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沢田 啓明さんのサッカーコラム復活!!(2)
サッカー大国ブラジルのサッカーに魅せられてブラジルに住み着いた沢田 啓明さんは、ブラジルにおけるブラジルサッカーに付いての日本語で表現するサッカージャーナリストとしては、彼の右に出る者はいないと思います。夕刊報知新聞のコラム時代から現在の「ブラジルサイト」掲載のコラムまでご本人から毎回送って頂いております。今回は、<「サッカーの王様」ペレの憂鬱>3月6日付けコラムから始まります。ワールドカップ5回優勝のブラジル選手の数が1回しか優勝経験のないないフランスの14名より少ない13名しか選ばれていなかった事を非難され慌てて2名追加15名に増やしたが選ばれなかった70年のジェルソンは、テレビ番組で「ペレよ、お前は何様なのだ。こんなリストは、こうしてやる」と言ってカメラの前で引き裂く過激な反応を示した。また「中田英寿って誰だ」と言ったフアンの声も聞かれた。これからも沢田さんを通じてブラジルサッカーの生の情報をお届けして行きます。写真は、サンパウロの日本食堂甚六の前で撮らせて貰ったものです。右から沢田、和田、小山の3人です。


<「サッカーの王様」ペレの憂鬱>  「ブラジルサイト」3月6日付けコラム
 「サッカーの王様」ペレが、本国ブラジルで批判の矢面に立たされている。FIFA(国際サッカー連盟)が創立100周年の記念事業の一環として世界サッカー史に残る名選手100人の写真展「FIFA100」を企画して選手の人選をペレに依頼したのだが、ペレが行なった人選に対してブラジルのサッカー関係者、メディア、ファンから手厳しい非難が起きているのである。
 当初、FIFAはペレに200人の候補者リストを渡し、すでに引退した元選手50人、現役選手50人の計100人を選ぶよう依頼した。これに対し、ペレは「100人ではとても足りない」として元選手71人、現役選手50人の計121人を選び、FIFAは世界各国の著名カメラマンにこの121人の写真撮影を依頼した。そして、撮影が完了して3月4日からロンドンで写真展が行なわれる運びとなったのだが、ペレが選んだ121人のリストをサンパウロの日刊紙が入手し、写真展が始まる前日の紙面で発表した。
 このリストにはクライフ、ベッケンバウアー、プラティーニ、ジーコらかつての名選手に加えてロナウド、ジダン、ロベルト・カルロス、ベッカム、フィーゴ、中田英寿、ホン・ミョンボらの現役選手の名前があったが、リベリーノ、ニウトン・サントス、ドゥンガ、ジェルソン、トスタン、コウチーニョ(いずれもブラジル)、ウベ・ゼーラー(ドイツ)、バン・バステン(オランダ)、ペドロ・ロッシャ(ウルグアイ)、ミッシェル(スペイン)ら選ばれていておかしくない選手の名前が抜けていた。また、ブラジルから選ばれたのは13人で、これはイタリア、フランスの14人よりも少なかった。このため、「どうしてリベリーノやニウトン・サントスが入っていないのだ」、「5回もワールドカップで優勝しているブラジルの選手がイタリアやフランスの選手よりも少ないのはどういうわけだ」という声が起こり、連日、テレビのスポーツニュースや新聞でペレが批判される騒ぎとなったのである。
 結局、写真展が始まった4日にFIFAが公表したリストにはリベリーノ、ニウトン・サントス(いずれもブラジル)、ウベ・ゼーラー(ドイツ)、バン・バステン(オランダ)の4人の名前が追加されていた。それでも、リベリーノとニウトン・サントスは「今頃選んでもらっても…」と当惑を隠さないし、選ばれなかった選手たちの不満は消えていない。
 ペレにも、同情の余地はある。この種の人選は、誰がやっても必ず異論が出る。また、日本や韓国から選手が選ばれていることからもわかるように、ペレには「できるだけ多くの国から選手を選ぼう」という意図があったはずだ。そして、「サッカー小国」からも選手を選ぼうとすれば、当然、ブラジルをはじめとするサッカー強国が割を食うことになる。とはいえ、中田英寿やホン・ミョンボが入ってドゥンガやトスタンが落選するというのは、どう考えてもおかしい。
