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日本ブラジル移住者協会  移民100周年記念事業草案  徳力啓三
私の所属している夢・ベテランのMLのメンバーは、元日本学生海外移住連盟のOBを中心とした 老いた?今も夢を追い掛ける者たちの集まりですが、メンバーの一人、徳力啓三さん(三重大学卒)が移民100周年記念事業として日本ブラジル移住者協会を母体として大きな夢をぶち上げています。熟年パワー炸裂の文化の町 「夢ベテランの里」建設案は、我々ブラジル戦後移住者一人一人が真剣に考え取組んで行く価値のあるプロジェクトと云えます。『私たちの40年!!』HPの底辺に流れる基本理念、681名の同船者の定着の過程、現在、未来をどのように戦後ブラジル移民史の中で残して行けるかを追求する姿勢で取組んでいますが、徳力さんの移住者を中心とした村作りの構想実現の道と大きく交差する面が大きく是非一緒になって同じ思いを追い掛けて見たいと思います。徳力さんへの支援、私達自身の努力、この欄でもその成行をフォロウして行きたいと思います。
昨年7月にサンパウロで行われた戦後移住者50周年記念式典で始めてお会いした時に撮らせて頂いた写真です。



日本ブラジル移住者協会
        移民100周年記念事業 草案   maio/2004
                                     

4月23日の第1回理事会から約1月、移住者協会としての100周年記念事業に対して、一つのたたき台としての私案を書いてみました。
夢のような話ではありますが、皆様のご意見を伺い、協会として取上げていただける案件になるかいなか、ご検討の程を御願い申し上げます。

ブラジルに移住してきたものとして100周年を迎えるに当たってこの際何か残したい、何が遺せるかを考えたものがこの素案です。荒削りもいいとこですが、概略がお掴みいただければ、移住者協会として将来の事業になりうるかどうかを考えていただくもとになると思います。
基本的には私たち移住者が今遺せるものは何かという考えに立ち、まず出来ることをやってみよう、出来ればそれが100年先まで続けられる性質のものをめざしています。
日本人移住者の平均年齢は67歳位だろうと推測されていますが、私はこの概案を書くに当たって、今やらないともう時間がない、もう少し年をとったら、なんにも出来なくなるとつい考えます。出来るだけ、さわやかな夢を描いてゆこうと思います。

具体的な話に入る前に、この概案の全体構想をつかむために、この構想のネーミングをまず見て見たいと思います。なぜならば、それによってこの事業の性格が決まってくるように思うからです。私が最も大切と考えている事業名―ネーミングだけでも沢山拾ってくることが出来ます。

A−事業の性格と全体を示唆する事業名

1−明日香村をもじって 「明日家の里」
  未来志向の暖かい熟年の人々が住む故郷とでもいう意味を込めています。
2−日伯の夢ある人びとを結ぶ村 として 「日伯結びの里」
  新しい日本の血を受け入れるための受け皿的性格を強調した村
3−年老いた方々がゆったりと過ごせる所 「仙人村」 
   天国のごときお花畑けに一杯の花園に囲まれた自然の里。桜とイペーの里。
4−移住者がたどり着いた理想の世界 「平安京」
  故国を離れて苦労した人々がたどり着いた安着の地。墳墓の土地。
5−熟年者の後半生を心穏やかに過ごせる理想の村 「悠遊の原」 
  子育てが終わり、同じ年代の人々の集まった趣味の里
6−熟年パワー炸裂の文化の町 「夢ベテランの里」
  熟年者の知恵を次代を背負う者に伝える教育の場
7−21世紀を見つめた精神文化を追求し、有機的生活を求める「勇気悠々村」
  物質主義をはなれ、人間生活を有機的に過ごそうとする人々の近代村。
8−人と人が平和に暮らす原理を示す理想の世界「日伯倫理村」
  世界の平和を求め、人間の幸せを探る東洋思想の実践の場
などなどを考えました。

