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年末年始パタゴニア氷河への旅 (後編)
年末年始にアルゼンチンとチリ側のパタゴニア地方にある最果ての町USHUAIAと氷河の町EL CALAFATE、PAINEに女房殿と二人旅を楽しみました。
何時ものように旅行記でも紀行文でもない日誌風の備忘録を書きました。旅先での耳学問を中心にけい子のコメント、私の感じたことを書きとめた他愛のないものですが、どんな所であったかその雰囲気なりとも伝えることが出来れば嬉しいです。
出来るだけ写真を画像掲示版に唐阨tけて見て頂けるようにします。
1月3日(第5日目)より8日(最終日)までの記録です。
写真は、色々あるのですが、矢張り伴侶、けい子のチリ側のパイネ国立公園の奇岩をバックにした一枚を採用することにしました。


【1月3日】第5日目
7時半起床。66歳の誕生祝いの晩餐の影響か今朝の血糖値は、121と高い。
朝食後、写真のPCへの取り込み作業だけは済ませる。溜まっていた日誌書きも一部済ませ荷物整理をしてホテルCHK OUTに備える。
ホテルCHK OUT11時(10時)で飛行場行きのバスが12時半(11時半)に来るとのことで荷物をロビーに預けて近くのインターネット接続ポイントに出向く。今年2度目のアクセスで第3日目のレポートを『私たちの40年!!』MLに流す。30分で$1,50(50セント=60円)と非常に安く驚く。電話接続よりブロードバンドのADSLの方が安くなるのだろう。ブロードバンド用のジャンクを使わせて貰った。これは設置PC使用より安く設定されているのか知れない。
嵐闥ハり迎えのバスが来て見慣れた町の景色を見ながら飛行場に行きCHK INする。3日前にブエノスから乗ってきた飛行機が1時半頃に到着、2時過ぎにUSHUAIAの木の暖かい感じの飛行場を発つ。
1時間15分の飛行時間でPATAGONIAのEL CALAFATEの飛行場に着く。途中、悪天候の精か機内サービス中止のアナウンスがあり、暫くするとPATAGONIA特有の作物が育たないツンドラを思わせる荒地?の飛行場に着陸した。大粒の雨が降っており今回の旅行では本格的な雨は初めてあるが、気候が変わり安く何時でも短い雨が降るようです。荷物を受け取り現地での迎えの車に乗り込み飛行場から23km離れた町まで移動。大通りのサンマルチンより2本離れた通りに面した便利なところにあるMICHELANGELO HOTELに到着。3星とのことですが、これまでに泊まったホテルでは一番部屋のスペースが大きくダブルベットの他にシングルベットもあり3人部屋を使わせて呉れているようでゆったりした感じがする。風呂場が大きく気持ちが良い。ここに4泊することになり満足している。
カラファッテでの観光計画を旅行社の人と話し合うがオプシオナルのコースの支払いにカードが使えないとのことで再度200ドルと手持ちのブラジル通貨400レアイスをペモノ換える。チリ側のTORRES del PAINE国立公園の入場料を現地通過のチリペモナ支払う必要があるとのことで40ドル相当の21000ペモ購入する。オリジナルの観光コースに入っていなかったミニ・トレッキングコースを含めたコースへの変更が220ペメAチリ側の国立公園見学コースが240ペメi80ドル)入場料20ドル相当のチリペモニ観光も安くはない感じ。何とか手持ちのペモナ総て払い終わるが、カードが使用できなかった分ドルキャッシュ不足を生じ少し心細く銀行に出向きカードのキャッシングをTRYするが普段使用しないので暗礁番号が分からず換金できずしまい。ダイナー、ビザ、マスターカード等多数所有しておりながらどれも役に立たずこれからは、カードの使用できる場所を選んでの生活を強いられそう。大きな支払いは総て終わらしているので何とか過ごせそう。
明日のランチ(弁当)をホテルで準備して呉れるように頼みホテルで夕食を摂るが、しっかりしたコックがいるようで非常に美味で満足する。

【1月4日】第6日目
6時半起床(5時半)。シャワーを浴び血糖値を計る。115と矢張り高め。通常8時間前後寝た後は100以下に下がっている。昨夜は、太陽の高さ(明るさ)に関係なく9時には食事、10時に部屋に戻りPCに取り込んだ写真を二人で見てあれこれ選ぶ作業をする。結漉ヌい写真が撮れていた。11時には厚い2重カーテンを閉めて電気を消し外が明るい内に就寝する。目覚ましを掛けていなかったが矢張り時間が来ると目が覚める。カーテンを開けるともう日が昇っており窓ガラスに露が溜まっている。外は冷えているであろう。
今日から後半の6日目に入る。氷河見学が楽しみである。7時15分に迎えの車が来て出発嵐閨B
バスは嵐閧謔30分遅れてきたが運転手の説明では7時15分から45分の間に各ホテルに出迎えに行くことになっており遅れてはいないとのことでした。明日は8時出発と言うがどうなのでしょうか?
