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アマゾン河中流、マナウス市で32年間旅行案内役を務めておられる超べテランガイドの高橋雄一さんのお話を伺いました。
1月21日-22日の週末にATS TUR(島 準社長)管理のアマゾン・リバーサイド・ホテルMAINANのジャングル・ロッジに出向く機会があり高橋さんにお世話になりました。何時もの癖が出てアマゾンの自然の偉大さを身に感じながらも生きた人間への泥臭い関心が強く関係者に色々聞かせて貰いました。その第一弾が高橋さんです。たまたま58歳の誕生日をアマゾンで迎えたけい子と同じ1948年生まれで着伯も同じ1962年、北と南に分かれて生きて来たとは云えまるで同船者、同級生のようなブラジルでの44年、何れも重なる時代を生きて来た者同士の気持ちが伝わり意気投合して楽しい週末を過ごす事ができました。
大宅壮一が【緑の地獄】として紹介したベラビスタ移住地の最後の入植者、現在もその移住地にお母さんと弟さん達が住んでおられるとの事。
写真は、アマゾン観光で色々聞かせて頂きながら撮らせて頂いた一枚です。


高橋 雄一 さん
1948年2月18日生まれ。1962年8月14歳の時にぶらじる丸で来伯。ベレンで下船小舟でマナウス経由ベラビスタ移住地に入植。大宅壮一が【緑の地獄】と評した悪名高いベラビスタ植民地の第6次、最後の集団移住者で14家族82名の一人としてご家族と共に入植した。農業経験者が50%の7家族、残りの7家族は、高橋さんのご家族も含め総て炭鉱離職者。出身県は福岡でお父上は炭鉱での重労働も影響し来伯後18年で亡くなられたとの事。植民地では海外協会連合会の指導もありピメンタ(黒胡椒)を植えたり自給作物としての米、マンジョカ等を植えたが巧く行かず農業の余り好きでなかった長男の高橋さんは家業を手伝わずに組合の仕事を手伝ったりしていたが23歳でマナウスに出て2年間は無職?友人の所で世話になり町の生活に馴染む。25歳から州の観光局に3年間勤務、その後フリーのガイドとして活躍し日本語が出来る事から陣内さんの旅行社ATS TUR社(アマゾントラヴェルサービス)に1980年から96年まで勤務する。その後ATS TURを退職するが契約社員ベースで現在も日本人観光客のガイドとして活躍、特に日本からの旅行者に重宝がられている。アマゾナス州マナウスには、多数の日本語でのガイドしている方がいるが超ベテランのガイド歴33年の高橋さんが一番古く有名との事で今回高橋さんに2日間ガイドをして頂いたのは幸運であった。
高橋さんの母上は、現在も【緑の地獄】ベラビスタ植民地に留まり息子さん達と営農に従事、高橋さんの弟さん家族と住んでおらるとのこと。ベラビスタ移住地もマナウス近郊の移住地で養鶏【鶏卵】を中心に堅実な移住地として育っているとの事でした。
高橋さんご自身は4人の息子さん達に恵まれ3人は現在日本に出稼ぎに行っており、山形県や長野県で働いておられ一人はエスピリトサント州で働いておられる。現在は2度目の奥さんとの間に12歳になる娘さんが生まれ、初めてのお嬢さんと幸せに好きなガイドを遣りながら過ごしておられるとの事でした。




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