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アルゼンチン旅行の一部報告(夢・ベテランへの書き込みより)
管理人自身の寄稿が少ないことから少しずつでも掲載して行く事にしました。その第一弾が三菱重工の工作機械の売り込みで2度目のアルゼンチン出張中に書いたメーリングリスト【夢・ベテラン】への書き込みです。徳力さんへの便りの形で送りましたが、徳力さんからは、『全然スムースさがないところが、なんともうれしいです。』とのコメントを頂き頓馬さとドジが専売特許で何時までたっても失敗続きの旅をしています。これからもまだまだ頓馬ぶりを重ねて行きそうですが、旅の思い出と言えば失敗談ばかりの仕事にかこ付けての同船者訪問をこれからも続けて行きたいと願っております。徳力さんを喜ばせる楽しみのコーナとなりそうです。ご期待下さい。
写真は、枯れ果てたアラモが毅然として立ち並ぶ冬のMENDOZAの景色を掲載したかったのですが幻のアンデス裾野は、カメラとともに永久に消えてしまい私の瞼にだけ残ってしまいました。ということで写真は、初秋の5月にコルドバを訪問した時にタクシーの運転手さんに撮って貰ったものです。


徳力 さん 皆さん 和田です。
相変わらず腰が据わらず走り回っていますが、7月9日は、アルゼンチンの独立記念日でお休みでした。昨日から南米最高峰のアコンカグア登頂の基地となる町MANDOZAに行っておりました。アンデス颪の冷たい風が吹きつけ枯れ葉のプラタナス、葉を落としきったアラモ(日本ではポプラと呼ばれている)砂地の乾いた土地が広がりアンデスの雪解け水で果樹を植え葡萄畑が続き町から左程遠くない場所にワイナリーが散在、200kmも走るとチリとの国境の町有名なポンテ・デ・インカがあります。40数年前にメンドンサから汽車でサンチャゴまで行く途中、国境のロスアンデスでチリ側の汽車に乗り換えてアコンカグアを直ぐ傍に眺め英気を養いましたが、2002年5月末に再度チリ側から女房にアコンカグアを見せて遣りたいと思いロスアンデスまで車で行きましたが雪に阻まれ近くまで行く事が出来ず断念しており再度挑戦したいと思っています。40年前には、海協連のアンデス移住地を訪問したのですが、全く詳細を思い出さずメンドンサに住んでおられる増田四郎さんのお宅を訪問しお話を聞く機会がありました。増田さんは、あるぜんな丸第2次航でアルゼンチンに移住された大先輩で静岡県出身の77歳で奥さんを亡くされお嬢さんは、日本に行っておられるとの事で大きなシェパードと一緒に大邸宅にお一人でお住みでした。アンデス移住地には現在も数家族が定着しておられるとの事で是非訪ねて見たいと思いましたが、メンドンサから南に330km離れたGENERAL ALVEARという町から更に15km入った場所にあるとの事で今回は、訪問不可能と判断、断念しましたが、40年前にルンペン旅行で良くもそんな遠くまで出かけたものだなあと我ながら感心しました。若さの特権、怖いもの知らずだったのでしょうか?
増田さんは、河野外務大臣の頃に外務大臣賞を頂いた日本では知る人ぞ知るといった有名な方だそうでアコンカグアに登頂する日本人登山家のお世話をしており12月の山開になるとシーズン中は、登山家で溢れかえり民宿として皆さんに開放しておられるとの事です。これまでに10数人の日本人犠牲者が出ているとかで雪が溶け遺体が見つかる毎に日本からの親族の引き取りに立ち会っておられるとかで自分の家で山の注意を聞いて登った人達には犠牲者が少ないとの事でそれないに役には立っているのかなと笑っておられましたが、有名な冒険家の植村さんも増田さんの所で居宿されたとの事でした。農業移住者としての成功、その功績で表彰されるのであれば移住者として本望であるが登山家のお世話で外務大臣賞は、余り意に添わないとはにかんでおられました。お写真を数葉撮らせて頂いたのでHPにも紹介させて頂く積りでしたが大事な写真が入っているデジカメをタクシーの座席に置き忘れるという大失敗をやらかしメンドンサの冬の景色等と共に消えてしまいました。これも年の性でしょうか。これまでにもHONG KONGでもホテルでCHK OUT中に置き引きに会い始めて購入したデジカメごとアタッシュ・ケースを盗まれ往生しましたが、レシフェーに家族全員で行った時にもオリンダの町でプレカルナバルの大群衆に取り囲まれ気が付くと半ズボンの後ろポケットに入れていた旅行用の全財産を入れた財布を掏られ娘達から『お父さんはブラジルに何年いるのよ』と窘められた苦い思いでがありますが、今回のメンドンサでのしくじりは、もう一つ忘れられない失敗談を重ねた事になり手がかじかみ耳が痛くなるアンデス颪の寒風と共に思い出に残る旅になりました。
先程、雨のブエノスアイレスに戻って来ましたが、日本の自衛隊の練習艦【かしま】が現在ブエノスに寄港中で明日午前中に見学に行く積りですが、写真機がないので気が重いです。午後からは、本業?の国際工作機械展示会に再度出向き今後の売り込み、市場開拓を手伝って呉れそうな地場の企業と交渉する積りですが、台湾製、韓国製果ては中国製まで展示されており価格面では競争になりません。日本のコンペチターであるMAZAKI、森精機、OOKUMA等に大きく遅れを取っている三菱重工の工作機械を取り扱って呉れる所が見つかるでしょうかね。好きだから遣れるのでしょうが65歳が近づきつつある老体?には結構きつい仕事です。こんな弱音を吐くと丸木さんに一喝されそうですが。
本来なら夕食を兼ねてタンゴショウにでも繰り出す所ですが、気分が滅入り徳力さんに便りでもと書き始めた次第です。
ではまた。 和田inブエノスアイレス

