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船、あるぜんちな丸第12次航から40年を経過して【第三部】
あるぜんちな丸第12次航の二等航海士吉川誠治さんの寄稿文第三部です。今回は、3.「船」40年前と現在  A.海運会社の集約合併  B.大型化と専用船化
*1.1万トンは小型船  *2.巨大船による長距離大量輸送 *3.パナマックス
の内容を披露します。 写真は、吉川さんから送られた巨大タンカー【TAKACHIHO】D/W 247,471 K/Tonと 【TAKACHIHO 2】D/W 280,889 K/Tonです。どちらもパナマ船籍のタンカーですが日本郵船所有の船です。東京湾の海中に設けれタドルフィン・バースに係累荷役中と5隻のタグボートを使って接岸作業中のVLCC2隻が同時に写った珍しい写真です。


3.「船」40年前と現在 

私も、ついこの間まで「あるぜんちな丸」に乗船していたように思えることもあるのですが、40年間というものは長いものです。 私は現在でも水先人として大阪湾に出入りする船に乗り込み、海を仕事の場として働いていますが、船そのものも、それを取り巻くの環境等全てのものが変わりました。 地球そのものも我々の社会も変わったのですから当然ですが、私の終生の仕事である船乗りの目から眺めた40年間について、思いつくままに書いてみることに致します。

A.海運会社の集約合併

「あるぜんちな丸」第12次航で神戸港を出帆してから、僅か2年後の64年日本の海運界の地図が大きく変わりしました。 戦後、日本の海運会社は、再び世界の海に日の丸の旗を掲げた商船隊を走らせるべく懸命の努力をしていたのですが、装置産業である海運業にとって、船という設備資産の殆どを失った状態からの再出発は困難を極めました。 頼みの日本政府による海運産業への補助策も、造船疑獄というスキャンダルによって侭ならない状態にありました。

海運業は国際競争に曝された投機性の強いものであり、景気の落ち込みによる僅かなトレードの減少によっても、乱立する運行会社間で過当競争を招くという宿命にあります。 競争状態になると、当時利子補給が打ち切られ船舶の建造資金に国際的に見て、割高な金利の支払いを余儀なくされていた日本船社は、外国船社に比べ内部留保が極端に少なく、各社とも最悪の経営状態にありました。

計画造船による日本船舶の再建は、主要海運会社だけを優遇するわけにはいかず、おしなべて総花的に割り当てざるを得ず、多くの運行会社を乱立させる結果になりました。 即ち、日本郵船、大阪商船を始め、三井船舶、川崎汽船、山下汽船、飯野海運、新日本汽船、大同海運、日東商船、日産汽船、三菱海運、日本油送船、第一中央汽船、日鉄汽船等々のオペラターに加え、数多くの所謂オーナー船主が存在しました。 更にこれらの国際競争力の弱い日本船社の間でも競争状態にあったのです。 戦前、郵船、商船、三井船舶、川崎汽船以外は殆ど定期航路を持たず、不定期船の運行に終始していた山下汽船以下の船社も定期船業務に参入しましたし、戦後新たに誕生した海運会社も多く存在したのです。

そこで、これらの各社間の無駄な競争を排除し、競争力を強化させるため、政府主導により海運会社集約合併の為の法整備が進められました。 それは一定期間、主として日本開発銀行融資の利子の支払いを猶予することを条件にして、一定規模以上の海運会社に集約せしめると言う、海運再建のための準拠法、いわゆる海運2法(註7)が成立しました。 これにより多くの会社は、中核体海運会社6社とその傘下の系列会社、専属会社に整理統合されることになりました。このような経過を経て1954年4月大阪商船と三井船舶が合併し大阪商船三井船舶株式会社という長い名前の船会社が発足したわけです。

以上のように(株)大阪商船と(株)三井船舶は対等に合併したのですが、合併に際し、少し低位にあった大阪商船の株価を補強する意味で、東京八重洲に在った東京支社のビルを売却して、合併比率を1対1にしたり、社名を日本名は大阪商船を先にし、英語名を[Mitsui OSK Line] として三井船舶側に配慮したり、種々苦心の跡が残っています。 只、登記上は両社の社長のくじ引きにより、(株)三井船舶が存続会社となりました。これにより大阪商船株式会社の名は法的に消えて無くなったことになります。

大阪商船三井船舶(以下商船三井)以外の主要5社は、日本郵船が三菱海運を吸収合併し、川崎汽船が飯野海運の定期船部門を吸収した外、山下汽船と新日本汽船が合併し「山下新日本汽船」に、日東商船と大同海運が合併し「ジャパンライン」に、日本油送船と日産汽船が合併し「昭和海運」にそれぞれ集約され、新しい形で日本の海運産業が54年4月1日に足並みを合わせて再発足することになりました。

