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沢田 啓明さんのサッカーコラム復活!!(5)
ギリシャのアテネ・オリンピックに取材を兼ねて行っておられた沢田さんのサッカーコラムです。今回は、沢田さんご自身のお便りをリードとして使わせて頂きました。
ギリシャには21日に入り、これまで男子サッカー(準々決勝のアルゼンチン対コスタリカ、準決勝のアルゼンチン対イタリア)、女子サッカー(準決勝のブラジル対スウェーデン)、野球(準決勝の日本対オーストラリア、3位決定戦の日本対カナダ)、女子レスリング、ソフトボール、女子バレー(準々決勝の日本対中国、ブラジル対アメリカ)などを観戦しました。
野球は、当然、決勝でキューバと対戦すると思っていたので、準決勝でオーストラリアに完封負けしてガッカリ。オーストラリアは阪神のウイリアムスと元中日のディンゴ以外は2流選手ばかり(のはず)なのに負けるとは、情けない限りです。こういう場合、サッカーの世界ではサポーターから罵声が飛ぶのがふつうなのですが、応援に来ていた日本人ファン(大勢いて、ほぼ日本のホーム状態でした)は「よくやったぞ〜」といった慰めの声がほとんど。サッカーとのサポーター文化のちがいをひしひしと感じました(僕は一人で怒っていましたが)。
今日26日は、女子サッカーの決勝(ブラジル対アメリカ)を見ます。それから、27日に男子サッカーの3位決定戦(イタリア対イラク)、28日に男子サッカーの決勝戦(アルゼンチン対パラグアイの南米対決)を見てからギリシャを離れます。
写真は、アテネ五輪に取材に行っておられた写真家の北川外志廣さんに送って頂いたものを使わせて頂きました。


<南米サッカーの底力> 8月26日ブラジルサイト掲載分
 フランスからイタリアを経由して8月21日にギリシャに入り、21日にパトラ(ペロポネソス半島の北部にあるギリシャ第3の都市)で男子サッカー準々決勝のアルゼンチン対コスタリカ戦を、24日にアテネで準決勝のアルゼンチン対イタリア戦を観戦した。
 アルゼンチンのアテネ五輪代表は、フル代表からDFクレスポ、MFアイマール、DFサムエルが欠けただけの強力チームだ。クレスポの代わりはテベスで十分に務まるし(というか、むしろ僕は、フル代表でもクレスポではなくてテベスかサビオラを使うべきだろうと考えてきた)、アイマールは怪我の後遺症で最近はフル代表の試合に出場していないし、サムエルのポジション(最終ラインの右サイド)でプレーするコロッチーニも十分にうまいから、このチームの実力はフル代表とほとんど変わらないと考えていいだろう。
 はたして、コスタリカ戦でアルゼンチンは選手たちが技術の違いを見せ付けて終始試合を支配し、テベスのハットトリックなどで4対0で完勝した。五輪の準々決勝だというのに、一方的な内容となったため緊張感がまるでない。後半、アルゼンチン選手たちはあたかも紅白戦でプレーしているかのようにリラックスしていて、攻撃のパターンを次から次へと繰り出していた。
 準決勝は、対戦相手のイタリアが今年の21歳以下のヨーロッパ選手権の覇者でこのカテゴリーではヨーロッパ最強であり、イタリア・セリエAで活躍するMFピルロ、FWジェラルディーノらがオーバーエージで加わっていたことから、事実上の決勝戦と見られていた。
 ところが、アルゼンチンは激しいプレスでピルロとジェラルディーノのホットラインを分断し、攻撃では独特の細かいタッチの粘り強いボールキープとドリブル、素早いパス交換、そして頻繁なサイドチェンジを用いた多彩な攻撃でイタリア守備陣を完全に翻弄する。そして、テベスの豪快な右足ボレーシュート、MFルイス・ゴンサレスの強烈なミドルシュートなどで3対0と快勝した。
 ヨーロッパ最強のイタリアは攻撃でも守備でもアルゼンチンに歯が立たず、最後の1分ほどはアルゼンチン選手が後方でゆっくりボールを回しているのに誰も取りにも行こうとしないでじっとこれを眺めていた。イタリアにとっては、屈辱的な敗戦。スタンドのイタリア人ファンは、完全に打ちひしがれていた。
