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ブラジル永住ビザ取得方法とその要件(最近の情報)。
1500年にポルトガル人のアルバレス・カブラウによって発見されたブラジルは、若い国に入りますが、原住民のグアラニ族を中心とした原住民、ポルトガル本国から殖民に来たポルトガル人、アフリカから奴隷として連れられて来た黒人を中心にその後のヨーロッパ諸国、特にドイツ、イタリア、スペインからの移住者、日本人、中国人、韓国人等のアジアからの移住者等【人種の坩堝】を形成し労働力として奴隷解放後のコーヒー園での労働者として1908年に日本移民が始まりました。戦後も移民が移住者と名を変えてブラジルに渡って来ましたが労働力としての移住者の受け入れが制限されるようになって久しい。現在、ブラジルの永住権取得は、特に若い夢と冒険心を持ち人生の選択肢の一つとしてブラジルを選ぶ人たちへの門戸が閉ざされていることは残念な事実である。
最近の永住権取得に付いての方法、その要件等を探って見ました。写真は、ブラジルの玄関とも言えるリオのシンボルの一つシュガールーフ(ポンデアスーカル)を機内から撮ったものです。




下記は、8月19日に書き込みをした『私たちの40年!!』ML第1732番目からの転載です。
25年間続いた日本ブラジル交流交流協会の研修生派遣制度が【働きながら一年間研修】との研修生募集ポスターに明記されている事から入国査証取得が困難となり今年が最後となり来年度の派遣を断念している。
若い人達にブラジルを体験して貰い日伯の掛け橋的人材養成と将来の人生設計の一つとしてブラジルを選択肢の一つとしてその視野に入れて考える機会を与える貴重な制度が敢無く崩れ去ろうとしている。非常に残念なことである。

仕事の関係で機械の据付作業に来ている技術者のテンポラリー査証(90日)の延長業務等を遣って貰っているリオの乙仲のRICARDO COHENさん(BRASIL VISAS ASSESORIA ao ESTRANGEIRO LTDA)と電話で話す機会があった。

若い人達の選択肢としてだけでなく生活基盤をブラジルに移し永住を試みる人もおられる。戦後移住華やかな『私たちの40年!!』あるぜんちな丸第12次航の我々が渡伯して来た1960年代の初めには農業移住が中心で家族労働力が3名以上おれば海外協会連合会(海協連)の計画移住地に入植したり南伯雇用農、単身呼び寄せ雇用農、今年50年を迎えるコチア青年、産業開発青年隊、豊和工業が工業移住者として呼び寄せた野球移民、花嫁移民、天理教の伝道師、学生移住連盟の研修生等で移住船は満杯、多くの夢を乗せて人生の選択肢として南米移住を選び新天地にやって来た。片道の船賃10万2千円は、当初貸し付け、その後支払い免除(無償)と日本政府の人口減らしの国策の移住でもあった。

現在の人達に南米への移住は、選択肢としても頭に浮かんで来ない時代になって来ている。それでもブラジル憧れ、短期、中期、永住を模索する人もいる。それらの人達にどのようなブラジル永住ビザ取得の方法があるのか上記RICARDOさんに聞いて見た。

若い人には、ブラジル人との結婚が手っ取り早いが相手がいる事から中々難しい。

日本の企業から派遣社員としてブラジル駐在中に子息が生まれブラジル人として登記している方、又は故意か偶然で子供がブラジルで出産しその子をブラジル人として登記している場合は、ブラジル人の保護者として何時でも永住権を海外の住んでいる場合は、最寄のブラジル総領事館を通じて所定書類を付けて瑞ソすれば法務省での査定後6ヶ月程度で永住権が取得できる。この場合、ブラジル人の保護者としての瑞ソで財産等の証明義務は必要がない。永住権を取得後の渡航となりブラジルに着き次第労働手帳の取得、経済活動に直ぐに従事できる。ブラジル人の保護者としてブラジル人の子供と共に短期滞在ビザでブラジルに入りブラジルで永住権を瑞ソした場合は、プロトコーロ(永住権瑞ソ控え)を発行して呉れるので短期滞在期間が切れてもプロトコーロの延長を継続すればブラジル人の親として国外追放は受けない。但し労働手帳が取れないので正規の職に着く事が出来ない。外国人としてもCPF(納税者番号)を取得すれば銀行口座、町の家屋購入、自動車購入等は可煤B

最近は、INVESTIDOR(ブラジルへの事業投資者)向けの枠が緩和されついこないだまで20万ドルのブラジルの会社への投資がないと永住権を取得できなかったのが5万ドルまで金額が下がっており、自分の新規会社あるいはブラジル人(被委任権者=プロクラドール)を通じて既存会社への5万ドルの投資をブラジル中央銀行に外資登録すれば何と30日で永住権が降りるとの事。事業職種によっては10人以上の雇用を生み出す事業であれば5万ドル以下の外資登録でも査定に少し時間は掛かるが許可が下りているとの事です。この5万ドルは、事業投資でありこの5万ドルを不動産購入等には充当出来ない。

『私たちの40年!!』HPでも取り上げているIDOSO(恩給生活者)の永住ビザ取得方法もあり恩給受領証明書でブラジルにおける生活を保証できる金額(一つの基準として月額2000ドル前後=それ程明確ではない?)が有ることを証明できれば永住権が取得できる。

いずれの形を取るにしても4年以上継続してブラジルに住めば帰化手続きをする権利が生まれる。日本国籍を捨ててブラジルに帰化しても余り利益?はないようでコーロル大統領当時、ブラジルの連邦大学の教員は総てブラジル人である事との回章が出てしぶしぶブラジルに帰化した女房殿は、再度日本人国籍に戻りたいので弁護士の貴方にそれを遣らせるので何とかするようにと言われているが大学にいる間はブラジル人のままで我慢?するようにと宥めているが自分の国、日本に行くのに入国査証を所得する必要が有るのはおかしいと文句を言っている。ブラジル生まれの娘3人は、出生地のブラジルの旅券と国籍留保した日本旅券と両方を所有しておりそれを上手く使い分けている。ブラジルをでる時はブラジル旅券を使用、アメリカ、ヨーロッパ、日本等は日本国旅券を提示して日本人として振る舞い、帰国時はまたブラジル旅券で自分の国に帰国することになる。

流石、娘達は在外選挙人手続きはしておらず、9月11日の総選挙には私だけがポルトアレグレ総領事館に投票に行くことになる。




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