B−この村の中心的な施設とその機能
  
1―私ども移住者が安心して住める場所を作るのがまずこの計画の基本です。
  自分たちでの力で自活する考えで、決して老人村の感じでない町つくりをめざします。
a−有機農産物を生産する小農園と付属施設、有機加工を行え この村の自給体制をまかなうための有機農産物生産施設とのその加工場 、その他、観光、宿泊,売店などの商業施設。
b−日本的な文化、芸術、スポーツを行える遊びの諸施設。
c−その他もろもろの施設       
d−熟年独身寮的 元気ホーム、互いに楽しく暮らせる施設、連れ合いのいない人,なくした人たちの生活の場

2―日本移民の足跡としての日本人町の建設。観光施設的な町割とし、永く日本人の里的な感覚の遺る建物群を造成する。
a-「移民の里」100年先になってもあそこには日本人がいたなと思える町つくり。武家屋敷、町人町、商人町、お寺やお墓のある町 
b−観光施設としての一面と宿泊施設を併せ持つもの。

3−新日本人受け入れ場所としての町。
a−家屋建設用の土地の確保と家屋建築の代行

4―短期大学程度の人間道場的教育の場、全寮制で日本語学習ができるところ
          世界をリード出来る国際人の教養を養える 「日伯塾」


C−現在ブラジルに住んでいる移住者が自力で作る理想の村

このように文章で書くとなんだか硬い感じになりますが、もっと軽い感じで現在の私たち、老移住者どもが安心して住める小さな村があったらいいなという発想です。なぜなら現在のブラジルなら、都会も田舎も安全なところは少なく、お年のかたが夜遅く一人歩きできる状況ではないですからね。

太陽のさんさんと輝いている大都会から50KM位離れた田舎で、サンパウロに1時間以内で帰れるような、交通の便のよい所で、condominio形式で警備をしっかりした安全度の高い町つくりを計画し、そのようなものをつくりあげたいものです。

又ご婦人方が旦那のエスコートなく、夜でもカラオケ、社交ダンスに行け、男どもは囲碁、将棋、マージャン、チェス、トランプなどにも興じられるような同じ年代の日本人が住んでいる村に創り上げたいものです。

若い人々を惹きつける和太鼓、ソラーン踊り、盆踊りから民謡まで指導できる人がいたらいいなとおもいます。ゴルフ場、ゲートボール、マットゴルフなどの戸外のスポーツもできるといいですね。屋内競技の剣道するなら国士館ですね、柔道、空手、すもうなども、若者が出入りする大きな要素です。サッカー、バレーボール、テニスなどは日本人の特技でないなら抜きにしましょう。

その村には、盆栽、ラン、鉢物、焼き物、刺繍、竹細工、折り紙、木炭,竹炭、などの民芸品,趣味の作品を作る人もいたリして、また、有機農産物が日常の生活物資として生産されて入るのも必須です。それらの加工品、味噌から醤油、豆腐、納豆、新鮮な野菜の漬物まで村の住人の何人かがつくり、余ったものは外部に販売してもいいですね。村の住人が鉢物などを少しづつ多くつくり、きれいなお花が一杯出来たときには、趣味と実益が一致するようでありたいものですね。

このような町つくりをするには、少なくとも 100人位の志を同じくする人が集まる必要があると思います。田舎のぽつんと一軒だけの家には、危なくて、淋しくて、することがなくて住んでおれません。やはり明るくて人の動きがあり、気心の知れた人々の集まりでなくてはなりません。皆が和気藹々過ごせる場所にするにはこのくらいの集まりが望ましいでしょう。

又、これくらいの人数にならないと、医療の制度を導入できません。高齢者の集まりには最低限、必要な施設でしょう。常駐とは行かなくとも保険所的なものを設け、ベテランのお医者さんが隣近所に住んでいる形が理想でしょう。

サンパウロ市のリィベルダーデで日本品を買い物できるようにし、文化講演会や映画、時には外食できるようにロッタソンが必要です。自分で運転できなくとも一日何便が用意できれば心強いですね。現在1家族一台の自家用車が不要になれば、それくらいの経費は賄えるでしょう。

お寺の出張所、兼お墓守もあった方がいいなとおもいます。これこそ次の100年に遺るものと確信します。1世代も2世代もどの人も心穏やかに、仲良く暮らすには、共通の道徳心を養うべきでしょう。そんな村つくりが究極の目的となって欲しいと願います。