 もう一方の準決勝もパラグアイがイラクに3対1で勝ち、決勝は南米どうしの対決となった。南米から五輪に出場できるのは2ヶ国だけなのに、その南米の2代表が決勝で対決するのである。
 アルゼンチンは準決勝まで5試合に全勝しており、得点が16で失点は0。その強さは群を抜いている。
 とはいえ、ヨーロッパで見るアルゼンチンは南米で見るいつものアルゼンチンと全く同じ。とりたてて出来がいいわけではない。そして、これだけうまくて強いアルゼンチンでも、ブラジルのロナウド、ロナウジーニョ、アドリアーノといった「超人」たちには手ひどくやられている。だから、アルゼンチンはブラジルと対戦するときには反則や挑発といった狡猾さを総動員するのだが、アテネ五輪でのアルゼンチンはクリーンなサッカーに徹している。それは、狡猾さを一切使わなくても本来のサッカーだけで簡単に勝ててしまうからである。
 南米サッカーの「個」のうまさ、強さ、したたかさは、本当にすごい。そのことを、今、僕はギリシャで再認識している。
(「ブラジルサイトwww.brazil.ne.jp/">vhttp://www.brazil.ne.jp/ より)


<技術が世界を制する>
8月29日に行なわれたアテネ五輪の男子サッカー決勝は、アルゼンチンの順当勝ちだった。
パラグアイは、エース・ストライカーのカルドーゾが怪我で欠場。選手層が薄いパラグアイにとって、これは非常に痛い。まずは守りを固めてカウンターアタックを狙う、といういつものゲームプランだったが、前半18分、アルゼンチンに右からのクロスをゴール前でテベスに押し込まれて先制を許す。それでも何とか前半を1失点でしのぎ、後半に勝負を賭けたのだが、攻勢を掛けようというところで2人も退場処分を受けてはどうしようもなかった(もしこの退場がなかったら、後半にパラグアイが追いついた可能性はかなり高かったと思う)。
午前10時キックオフという奇妙な時間に行なわれたこともあって、両チームの選手の動きは今一つだったのだが、アルゼンチンが危なげなく逃げ切った。この大会のアルゼンチンは6戦全勝、得点17で失点は0と群を抜く強さだった。
2002年ワールドカップで惨敗し、今年のコッパ・アメリカ(南米選手権)でもブラジルB代表に敗れるなど国際大会で負け続けていたアルゼンチンにとっては、1993年のコッパ・アメリカで優勝して以来11年ぶりのビッグタイトルである。2002年のワールドカップ以降、アルゼンチン国民は代表チームにブーイングを続けていたが、これで少しは風当たりが弱まるかもしれない(もっとも、ワールドカップ予選の試合で勝てなければ、またすぐにブーイングだろうが)。
これで、2002年ワールドカップでブラジルが優勝して以降、2003年に行なわれ
た世界ジュニアユース(17歳以下)と世界ユース(20歳以下)でブラジル、アテネ五輪でアルゼンチンと、南米勢がすべてのカテゴリーでタイトルを独占していることになる(しかも、ジュニアユースとユースでは南米勢がベスト4のうち3カ国を占め、アテネ五輪では南米2チームがいずれも決勝に進んだ)。
女子サッカーのブラジルも、大健闘だった。 決勝でアメリカと対戦し、前半に先制されたものの後半に追いつく。その後は、惜しいシュートが2本もポストを直撃するなど、アメリカを圧倒した。延長戦でCKから失点したのはマークが甘かったせいで、このあたりは反省の余地があるが(こういった欠点は、男子とそっくりだ)。ブラジルでは近年、女子の国内リーグが存在せず、主力選手はヨーロッパでプレーしている。フィジカルではアメリカ選手がやや上だったが、技術はブラジル選手の方がずっと上。男子と同様、マジカルはプレーを随所に見せてスタンドを沸かせた。今後、本格的に強化を行なえば、ブラジルの女子サッカーは必ず世界一になれると思う。
サッカーでは、フィジカルも戦術も大切。しかし、個人の技術がしっかりしていなければ、男子でも女子でも絶対に世界のトップにはたどりつけない。そのことを、ギリシャで男女のサッカーを見ていて再確認した。


2004年9月8日
<層の厚さを見せ付けたブラジル代表>
 2006年ワールドカップ南米予選第8節のブラジル対ボリビアの試合が9月5日、サンパウロのモルンビー・スタジアムで行なわれた。