バンに9人が乗り込み町から45km離れたPUERTO BANDEIRAまで行きそこで遊覧船に乗り込むための氷河国立公園の入場料を払う為に長い列に入る。外国人30ペメi10ドル)、アルゼンチン人が半額の15ペメAPATAGONIA(サンタクルス)州民は、5ペメA15歳以下及びJUBILADO(年寄り=65歳以上?)は無料とのことで外国人の年寄りの割引はないか聞いて見てが【ない】との返事。地元の住民を大事にする政策は面白い。
港にはALM、SERAC、NUNATAKの大型船が就航しており我々は一番大きな320人乗りのSERAC号に乗り込む。何とか窓際の席が一つ取れたので同行のNIWTONご夫妻と4人席を確保する。船内の前と後ろに座席が布でャtァー風に出来ている席と2階の中央部には特別席が設けられておりここでも外国人が超過料金を支払い席を分捕っていました。
バンデイラ港を出て広いアルゼンチン湖を北上、最初に見学に行ったのがSPEGAZZINI氷河でこの氷河は、壁の高さが80M−135Mと一番高く見ごたえのある氷河で船が停船中に何度か大きな音と共に壁が滑り落ちる大スペクタルを見せてくれた。真っ青な亀裂が随所に見られ次はあれが落ちるぞと待ち高ヲるが中々落ちてこない。幅1.5kmの氷の壁は、見事なもので息を飲む自然美に心を奪われる。
湖を流れる流氷は、二つとして同じものはなく、瞬時に頭に浮かぶ色々な想像物を口に出しお互いに確かめあう。象さん、亀さん、犬、猫、牛、鰐、大きな熊さん等動物が一番想像し易いが、ピラミッド、凱旋門等もあり札幌の大通り公園を飾る雪祭りの造詣を自然のままに作り出された見事な流氷、氷壁に感心する。
次に訪問したのはONELLI氷河、BOLADO氷河、AGASSIZ氷河の三つの氷河が流れ込むONELLI湖で上陸した所から1キロ弱の林の中を散策して行き着いたのがこのONELLI湖で3面の氷河から常時氷壁が落ち込んでおり湖中に大小様々の氷が浮かんでいる。楓ハに出ているのは15%程度とのことで湖中が氷で埋まっていることになる。案内嬢の説明では矢張り地球温暖化の影響か年々氷の量が減って来ているとのこと。川原でランチボックスと言うホテルで準備して呉れた昼食弁当を採るが、サンドイッチに水、りんごにデザートと言った簡単のもので大好きな幕の内弁当にお茶と言った訳には行かないのが残念。
食後ONELLI湖畔を時間の許す限り歩き船まで戻る。次から次に大量輸送の船が到着し沢山の観光客で賑わっていた。
散歩道に枯れ木がゴロゴロして居たのでどうしてかと聞いて見た所、この地方では、地浮ェ薄く木は総て根を下に張る事ができず地浮ノ広く張っているが時として風速80−120メーターの風が吹き付け大きくなると自分の力で木を支える事ができず倒木する。風以外にも寄生植物や鳥、虫が木に大きな穴を空け風が吹くと一溜まりもなく倒木してしまう。この倒れた木が腐り腐植土となり新しい木を育てると言った太古からの繰り返しが続いている。
氷河巡りの最後は、GLACIAR UPSALAと呼ばれる1000km2近い面積を持つ最大の氷河でスエーデンにある同じ名前の町UPSALAから取ったとのことで1952年にはじめてこのUPSALAの大学より氷河研究探検隊が派遣された。このUPSALA氷河は、国立公園内最大で南米では一番幅が広い氷河である。その幅は5-7kmに及び60−80メターの高さがある。後ろに聳える雪を抱いた山々とマッチした雄大な景色に息を呑む思いがします。
