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マナオスFCC do BRASIL社の総務・財経担当重役 佃 拓也さんにもお話を伺いました。
今回、マナオスのZFM(ZONA FRANCA de MANAUS=マナウス自由工業地域)の日系進出企業11社を訪問させて頂きましたが、マナオスにあるホンダ大国(ブラジルの2輪車の84%のシェアーを握り年間100万台を生産するホンダとそれを支える11社の日系二輪車部品工場)の一角を担う二輪車用クラッチを製造しているFCC社を訪問させて頂きましたが、アテンドして呉れた佃さんは、私と同い年の1940年7月2日生まれの日本からの移住者で1955年に14歳の時にご家族と共に大フォードが開発したゴム園のフォードランヂア(サンタレン市近郊のベルテーラ村)に55家族と共に入植された方であることが判明しお話を伺わせて貰いました。
写真は、FCC社訪問時に撮らせて頂いたものです。


佃 拓也 さん 1940年7月2日生まれ。大阪府播磨町出身。1955年のぶらじる丸(第一回処女航海)で家族と共に大フォードが開発を試みたゴム園開発事業の本拠地フォードランヂアに55家族と共に入植したが、合成ゴム、アマゾンから流出したゴムの種で開拓したマレーシアのゴム栽培が軌道にのりゴムの国際価格沫雌凾ナ会社は経営不振に陥り大フォードをしてもアマゾンの開発は難しいとの教訓を残して完全消滅してしまった。佃さんのご一家も1年未満(正確には8ヶ月)でフォードゴム園を退去せざるを得なくなり、その後全移住者が撤退、消滅した有名なサンタレン市近郊のベルテーラ植民地出身。植民地撤退に際しローライマ州のボアビスタ市に野菜作りをする目的でボアビスタ市近郊に転住しそこで10年間家族と共に野菜作りを営み、後に小さな商売を始め仲買商等を手伝いながら頑張り現在もボアビスタの町に母、姉妹4名、弟と6名が雑貨店等を営みながら住んでおられる。
佃さんご自身は、サンパウロに出て家電生産会社のEVADIN社に勤務しながら夜間の大学に通いENG。ELETRICO(電気技師)の資格を取得。誘われてマナウスのSANYOに17年勤務。現在息子さんもマナウスのPIONEER社(CDカーステレオ製造)に勤務している。佃さんは、定年退職でのんびりする積りが、縁ありFCC社にお世話になり今度は技術者としてではなく、総務、財務、経理担当の役員として勤務しているとのことで今回みずほ情報総研実施による日系企業の現状ヒアリングに対応して頂き、仕事の合間に貴重な話を聞かせて頂き『私たちの40年!!』HP寄稿集に収録させて貰うことになりました。
機会があればブラジル丸の処女航海移住者としてまた全滅したフォードランヂア入植者としてのお話を是非聞かせて貰いたいとの希望を持っておりますが、『現在税務監査、ISO9001(品質管理システム)/ISO14001(環境管理システム)監査等で取込み中ですので私たち移住者の生活状況を詳しく語る時間が有りませんがボアビスタに住む母、友達等に昔話を聞きながら後ほどまとめて見ますので詳しい状況は少々お待ちください。』とのお便りを頂いており楽しみ待つことにしております。




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