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最後の笠戸丸移民=中川トミさん、名誉州民に=パラナ議会満場一致、授与=いま九十七歳、元気に応対
6月18日は、『移民の日』としてブラジル全国、特に日系人の多いサンパウロ、パラナ両州では盛大な行事が行われましたが、パラナ州の州議会では96年前に笠戸丸でサントスに到着した781名の唯一の生き証人としてご健在の中川トミさんに名誉州民証を手渡したとのニッケイ新聞のニューズが6月22日版に掲載されています。到着時1歳と8ヶ月の幼児だったトミさんは、一世紀に近い風雪に耐え8人のお子さんと30人にお孫さんと30人のひ孫さん夜叉孫さんの一人と実に5世まで合計69人に繁栄した中川トミさんの生涯は、まさにブラジルに置ける移民史を飾る生き様として誇りに思います。私達の同船者681名の一人でも、2062年まで行き続けておれるのでしょうか?トミさんには是非日本移民100周年までは、お元気で皆さんとお祝い出来ることを祈りたいと思いますし、出来れば遠くからでもそのお元気なお姿を拝見させて頂ければと念願しております。
写真は、昨年大分県選出の後藤博子参議院議員がトミさんを訪問した時の報告書からお借りしました。同議員の報告書の一部も一緒に掲載させて頂きました。


6月22日(火)
 唯一の笠戸丸移民がパラナ州名誉州民に――。一九〇八年の笠戸丸移民で唯一健在な同州ロンドリーナ市在住の中川トミさん(97)が十八日、パラナ州議会から名誉州民証を受章した。西森ルイス州議の提案により、同州議会が満場一致で可決していたもので、十八日の移民の日に合わせて、トミさんに手渡された。ロンドリーナ市内の会場には親族や友人を始め、三日に着任したばかりの萩生田浩次クリチーバ総領事や上野アントニオ元連議ら約四百人が出席。九十六年前のこの日、一歳八ヶ月でサントス港に降り立った日系社会の「生き証人」の晴れの日を祝った。
 日系社会の原点の一人に敬意を示すだけでなく、パラナ州日系社会の求心力を高める存在にしたいと西森州議が今年、同議会に提案し「満場一致で」(同連議談)決議されていた。また、合わせて六月十八日を「パラナ州日系移民の日」と定めることも決まっていた。
 会場となったロンドリーナ文化体育協会(ACEL)会館には、トミさんを祝福しようと同州各地から数多くの人が詰め掛け、予定していたテーブル席が足らないほどの賑わいを見せた。
 西森州議や上野元連議、萩生田総領事らとともに壇上に上がったトミさんは、黒の洋装で上品な雰囲気を醸し出した。足が不自由なため車椅子には頼るものの、九七歳とは思えない元気な様子に来場者は「本当に元気だ」「うらやましい人生」などと賞賛の声を上げた。
 冒頭、日伯両国歌が斉唱され、懐かしい母国の「君が代」が流れると、トミさんは感極まった様子で涙ぐみながら、口ずさんだ。
 祝辞を述べた一人の萩生田総領事は、三日にクリチーバ市に着任したばかり。「歴史の一部で学んだことしかない笠戸丸移民に実際に会えるとは」と赴任早々の貴重な機会に感謝した上で「中川さんは、ブラジル移民の原点としてまさに象徴的な存在です」などと敬意を表した。
 また、自らもトミさんの実子に当たる清美さんを妻に持つ鈴木勇パラナ日伯文化連合会副会長は九十六年前のこの日、笠戸丸に乗った七百八十一人がサントス港に上陸、言語や習慣の違いを乗り越え、現在の日系社会を築き上げた経緯を紹介。また、八人の子供と三十人の孫、三十人のひ孫、そしてさらに一人の夜叉孫を持つに至ったトミさんの血を受け継ぐ系譜に光が当てられると来場者は一様に、感嘆した様子だった。
 この後、西森州議と高山ヒデカズ下議から名誉市民証が手渡され、「パラベンス・セニョーラ・トミ」と祝福の声が掛けられた。六人の子供と十八人の孫、十二人のひ孫に見守られながら、晴れの日を迎えたトミさんは「特別なことはなにもしていないですよ」と笑顔を見せながら、握手や祝福を求める来場者に応対していた。
 

ニッケイ新聞6月24日付けコラムOLHAより転載。
パラナ州で行われた慰霊祭を初めて取材した。
 秋晴れの中、会場があるローランジア市には約四百人の日系人が足を運んだ。来賓よりも一般の参加者が圧倒的な比率を占めることに感心した。
 行事がたて込み、時間を気にしながら形式ばかりの追悼を行うサンパウロとは大違い。また、パラナの大地を切り開いた先人の労に触れてもらおうと式典前に、会場横にある移民史料館を開放。「大変だったんだね」「昔の人は偉い」などと改めて、自らのルーツを噛み締めた。
 しめやかに読経が流れる中、来場者は次々に焼香。唯一健在な笠戸丸移民、中川トミさんを始め数多くの一世が涙を浮かべた。先人と心を通わせたい――そんな姿勢が印象的だった。
 子供たちのコーラスや来賓の挨拶もいい。ただ、まず先人に心からの敬意を表すことを忘れてはならない。 (記)
04/06/25


2003年7月にサンパウロで行われた戦後移住50周年記念式典に日伯議員連盟の代表として参加された大分県選出の後藤博子参議院議員のブラジル訪問記の中にも中川トミさんを訪ねたとの報告が出ていますのでお借りしました。
パラナ州ロンドリーナ市に中川トミさんを訪ねて(03.07.27)
1908年に第された唯一存命の熊本県出身の中川トミさんを、記念式典で「ソウ・ジャポネーザ」を歌った歌手の井上裕見さんと、サンパウロから西に飛行機で1時間のパラナ州ロンドリーナ市にお訪ねしました。
大勢の人がトミさんを訪ねて来られるのですが、日本から国会議員が来たのは初めてだと感激していただきました。
耳がよく聞こえ天性の明るさから、リズムを取るように歩きながら、お父さんから教わったという歌をいつも口ずさみ、とても97歳とは思えない元気なお姿と、辛苦の歴史を感じさせない逞しさに感動してしまいました。
足が少し不自由なものの、食事を一緒にとお誘いすればレストランにも積極的に行こうとする、肉以外は何でも食べる素晴らしいお婆ちゃんです。
ブラジルでお会いする80、90歳代のお年寄りに、腰の曲がった人は見かけませんし、背筋がまっすぐで元気なのには驚きです。
これには私は日系1世の女性の方々は、若い頃からたくさん子供を産んで、過酷な労働にも耐え強い精神力とともに、強靭な体がつくられたからではないかと思っています。
それに明るく前向きな事がとても印象に残っています。中川トミさん、またお会いする時までお元気でいてください、ブラジル移住100周年をお祝いしたいですね。(このとき102歳になっておられます)



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