朝から12時間近い氷河巡りでしたが船内では、ウトロ、ウトロ流れ去る氷河を見ながら、コバルト色の水を見ているとつい眠り込んでしまうという結鵠謔黷髣キでしたが、昼はホテルの弁当、夜も外に出て行く気がせず名コック?に任せてホテルで摂ることにした。ホテルであれば宿泊費は既にパックで支払っておりホテルの経費はカードで払えば済むとの気持ちも働き明日の弁当を注文し雰囲気の良いレストランで夕食を摂る。
昨日同様、我々が最初の客で昨夜と同じガルャ唐ェ愛想良く応対して呉れる。今晩も野菜サラダを中心にメインヂッシュは、肉でなしに近くの湖で獲れるTURUTA(TURCHA=鱒)のアメンドア味を注文する。ポルトアレグレの近郊紫陽花の町グラマードに行くと良く食するもので比較して見たかったのが目的の一つでしたが、肉が赤くこれはボリビアのチチカカ湖で取れた虹鱒と同じ様な色合いと味がしていました。一人分しか頼まず二人で分けて食べましたが、結獄桾で直ぐに寝られそうになくこの日誌を叩いている次第です。
ウシュアイでもそうでしたがここカラファッテでも現地時間11時近くまで明るく厚いカーテンを閉めけい子は先に休んだようです。

【1月5日】第7日目
今朝も何度か目を覚ましながらウトリウトリして結局7時半(6時半)まで寝てしまう。血糖値を計ると昨朝と全く同じの111を記録。こんな事は珍しい。同じ様な食事をして食後に薬を飲み同じ程度の睡眠をとるとこう云う事もあるのかも知れない。明日は?
朝食を摂り、昼のランチ(弁当)を受け取り9時(8時)に出迎えに来る車を待つ。今日は氷河の上をミニトレッキングするコースで寒さに備えた重装備で出かけることにした。
現地時間8時20分にバスが来て街中のホテルを順次回り全員をピックアップした事を確認した上で陸路PERITO MORENOの氷河見学と氷河上をトレキングするコースに向う。ここは1981年にUNESCOの世界自然遺産に指定されておりあまたある国立公園内の氷河の中でも矢張り隋一の氷河と言えよう。PERITO MORENO氷河は、チリとの国境線設定に活躍して新しい国境線を設定する事に成功しアルゼンチンに幾分かの領土拡張をもたらした外交上の鑑定士とのことで彼の測定(国境線を決めるアンデス山脈の最高稜線の測定)が両国間で認定されて一部の領土がアルゼンチンに帰属する事になった。その功績を称えてPERITO MORENO(モレーノ鑑定士)という名が残された。
アンデスの太平洋側から水分を多量に含んだ冷たい風が吹きつけ年間1000MM以上の雪と雨を降らしそれが総て凍て付き氷となりアルゼンチン側に氷河となり流れ込む自然が織り成す造詣で山間部では年間数センチ、落ち込み場所近くでは年間150センチの速さで湖に雪崩落ちている。数時間の観光で幾つかの氷壁が大音声と共に湖に落下するがそれは見物である。
氷河の奥行きは30km、195km3の広さがありブエノスアイレスの町をすっぽり飲み込む大きさとか。氷壁の幅は4kmに及び高さが30−60メーターの見事な氷壁で数年に一度氷で閉ざされたBRAZO RICOの水がLAGO ARGENTINO側に流れ込む時で大きなダムが一筋の水の浸透が小さなトンネルとなりそのトンネルが崩れ落ちる現象が数年に一度大規模に見られるとのことで今年の3月頃にこの現象が起きるとの観測をしており期待されている。この大きなRUPTURAは別にして毎日大小様々な雪崩現象が見られその大きな音には驚かされる。音がしてからでは距離の関係で間に合わずましてやシャッターの時間遅れがあるデジタルカメラでは花火を写真に収めるのと同じ様な難しさがあり何度かTRYするが大きな水紋が広がり落ちた氷が写るだけで上手く捉える事が出来なかった。
PERITO MORENO氷河の見学だけが直ぐそこに氷河が迫る3km近いPASSARELA(遊歩道)が設けれており写真を撮りながら時折大音響と共に崩れ落ちる氷壁を見ながら歩く。船からの氷河巡りも良いが矢張り陸から見るこの氷河が一番の眺めと言える。