ここまでは現在ブラジルにいる功なり名を挙げた移住者が自力でやるべき村つくりと考えます。私はこのような案に賛成をしてくれる仲間がきっとこのサンパウロの町の中にも、田舎のほうにも沢山居ると信じております。

D−100周年記念の目玉となる観光村の建設

この町、これだけでは日本人移住者100周年記念とはならないと思うのです。
ただ単に、私たちが住むだけでなく、それが即 記念碑的な性格を持ったものにするためには、日本的な建築物があり、観光名所にもなるような施設も併せ持たねばならないと思うのです。

それはどんなことかと言うと、日本人の住む、日本的な街つくりが施されていることが必要です。日本の建物で日本を象徴するようなもの、お城、寺院、或いは五重の塔とか、金閣寺など、 と言っても、たんなる建物ではなくて全て観光客が寝泊りできる、文化の催し物時には宿泊施設になる或いは研修生が長期間滞在できる簡単な建物を考えています。

町割にはこのような象徴的な建物から、武家屋敷的なもの、町人町、職人さんの町作り、花や、野菜や、果樹園農家などの農村まで、区画毎に特徴をもたせ、全体を日本人町に仕立て上げます。全部でおおよそ100軒、100周年の記念に県人会単位でその県の独特な建物を、一県一軒づつ立ててもらう交渉は不可能でしょうか。

町人町や職人町は商社、銀行、自動車、写真、食品などの日本企業におねだりしましょう。地場企業でも100平米の建物一つくらいなら、そこにおおきく永遠に会社の名前を刻印すると申し出れば、よし来たと相談にのってくれるところがあると信じます。

ホテルFAZENDAのバンガロー的な鉄筋コンクリートの建物で道路側の正面のみが日本的な装飾を施した建物と想像して下さい。内部には2つ或いは3つ位のバス付きアパートを備えれば即宿泊施設となり、村の観光を支える大事な収入源となることを期待したいものです。

この観光村では一年中何らかのイヴェントが行われ、村の収入源にもなり、村の住人にとっても、この記念碑は本当に生きたものになり、末長く永続、繁栄の元となるでしょう。

E―新しい日本人受け入れ町の建設

以上のような設備が整えば、次に考えられることは 日本に居る高額年金を貰っている日本人をブラジルに呼ぶことではないでしょうか。日本ではわずかなお金であってもここブラジルに持ってくると大金持ちの生活が保証されます。日本では生活できるかなと不安になるようなお金でも、それをブラジルに持ち込むと豊かな老後が過ごせます。それはブラジルに居るものにとっても、日本から来る方にとっても,非常に有効な手段であると思います。

新しい日本人の熟年悠々村の建設は,例えば、一家族1000万円の申込金で、1000平方メートルの土地に100平方メートルの家屋を建築する。移住者が作った施設、組織は全て使用可とし、住民全部が大歓迎をし、困って居る人には丁寧に日本語で対応し,病気になった人には日本語の解る病院に連れてゆき看護して差し上げる。安全と医療、万一の場合はガルリョス飛行場へ行く直行便を用意しておけば、彼らも安心でしょう。ここでの生活は親切で豊かで,古き良き日本人の心をもった移住者たちのお陰で、彼らの生活は日本での生活より3倍の値打ちを持つ素敵な生活にかわるでしょう。

日本においてベテランと名の付く、海外生活に夢を描ける熟年の方々はこの私たちの新しい町に新しい血を届けてくださり、今後100年の新しい動きとなるでしょう。年を追って増えつづける高齢者は尽きることがありません。今この日本人受け入れの体制を整えることが出来れば、これは単に私たち移住者のみならず、ブラジル国にも沢山の外貨を定期的に持ち込むことになり、大きな貢献となることは間違いありません。