 今回の騒動で、ペレは多くの友人を失い、本来なら受ける必要のない批判を受けた。FIFAも罪作りなことをしたものだ。後先を考えずにFIFAの依頼を受けたペレが軽率だったとも言えるのだろうが。
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<「怪物」平山相太は、今すぐプロに身を投じるべきだ> 3月12日掲載分
 日本のサッカーメディアが、国見高校出身の18歳の大型FW平山相太のことで持ちきりだ。大器だ、いや怪物だ、と実にかまびすしい。
 確かに、大柄でヘディングが強く、突破力も技術もそれなりにある。優れた素材であることは、まちがいない。ただし、日本では飛び抜けた選手だが、世界で通用するかどうかとなるとこれは別問題だ(平山は、昨年の世界ユースでも特に目立った活躍をしたわけではない。はっきり言えば、世界には同年代で今の平山クラスの選手は大勢いる)。
 その平山が、筑波大に進学するという。本人の意志なのか、あるいは高校の「恩師」の意志なのかわからないが、この進路選択には首をかしげてしまう。
 サッカーでは、才能がある選手は十代でプロデビューする。これが、世界の常識だ。何しろ、ペレがプロデビューしたのが15歳のときで、その年にサンパウロ州選手権の得点王になり、16歳でブラジル代表に選ばれ、17歳でワールドカップに出場して大活躍してブラジル優勝の立役者となった。マラドーナがプロ契約を結んだのは13歳のときで、15歳でアルゼンチン・リーグでデビューし、16歳でアルゼンチン代表に選ばれた。こんな例があるから、南米、ヨーロッパでは高校を出てからプロ入りするのでも遅いくらい。大学を出てからプロを目指す選手など、皆無に近い。
 野球などに比べて、サッカーはプロ選手の競技年齢が低い。一流のプロ選手になるためには、大学を出てからでは遅いのだ。平山の大学進学という選択は、世界サッカー界の常識から完全に逸脱している。
 平山は、すぐにJリーグの強くて選手育成がうまいクラブに入団するべきだ。そして、できるだけ早い時期にレギュラーポジションを獲得し、できるだけ早い時期にフル代表に入り、できるだけ早い時期に外国のクラブに入団して、そこでもレギュラーとなって世界の大舞台で活躍することを目指すべきなのだ。純然たるアマチュアである大学サッカーに身を投じることは、サッカー選手としてのキャリアの上ではマイナスにこそなれ、プラスにはならない(大学に籍を置き
ながら、Jリーグの特別強化選手指定を受けてJのクラブでプレーするという道はある。ただし、大学に通っている限り、プロクラブで午前、午後の練習に参加するのは不可能だろう。そして、プロコーチの指導を受けながらきちんと練習を積まなければ、才能を最大限に開花させることはできない)。
 大学で勉強すること自体は、非常によいことだ。しかし、それはプロ選手をやめてからでもできる(ただし、平山は小論文を書いただけで筑波大に入学できたそうだが、このような特別扱いを受けることができたのはもちろん「国見の平山」だったから。いったんプロに入って、プロを引退してから同様の扱いをしてもらおうと思ってもまず無理だろう)。
 もう一度繰り返す。平山が本当に世界のトップクラスの選手を目指すのであれば、すぐにプロに身を投じるべきだ。ただし、「日本の怪物」、「釜本以来の大器」というレベルで満足するのであれば、大学に行ってからでも十分だろうが。
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<「ライバル意識」というスパイス>  3月17日掲載分
 3月14日に行なわれたサンパウロ州選手権の一次リーグ最終節のジュベントス対サンパウロの試合中、サンパウリーノ(サンパウロ・ファン)から期せずしてジュベントス・コールが起こり、サンパウロの選手に対して「ジュベントスに勝たせてやれ!」という声がかけられた。
