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【幻の滝 セッテケーダス】南米産業開発青年隊 荒木 昭次郎さんよりのお便り。
建設省派遣の南米産業開発隊の移住者が合計326人に達し私たちの大12次航でも第8次団の33名が一緒に来ました。私たちより1年早く来伯され一貫してダム建設のお仕事に従事、正にダム男の荒木 昭次郎さんからのお便りです。妹の多加代を時間の関係で荒木さん達が建設に携わった世界一のダム、イタイプー水力発電所を見せて遣れなかった事への悔いが残ります。悔いと言えばイタイプーダム建設で水底に埋没してしまった【幻の滝 セッテケーダス】を見に行けなかった事です。グアイラーにあった【セッテケーダス】の滝は消え去る滝として当時有名でした。私の父をイグアスに連れて行ったのが1981年の夏で長女弥生が4歳、次女茜が1歳、三女の小百合はまだお腹の中での胎教中でそれこそ残念ながら足を伸ばせず幻の滝になってしまいました。翌年に大惨事の事故があり、行かなくて良かったと胸を撫で下ろしましたが、今になり当時まだ4歳だった弥生がどうして連れて行って呉れなかったのかと文句を云っています。覚えていようがいまいが幻の滝になる前に行ったという事実が大事であると主張しています。
写真は、送って頂いた【幻の滝 セッテケーダス】に掛かっていた吊橋です。 


阪口多加代さんのブラジル記を拝見しまして、我々がブラジル1年生だった時の感じが多々思い出され大変楽しく拝見しました。
 特にイグアスでは滝を上下左右から眺められ大変満足された様子で良かったですね。ただ残念に思いましたのはフォス・ド・イグアスのすぐ近く、パラナ河上流にあるイタイプーダムを見学されなかった事です。ブラジルの土木建設技術を賭けた世界一のダムで、我々日本人一世は7名程それに二世も十名ほどですが従事しました。雨期には余水吐けから大量の水が弧を描いて吐き出され虹を伴って大変豪快な眺めです。
 私たち40年生の殆どが知っていると思いますが、フォスの町から150km程パラナ河上流にセッテケーダスと言う滝があったのですがイタイプーダムのために水没してしまいました。イグアスのように水が垂直に落下すのと違い、ブラジル側からの水は渓谷に沿って7ヶ所ほどにまとまり濁流となって岩を咬んで斜めに流れ落ちる様は豪快と言うか恐怖をそそる眺めでした。その7ヶ所の流れを渡るのにつり橋が掛かっていましたが82年1月に事故でつり橋が落ちて29人(1部の記録では14人となっています)の観光客が落ちて死亡しました。

 当時私はイタイプー工事に働いていましたが、コンクリートの主要工事が1段落してペルナンブーコ州のやはりダム現場に転勤になるので、やがて水没するセッテケーダスの滝を見納めしようと家内と3人の子供を連れて出かけオッカナビックリ渡った数日後の事故で、夜8時のテレビニュースで知った時は家族一同驚いて鳥肌がたってしまいました。
 土木工事に長い間関わっている関係で工事場で簡単な仮設用のつり橋なども手掛けますが、あの橋はつり橋とはいえない綱渡りの綱を素人でも渡れるようにした一番簡単な作りでした。
 普通つり橋は主ケーブルを両岸の支柱にたるみをつけて渡しそれからワイヤーを吊り下げて歩行用の木材を固定するのですが、それが主ワイヤー2本をたるみが少なくなるようにすごい張力を掛けて両岸のアンカーに直接固定し(綱渡りの綱)それに歩行用の木材を固定、その上に手すり用のワイヤーを両側に通した簡単な作りでした。何年も風雨にさらされたケーブルは張力も限界に近く、またアンカーの取り付け部も錆びが出ていたようで、有名な観光地になって毎日数百人も渡る橋では早急に改善すべきでした。その後ダムの堆水で地域一帯が水没し事故の跡はあと形もなくなりましたが大変痛ましい事故で、今でも思い出す度我が事のように心が痛みます。

 偶然な事に当時パラナ州スポーツ観光課と建設会社ユニコン社でセッテケーダスの滝の思い出を一冊の写真集にまとめたのをイタイプー社から貰っていましたのでその中から選んで添付いたします。
ベロ オリゾンテ 市   荒木昭次郎



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