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6人のおまけ旅「マナウス(ブラジル)の巻」 早稲田移住研OBの皆さんのアマゾンの旅です。
10月初旬に早稲田大学海外移住研究会OBの南米訪問団が来伯し約1週間の公式行事の後6人がおまけ旅にでた。前回は、バイヤ州のサルバドールの巻を紹介しましたが今回、「マナウスの巻」を送って頂きました。旅行記を書かれた黒瀬 宏洋さんのHPには、沢山の写真と共にこの早稲田大学海外移住研究会OBの欄が設けられています。アドレスは、下記URLですのでアクセスして見て下さい。
kurose.wwwhost.biz/
早稲田海外移住研OB会のページ 南米訪問団記録をご覧ください。
写真は、同ホームページより岡部さんが撮られたマナウスの大音楽堂の全景をお借りしました。


6人のおまけ旅「マナウス(ブラジル)の巻」
                        Reported by 黒瀬 宏洋
                        Pictures taken by Okabe.
10/12(晴れ)
マナウスには、ブラジリア経由で、14時過ぎに着いた(時差 サウヴァドールとマイナス1h)。ガイドのヒロさんが出迎えてくれる。殆んど赤道直下であり、すこぶる蒸し暑い。専用車は投宿先のトロピカル・ホテルに向かう。マナウスを、アマゾン支流の熱帯林の中にある、移住者たちの基地的な田舎じみた街であろうと想像していた。しかし、実際はゴム景気の遺産と税金の優遇措置を受けて立地する工場団地と広がる貧民街などを抱える雑然としながら忙しげな人口150万強の大都会であった。日系人が経営する大型リゾートタイプのトロピカル・ホテルは市中心から一寸離れ、アマゾン河支流のネグロ川畔にあった。支流とはいえ川幅8km、対岸がぼやけて見える。まるで大きな湖の畔に佇んでいる感じだ。まず、自分が持っている川の既成概念を修正しなければならないと思った。名前(ネグロ=黒)の通り、水はかなり黒ずんでいる。腐食した植物と金属成分を含むせいという。川で水浴したら体をよく洗い流さないと皮膚に炎症が起きるそうだ。
川岸にあるホテル庭園で、船の発着場を見下ろしながら、暫く日没時間の到来を待機した。その間、船で到着する観光客の何組かを迎えた。やっと、5:45頃、夕日が沈んでいく光景を岡部夫妻、山之内夫人と一緒に味わうことができた。
10/13(晴れ)
AM8時、ホテルを出発。2日にわたるアマゾン・ツアーにはヒロさんが同行しガイドしてくれるという。車は、マナウス旧市街、貧民街、保税工場を通り抜け、セアザ港に着いた。乾季で減水しているため、増水期には川底と思しき土の上を少し歩いて、ヤマハエンジンを搭載したボートに乗り込んだ。さあ、いよいよアマゾン・ツアーの開始だ!