 別に、彼らがひいきチームに対する愛情を失ったわけではない。サンパウロはこの試合の結果とは無関係に準々決勝に進出することが決まっていたが、サンパウロの宿敵コリンチャンスはジュベントスとグループの最下位争いをしていた。そして、コリンチャンスが負けてジュベントスが勝てば(即ち、サンパウロが敗れれば)コリンチャンスがグループ最下位となって2部に降格するという状況にあり、サンパウリーノの多くはひいきチームが負けてもいいから憎きコリンチャンスが2部に陥落することを切望していたのである。
 結局、サンパウロは2対1でジュベントスに勝った。コリンチャンスはこの日も情けない試合をして敗れてファンから痛烈なブーイングを浴びたのだが、サンパウロがジュベントスに勝ってくれたおかげで1部にとどまった。
 試合の翌日、知人の会社では、サンパウリーノがコリンチアーノ(コリンチャンス・ファン)に対して「俺たちのおかげで2部落ちを免れたんだ。俺の手にキスをして感謝しろ」と迫る光景が見られたという。
 コリンチアーノたちは、ひいきチームのふがいない敗戦に加えてライバル・チームのファンに大きな顔をされて、怒り心頭に達していた。僕の友人の熱狂的なコリンチアーノは、「サンパウロのおかげで1部に残留するくらいなら、サンパウロが負けてコリンチャンスが2部に落ちた方がずっとましだった」と言って、怒りで体を震わせていた。
 日本のサッカーに希薄で、南米やヨーロッパのサッカーに顕著なもの、それはクラブ間の強烈なライバル意識である。
 南米やヨーロッパでは、たいていのクラブが犬猿の仲とも言えるライバル・クラブを持っている。それは同じ街に本拠を置くクラブであったり、あるいは他の街の伝統クラブであったりするのだが、クラブのフロント、選手、受付嬢、門番からファンに至るまで、誰もが「あいつらだけには絶対に負けたくない」と心の底から思っている。
 一般に、日本のファンがひいきチームの勝利を願うだけであるのに対し、南米やヨーロッパのファンはひいきチームの勝利を願うのと同時にライバル・チームが負けることを切望している。そして、ひいきチームが勝つと胸を張り、ライバル・チームが負けるとそのチームのファンを思いっきりからかう。これが、ファンにとって大きな楽しみとなっている。
 ライバルというものは、作ろうとして作れるものではない。クラブが歴史を重ねる中で、自然に出現してくるものだ。
 日本でもプロサッカーの歴史が深まれば、やがてそれぞれのクラブにライバル・クラブが現われるだろう。そして、クラブ間のライバル意識がスパイスとなって、サッカーがファンの生活の中により一層浸透してゆくにちがいない。
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<ブラジル人選手をインタビューすると…> 3月31日「ブラジルサイト」掲載分
 サッカー専門誌(「ワールドサッカーマガジン」と「週刊サッカーマガジン」)の依頼で、フラメンゴのMFフェリペとパルメイラスのFWバグネール・ラブをインタビューしてきた。
 ブラジルの場合、通常、選手のインタビューはクラブの練習場でチーム練習の後に行なう。クラブの広報担当に「この選手にインタビューしたい」と前もって伝えておくのだが、練習場に行くといつもテレビ、ラジオ、新聞などのインタビュアーや記者が大勢いるから、独占インタビューはまず不可能。他の記者と押し合いへし合いしながらインタビューを敢行することになる。
 フラメンゴはリオの名門で、クラブの本拠は市の南部のガベア地区にある。広報担当は還暦近いベテランで、「ジーコが13歳のときに入団テストを受けに来たのをここで見たんだ。ひどく小さかったけど、当時からメチャクチャにうまかった」と38年も前の出来事をまるで昨日のことのように話す。