 この試合には、8月18日に行なわれたハイチとの親善マッチに召集を受けながら所属クラブの了解が得られず出場を辞退したカカ、カフー、ジッダ、ゼ・ロベルト、ルシオのレギュラー5人がCBF(ブラジルサッカー協会)から出場停止処分を受けて欠場。ブラジルのパレイラ監督は、ツートップにロナウドとアドリアーノ、トップ下にロナウジーニョを起用した。
 レギュラーが5人も欠けると、ふつうの国なら戦力が大幅にダウンする。しかし、世界一厚い選手層を持つブラジルには、ほとんど影響はなかった。試合開始直後に右CKのチャンスをつかみ、エドゥが頭で折り返したところをロナウドが右足で叩き込んであっさりと先制。前半11分にはロッケ・ジュニオールがペナルティ・エリア内で相手選手に倒されてPKをもらい、これをロナウジーニョが決めて加点。前半43分にもロナウジーニョの左からのクロスをアドリアーノが頭で豪快に叩き込み、前半だけで3点をリードした。後半3分、ボリビアのクリスタルドのシュートがブラジルのDFに当たってコースが変わってゴールに飛び込むという不運な失点があり、攻撃面でも再三の決定機を相手GKの好守に阻まれて追加点をあげることはできなかったものの、華麗なドリブルやパスワークを随所に見せて観衆を喜ばせながら3対1で快勝した。
 南米最弱レベルのボリビアとホームで対戦したのだから、勝つのは当たり前。それでも、ブラジルにとっては大きな収穫があった試合だった。
 まず、ブラジルでは有名なモデルであるダニエラ・シカレーリ嬢との婚約を発表した「怪物」ロナウドが、ここ数年で最高のフィジカル・コンディションにあるのを証明したこと。スポーツウーマンとしても有名なダニエラ嬢に付き合って毎朝ジョギングに励んだおかげですっかりスリムになり、軽やかなステップを踏んで相手守備陣を再三ぶっちぎっていた。公私共に絶好調。現在の状態のロナウドを90分間止められるDFは、地球上にまず存在しないだろう。
 もうひとつの大きな収穫は、今年7月に行なわれたコッパ・アメリカ(南米選手権)で大活躍してこの試合のスタメンを勝ち取った「新怪物」アドリアーノが、この試合でも積極的にゴールを狙う姿勢を見せ、実際に得点をあげたこと。アドリアーノはロナウドとほぼ同型のストライカーだが、ロナウドとの連携も素晴らしかった。このツートップの破壊力は、まちがいなく世界一。この二人に「魔術師」ロナウジーニョがからむと、ファウル以外には止めようがないのではないか。
 パレイラ監督も、ロナウド、アドリアーノ、ロナウジーニョの出来には合格点を与えた。
 となると、昨シーズン、セリアAで大活躍したカカですら、セレソンではポジションがない。カカの他にも攻撃的MFのアレックス、ジエゴ、フェリペ、FWのルイス・ファビアーノ、ロビーニョといった逸材がいるのだが、当面はベンチを暖めることになりそうだ。
 とはいえ、ワールドカップ南米予選は障害物競走のようなものだ。対戦相手はブラジルの長所を消すことに全力を注いでくるし、標高3600メートルのラパス(ボリビア)、2850メートルのキトー(エクアドル)といった高度との戦いもある。
 ブラジルが、今後いかにしてこれらの障害をクリアしてゆくのか。興味は尽きない。
(提供「ブラジルサイト」 www.brazil.ne.jp/)">http://www.brazil.ne.jp/)

2004年9月13日
<ブラジルとの技量差歴然―Cリーグ>
 3日から日本に一時帰国しているのだが、9日から今度は中国に来ている。9日の夕方に北京に着き、10日に故宮と天安門を見てから夜行列車に乗り、11日の早朝に上海に着いた。こんなせわしないスケジュールを組んだのは、11日に上海でCリーグの試合を見たかったからだ。
 上海申花SVA対深せん健力宝のナイトゲーム。試合が行なわれる虹口足球場は上海駅から地下鉄(中国では「地鉄」と書く)3号線で3つ目の「虹口足球場駅」の真ん前(というか、駅とスタジアムがつながっていた)で、モダンな造りのスタジアムだった。チケットは、当日券が簡単に買えた(ちなみに、チケットの値段は「主席台」=メインスタンドの正面=が150元=約2100円、バックスタンドが100元=約1400円、ゴール裏が30元=約420円=だった)。