氷河トレッキングを終えて引き上げる間際に最後に見た大音響と共に飛沫を上げた雪崩は、近くの船を大きく揺り動かす波が起こり船乗り場にまでその波が届き有名な【津波】の叫びがだれからともなく起きる程、津波の名前と津波現象は認知?されており可笑しくなりました。
本日のハイライトは、PERITO MORENO氷河の上のトレキングで湖の対岸まで氷河の高い壁を見ながら20分ほど船で渡り上陸した。そこからは、普通の潅木の生えた林の中をトレキングして冷たい風が顔に当る気持ちの良い遊歩道でその潅木の林を過ぎると直ぐに氷河の上、パッサレーラや船から見ていた雄大な氷河の麓に辿り着きそこで靴の下にクランポンと呼ばれる(鉄の下駄?)を装填して貰い一行18名に案内人3名合計21名の隊を組み氷上トレッキングを始める。少し腰を落とし蟹股で一歩一歩歩く事、足は何時も前後に広げ同じ所に置かない。クロスさせる事は避ける。横には歩かない。等々の雪山歩きの初歩の指導を受け一列になり歩き始める。少し上っては写真を撮り広がりの大きな雪山、下に見える湖等を眺める。途中から小雨が降り始め寒さが増す。大きな雪渓、水の流れる亀裂、数純=[トルも落ち込んだ穴、氷河の壁のクライミング実演を楽しみながら一番高い場所まで(それ以上は靴の前に尖った雪山用のクランポンを付けピッケルを使いながらの登山となる)行きそれからは、横に氷河の内部に入り込みながらの下山道を歩く。氷河の中腹で有名な300年500年前に落ちた雪の固まった氷でバーボンウイスキーのオンザロックを振舞って呉れる。普段ウイスキー等は、めったに口にしないけい子まで美味しそうに飲んでいた。ウイスキーも美味しかったが山の上で配布して呉れたチョコレートのボンボンが最高で寒さとエネルギー不足を補って呉れる。全員の写真を撮らせて貰うべく皆にポーズをしてもらい私を除いた20人の写真を撮る。
15歳以下と60歳以上の人の参加は避けて欲しいとのお触れでしたが同行のNILTONサンが69歳、私が66歳で自分の責任でとの約束で参加するが氷河の上と言うだけで普段の散歩とそれ程変わらないトレッキングでこれなら何も心配する事はなかったと安心する。
今日も写真を239枚撮り夕食後PCに取り組み作業をしながら一部加工、選択、サイズダウンの作業をする。出来るだけ早く画像掲示版に掲載したいのですがインターネットが使えず不便している。アルゼンチンの各地方都市にはインターネット接続ポイントが多く設けられており今日一時間ほど世話になった所では18台が稼動しており多くの子供を含んだお客さんが席を占めていました。ADSLの接続線の使用料は、20分で1ペモェ最低単位で一時間で4ペモ支払う。
さすが山歩きの1日、早めに床に着くが時計の時間と日照時間が合わず不思議な気がする。

【1月6日】第8日目
6時15分(5時15分)に起床。朝の行事血糖値測定をするが142と異状に高い。即定時のミスかも知れないので(小指の側面に針を刺したが場所が悪く左手の指に触れてしまい血の量が不足)シャワーを浴びてから再測定する。測定値は矢張り高く124であった。ホテルでの美食が影響しているようである。
カラファッテ最後の日は、バスで往復650km程走る強行軍で7時にホテルを出て戻って来たのは9時半であった。都合14時間半の旅でチリ側のアンデス山脈の有名な観光スポットでもあるTORRES del PAINEの奇岩を見に出かける。アンデスを挟んで直線距離では40km程度の場所にあるが直接行き着く事ができず大きくU型の迂回してチリ国境の町まで220km、チリに入国してから国立公園の奇岩を遠く近く見ながら100km近くスポットを見て回る。末娘の小百合がいれば直ぐにもロッククライミングが出来そうな場所が幾箇所もあり喜ぶだろうなと語り合う。