ボートは川面を滑り出した。沖合いにかなり大型の貨物船が停泊している。川は深いという証拠だ。川の上でガソリンスタンドも幾つか営業中。ボートは、ネグロ川を下り、ソリモンエス川と合流するポイントに向かう。前方に、泥色の濁流が見えてくる。二つの流れを比較するとネグロ川の黒さが引き立つ。ソリモンエス川は遥かアンデス山脈を源流とし栄養土をタップリ含んで泥色となり流れ込んでくる。ところで、ネグロ川をコカコーラ色、ソリモンエス川をカフェオレ色に例えている人がいたがうまい表現と思う。水温、流速、比重などの違いから、互いが直ぐ混じり合わず暫く併行したまま流れていく有様は異様である。合流点で五円(ご縁)玉を投げ入れると“よい出会い”があるとのガイドの説明に促され、持ち合わせた5レアウ硬貨を代用して投下してみた。しかし両方の流れが直ぐ混じり合わない場所で果たしてその効能はあるのだろうか?正式のアマゾン河はこの合流点から始まる。
この後、アマゾン河南岸にある泥水が岸を洗う島(人口4万程度、島の中にマナウス市ほどの広さの湖がある)の結構立派な小学校に立ち寄り、授業風景を参観することが出来た。校長自らが学校のことも説明してくれた。学校周辺には粗末な高床式浮き屋(増水しても大丈夫)や自生のゴム・マンゴの樹木などが見られた。腹が空けば手近な熱帯林にあるものや、魚を捕ればよい。乾季には広がった地面に作物を植え、増水するまでに収穫する。とにかく食うには困らない。生ゴミは、アマゾンの衛生局である“禿げたか”が後片付けしてくれる。そんな生活が島では営まれているようだ。我々が島を去るとき、まだ昼前であったが、午前の部の生徒たちも・スクール・ボートに乗り込むところだった。
次は、アマゾン河北岸に残る神木を訪ねた。遠目にも一際抜きん出た樹齢350年程の大木である。インディアンがサマンウーバ(神が宿る木)として崇め、その板状の根を叩いて、通信手段にしたという。皆で順に棒で板根を叩くとカーンと遠くまで響く音をたてた。沢山生えていたサマンウーバもベニヤ材用に伐採され今では数が少なくなったという。佐藤会長、神木が自分の名前「喬」(キョウ、高くそびえ立つ)に通ずると感無量であった。
座礁防止のため、英国人がジュゴン油と石灰を固めて造った灯台を過ぎると、高床式木造のアマゾン・リバーサイド・ホテルが普通の目線よりかなり高いところに見えてきた。部屋は、床、壁、天井すべて板組みでシャワーと水洗トイレが付いている。床の隙間からは地面が覗いている。後で、雨季に入るとホテルの床近くまで水位が上がると聞いた。昼食は和食風。生のパイナップルがとても甘くておいしい。2時まで一休み。
2時、ホテルをボートで出発。湖でのピラニア釣りに挑戦する。釣り針に牛肉片をしっかり刺した上で、竿で水面を数回バシャバシャと叩き、糸を水底近くまで垂れる。手ごたえを感じたらタイミングよく釣り糸を引き揚げるのがコツだとか。タイミングを合わせるのがとても難しい。餌だけを取られてしまう。汗が噴き出す暑さだ。穴場を変え、トイレ休憩も混じえて、日没時間近くまでピラニア釣りで過ごす。釣果は、岡部夫人5尾、山之内夫人2尾、山之内1尾、佐藤・岡部・黒瀬の3人はゼロ。女性陣の成績が断然良かった。釣ったピラニアは必ず船頭に釣り針から外してもらう。ピラニアの鋭利な歯で怪我をしないためである。
5時45分、アマゾン本流の中ほどにボートを止め、河の上流方向に沈んでいく夕日を眺めた。薄暮れの大河の真ん中で少し揺れるボートに心細さを感じながら、茜色に染まる雲と水面を見ていると、時が経つのをしばし忘れた。
夕食後の8時、一人旅をしている若い日本女性も加わりボートで、野生ワニの見物に出掛けた。暗闇の中、岸辺にサーチライトを当てながら、ボートが進む。まもなく、ボートは静かに岸に近付いた。やおらボートを降りた船頭が、目標を定めて両手を水中に慎重に突っ込んだ。すると、彼の両手に首根っこを押さえられた体長1m足らずの子供のクロコダイルが握られていた。最初にワニを抱いて写真を撮ると手を上げたのは同行の若い女性であった。勇気ある岡部夫人も彼女に続いた。ときにはワニ探しに時間が掛かるそうだが、この夜は早くワニに出会えた。お陰で9時過ぎにはホテルに戻ることができた。なお、ワニは後で水に戻されたことは勿論である。