この海運集約により一応の安定を見た日本の海運産業ですが、この頃より新興海運国の台頭が始まりました。 海運産業は戦前の日本の例をみるまでもなく、その国を発展させる先駆けのような産業で、工業国になる以前に外貨獲得を目的として容易に参入できる産業です。 戦前、大阪の下町に生まれ堂島に在った大阪商船本社ビルの前を何遍も通ったことがある私は、商船大学卒業後あこがれて大阪商船に入社しました。 戦前、海運業は日本の基幹産業であり、大阪商船は日本郵船と並んで日本有数の企業でした。しかし、その会社の船でアメリカに行った時、その国は世界屈指の資本主義工業国で、とっくの昔に海運業は二流産業としか見なされていないことに気づきました。

アメリカに起こったことは10年後20年後に必ず日本で起こると云われる通り、同じことが日本の産業界においても起こっています。 日本の他産業取り分け製造業が躍進を続ける中、海運業は新興海運国、即ち台湾、韓国、香港、シンガポール等の追い上げを受け防戦一方で、企業として如何に生き残るのか、その方策に追われていたというのが実状であります。これはアメリカは勿論、海運先進国であったヨーロッパ各国の海運会社においても事情は同じでありました。

又、定期船航路の維持、即ち個品運送契約による海上輸送は今では全てと言ってもよいほどコンテナ化されており、資本力の弱い海運会社の存在を許しません。 私が水先人になった80年代後半頃までは、ブラジルでは Companhia de Navegacao Lloyd Brasileiro の船や、Rio Doce Navigation の大型鉱石船、アルゼンチンの ELMA (Empresa Lineas Maritimas Argentinas) の船もよく大阪湾に姿を現していましたが、最近では殆ど日本近海にやって来るのを見かけたことはありません。ラテン・アメリカの船社で今でも極東や日本に船を運航しているのは、メキシコのTMM (Transportacion Maritima Mexicana) のみといってもよいでしょう。

そんな事情でコンテナー船による海運業は台湾の Evergreen Marine Corp. と Yangming Marine Transport Corp. 韓国の Hyundai Merchant Marine Co. と Hanjin Shipping Co.  香港の Orient Overseas Container Line、 シンガポールの Neptune Orient Lines, 新生中国を象徴する COSCO (China Ocean Shipping Co.) 等が躍進する一方、欧米の有力海運会社は次々と姿を消していきました。 コンテナー船を運行する主要海運会社はヨーロッパでは、英・蘭合同のP&O Nedlloyd Steamship Navigation、ドイツの Hapag Lloyd Steamship Co. デンマークの A.P. Moller Maersk 他数社に絞られたきたようであります。

日本においても事情は同じでコンテナー輸送が始まった当初、集約により中核会社となった海運6社は挙ってコンテナー輸送に乗り出しました。コンテナリゼーションは船だけでなく、就航させる船に積載可能なコンテナーの総数に数倍する、容器としてのコンテナーを準備する必要があります。 その上に内外の港にコンテナーターミナルを準備し、北米などではランド・ブリッジと称し複雑なアメリカ鉄道会社との提携も必要となります。 従って船以外にも巨額の費用と組織が必要となるのです。

それに加えて企業間の自由競争が当たり前のアメリカ向けの航路は恒常的に赤字体質から脱却できず苦戦の連続でありました。 取り分け欧州航路等比較的好採算の他航路や自動車船等の高収益部門を持たない、日本郵船、商船三井、川崎汽船以外の3船社は結局コンテナー船による輸送から次々と撤退を余儀なくされ、最終的に昭和海運は日本郵船に吸収され、山下新日本汽船とジャパンラインは一旦合併しナビックスという会社に集約し、企業規模の拡大により生き残りを図りましたが、それも10年を経ずして昨年4月商船三井に吸収合併されました。 現在、日本の主要海運会社は日本郵船、商船三井、川崎汽船の3社になりました。このように日本の海運企業は既に生き残り競争を一応経験済みで、不況に悩む日本の他産業に一歩先立ち、国際的に通用する合理化、人員のリストラが一応進んでおります。しかし、今後の国際貿易情勢の変化により更なる企業再編成を余儀なくされることも充分予想されるところであります。

(註7):1963年7月1日交付・施行された「海運の再建整備に関する臨時措置法」及びそれに基づく「外航船建造融資利子補給及び損失補償法及び日本開発銀行に関する外航船建造融資利子補給臨時措置法の一部を改正する法律」