アルゼンチンとチリの国境の町で一応出国手続きをしてチリに入国、滞在僅か6時間程でまた出入国の手続きをする。旅券にまた4個の判子が増える。
TORRES del PAINE国立公園は、チリ南部のパタゴニア地方の観光スポットで国政的には、XII REGION de MAGALLANES y ANTARTICA CHILENAと呼ばれており同行政区の51%の領土672万ヘクタールが国立公園に指定されている。1959年に国立公園に指定され1978年にUNESCOの自然保護地域に指定されている。火山が風化して大きな山壁を作り三つの独立した山と言うか塔が聳えたち火山に降った鉱物を多く含んだ雪解け水が塞き止められて出来た幾つもの湖を巡りながら見る場所を変えてその威容、奇岩ぶりを見て回る。5kmから18kmのトレッキングコース20コース程あり総て回るには最低11日160km程歩く必要があるとのことでバンで走って回るのではその良さは分からないと言えようか。時間があれば1週間程毎日山歩きをしたいものである。CALAFATEと呼ばれる低い潅木に小さな葡萄のような実がついており啄ばんでみましたが余り美味いものではなく渋みとすっぱさだけが口に残った。パタゴニア特有の動物、リャマーに似たGUANACOという小さな顔に耳を立てた可愛い群れが見られた。羊も多く群れをなして移動しながら草を食むでいた。山犬か狐のようなZORROと呼ばれる動物や見る事は出来なかったがPUMAもいるとのことでした。10月から3月の国立公園が公開されている期間の温度は最高15度最低3度程度とのことですが、アンデス颪の風速60kmに近い冷たい風が吹くと気温以上の寒さを感じるとか。幸い天気に恵まれて裏暖かい山の一日を愉しみました。日の出は1月10日ベースで5時35分、日の入りが21時52分と矢張り10時近くまで明るい夏の季節でした。
途中でPAINE GRANDEが望める雪渓を直ぐ近くに見える場所まで歩きGRACIAR GREY(グレイ氷河)がグレイ湖に落ちる場所の近くまで行ったがそれ以上は船に乗って接近する必要があり時間的に無理とのことで遠くから眺めるに留める。綺麗な滝があり湖と湖を繋いでいた。国立公園の管理センター事務所の近くで遅い昼食(弁当?)を配られるがパンと水だけでお腹がすいている割に食べられたものではなかった。チリ側の国境では果物、生ものの持込を厳しくCHKしておりりんごも駄目でランチボックスは、本当に貧しいものであった。日が長く明るい内に戻って来られたが途中パタゴニアの最高峰FLIZ ROYが見えるかも知れないとのことで展望台で止って呉れたが残念ながら霊峰は霞んで見る事が出来なかった。
途中案内嬢にパタゴニア地方とはどこを差すのかと聞いて見た所、アルゼンチン南部地方の総称でTIERRA del FUEGO(USHUAIAが州都でRIO GRANDEに自由貿易港がある)、SANTA CRUZ(RIO GALLEGOSが州都でEL CALAFATEが含まれる)、CHUBUT(RAWSONが州都)の真ん中までが南パタゴニアと言われそれより北のRIO NEGROとNEUQUEMまでが北パタゴニアと呼ばれるそうで有名なバレロッチの観光地も北パタゴニアの一部に入るとの説明でした。
CALAFATEに滞在中に時間があれば行きたかったのは古代の木が石化した森のトレッキングコースですが、ここはトレッキングに行った人たちが石化した木を拾い集めたり切り取って持ち帰る被害が多いとのことで立ち入り禁止区域に入ってしまったとのことでパタゴニアの最高峰FLIZ ROY標高3405mの近くの町EL CHALTENまで足を伸ばせず残念であった。