10/14(晴れ)
5時起床。ちょっと下流にある岩島に立ち、アマゾン河下流方向から昇る朝日を仰いだ。次第に周辺を明るくしてくれる朝日を見ていると、なにか力が湧いてくる。岩島のあちこちに建築用石材を採掘した発破の後が残っている。この岩島も満水期には河底となってしまう。辺りではイルカがジャンプしていた。
朝食後、一休みして、8:30、裏山のトレッキングに出発。両親とゴム園移民した自分の経験に基づきヒロさんの説明が続く。「この木からミルク代わりの樹液がとれる」、「この樹皮はサロンパスの臭いがする」、「この下にある長寿の泉をお見せしよう」、「椰子にぶらさがっている、あれがインディアンの‘かつら’と呼ばれるもの」・・・・
高台にくると、インディアンの居住跡らしきものが目に付く。土器の破片が出てくるという。大きな蜂の巣が木の幹に造られている。突然、数匹の蜂が、佐藤だけを目掛けて襲撃する。ニコチンに蜂が反応したのだろうか?毒蟻の巣もある。酋長の娘の結婚相手は、勇気の証としてその穴に手を入れる必要があった。すごい痛みを伴う腫れた指や手と引き換えに酋長から娘との結婚承諾が得られた。再生林地帯から原生林地帯に進んだところで引き返した。途中、見晴台から見渡したアマゾン河の眺めは雄大だ。ホテルに戻ると、びっしょりかいた汗をシャワーで洗い流す。ついでに下着を洗濯。外に干す。昼食後、ハンモックで午睡。眼を覚ますと下着は既に乾いていた。PM4時、ホテルをチェックアウト。
ボート乗り場でいけすの中のアナコンダを覗く。かなり大きい。水辺に住む、世界最大級の蛇の一種で体長10mに達するという。
ボートは水中林(「猿の栗」と呼ばれる木の林。なぜか水に浸かった根っこが腐らないらしい)の不思議な風景の中を通り抜け、ゴム採取見学地に向かう。樹の幹に樹液が流れる刻みのつけ方、集めた樹液を煙で燻しながら棒に撒き付ける方法などを年配の現地人が実地にやって見せる。見学者にも実習させてくれた。これで、生ゴムがどんな風に作られるかを理解できた。
帰りは、プラケクアラ港までボート。そこから待ち合わせた車でトロピカル・ホテルに向かった。すべてアマゾンならではの素晴らしい体験であった。
10/15
朝食後、ホテルをチェックアウト。8時、迎えのバスに乗り込む。
先ず、中央市場に立寄る。肉、魚、野菜、果物などが並んでいる。観光用と庶民用の両市場が近接して建っている。ここでグアラナ粉末(アマゾン原産のハーブで、古くからインディオが強壮剤として使用し、疲労回復の効果がある)を買い求めた。ブラジルでは手軽な飲み物としてグアラナ・ジュースの随分お世話になった。
次に訪れたアマゾナス劇場はちょうど裁判官集会とかち合い、豪華絢爛といわれる内部を窺い知ることは出来なかった。しかし、劇場を一周したり、重々しい警護体制の正面入口を覗き込んだりした。19世紀末のゴム景気の産物がただの観光名所というだけでなく、現実に利用活用されている姿を目撃した。マナウス市での最後の訪問先は、アマゾン自然博物館。アマゾンの蝶、昆虫、ピラニアなどの淡水魚などの標本、剥製が展示されていた。また、大きな水槽では数頭のピラルクが巨体を揺らして悠然と泳いでいた。
午後、ブラジリア経由、サンパウロに飛ぶ。機窓から下を眺め、かっての地の果てまでの樹海といった風景にアマゾン流域でもお目にかかれなかった。それだけ開発が進んでいるのであろう。しかし、地球温暖化が懸念されているとき、ブラジルのみならず地球全体のため是非CO2を吸収する働きをもつ熱帯樹林を例えば「国連立公園」などの形で守っていけないだろうか。
(以上、「マナウスの巻」終わり)



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