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<<好司・17才・神戸>>
40年前の奉加帳が見つかったと思えば、今回は45年前の神戸高校時代2年と3年生の二年間机を並べて勉強?した同級生の一人山本啓詔君からの暴露記事が寄せられました。彼は昨年休暇を取り南伯及びアルゼンチンに旅しており、数日ポルトアレグレ近郊を一緒に旅をしながら昔話を聞いたがその記憶力には、驚嘆した。その抜群の記憶力を誇る彼が思い出す事もなかった高校時代のエピソードを綴って呉れている。自分でも記憶が定かでない半信半疑の気持も強く作り話ではないかと思う事しきりですが青春の一コマとして記録して置くのも無駄ではないかとの判断から敢えて掲載して置きます。写真は大震災後新しく立て替えた神戸高校の昔のまま残した正面玄関の部分で撮った筆者山本啓詔君です。来年度には神戸高校卒業45周年の記念同窓会をイグアスの滝を見ながら開催しようと企画しておりもし実現すればその受け入れ準備に忙しくなりそうです。


「おはようございまーす!」と蛮声を張り上げて教室の後部ドアをガラリと開けて駆け込んできたのは遅刻常習犯の好司君。既に授業は始まっている。彼の最も苦手な教科、「幾何」である。今から45年前、ご記憶の方もあろうが、当時、数学は「解析」と「幾何」に分かれていた。遅刻しておきながら、教壇の真ん前が彼の席。毎年新学期にくじ引きで決まるので好きな席に座れない。着席と同時に受験英単語の暗記に着手。言うところの「内職」である。静かにしておれば良いのに、小声でリピートする。堪り兼ねて先生が一喝。「お前は先生を嘗めとるのか。数学の授業中に英語の本を出してブツクサ言うとるが、他の者に甚だ迷惑だ。直ぐ立ち去れ!」「先生のおっしゃる通り出て行きますが、出席表は必ず出席にしておいてくださいよ」と言い残して、図書館へと急ぐ。遅刻してでも授業に出る目的は只一つ。単位取得に出席率が不可欠となっているからである。彼は志望校を早稲田大学政治経済学部に絞っていた。受験科目は、国語・英語・日本史の三科目のみ。従って、彼には数学は必要無い。本人は不得手な科目は無いと言うが、実は理数系が苦手であった。

 そうそう思い出した。こんなことがあった。あれは確か2年の2学期の期末試験「幾何」で彼が初めて10点を取った。その時は、欣喜雀躍、天井に頭がぶつからんばかりにはしゃいだ。「とうとう数学で点が取れた」と。その問題とは「時計の針が4時代で長針と短針が丁度重なり合うのは何時何分か」である。方程式の意味さえ分からないから解ける筈が無い。そこで、彼の答案は「私の腕時計に依れば、大体4時22分頃である」とまあこんな調子。先生も恐らく唖然とされたであろう。無視すれば良いものを、何と10点を与えたのである。ホンにまあ長閑な時代ではあった。

 テストと言えば、序でに触れておきたい事件がある。もう既に時効は成立しているので今更物議を醸すこともなかろう。それは卒業試験のときに起こった。先にも触れた通り、彼は苦手な数学もパスしなければ卒業できず、入試どころではない。そこで窮余の一策として、「替え玉作戦」に出たのである。こう言うときは世の中上手く出来たもので、同じ悩みを抱えている者が5万と居る。大阪大学を目指していた級友が、これまた「国語」が不得手。特に「古文」で苦戦を強いられていた。
 
 「いずれの御時にか 女御更衣あまた侍い給いけむ中に いとやんごとなききはには有らねど きはめてときめき給う有りけれ…・」「月日は百代の過客にして 行き交う人々もまた旅人也…」「往く川の流れはたへずして しかももとの水には有らず。淀みに浮かぶうたかたは かつ消えかつ結びて留まりたるためしなし…」「徒然なるままに ひぐらし硯に向かひて こころにうつりゆく よしなしことを そこはかとなく書き尽くれば あやしふこそ ものぐるほしけれ」そして、極め付けは「しがねえ恋の情けが仇、命の綱の切れたのを どうとりとめてか木更津から めぐる月日も参年ごし 江戸の親には勘当受け 拠所なく鎌倉の八七郷は食い詰めても 面に受けたる看板の 傷がもっけのせいうぇいに 切られ与三と異名を取り 押し借り強請りはなろおうより 馴れた時代の源冶だな そのしらばけが 黒塀に格子作りの囲い者 死んだと思ったお富みたぁ お釈迦様でも 気がつくめえぇ…・」。