 フェリペは、26歳のMF。同じリオのバスコダガマで育てられた選手で、バスコダガマでデビューした頃は左のサイドバックだった。ドリブルのうまさは当時からズバ抜けていたが、味方の選手がフリーでスペースに走り込んでいるのに目もくれないで延々とドリブルを続けているような「困った選手」だった。その後、バスコダガマを退団してライバルのフラメンゴに入団し、MFとして大活躍している。少々気難しそうな印象があったが、丁寧に質問に答えてくれた。
 その日の夜、サンパウロに戻ってからスポーツニュースを見ていたら、数時間前に会ったばかりのフェリペが実に嬉しそうな表情でテレビのインタビューに答えている。ワールドカップ南米予選のパラグアイ戦に追加招集されたということだった。
 バグネール・ラブは、19歳のストライカー。ドングリ眼で童顔の黒人選手だ。小柄だがガッチリした体つきで、太腿はロベルト・カルロス並みに太い。重心の低いドリブルで強引に相手DFを抜き去って、左右両足から強烈なシュートを放つ。現在、ブラジル国内でトップクラスのFWだ。体が小さいせいだろう、バスコダガマとサンパウロでトップチームに上がれないでパルメイラスに拾われたのだが、それでも本人は「必ずプロになれると信じて疑わなかった」と言うのだから、本当に気持ちが強い。やはり、サッカー選手は生まれつきの才能だけではない。自分の能力を信じて努力を続けることができる選手だけが、厳しいプロの世界で生き残れるのだ。
 バグネール・ラブを取材していて、おかしいことがあった。たまたま持っていた「週刊サッカーマガジン」の3月2日号(第962号)を見せたところ、「あ、ドゥドゥだ」(ドゥドゥは今年柏レイソルに入団したブラジル人の若手ボランチで、大の仲良しだそうだ)叫ぶ。どれどれ、と見たら、「プレーステーション2」の広告に出ている高原を指差している。「いや、これはタカハラという日本人FWで、ドイツでプレーしているんだ」と教えたのだが、それでも「本当にドゥドゥに似ているなあ」と繰り返すので笑ってしまった。
 僕は、ブラジル人のこういう無邪気なところが大好きだ。
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いずこも同じ、体調不良とコンビネーション不足>4月3日ブラジルサイト掲載分  
3月31日、2006年ワールドカップ南米予選の第5節が行なわれ、ブラジルはアウェーでパラグアイと対戦した。 ブラジルはスリートップで、ロナウド、ロナウジーニョ、カカを並べた豪華メンバー。対するパラグアイは、スーパースターこそいないが守備が堅く、攻撃はしつこくクロスを上げて、カルドーゾ、サンタクルスら身体能力が高いFWに合わせてくる。派手さはないが、実にしぶとい。ブラジルやアルゼンチンでも決して楽には勝てない相手だ。
 ブラジルの守備陣は伝統的にハイクロスの処理が下手で、この試合ではそこが一番心配だった。しかし、どういうわけか、この日はパラグアイ選手のクロスの精度が低く、たまにきちんと入ってきてもブラジルのDFがほとんど競り勝った。ところが、攻撃の方は、欧州組が所属クラブのハードスケジュールで疲れていてDFラインの裏側に走り込む動きが少ない。また、チーム練習が1回しかできなかったためコンビネーションが悪く、パスがつながらない。「怪物」ロナウドも、ボールが回ってこないとただの人になる。ミドルシュートとFK以外ではほとんどチャンスが作れず、0対0で引き分けてしまった。
 この試合は、開始直後に停電が起きてスタジアムのライトが全部消えてしまい、30分余りも試合が中断されるというアクシデントがあったのだが、翌日のブラジルの新聞は「ブラジルのスリートップも停電状態だった」と痛烈に皮肉っていた。