F−世界を平和に導く教養人養成の村つくり

望むらくは、これらのベテランたちが当地の、或いは日本の海外基地として世界の若者の教育の訓導者となって、世界人育成の 日伯塾 の先生となって欲しいものです。

このあたりが、当計画の村つくりの根幹になってくれれば、本当の意味での移民100周年の記念碑つくりの本懐となってゆくものと思います。

夢の上の,その夢のまた夢、この最後の部分は どうしたら 地球を救える教育の場を創るかにあると言えます。西洋の教えでは強いもの勝ちの原理にのっとり、どこでも、いつでも、戦争を始めます。やはり東洋の教えの方が、穏やかで、世界を平和に導きます。皆で仲良く一年間を通して作物を育て、皆で仲良く収穫物を分け合いながら生活をする生きかたのほうが、21世紀の世の中には適していると思います。

世界中、どこに行っても世の中の最小単位は男と女が一組のペアを組み、子育てをし、そして死んでゆく。やはり基本はこの辺にあるのはないかと思います。
夫婦仲良くすることが全てにおいて、実践されるとき、世は平和になり、人々は
しやわせになれると信じています。こんな簡単なことを伝授できるような村を我々の手で拵え挙げれないものでしょうか。

以上で概論を終わります。皆さんのご意見をどうぞお聞かせください。
                    
                 25/05/2004      徳力啓三



付記・
1−オーストラリアでは既に日本人受け入れ施設が出来ているそうです。
聞くところによるとオーストラリアの日本人受け入れ態勢は素晴らしい受け入れシステムが稼動していて、安心して過ごせるようになっているそうです。そのためのノウハウがあって、日本人が居を移すことに抵抗がないようになっているそうです。私たちもそれをよく研究し、受け入れやすい体制を整のえねばなりません。これより先、もっと深く研究を積み、受け入れ態勢を整えたいと思います。是非とも、日本人受け入れ態勢をブラジルにもつくりましう。

2―日本には HAPPY SENIA LIFE NET なる400名もの方が参加されている日本在の夢ベテランの方々の集まりがあるそうです。日本の抑圧された夢を、オーストラリア、カナダ、スペインだけでなくここブラジルでも咲かせるために、そのグループと接触し、ご意見を聞き出したいものです。こうした方々のご意見が組み込まれると、ブラジルでの100周記念に厚みがまします。ブラジルにて描ける夢を語っていただければ夢の計画の実現化が容易になります。日本の熟年組の方の意見を集めましょう。

3−コチア青年の方々が国士舘の土地を利用して、昔のサンパウロに存在した原始林つくりを計画さされています。この地の樹木を使って、昔あった原始林作り直そうと検討していると聞いています。それをそのまま私たちの永遠の眠りの地とする樹木葬も悪くないですね。折角ブラジルに来たのですから、描けるだけの夢を描いたあとは、描がききった夢の中に眠るのは本望ですね。

4−単なるシルバータウンではこちらに来られた方々がこんな所に来てしまい失敗したと臍をかまないように夢持つ「夢ベテランの方々」にしぼり、残りの人生を精一杯燃焼させらると感じられるだけの受け皿つくりを考えたいと思います。最大の共通点は、沢山の年金を貰っていて、海外に第2の棲家を作りたいと考えておられる日本人を迎えることにあります。

5−この夢物語の主人公はブラジルで長い人生を過ごした方々であるべきで、各個人の幸せのための夢であって欲しいと念願します。当然自分の持っている資産をつぎ込み、各人自分の夢を創り上げていただきたいものです。日本人新移住者を含め 夢ベテラン村の運営は 当初、信用ある日系団体がやるべきで、ある程度時間が経った段階で、民営化したほうが長続きするものと思っております。

6−観光村とか言うものの運営はやはり財団などが運営するのが正統ではないでしょうか。100年村ともなれば文協には重荷、それなりの運営主体が必要になると想像します。でも当初は文協が動かない限り、計画さえ前にすすまないでしょう。

7−日伯塾などはまた別の教育機関が運営しない大きく変わると思います。

8−どのようにすれば日本のお金を持ってこられるかを含め、現実に経済力を無くした元移住者をどのようにお世話させていただくか、その資金をどうするか、ものすごく勉強しなければならないと思います。どなたか良い先生をご紹介ください。是非とも皆さんのお知恵を貸してください。一人では何も出来ません。夢関係ある資料をお持ちの方はどんどんお送りください。私はまだ現役、仕事の合間にしか、夢を育てられません。



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