 スタジアムはサッカー専用で、収容人員は3万5千人くらいか。スタジアムの中に「全民健身、幸福一生!」、「投資健身、回報健康!」といったスローガンが大書された垂れ幕があるのがいかにも中国らしかった。
 土曜の夜の試合なのに、観衆の入りは1万人くらい。それでも、上海の青いユニフォームを着た若いサポーターたちがゴール裏に陣取り、全員立ちっ放しで、「シャンハイ!」と叫んだり歌を歌ったりして応援していた(応援の仕方は日本とよく似ていたが、日本よりは若干おとなしい)。
 上海にはヨーロッパ系の選手が一人、黒人選手が一人、深せんにも黒人選手が一人いた。 試合は、両チームの選手の動きが緩慢で、ディフェンスラインの裏に抜け出る選手がほとんどおらず、開始早々、膠着状態に陥った。ボールを蹴る、止める、という基本技術が今ひとつで、動きも質量ともに物足りないから、必然的に決定機が生まれない。前半の終了間際に上海のDFが不必要なハードタックルをして2枚目のイエローカードをもらい、退場になったくらいが主な動きだった。
 後半に入ってからも、膠着状態がつづく。それでも後半30分、ビジターの深せんの選手がドリブルでペナルティエリアに侵入したところを倒されてPK。これを黒人FWが決めて深せんが先制した。これで、ようやく膠着状態が解けた。2分後、深せんのFWが相手選手のチェックが遅れたのを幸いとミドルシュートを放つと、これがゴール右上隅に決まって追加点をあげる。この試合で唯一光ったプレーで、これで試合の行方が決まってしまった。
 それにしても、退屈な試合だった。
 サッカーの試合では90分の間に膠着状態になる時間帯があるものだが、プロの試合で試合開始から70分間も膠着状態が続く試合を見せられたのはこれが初めてだった。
 「球迷」と呼ばれるサポーターたちは熱心に応援していた。中国の若い世代の間にサッカー人気が根付きつつあるのは確かなようだ。しかし、肝心のサッカーの方はまだまだ。
 こういうサッカーを見せられると、ブラジルでサッカーを見ることの幸せをつくづく感じる。ブラジル選手の華麗なテクニックと意外性あふれるプレーは、やはり得がたい魅力がある。世界のどこでも見られるものではない。
(提供「ブラジルサイト」 www.brazil.ne.jp/)">http://www.brazil.ne.jp/)

2004年9月22日
<大久保嘉人はロマリオ、テベスになれるのか?>
 9月19日、大阪・長居スタジアムでJリーグのセレッソ大阪対ジェフ市原の試合を見てきた。ちょうどその前日、あるサッカー関係者と会って「日本で一番将来性がある若手は誰か?」という話になり「セレッソの大久保嘉人」ということで意見が一致したばかりだった。
 セレッソは、大久保と西澤のツートップを森島が操る布陣。一方のジェフのツートップはマルキーニョスとサンドロのブラジル人コンビだ。
 前半は、ボールも人もよく動くジェフのペース。サイドからの攻撃でセレッソの守備陣を崩し、再三、決定機を迎える。シュートが不正確でチャンスを逸する場面が続いたが、ジェフが先制ゴールをあげるのは時間の問題のように思えた。一方のセレッソは、ジェフに中盤を支配されて攻撃の形が全く作れない。大久保も西澤もボールに触ることすらできない状態が続いていた。
 ところが、僕の考えとは全く逆のことが起こった。前半31分、右サイドのタッチライン沿いでボールをキープしていた森島に大久保が近寄り、ペナルティエリアの右の角の付近でボールを受ける。ジェフの茶野が大久保の背後に付いていて、大久保はゴールを背負った状態。ゴールの気配などなかった。ところが、大久保は外に開くと見せかけて内側に反転し、左足で思い切りのよいシュートを放つ。これが見事にゴール左上隅に突き刺さって劣勢だったセレッソが先取点をあげた。
 さらにその5分後、セレッソは右CKのチャンスをつかみ、後方から猛然とダッシュしてきた大久保がフリーでヘディング。これが決まって追加点をあげた。