B.大型化と専用船化

これから少し船そのものの変化について書いてみようと思います。

*1.1万トンは小型船
何といっても現在の船は40年前当時と比べ格段に大きくなりました。 私が所属する大阪湾水先区は25年前に創設され40年前には存在しませんでした。 以前は神戸の港を出ると水先人を乗せることもなく、そのまま航行すればよかったのですが、今では1万トン以上の船舶は我々の“Osaka Bay Pilot”を乗船させ、紀淡海峡を出て大阪湾の外まで水先人に操船を任せて航行しなければなりません。それというのも大阪商船(株)が三井船舶(株)と合併し商船三井となった頃から、船舶の大型化、高速化が進み、更に航行隻数が飛躍的に増大したので、水先人無しでは航行の安全確保が難しくなってきたからです。 水先人を乗せて航行しなければならない水先海域を強制水先区と言いますが、強制の対象になるのは大阪湾では総トン数1万トン以上の船舶です。
「あるぜんちな丸」第12次航当時、この水先対象となる1万総トン以上の船は大阪商船では「あるぜんちな丸」と「ぶらじる丸」の他には存在しませんでした。それ以外の大阪商船所有船・運行船は全て1万トン以内であったわけです。現在では社船、傭船を含めてその運行船舶の殆ど全ての船が1万トン以上で我々水先人を乗船させねばならず、全ての面で大型化されてきたわけです。

1980年代後半から始まった世界貿易の拡大、取り分け日本経済の高度成長により、旅客の輸送は航空機に移り、大量、重量貨物輸送に使命を有する海上輸送も、従来、唯一の専用船であったと云える石油タンカーの他は、何でも運べ、世界の殆どの港に寄港できる1万トンクラス汎用貨物船だけという、単純な船種だけではその使命を全うすることが出来なくなってきました。

*2.巨大船による長距離大量輸送
高度経済成長は石油の大量消費、鉄鋼の大量生産などから始まりました。石油は勿論、天然資源を持たない日本は殆ど全ての原料を輸入に頼らざるを得ません。 戦前それらは概ね支那大陸や東南アジアから輸入すれば足りました。しかし、戦後は支那大陸からの輸入は閉ざされ、量的にも近距離の供給源だけでは到底満たされないような大量生産大量消費の時代が近づきつつありました。原油はペルシャ湾から、鉄鋼原料たる石炭はオーストラリア、アメリカ、カナダから、鉄鉱石はインド、オーストラリア、ブラジル等世界中の供給地から輸入する必要に迫られました。 船舶による海上輸送は輸送時間こそかかりますが大量輸送にはこれほど有利な輸送手段はありません。 日本の臨海工業地帯に作られた精油所、製鉄所等は大水深で大型船舶を受け入れ可能な岸壁をその構内に持ち、二次輸送をすることなく安価な石油製品、鉄鋼素材を生産することが出来るように建設されており、大型専用船はその生産工場のコンベヤーの如く、日本の素材生産には欠かすことの出来ない存在になりました。 オーストラリアからの海上輸送は片道で10日ばかりの距離ですが、ペルシャ湾から約20日、ブラジルからは約35日を要します。中でも北米セントローレンス湾奥深くのセブン・アイランドから大型鉱石専用船による日本までの鉱石輸送は喜望峰経由ノンストップで約45日の航海を要しますので、航海日数だけを取り上げれば帆船による大航海時代に逆戻りです。 この区間の航行距離は約15,000哩にも及び、おそらく世界最長の航路と云えるでしょう。 長距離輸送は必然的に大型専用船による大量輸送をもたらしました。

このように専用船とりわけ油タンカーの大型化は止まるところを知らず、実際20数年前にULCC (Ultra Large Crude Oil Carrier=極超大型原油輸送船)と呼ばれるタンカーが建造されました。 総トン数24万トンで48万キロトンの原油を輸送することが出来る大型船でしたが、さすがにこんなに大容量の船に対して積荷の原油を一度に準備することはペルシャ湾でも簡単ではなく、また、喫水28メートルにもなって水深に制限のあるマラッカ海峡を通過することが出来ず、ジャワ島西方のロンボク海峡を通行する迂回航路を通って日本まで航海します。日本でも水深の関係で東京湾、伊勢湾、大阪湾には入湾不可で、揚げ地は鹿児島湾の喜入原油基地となり、ここから5〜7万キロトンクラスのタンカーで日本各地の精油所まで二次輸送することになります。 それやこれやで経済効果を求めたウルトラ大型船も使い勝手が悪いという理由で、数隻建造されただけに止まり今では過去のものになりました。

