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【いまなお旅路にあり 在る移民の随想】 半田知雄著
先日、サンパウロに出た際にサンパウロ人文化学研究所に年次会費を納めるために立ち寄った時に耳が黄色く変色した掲題の本を見つけて購入しました。1966年7月1日太陽堂書店発行、サンパウロ人文科学研究所編集責任とあり印刷は東京の日本出版貿易株式会社となっている。コロニアでは幻に近い古典がまだ存在していた事に驚きを感じるが嬉しい邂逅となる。残念ながら半田さんと直接お話をする機会に恵まれなかったが半田さんが残された絵画には、何度かお目に掛かっている。1906年栃木県宇都宮市に生まれ1917年移民として渡伯、1935年仲間と共に聖美会(画家グループ)創立。【いまなお旅路にあり 在る移民の随想】中よりその題名となった一世移民の心境を下記しておきます。半田さんが取上げた問題提起は、今も身近な問題として我々戦後移民に問い掛けており古典としての半田さんの書かれた文を紐解く事によりその解決への糸口、示唆を見つけ出すことの出来る大事な本だと思います。
写真は、同書の表紙です。装幀、筆者自装とありますので色の配合等何か意図する事があると思いますが確かめる術もないのが残念です。


いまなお旅路にあり
一世移民の心境
 われわれは長い間、二世、三世のゆくすえをおもいわずらってきた。彼等は果たし日本人の子孫として誇りをもった生活を続けることが出来るだろうかと。日本人の良さ、すぐれた日本文化を身につけることなく、どこに日本移民の子孫としての誇りを見出すことが出来るだろう。それらのものをすべて失ったあかつき、たんなるカボクロ・ジャボネースとなり果てることがないと云えるであろうか。カーラ・ノン・アジューダ。これを救うためには・・・・今日でもこうした憂いをもちつづけている親たちがいないとは云えないが、ふりかえってみると、なんとなく現在の気持とズレのあることに気づかないであろうか。問題はどこかで解決されたのであろうか。二世は立派なブラジル人となりつつある。学者も出れば、社会的に親たちより高い地位にのぼってゆく者も多い。カボクロになってしまうなどとは全くのとりこし苦労にすぎなかったと云えないこともない。
 けれども、かつてあのように真剣な気持で提出された疑問は、なにか別のものにすりかえられて別な答となって現われているのではないか。すべては時が解決した。そう思うより仕方のない解決ではなかったか。
わたしがここで問題にしていることは、二世問題それ自身ではないのである。二世問題として提出された問題が実はわれわれ一世の問題であったことを反省するのである。移民が子孫のことを思いわずらったのは、移民自身の問題だったのである。そして、かつてはあのように二世、三世問題として提出した「自身の問題」はもとより二世、三世の問題ではなかったために、二世、三世が立派に成長をとげつつある今日でも、解決されないままに残されているのである。
 それなら、どうして一世たちは、自分たちの問題をあのような形で提出せねばならなかったのであろうか。一言にして云えば、あの時代は移民にとって幸福な時代であったと云える。(戦前のあの不幸な時代をこのように逆な言葉で表現するのを特にゆるしてもらいたい)彼等は、否われわれは、自分の不幸の影を二世、三世の未来にだけ予見することが出来たのであった。そして、二世、三世の問題が時の力によって自ら解決を見出してゆく今日、はじめてあれが自分たち自身の問題であったことが反省されだしたのではなかろうか。
 われわれが一世移民として充分誇をもって二世たちの未来を考えていた時代、われわれはブラジルにあってさえ「大日本帝国」という大船にのって、やすらかな旅をつづけていたのである。しかし、それが今日、わずか十万足らずのブラジル移民一世として、天にも地にも比類のない存在として、この地球上にただよえる人種であることにどうして早く気づくことが出来たであろうか。だからあの未来を予見出来ない時代に、われわれ移民はただ二世、三世をとおしてのみ、あのような不安におびやかされていたのであった。
私たちは今、移民というものの運命をはじめて味わったのである。自分たちが永久のノスタルジャにとりつかれながら旅をつづけなければならない異邦人であることを知ったのである。二世がマルジナルな存在であることは、今日では一つの学説として多くの学者が承認しているところであるが、彼等が少なくとも故郷をもった人間であることは、移民一世よりも幸福な存在であると云えないであろうか。これに反し一世は永久に旅人なのではなかろうか。「日々旅にして、旅を栖家とす。」と旅人芭蕉も云っているが、私はときたまこの句を思いうかべて自ら慰めようとする。しかし、これこそ私一個の態度であって移民たちのさびしさを詩人的感慨によって救うおうと計るものではない。
 しかし、移民というものを社会的経済的問題から一応はなして、心理的なものに沈潜してみることが今日では一つの未知の世界をあかるみにひき上げる方法であろうと思う。そして、移民の子として芸術家として、私の生きる道は、いわゆる移民コンブレックスの世界に眼をみひらいて「愁に住する者は愁を主(あるじ)とし」これを表現の世界にもたらすこと以外にはないように思うのである。
(一九五三年十一月 「パウリスタ新聞」)



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