲んで夕涼み。前を歩く日本人を珍しそうに眺めていた。子どもの頃に家の近所にもこんな風景があったなあと、郷愁にふけってしまった。

  葡萄の谷 (Vale dos Vinhedos)
町の境界を取り囲むようにある丘陵部を超えると、谷は一面の葡萄畑である。斜面を滑り降りるように、緑の葉が風で波打っている。葡萄畑の主要部とワイナリーの多くは、東にあるピント・バンデイラ(Pinto Bandeira)という隣町と、西にあるヴァーレ・ドス・ヴィニェードス(Vale dos Vinhedos)という地区にある。ピント・バンデイラは、石畳と昔風コローニアの景観が、自然と調和して実に美しい。歴史散策にはもってこいの場所である。しかし、ベント・ゴンサルヴェスのブラジル・ワインの総本山としての姿は、やはりヴァーレ・ドス・ヴィニェードスにある。
ヴァーレ・ドス・ヴィニェードスにはリーニャ・レオポルヂーナ(Linha Leopoldina)と呼ばれる30kmくらいの 蹄鉄状の道を中心として、14軒くらいのワイナリーが集中している。もちろん、この道の両側は、一面の葡萄畑である。それぞれのワイナリーは、いつでも訪問客歓迎。中では、ワイナリーの人に頼めば工場を案内してくれて、醸造過程などを事細かに説明してくれる。ワインに関する知識も懇切丁寧に教えてくれる。さらに、必ず試飲コーナーが用意されていて、あらゆるワインを好きなだけ飲ませてもらえる。シャンパンにグラッパ、ブランデーだってある。「日本から来ました」など言ったら、それこそ歓迎の酒盛りである。気に入ったワインはその場で購入。宿に帰る頃には、すっかり上機嫌にしてもらえる。このリーニャ・レオポルヂーナなる道、ずいぶんクネクネと曲がっているのだが、作った人たちもさぞいい気分だったのだろう、と一人合点してみたりする。道の途中に「カペラ・ダス・ネーヴェス“Capela das Neves”」と呼ばれる小さな教会がある。昔、この地域が旱魃に襲われ水が不足した時に、ワインを貯蔵し、人々に分け与えたのだそうだ。ずいぶんと賑やかな水不足だったにちがいない。

  カーザ・ウァルドゥーガ(Casa Valduga)
ヴァーレ・ドス・ヴィニェードスにあるワイナリーの中でも最も由緒があり、品質においても最高峰の一つに数えられるのがカーザ・ヴァルドゥーガである。ワイナリーの見かけは小ぢんまりとしたものであるが、ここで作られたワインは海外の品評会で数々の賞を獲得する。彼らのこだわりは葡萄から始まる。彼らは自家農園で栽培した葡萄だけを使う。葡萄の品質管理にも気を配りたいわけだ。それ故、生産量には自ずと限界がある。生産量の少ない彼らのワインは、スーパーなどでは見つからない。置いてある店にだけ置いてあるという代物で、知る人ぞ知る、すばらしいワインである。実は、今回の旅行の目的はカーザ・ヴァルドゥーガのワイナリーの見学にあった。
 現在の経営者の祖父の代、イタリア移民のヴァルドゥーガ三兄弟は、1875年ベント・ゴンサルヴェスにやってきた。つまり最初の移民として名を刻まれた人々に含まれる。そして、今のヴァーレ・ドス・ヴィニェードスにて葡萄栽培を始めた。それから100年、蓄積された経験と知識を生かして本格的なワイン作りに取り組むために、1970年代に「カーザ・ヴァルドゥーガ」を設立した。それは、ヴァーレ・ドス・ヴィニェードスからワインを世界中に送りだそうという一つの野望であった。また、彼らは観光客の見学をいち早く受け入れ、ベント・ゴンサルヴェスの観光事業推進に一役買った。
「このヴァーレ・ドス・ヴィニェードスは葡萄栽培には最高の土地です」。カーザ・ヴァルドゥーガの案内の人が語ってくれた。「この地の冬は寒い。これが葡萄には大きな恵みをもたらします。冬に葉を落とした葡萄は、冬眠のような状態に入ります。この時、気候が寒ければ、葡萄はしっかり休むことができるのです。気温が高いと、葡萄は休む暇が無いのです。今はバイーアのサンフランシスコ川でも葡萄栽培が行われていますが、あちらの葡萄は寿命がとても短い」。ベントの冬は雪が降ることもあるくらい寒いのだ。「春が来ると、葡萄は再び葉をつけ、活動を始めます。こうなると、毎日温かい太陽が必要になります。カンカン照りが続けば続くほど、葡萄の糖度が上がります。このサイクルがこの地にはあるのです」。こうして丹念に栽培された葡萄は、選別され、工場で醸造される。設備は、イタリア、アメリカなどから輸入されたという最新機械がずらりと並ぶ。聳え立つ木の大樽を指差して、「もうあれはただの飾りになってしまいました。今はすべて温度調整機能付のステンレス製樽を使います。作業も楽ですし、確実ですからね。ただそれだけでは、木の樽に寝かせた独得の柔らかさが出ないので、後で小さな木の樽に移して、ゆっくり寝かせます。さらに瓶詰めしてから、また寝かせて….」ワインは赤ん坊と同じだそうだ。寝る子は育つのである。さらに私たちが飲むときも、赤ん坊を扱うように扱うべきだと言う。「保存は、暑すぎず寒すぎずの静かな場所に置いてください。瓶を立たせずに、寝かせます。赤ん坊を寝かしつけるのと同じです。外から持ってきたらワインは疲れているので3日くらい寝かせてください。ワインには騒音が大敵なので注意してください」などなど。「買ってきたら、ワインを愛情こめて撫でてやってください。より美味しくなるかもしれない」とも彼は言っていた。
カーザ・ヴァルドゥーガがなぜこんなにも美味しいのか、その秘密の一端に触れた気がした。彼らの哲学はとてもシンプルである。ワインが好きで、美味しいワインを飲みたい。そのためには常に研究し、巨大な最新機械だろうが何だろうが輸入する。美味しいワインを飲むために、葡萄栽培から発酵、瓶詰めまで、一所懸命にやる。こうして作ったワインに、まるで自分の子どものような愛情を注ぐ。「発酵が始まると大変です。家にもろくに帰れなくなります。でもやっぱりワインは美味しいほうがいいよね」という彼の言葉にその魂が疑縮されている。本当に「美味しいワインが飲めるのはあなたたちのおかげです」と私は心から感謝した。
ベント・ゴンサルヴェスは、イタリア移民の町である。つまり、ワインも美味しいが、イタリア料理もまた美味しい。人々もとても陽気だ。そんな町に冬に訪れて、暖を取りながら飲む赤ワインは格別だ。あるいは、夏、葡萄畑にいっぱいに膨らんだ房が溢れる中、収穫に働く人々や本格的に稼動するワイナリーを見るのもいい。そこには、100年前と同じ表情をした人々が、今も同じ新天地に希望を託しながら、同じ収穫の歌を歌っているだろう。彼らは神に感謝を捧げ、私たちは彼らに感謝を捧げようではないか。




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