 ありゃまあ、「古文」と聞いただけで、当時がむしゃらに暗記した入試に頻出する作品の冒頭部分を未だ性懲りも無く憶えている。因みに、「源氏物語」「奥の細道」「方丈記」「徒然草」「お富み与三郎・源冶店の場」の一節の羅列である。余計な遠回りをしてしまって申し訳無い。本題に戻って、そうそう、「替え玉」の経緯をご報告しなければならない。彼らは中学時代からの竹馬の友。異論が有ろう筈が無く、即刻商談成立。彼はパートナーの氏名で「古文」の答案を提出し、95点をゲット。本人分は逆に落第点で、後日「追試」に参加し、このときは勿論本人の氏名で答案を書き見事パス。一方、「数学」の方は友人の答案で100点満点。これが結果的に良くなかった。担当教官は先刻承知していた。「あの数学音痴の和田が解ける筈が無い。しかも、筆跡が全く別人のものである。先生を愚弄するにも程が有る」と怒り心頭に発して、早速職員室へ呼び出された。「同じ問題をここで解け」と再試験を強要された。その時の彼の返答が振るっていた。曰く、「先生、そんなムリなことを生徒に押し付けられては困ります。物事には、T.P.O.、詰まり、時と場合に依って解ける問題でも解けないこともあります。今は、残念ながら、絶不調でバイオリズムが狂っていて解答能力が最低レベルにあります」と。「お前を相手にしていては日が暮れてしまう。帰って宜しい」そして、無事卒業。57倍の競争率をクリアして「都の西北 早稲田の杜に
そびゆる甍は我らが母校…」を高歌放吟する身となった。

 今、日本でも安易な教育方針改革が槍玉に挙がっている。例えば、学童の負担を軽減することを目的に、円周率πを3と憶えさせる、と言う。これで良いのか。それこそ、40年前の好司君の「私の腕時計によれば…」のような子供達が陸続と生まれることになる。
3.1415926535897932384626433832795628…..まで必要は無いが、せめて3.14程度は常識の線であろう。「まあ、それで良いんじゃない」と大方のママさん連中から賛意の声が上がるかも知れない。ブラジルも日本も同じこと。世の親達は真剣に子供達の将来を考えていない。無責任極まる。ところで、ブラジルでは、子供が19才になると、親権を放棄して保護者の責任が無くなる、由。それにひきかえ、日本では二十歳を過ぎても乳離れが出来ず親の脛齧りをして、好き勝手な日々を過ごしている輩が多いのは嘆かわしい。その証拠に、所謂「フリーター」と称する定職に就かない若者が多い。勢い、少年犯罪も毎年漸増している。

 神戸に生まれ育った紅顔の美少年好司君は、物ごころがついた頃から海外への雄飛を夢見ていたが、それは逐年膨らみ続けた。高田馬場のキャンパスで「海外移住研究会」なる同好会を立ち上げ、自ら海外生活プランを着実に構築して行った。大学2年のとき、休学してブラジルへ実地検分に出掛けたほどである。その集大成として、学卒後渡伯した。

 翻って、彼は日本に居ても十分活躍出来る場が有ったことは衆人の認めるところである。これは決してお世辞では無い。敢えて言わせて貰えば、一種の「頭脳流出」である。第二の故郷ブラジルのために、また、青年初期まで過ごした日本のために、持てる力を発揮されるよう遠い日本の空から祈り続けている。ただ、苦言を呈するなら、ボランティア精神が旺盛な人が陥り易い「独り善がり」な言動を避けるよう自戒して頂きたい。 

 時は移り、紆余曲折を経て、彼は現在ポルトアレグレを拠点として、在留邦人の手足と
成るべくボランティア活動を続けている。他人様のためを思う気持は学生時代と変わらない。否、むしろその度合いは強まっているようである。

 ところで、筆者は神戸の貿易会社に勤務しているが、職場の上司は「営業推進室」のマニジャーで、日系三世のブラジル人である。

 望むらくは、高校時代の同級生和田好司君が、名実ともに日伯友好の架け橋となろうと言う初志貫徹を念じつつ、一先ず筆を措くこととする。

      2002年4月3日
     
                  兵庫県三田市   山本 啓詔



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