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ドングリ先生下船 【船内新聞より転載】
1962年4月16日月曜日の第10号船内ニュース さくら に「ドングリ先生下船!!」との記事が掲載されています。船内でアコーデオンを抱えて歌唱を指導、明るい雰囲気を振りまいておられた川崎さんの事を覚えておられる同船者の方は多いのではないかと思いますがお元気であれば多分80歳を過ぎておられるのではないかと想像しますが(ロスで下船された方々の名簿は残っておらずトレースのしようが無いのが残念)私も英語のマイボニとその日本語訳の「夕べの空を見た悲しみに泣いた帰らぬ仲間達夕空に浮かぶローンローン、ローンローン風が吹いて来てローンローン、ローンローン風が流れ行く」と今でも時々口ずさむ歌を教えて貰った想いでがあります。その後の消息を何とか調べる方法がないものでしょうか。掲載写真は、ロスで下船される前にニュース班の皆さんと撮った貴重なスナップです。


ドングリ先生の愛称で子供達に親しまれて来た川崎さんは、小さい子供達や助監督さんその他縁の深かったニュース班の人達に送られながら後を振り向き、振り向き下船していかれた。
ドングリ先生は船酔いもせず、そのデップリトとした体躯にアコーデオンを抱えて先ず最初に船内に歌声を上がらせ皆を元気づけ、愉快がらせるのに努力。船内学校が開かれるや,各学級の音楽の代用教員をかって出て子供達を喜ばせていた。カリフォルニアのなんとか農場に移住すると云うだけあって英語も堪能で同船していた米国の学生ランデイ君の御相手役としても活躍,可愛い子供達の通訳をしながら、外人との接し方、国際教養をそれとなく教えていたのも忘れてはならない功績であろう。川崎さんがいなればランデイ君とも子供達はあんなに仲良くならなかっただろう。
又、“さくら”第五号から、美しいユーモアのある挿絵が見られるようになったのも川崎さんのお陰、計呂利丹の名前で“日本人の奇現象”を書かれたのも川崎さん。小学校教育に十年近くも携わっていられただけに、その子供の指導の仕方、教え方等は無理がなく、それでいて効果のが上がる理想的な教育法、その深い人生経験と飾らぬ人柄には、子供ならずとも好影響を受けた者も多かったのではないか。後部甲板に集まった中学生の生徒数十名を中心に川崎さん、ランデイ君をかこみ輪になって、“マイボニイ”(英語)とその日本語訳の“カーボイの歌”を交互に唄って名残を惜しんだ。マイボニイと習いたての英語で歌う中学生達に二等甲板より外国人客も心からの拍手を送って喜んでいた。
“仰げば尊し”“蛍の光”を歌いちょっとした青空卒業式と云った感も漂っていた。中学の先生からは「たとえ短い期間ではあっても、こうして楽しく仲良くして教えて下さったドングリ先生の事は一生皆さんの心の中に一つの忘れ得ぬ“灯”として残ることでしょう。又、ランデイさんは、皆さんが生まれって始めて仲良く身近に接することの出来た外国人ではないかと思います。これから外国の外人の多い所に出向いて行く皆さんにとっては、そう云う意味でこれ又忘れることの出来ない人になることでしょう。心からドングリ先生とランデイ君に有難うを云おうでは有りませんか」と話された。可愛い声で有難うと力強く礼を云われてドングリ先生は、どう感じられたでしょう。きっと仲良く子供達が、場所や進む方向は違っても、各々の持っている最善をつくしてより良くより強く育ち行くことを心から望まれつつ下船していかれたのではないか!
ドングリ先生有難う!!

(平成14年3月15日タイプアップ/和田 好司)




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