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河野家の【自慢の土地】に花咲くサバウーナのVICTORIA PARK HOTEL 河野さんの寄稿です。
『私たちの40年!!』MLに私にもホテルの紹介をさせて下さいとのブラジリアに住む河野賢二さんからの書き込みがありました。偶々週末をサンパウロで過す機会があり、僚友滝谷さんご夫妻を引っ張り出しモジダスクルゼスのサバウーナまで出かけました。リオとサンパウロを繋ぐ鉄道セントラル線のサバウーナ駅から延びる舗装のないエストラーダ・ド・パルケ四キロ地点より更に500m入った所にホテルがありました。何でこんな所にこんな立派なホテルがというのが驚きの感想ですが、河野さんの説明で納得が行きました。河野家の発祥の地、お父さんの自慢の【俺の土地】元養鶏所の鶏舎があったと思われる場所にホテルが建っており鉄で出来たヴィクトリーのVを模した赤いシンボルマークが建っていました。河野さんご自慢の72歳のお母さんはモジの町に出ておられ残念ながらお会い出来ませんでしたが次の機会には是非泊り込みで出かけて見たいと思います。
写真は、サンパウロの商工会議所の昼食会に出ておられた河野夫妻を使用しました。ホテルの写真等は、画像掲示板に掲載して置きます。


ブラジリアの河野です。
私にもホテルの紹介をさせて下さい

私どもは1960年にサンパウロ州の南部、当時お茶栽培の全盛期であったレジストロに日本からの戦後移民として入植しました。
小生の家族は、4年間の茶つみ生活の末、4年契約を完結させやっとパトロンの許可の下モジダスクルーゼスの生田農場に再入植しました。そのとき親父が持ち合わせていた資金はお米4表分の4,5クルゼイロスのほかレジストロのパトロンから貰った餞別代りのバナナ4ふさでした。

父は夢見た”一旗あげての日本帰国”を諦め、生田さんの農場でたまねぎ,葉野菜などを栽培するチピカルなモジダスクルーゼス日系農家になり細々ながらしかし着実に貯蓄を蓄えていきました。

1969年モジダスクルーゼス市から北へ18キロ、サバウーナという小さな田舎町があります。そこで小さな土地を求め養鶏場を開き私たち兄弟4人を学校に通わせました。独立自営農として新しい人生を歩み、ブラジルの不健全な経済の流れに押されながらも父はとうとう地主になったのです。

山谷しかないその土地は山奥のとんでもない場所ですが父の自慢の”オレの土地”として今日まで我が家の重要財産として管理されています。
その元気な父も8年前ブラジリアの我が家で他界してしまいました。

そのほかはなにも残さなかった父ですが、満州、シベリア、戦後の日本、ブラジル移住と、何回もゼロ地点からの出発を繰り返した不器用な、しかし最後まで貫いた、くそ真面目な性格の一人の日本人の功績を残そうと思い、私が育ったそのモジの養鶏場の跡地に今般小さなホテルを建設しました。

親父からいやいやブラジルにつれて来られ、今一人で生きる72歳のお袋が作ってくれる家庭料理の味を試しにぜひ一度立ち寄ってください。場所はブラジル国サンパウロ州モジダスクルーゼス市、サバウーナの山中です。サンパウロ・セントロから70分、グアルーリョス国際空港から45分です。サイトは www.victoriapark.com.br です。

河野賢二




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