 これで、ブラジルは2勝3分け。アルゼンチン、パラグアイに次いで10カ国中3位という位置にいる。 南米予選の他の試合では、アルゼンチンがホームでエクアドルに1対0で勝った。しかし、アルゼンチンには珍しくパスミスが多く、こちらもお粗末な出来だった。アルゼンチンは、ビエルサ監督が「欧州組で試合が始まる48時間前に帰国できなかった選手は起用しない」という方針を打ち出したことから、サネッティとキリー・ゴンザレスが出場できなかった。さらに、ベロンも怪我で欠場したため、今予選で初先発という選手が3人いた。そのせいだろう、いつものスムースなパス交換が見られなかった。 欧州組の体調が優れず、コンビネーションも悪くて苦戦したのはジーコ・ジャパンだけではない。
 この節の最大の驚きは、これまで「南米のサンドバッグ」と呼ばれてきたベネズエラが、こともあろうにアウェーで強豪ウルグアイに3対0と完勝したことである。ウルグアイは伝統的に守備のチームなのだが、今回の予選ではレコバ、フォルランらの個人技を生かした攻撃サッカーを目指している。ところが、この試合ではベネズエラの深く激しい守備ブロックに攻撃を封じられ、カウンターから失点を重ねて歴史的な敗北を喫してしまった。
 ベネズエラは野球が盛んで、南米大陸の中で唯一、サッカーがナンバーワン・スポーツではない国だ。しかし、今回の予選では最初の2試合に敗れた後に3連勝し、ここまで4位と大健闘している。
試合終了の瞬間、ベネズエラでは人々が街に繰り出し、車のクラクションを鳴らしたり花火を上げたりしてお祭り騒ぎだったそうだ。 ベネズエラが「南米のサンドバッグ」でなくなって、ブラジルでも南米予選で簡単に勝てる国は一つもない。今度の予選も、たっぷり苦しむことになりそうだ。
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<好漢ラモスに話を聞いた>  4月15日
 3月初めからブラジルに一時帰国して日本のS級ライセンス(プロチームの監督になるために必要な資格)を取得するためにサンカエターノというクラブで実地研修を受けていたラモス瑠偉に、2回に渡って5時間余り、話を聞いた(このインタビューの原稿はこれから書くのだが、もし没にならなければ、「サッカー批評」というサッカー専門誌の6月10日発売号に掲載される予定)。
 ラモスがコーチ研修で学んだこと、日本とブラジルのクラブの違い、ジーコ・ジャパンについての評価、日本サッカーが今後進むべき方向などについて聞いたのだが、話を聞き終えての印象は、「とにかく、熱い人だな」に尽きる。
 最初は人懐っこい笑顔だったが、一言質問をすると、こちらの眼をじっと見詰めながら次から次へと言葉を発射してくる。「日本の選手は、技術はあるんだ。でも、戦う気持ちが足りない。だから、実際の試合で相手からプレッシャーをかけられると、せっかく持っている技術を発揮できないんだ」と憤り、ジーコ・ジャパンに話が及ぶと、「中田以外の選手は、戦う姿勢が足りないよ。小野も、中村も、高原も。あんな情けない試合をするんだったら、俺を出せ、と言いたいよ。俺はもうトシだけど、45分くらいだったらまだまだ動けるよ。少なくとも、あんなひど
い試合はしない」と口から泡を吹かんばかり。
 テーブルに置いていたノートの上の方が濡れている、と思ったら、ラモスが飛ばしたら唾だった。
 サンカエターノのホームスタジアムの真ん前にある「バール」(コーヒーショップ兼大衆レストラン)で話を聞いたのだが、ラモスが興奮して大声を出して周りの客が一斉に振り返り、「喧嘩をしてるんじゃないよ。話をしているだけなんだ」とラモスが弁解する一幕もあった。
 ただ、ラモスは単純な根性論を振りかざしているわけではない。「サッカーなんだから、技術、フィジカル、戦術はもちろん大事。でも、さらにその上に、戦う気持ちが大事なんだ」と言う。
 これは、よくわかった。というのは、代表チームでもクラブでも、ブラジルでは重要な試合になると誰もが闘志を強調し、「魂をスパイクの先に込めて戦え」という言い方をする。技術を最優先するブラジルサッカーであっても、伸るか反るかの試合になると技術だけでは勝てないことを誰もが知っているのだ(そのくせ、いざ試合になるとヒールキックを連発したり、股抜きをしたり、といった技術をひけらかすようなプレーを見せたりするのだが)。