和田さん、夢vetの皆さん
なんと和田さんは若々しいのでしょう。
今だにこのような冒険旅行を気楽に続けておられるとは驚きです。
すさまじい破壊力というか、地球は俺のものという気概が伝わってきます。
丸木さんの世界中を相手に飛び回っておられるのとはまた違い、全然スムースさがないところが、なんともうれしいです。
娘さんに叱られたり、カメラを置いてくるところなど、本当に同じで
わたしだけではないのだと心意気強くしております。
老体何者ゾーと踏ん張っておられるのには頭さがります。本当にどうして日本人というのは何時までも働きつづけるのでしょうかね。
どうしてもっとゆったりと過ごせないのでしょうかねー。
反省はするのですが、いつもこのようにパソコンの前に座り込み目をしょぼしょぼさせながら、肩がこるのを心配しながら、仕事をしている積りなのですから、こちら生まれの大陸性人間には不思議な黄色人種としか映らないのでしょうね。
ご無理をなさらずにとただ祈るのみで、ご商売繁盛を勝ち取りください。
徳力啓三

徳力 さん 皆さん 和田です。
徳力さんの励ましを胸にカメラをなくし傷心のままこれからポルトアレグレに戻ります。くよくよせずに若さを保ちドジな旅を続ける事になりますが、ドジな所が気に入ったとスムーズに運ばぬ間抜け振りが良いとのコメントを頂きそれが地で行った気取らぬ我輩かと諦めています。
早稲田の海外移住研究会の富田、武藤、真砂の3連続学移連会長選出の花の早稲田の時代に谷と共に移住研に参入し考えて見ればその5人が現在ブラジルとパラグアイに住んでおり丸坊主頭の高校生に南米移住を説いて回った『移住啓蒙遊説』も人に薦めるばかりでなく自らの人生の選択としてブラジル移住を選び今もこうしてブラジルに住ませてもらっている有り難さを感じる今日この頃です。アルゼンチンでお会いした同船者の動向等も纏めたいと思います。




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