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日伯交流協会第24期生 杉山 茉莉子さんのブラジル研修報告【半年を振り返って、今後の抱負】
ブラジル南部サンタカタリーナ州ラージェス市のヤクルト商工、林檎ジュース工場で研修させて頂いている日伯交流協会第24期生の杉山 茉莉子さんから写真と共に元気な報告書を送って頂きました。
年内に是非ポルトアレグレを知って置きたい事、今年最後のサッカーのブラジル選手権を観戦して置きたいとの事で12月19日早朝にポルトアレグレに到着予定です。20日の日曜日に赤いユニホームを着てベイラリオに応援に連れて行きます。誰か、特に女性の応援団を繰り出すと必ず勝利の女神が微笑んでくれるこれまでの経験から杉山さんに期待しています。この試合に勝てば来年度もCOPA SUL AMERICA【南米選手権】出場資格が得られる大事な試合です。INTER−PARANAの試合結果を写真と共に御知らせします。


Bレポート <11月>  
サンタカタリーナ州ラージェス市
ヤクルト商工にて研修中
日本ブラジル交流協会第24期研修生
                            杉山 茉莉子

半年間を振り返って、今後の抱負

 中間研修を終えて、一番に思ったのはみんなとの距離が近くなって気がする。日本でも3回に渡る事前研修などを行なったが、どことなく、遠慮をしている気がした。初めて会った人々と一緒に何か課題をこなしていくには団結力は不可欠だが、その時は、その課題のため、という感じがした。しかし、半年間、右も左もわからないこの国で精一杯過ごしてきたことによって、今まで以上に会っていないにも関わらず、隣にいるのがさも自然のように心の構えがお互いにとれた雰囲気が全体に漂っていた。前からとても影響力のある言葉や行動を持っている人々だな、と感じていたが、今回の中間研修で、その影響力はさらに増したと思う。一人ひとりが違っているようで似ている経験を積み、そのことに対してどう接していったかというのを赤裸々に語ってくれたときの言葉のみならず、表情や体から発せられる雰囲気がすごく良いもので私にたくさんの刺激を与えてくれた。刺激的な半年間を過ごし、その半年の区切り目にまた洪水のような、そしてちょっと今までとは違った刺激を受けて、受け取る自分の変化に気づいた。日本で受けていた刺激は自分を圧倒してしまう勢いがあり、自分がそのことによって変化するというよりも受けっぱなしで、飲み込まれてしまうものがあった。しかし、今回のは自分でも胸を張ってその刺激を受け、調和させたりするなど消化することが可能になったと思う。受け取るだけでなく、初めて心から自分からも何か影響を与えることができたらいいな、と思った。何か自分が話したことやしたことを受けて相手に何かしらの影響を与えることができたらうれしいと本気で思った。この中間研修で、自分の再確認をすることができた。自分とはどんな人なのか、どういう風にことを受け止めたり、あげたりすることができるのかを客観的にみることができたと考える。
 この半年間、本当に色々なことを体験し、考えた。オタオタしているうちに過ぎてしまう日もあったりと、起伏が激しい日々だったと振り返って思う。普通の日常生活にこんなにも考えることがあるのか、と最初の2ヶ月は思った。今までどんなに親によくしてもらっていたのか改めて感謝する日々だった。そして、ブラジルを少し甘く見ていたことは言うまでもない。もっと交通の便が悪くて、買い物するにも日本でのような簡単に物が手に入るところではない、と勝手に思っていたが、なんと車社会であり、大抵のものは手に入るから驚いた。ブラジルに住んでいる人々には申し訳ないが、日本にはブラジルというイメージが昔のものであると知らされた。というよりも、ブラジルのイメージがカーニバルやサンバ、豆料理、アマゾンといったものなので、しっかりとした社会が築かれているというのとは遠いものしか伝わってきていない気がする。住むことに困ることはほとんどないので、すごい覚悟をしてきたのに思ったより気負いせずに暮らしていけてすごく来て良かったと思う。来なければこのままブラジルのほんの些細な部分しか知らないままであったと思う。
 ここは、居心地がすごく良いところだな、とつくづく思った。それは、色々な原因もあるが、挙げるとすれば、Lagesであること、Santa Catarina州であること、研修生という立場などたくさんある。Lagesは、本当に緑も豊かで目に見える犯罪も多くはなく、気候も良いので本当に住み心地は最高に良いと思う。Santa Catarina州はそんなLagesも抱えているためか、どこに行ってもすごく落ち着くのである。州内を機会があってあちこち行っているが、特別に構えることなく、すんなりと体に馴染んでくる雰囲気がすごく好きである。たぶん、ひいき目もあるが、これほど馴染みやすい州はないのではないかと思う。気候が良いから人柄も良いのかな、とこの頃考える。今まで嫌な思いをせずにこられたのもたくさんの人のおかげだとすごく感謝している。出会いに恵まれていると自覚したのもこちらに来てからである。出会いに恵まれているからこそ、すごく良いブラジル生活が送れていると知った。人脈は大切なものだなと知り、良い出会いを大切にするとより楽しい生活が送れることをこちらで知った。人脈を作るというのはとても大変なことと考えていたが、研修生という立場がその大変さを半減してくれていると思う。研修生という立場は普通の学生でもなければ、社員でもない、そんな不安定な位置にいると思うが、これほど自由が利く立場もないのではないかと思う。研修生であるということだけで、すごい人たちに会えるのはうれしいことだ。そういう人たちに会えることができるのは幸せだなと本気で思う。人脈を作るというよりも、たくさんの経験をされているすばらしい人たちに会う機会が生まれるというのが研修生としてすごく恵まれていると考える。とにかくこちらに来て人脈があるのは良いことだなと知り、それに気づくことができた良い環境にとても感謝している。
 これから日本に帰る瞬間までどうしよう、日本に着いたら何をしよう、とこの頃本気で悩むようになった。この心地良い状態からどう動こうか途方に暮れているというのが正直なところだ。当然帰ったら大学生活がまだ残っている上に、将来を大きく左右する時期がもう来ていることも分かっている、それだからこそ、このブラジルに来てから見つけた多くの可能性を少しでも活用できるような方法をとりたい、しかしまだそれが見つからずにいるというのが今の状態だ。焦っているというのもその状態に輪をかけて状況を悪化している気がする。就職活動を終えて自分のしたいことを見つけた友達、まだ見つけられない自分その比が日々大きくなっている感じがする。就職が全てではないが、日本で暮らすには年齢というものが足枷になっているな、ととても思う。もう少し勉強をしたい→就職する年齢が遅くなる、という図が頭から離れない。胸を張って年齢なんか関係ないと言いたいが、私はそこまで自分の能力を把握できているわけでもなく、この主張を肯定できる勇気がない。だからこそ、何かこれだ、というものを、自分がそれで納得するものを、帰国するまでに見つけるのが課題だ。