 ラモスは、元来、熱しやすくて、言いたいことをすべて言ってしまう極めてブラジル的な人間だと思う。それが、日本に渡り、日本のクラブでプレーし、日本人女性と結婚し、日本に帰化することで、本人は「忍耐と冷静さを覚えた」と言う。
 そんなことはないだろう、いつも言いたい放題言っているじゃないか、と思う人も多いだろう。しかし、本人はあれでかなりセーブしているようなのだ。
 好漢ラモス。彼が監督として成功するかどうかは、わからない。ただ、我々日本人は、彼のような男が日本に帰化して日本サッカーのために尽くしてくれることを、彼に、そしてサッカーの神様に感謝するべきだろう。
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<州選手権決勝の熱狂>   4月21日掲載
 4月18日、ブラジル各地で州選手権の決勝戦第2レグ(ホーム&アウェーの第2戦)が行なわれ、各州で今シーズンのチャンピオンが誕生した。
 ブラジルには27州(正確には26州とブラジリア連邦直轄区)あるが、これら27州全部で州選手権が行なわれる。州によってサッカーのレベルは当然バラツキがあるのだが、レベルが高い州でもそれほどでもない州でも、ファンの熱狂ぶりは同様にすさまじい。それは、どの州にも長年ライバル関係にある強豪クラブが2つ、あるいはそれ以上あり、決勝戦はたいていこれら強豪どうしの対戦となって、過去の歴史も踏まえて熱戦を繰り広げるからである。
 現在、ブラジルの各州の中でレベルが高いのは、サンパウロ州、ミナスジェライス州、リオ州の順になるだろう。
 サンパウロ州の決勝はサンパウロFC、サントスを撃破した中堅クラブ・サンカエターノとパルメイラスを破った地方の小クラブ、パウリスタという顔合わせとなり、サンカエターノが2戦2勝で初優勝を遂げた。
 サンカエターノは、サンパウロ郊外にある人口わずか14万人のサンカエターノ市を本拠に置く創立後14年の新興クラブだ。2000年に突然、ブラジル全国選手権で準優勝し、以後、毎年、安定した成績を残してきた。
 しかし、決勝まで到達しながら最後に負けてタイトルに手が届かないことが続き、「準優勝タイトルのコレクター」と揶揄されてきた。
 ホームタウンが小さくて歴史も浅いことから、これまではファンの数も少なかった。しかし、タイトルを取ったことでこれからファンも増え、ビッグクラブの仲間入りをしてゆくことだろう。
 ミナスジェライス州の決勝はクルゼイロとアトレチコ・ミネイロというライバル・クラブどうしの対戦となり、クルゼイロが2年連続優勝を遂げたのだが、試合後、クルゼイロとアトレチコ・ミネイロ選手が入り乱れての大乱闘となった。
 リオ州の決勝もフラメンゴとバスコダガマという長年のライバルどうしの対戦で、マラカナン・スタジアムに8万人の大観衆が集まった。フラメンゴが完勝したのだが、両チーム合わせて6人の退場者が出るという大荒れの試合だった。
 サンパウロ州の決勝だけは平静だったが、それ以外はレッドカードが乱れ飛び、選手が小突きあい、スタンドでもサポーターが衝突する試合が多かった。誉められたことではもちろんないのだが、選手の過剰なまでの闘志をサポーターの思い入れの激しさの表われでもある。選手もサポーターも、州選手権で長年のライバルと戦うときが最もエキサイトするのである。
 州選手権が終わり、4月21日からは国内最高の大会であるブラジル全国選手権が始まる。また、クラブ南米一を争うリベルタドーレス杯もこれから決勝トーナメント(ベスト16)が始まり、サントス、クルゼイロ、サンパウロFC、サンカエターノのブラジル勢が頂点を目指す。
 ブラジルサッカーは、これから佳境に入る。今シーズンも、エキサイティングな試合、素晴らしいプレーをたくさん見たいものだ。
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