明るい内にホテル戻り、近くのインターネット接続ポイントに出かけたかったのですが、言い出しそびれて断念しホテルのレストランでまた地元名物のパタゴニアの子羊を注文して二人で食べる。癖のないパタゴニアの子羊が大いに気に入っている。
写真の整理等をしながら時間を潰し暗くなるのを待って就寝する。


【1月7日】第9日目
今朝も通常時に眼が覚めるがけい子が起き出してバスタブの風呂で暖まり荷物の整理を始めているのを横目にベッドの中で再度寝込む。9時前まで睡眠時間8時間を取りやおら置き出す。遅い朝食を取り昨日の写真を見たり日誌を書き込む。
10時CHK OUT。4日分の諸経費298ペメi100ドル弱)を支払う。10時半にバスが来て飛行場に向う。
CALAFATEの飛行場は、出来て未だ3年半とのことでこの飛行場が出来るまでは、SANTA CRUZ州の州都RIO GALLEGOSまで飛行機で来て陸路310kmをバスか車でしか氷河の町CARAFATEに来られなかったとのこと。3年前のCALAFATEの町の人口は僅か7千人だったとの事で現在の1万7千人は、3年で2倍半近い増加で町は大いに潤っている。これは現キルチネル大統領がSANTA CRUZ州出身で現在もCALAFATEに別荘を持ち休暇の時期には何時もCALAFATEに来ているとの事で地元紙によると年始にキルチネル大統領は、CALAFATEからIMFからの借入金を総て返済するようにとの指示を出したと報道されていました。瀟洒な飛行場は、観光客で賑わっており新しい大きなホテルが何軒も建設中でこの勢いで膨張すると自然破壊が起こり何処まで現在の自然の姿、氷河の良さを保持していけるのか他人事ながら心配になる。数年もすればどのように変化(発展)しているか見てみたい気持ちと共に恐ろしい気がする。
飛行場で子供達に簡単なお土産を買い帰国の途に付く。
ブエノスの飛行場には旅行社の車が回されており町のREGENTE PALACE HOTELに入る。
夜遅く相川さんが二人の可愛いお嬢さんを連れてお貸していた彼女が現地コーヂネーとした番組『世界不思議発見』のテープを返しに来られた。お茶を飲みながら談笑し写真慣れしたお嬢さん達にポーズして貰いながら何枚も撮らせて貰う。アルゼンチン社会でスペインのバスク系のご主人とご家族の中で育つお嬢さんたちが日本人の相川さんの希望、願いに添った教育で何処まで日本語と日本的な文化を見に付けて育って行くのか興味深い実験のような気がして今後の彼女達の成育を見守って行きたい。

【1月8日】最終日
ブエノスは朝から生憎の雨でショッピングを楽しみにしていたが日曜日でもあり店はやっていないとの事で帰国準備をしながら写真の整理や日誌を書いて過ごす。
11時に迎えの車が来てエゼイザの国際航空に向う。午後2時45分のAEROLINEA ARGENTINAのボイング737で暑い暑いポルトアレグレに戻る。日中は何と40度まで上がっていたとの事ですが、到着と同時にポルトアレグレでも雨が降り出し少し凌ぎ易くなる。通常南から天気が移って来るがまさか飛行機の速さでブエノスの雨がポルトアレグレに到達する事はないと思うが我々が雨を持て帰って来た気がする。
旅の纏めに何か気の利いたことを書き残そうとも思ったが気が付くと寄稿集の制限字数である一万語に近づいておりこの辺でお仕舞いとする事にした。



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