Bレポート <9月>  
サンタカタリーナ州ラージェス市
ヤクルト商工にて研修中
日本ブラジル交流協会第24期研修生
                            杉山 茉莉子
私のDificuldade

ブラジルに着いたときに「Boa Dificuldadeを見つけてください」という言葉を頂いた、私はここに日本人らしさを感じたのである。苦労して、努力してこそ華とされる考え方がこの言葉に含まれているのではないだろうか。Dificuldade=困難と訳すとさらに、何か壁にあたり、そこからぜーぜー言いながらがんばって壁をよじ登るという図が鮮明になる。
苦労してこそ成長する、と言われるが、私は辛い思いだけで成長できるとは思わない。私はこの言葉を少し否定的に捉えていると思うが、困難をがんばって克服するというよりも、嫌な思いをしなくても成長することができるという方が好きである。苦しい方へ自分を追い詰めても成長するとは限らない。むしろ、そのままである可能性もある。成長しているという気にはなるけど、得られたことが少なかった、スムーズに通る方法もあった、ということもあるのではないだろうか。何も、この言葉を全否定しているわけではないが、あまり好きにはなれない言葉である。困難の捉え方は人それぞれであり、がんばっていて困難を克服しようとしている人たちを否定するつもりはない。自分の育った国を離れ、文化の違う国で、しかも最初は一人で生活していかなければいけない状況において、苦労することはないとは言えない。しかし、この苦労は全く違う環境だからこそ生じるものであり、前からわかっていたことを困難と捉えるのだろうか。私は、今まで親に頼って生きてきて、早々には帰れないブラジル、人を今までのようには頼れない状況で始めようと4月にこちらに来て、むしろ色々と経験できないこと(たとえば、全ての洋服の手洗い)を色々な方法で試しながら出来て面白いと思った。全てのことが新鮮に感じられるからこそ、Dificuldadeとして考えるのは少し違うと私は思った。
このようなことを述べているのは、今までそれほど、困難というものに遭ってないからなのかもしれない。しかし、そこで成長してないかというと、そうでもない。自分でもはっきりとブラジルに着いたばかりの4月よりも成長することができたと自覚している。環境に恵まれたおかげで、良い方向に自分が変わったことを自覚するようになった。自分の変化に気づいたのは、自分は小心者であると思っていたが、結構図太く生きていける性格をしていると知ったからである。よく、日本では、向こうへ行ったら泣くぞ、と言われていたが、いざ来てみるとそういうこともなく、意外に自分はしっかりしている部分を持っているんだなと感じた。そして自信を持ったからこそ、こうして書けているのではないだろうか。




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