 こうなると、ジェフは攻めるしかない。後半、ジェフのオシム監督はボランチの代わりにFWを入れ、3−4−3の攻撃的布陣で勝負を賭けてきた。しかし後半13分、またしても大久保が決めた。ゴール正面やや左寄りでボールを受けると、DFをドリブルで外して内側に切れ込み、早いタイミングで右足のシュート。これが低い弾道でゴール左下隅に飛び込んだ。
 この日のセレッソは、決して素晴らしいサッカーをしたわけではない。森島の動きが質量ともに不十分で、西澤はほとんど何もできなかった(しなかった)。勝負を分けたのは、大久保の常に貪欲にゴールを狙う姿勢と決定力。もし大久保がジェフの選手だったら、ジェフが圧勝していたかもしれない。
 大久保は、小柄だが技術があり、点を取る意欲にあふれた選手。ブラジルのロマリオ、アルゼンチンのテベスに似たタイプだ。ただし、ジェフ戦で3点も取れたのは、ジェフのDFのマークが甘かったおかげでもある。1点目も2点目も3点目も、世界のトップクラスのDFであればシュートすら打たせていなかったかもしれない。
 はたして、大久保はロマリオやテベスになれるのか?
 大久保は、確かに素晴らしい素材だ。しかし、フィジカル、技術、動きの質と量、得点能力などすべての面で、現時点ではロマリオやテベスに遠く及ばない。
 大久保がワールドクラスの選手になるためには、まずJリーグで活躍して国内最高のFWになり、できるだけ早い時期にヨーロッパか南米のクラブに移籍してそこでチームのエースストライカーとして活躍することが必要だろう。また、そうでなければせいぜい「アジアレベルの好選手」で終わってしまう可能性が高いと思うのだが…。
(提供「ブラジルサイト」 www.brazil.ne.jp/)">http://www.brazil.ne.jp/)

<ブラジルの攻撃力が爆発!> 10月11日ブラジル・サイト掲載分
 2006年ワールドカップ南米予選第9節のベネズエラ対ブラジルの試合が10月9日、ベネズエラのマラカイボで行なわれた。
 ブラジルは4−3−2−1のフォーメーションで、中盤は中央にレナート、右サイドにジュニーニョ・ペルナンブカーノ、左サイドにゼ・ロベルトという攻守に安定した力を発揮する選手を起用し、カカとロナウジーニョがW司令塔でトップがロナウド。今年のコッパ・アメリカ(南米選手権)で大活躍してブラジル優勝の立役者となった「新怪物」アドリアーノはベンチスタートである(このあたりが、才能の宝庫であるブラジルらしい贅沢さだ。アドリアーノをベンチに置いて平気でいられる国は、世界広しといえどもブラジルくらいのものだろう)。
 前半5分、ブラジルはロナウジーニョとのパス交換からカカが相手守備陣を突破し、ドリブルでDF一人をかわすとゴール右隅に蹴り込んであっさりと先制する。そして前半34分、カカが左前方に走り込むロナウドにスルーパスを送り、ロナウドからのリターンを受けたカカが再び決める。さらに、後半3分にはゼ・ロベルトの左サイドからのクロスをロナウドが合わせて加点し、その2分後にもロナウジーニョからのパスを受けたロナウドのシュートが相手GKの股間を抜く。さらに後半29分、途中出場したアドリアーノがエド ゥーからのパスを豪快に蹴り込んで5点目。
その後、少し気が抜けて2失点を喫した(こういうところが、いかにもブラジルらしい)ものの5対2で快勝し、2位アルゼンチンに勝ち点1差で予選首位を保った。
 ブラジルは、攻撃の中心であるロナウド、ロナウジーニョ、カカの「2R+K」がほとんどの得点にからんだ。ベネズエラは近年、非常に力をつけてきている国で、技術が高い選手も何人かいるのだが、ガチガチに守ってくるわけではないからブラジルにとっては組し易かった。
 それにしても、今回の南米予選は大混戦だ。実力ではブラジルとアルゼンチンの力が傑出しており、この両国に次ぐのがパラグアイで、現在の順位もそうなっているのだが、この3チームを除くと実力はほとんど横一線。南米予選の全18節のちょうど半分を消化した現時点で4位エクアドルから最下位ペルーまでの勝ち点の差はわずかに4で、まだ参加10カ国のすべてにワールドカップ出場のチャンスがある。