現在では、総トン数で15万トン、重量トン数(註8)で25〜30万キロトンクラスのVLCC (Very Large Crude Oil Carrier=超大型原油輸送船)と云われる、少し小型のタンカーが主流です。 ちょっと小さくなったと云っても、その前に付く形容詞が [Ultra] から [Very] に変わっただけで巨大な船であることには変わりがありません。 この型の巨大タンカーはマラッカ・マックスと称してマラッカ海峡を通過できる最大喫水20メートルをベースに設計できる最大船型で、主要寸法は略々全長330メートル、船幅60メートル、深さ29メートルで総トン数16万トン,重量トン数30万キロトンにもなります。この型の巨大船は大阪湾にしばしば入港してきますが、その航行中の惰力は排水量(註9)が34万トンにもなるので、その操船には最大限の注意を払い慎重に行わなければなりません。 仮に満船状態で速力14ノットで航行しているVLCCを操船し、ある錨地に錨を降ろす場合を想定しますと、錨地の15キロメートル以上手前の位置から減速を開始し、錨地の付近で最小限で操船出来る速力に落として、指定の位置で十数分エンジンを逆転させやっと船が停止するという始末です。勿論このようなVLCCを精油所の係留施設に着岸係留する場合、極低速力で接近させるのですが、5隻もの大型3千5百馬力超のタグボートの助けが必要となります。係留施設のすぐ側まで来ているのに、それから完全に係留を完了させるまで数時間の作業が必要で「あるぜんちな丸」の係離岸作業とは大違いなのです。

(註8):重量トン数というのは、文字通り重量を単位とするもので、満載排水量から船に何も積まない状態の軽貨排水量を差し引いたもので、実際に積載できるトン数にあたります。
(註9):文字通り船を水に沈めた際に排除される、その水の重さで、その時の船の総重量にあたります。喫水によって変化しますが、水面下の容積にその時の水の比重を乗じたものです。ちなみに海水の比重は平均 1.025 です。軍艦の場合、喫水があまり変わらないので排水量でその大きさを表すことが多いようです。

*3.パナマックス
船がこんなに大型になったのは30年ほど前からで、このような船は勿論パナマ運河は通行できません。我々が「あるぜんちな丸」に乗っていた頃はパナマ運河を通行できないような船は存在しませんでした。69年に就航した「クイーン・エリザベス二世号」も通行可能で、帝国海軍の戦艦「大和」「武蔵」もパナマ運河を利用して大西洋に進出できるように設計されていたといわれています。余談ですが、現在のアメリカ海軍の空母は全て斜め方向の滑走路がある広大な飛行甲板があります。この幅は運河の閘門(Lock)の幅を遙かに超えていて通行不可能に思えるのですが、広いのは上部の飛行甲板だけで下部の船体部分の幅はLockの幅以下に押さえられ、向かって左側のLockには入ることが出来るのです。

参考までにパナマ運河を通行出る最大線型を「パナマックス型」と云います。寸法で云えば船長295メートル、幅32.26メートル、喫水は約12メートルでガッツン湖の水位によって少し変動します。 この寸法を超えるとパナマ運河を通過することが出来ないわけですが、超大型タンカーに限らず、近年、バラ積船、コンテナー船等パナマ運河を通行することが出来るというメリットよりも、大型化による経済的メリットを求めた船が多数建造されております。これは前述の油タンカーや、鉱石専用船に限らずコンテナー船においても太平洋、極東、ヨーロッパを結ぶ航路ではパナマ運河を無視した大型船の方が経済的に有利だからです。 客船においても、マイアミを基地としたクルーズ客船会社[Royal Carribian Cruse] [Carnibal Corporation] 等は14〜15万トンの超大型クルーズ船を就航させ、世界中で同様な大型客船が次々と建造されています。 これらの船は「オーバー・パナマックス型」或いは[Post Panamax 型]と呼ばれます。

パナマ運河庁 (Panama’s Canal Authority) は今後も運河で生きてゆくためには新しい大型ロックの必要性を認識しており、 現存の[Post Panamax 型] と次世代船型が通行できる第三のロックの建設を検討しています。その為にはガッツン湖やそれに連なる運河の保水量の激増、それに伴う水没対策として数千人の住民の立ち退きと、数十億ドルの資金が必要と言われています。

コンテナー船については世界最大級のマラッカ・マックス型も構想の内には入っており、加速する船型の大型化競争に対し、パナマ運河庁(パナマ政府)は何らかの手を打たざるを得ない段階になっています。



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