 2002年ワールドカップの予選ではロナウドが怪我のため全く出場できず、リバウドは全くの不調で、しかもこの二人に代わる選手が力不足だったため大いに苦戦した。しかし、現在は「2R+K」という世界最強の攻撃トリオがおり、しかも控えにも世界トップクラスの選手が目白押し。さらには、MFジエゴ、FWロビーニョといったとてつもない可能性を秘めた若手も現われてきている。2006年ワールドカップでは、史上最強のセレソンが見られる可能性がある。だからこそ、南米予選の残り9節をじっくり楽しみながら、ブラジル代表と他の南米諸国の戦いぶりをつぶさに観察してゆこうと思っている。
(「ブラジル・サイト」 www.brazil.ne.jp/ より)">http://www.brazil.ne.jp/ より)

<ド迫力の男ドゥンガ> 10月23日「ブラジル・サイト」掲載分
 ブラジル南部にあるリオ・グランデ・ド・スル州の州都ポルトアレグレに行って、ドゥンガにインタビューしてきた。そう、1990、1994年、1998年の3回のワールドカップに出場して1994年のワールドカップでブラジル代表のキャプテンとしてジュール・リメ杯を掲げ、1995年から1998年までジュビロ磐田でもプレーしたあの闘将ドゥンガである(このインタビュー原稿は、ボツにならなければ12月10日発売の「サッカー批評」に掲載される予定です)。
 ドゥンガにはこれまで2回ほど会ったことがあるのだが、じっくり話を聞くのはこれが初めて。主として日本サッカーの将来、ジーコ・ジャパンの評価といったことについて聞いたのだが、とにかく、迫力がすごい。角刈りのような独特の髪型、いかつい顔、そして鋭い眼光で、しかも顔をこちらにぐっと近づけてきて機関銃のようにしゃべり続ける。「練習は、常に試合を想定してやるべきだ。その点が、日本はまだまだ物足りない」、「プロなら一所懸命やるのは当たり前。勝つために120%やる必要があれば、120%やらなければ」、「ジーコ・ジャパンは、あらゆる面で進化を続けている。でも、まだまだ先は長い」といったような話を聞いたのだが、話の内容は非常に明確で、わかりやすい。また、「日本は、敏捷さとテクニックを生かしたスタイルを志向すべきだ。日本はアジアのブラジルなんだから」という言葉の中に、日本と日本サッカーへの愛情を感じた。
 インタビューした場所はポルトアレグレ市内のショッピングセンターのカフェだったのだが、通路に面したテーブルだったので、通りがかりのファンがインタビューの最中だというのにサインを頼んでくる。このあたりがいかにもブラジル的なのだが、こんなファンの要望にも気さくに応えていた。
 また、彼は恵まれない子供に教育を与えたりスポーツをする機会を提供する慈善事業を行なっており、その施設を一緒に訪問したのだが、ここでも子供たちから非常に慕われていた(ある子がドゥンガを「チオ(おじさん)!」と呼んでいるのを聞いて、笑ってしまった。「世界一になったかつてのブラジル代表のキャプテンを何だと思っているんだ」と言いたいところだが、その子にとっては闘将ドゥンガも単なるおじさんにすぎない。このあたりの垣根の低さ、あるいは垣根のなさが、これまたブラジルらしい)。
 施設の人によると、ドゥンガはもう10数年にわたって物心両面の援助を続けているそうだ。施設を訪れて子供たちの指導もしてくれるそうで、それまで騒いでいた子供たちもドゥンガが話を始めると静かに聞き入るという。
 インタビューの最後に「今後、監督のキャリアを歩むつもりはないんですか」とたずねると、「いや。かつて一緒にプレーした選手たちを叱ったりベンチに置いたりするのは忍びないから」などと言っていたが、「でも、あの戦いの場の緊張感が恋しいでしょう」と言ったら、目がギラリと光った。いずれ、監督もしくはGMとして現場に復帰する意思があると見た。
(「ブラジル・サイト」 www.brazil.ne.jp/ より)">http://www.brazil.ne.jp/ より)




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