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『実業のブラジル』誌掲載の南伯便り 【南の国境から見たブラジル】(その3)
ブラジルで発行されている唯一の日本語による月間経済誌「実業のブラジル」は、1959年に発刊され既に48年の歴史があり【ブラジルと日本の産業・経済を結び人生の幸福と豊かさを考える月刊誌】として一貫した編集方針の基に貴重な存在となっている。この「実業とブラジル」誌に238回も連載を続けている山下晃明さんに誘われて掲題の【南の国境から見たブラジル】として地元のニュースを毎月纏めて送るようになって早、一年が過ぎ今回の9月号で連載13に到達した。20年を越す山下さんには敵いませんが、月に一度1ページだけですがブラジル南部の動きを纏めて報告する機会が与えられており結構楽しみながら書き送っています。
(その3)として9月から2008年の3月までを纏めて収録して置きます。
写真は、実業のブラジル9月号の表紙です。

サンパウロの農大会館でバイオ燃料に就いて講話された麻生 悌三さんの講話概要
既にこの欄でも紹介しているサンパウロにお住まいの東京農業大学OBで長く日本商社においてブラジルの農産物を扱う商社マンを遣っておられた麻生 悌三さんが母校の後輩の短期実習研修生の受け入れ時にサンパウロの農大会館でバイオ燃料に付いて話をされた時の講話概要を送って呉れました。時宜を得た話題でもあり収録しておくことにしました。
『農大の研修生は1ヶ月の短期間ですがバイオ学科の学生でアルゼンチン実習7名、パラガイ2名、ブラジル2名の計11名に引率教官2名の合計13名でした。サンパウロから各地に実習に散って行きました。』とのことです。
写真は、私も始めて聞く名のバイオ植物Jatropha(日本名:ジャトロファ もしくは ヤトロファ)の緑のオリーブに似た実をgoogleから探し出したものです。

高野泰久さんを偲んで 岸和田 仁(在レシーフェ)
同船者の高野泰久さんは、高野書店の経営者としてブラジルコロニアでは有名人であった。産業開発青年隊員34名の一人であった。船内では全く行き来がなかったようで覚えていなかった。ある日、日本ブラジル交流協会の理事会の席で高野さんからあるぜんちな丸の同船者であるとのことで親しく話し掛けられ驚いたのを覚えている。その後同協会での会合だけでなしに『私たちの40年!!』HP開設の基盤となった40年目の同船者会を準備する段階で高野書店が事務局兼連絡先となり良く高野書店を訪問した。高野さんは書店経営に一つの指針を持っておられ店頭に並べれば売れそうな簡易読み物(いわゆるエロ本)等は1冊も置いていなかった。移民関係の書籍は随分揃えておられた。女房が書道を始める時には、10冊近い入門書、辞典、専門書等を購入させて頂いた。「こんなに持って行かれると関係書がなくなってしまうよ」と驚いていた人の良い高野さんの笑顔を思い出すとは恵子のコメントです。今回、ニチレイブラジル会社に駐在員として勤務されている岸和田 仁さんが書かれた掲題の追悼分が【(社)日本ブラジル中央協会発行 会員向け隔月刊誌『ブラジル特報』 2007年7月号掲載】目に留まったのでお借りして収録して置く次第です。
写真は、40年祭の準備に皆で集まった時に撮った記念写真で左端が高野さんです。

『ブラジル戦後移民』 45年の記録  旧ホームページの保存(14)
『私たちの40年!!』ホームページは、7月1日に60万回を達成しましたが、今回4ヶ月弱で70万回に到達しTOP PAGEの書き換えを実施するに当たり旧ホームページを従来どおり保存して置くことにしました。今回で14回目となりますが、過去をトレースしてみました。
平成14年3月17日  試験的公開(正式には5月11日公開)
平成14年9月16日  3000回アクセス (4ヶ月)
平成15年2月22日   12345回アクセス (9ヶ月)
平成15年5月11日   17000回アクセス (12ヶ月)1日平均47回
平成15年11月11日   31000回アクセス (18ヶ月)
平成16年2月25日   41000回アクセス  (21ヶ月)
平成16年5月11日   55000回アクセス  (24ヶ月)一日平均76回
平成16年10月18日  100000回アクセス  (29ヶ月)
平成17年4月8日   150000回アクセス  (35ヶ月)一日平均142回
平成17年9月3日   200000回アクセス  (40ヶ月)
平成18年3月7日   300000回アクセス  (46ヶ月)一日平均217回
平成18年9月19日  400000回アクセス  (52ヶ月) 
平成19年2月17日  500000回アクセス  (57ヶ月)
平成19年7月1日   600000回アクセス  (62ヶ月)一日平均322回
平成19年10月27日  700000回アクセス (66ヶ月) 一日平均353回
1年目は一日平均アクセス数が47回、2年目の終わりには76回、3年弱で142回、4年弱で217回、5年強で322回に増えてきました。これからも増え続けて行くのでしょうか?楽しみと共に責任感も感じます。  
写真は、5月27日にサンパウロの鹿児島県人会館をお借りして着伯45周年記念の集いを開いた時に撮った写真です。


【ブラジル見聞録】 内田 昌吾さんのBLOGより転載(その1)
1979末からブラジルのサンパウロにお仕事で6ヶ月程滞在され、その後2年前にも国連の温暖化防止関連のコンサルタントとしてブラジルを訪問された内田 昌吾さん(現在70歳)が最近開設されたBLOGに掲題の【ブラジル見聞録】として面白い話題を11回に分けて掲載しておられます。
『私たちの40年!!』のホームページのお問い合わせ(連絡欄)より連絡を頂きお近づきになりましたが、今回内田さんの了解の基に【ブラジル見聞録】を2回に分けて掲載させて頂くことになりました。国土が広大で多岐多様に渡るブラジルを少ない紙数で語るのは難しいですが、内田さんらしいブラジルに昭和初期に移住された農業移民の女性加奈子さんの生涯をベースにした長編伝記も書き上げておられます。全文15万語以上の大作ですが、何らかの形で皆さんにも紹介出来ればと願っていますが先ずはこの【ブラジル見聞録】から始めました。
写真は、(その4)に掲載の内田さんがサンパウロ滞在時の80年に独立の雄叫び像がるイピランガの帝政博物館の前で撮られた物をお借りしました。
尚、内田さんのBLOGのURLは、下記です。blogs.yahoo.co.jp/tctbx135/folder/1664991.html

【ブラジル見聞録】 内田 昌吾さんのBLOGより転載(その2)
内田 昌吾さんの【ブラジル見聞録】その2ですが、内田さんが書かれている話題では7番目の『古い日本』に取り上げている日本からの移住者、特に戦前の棄民政策へのコメント更に戦後の話題では8番目に取り上げておられる『駐在員の意識』が面白い。特に移住者としてやって来た私が石川島播磨(1年)、ポルトアレグレ総領事館(5年半)、丸紅ブラジル会社(21年)と長い間日本企業で共存して来たことから側で眺めて来ただけに内田さんのコメントには共感する点が多い。
内田さんからは、『小生の独りよがりのところもあるかも知れませんので、コメントなどいただければ修正いたします。』との申し出が来ていますが、内田さんの【ブラジル見聞録】であり修正等はまっつたく必要ないと思います。
写真は、内田さんのBLOGに掲載されていたサンパウロしの中心地ZERO指標のあるセー広場の鳥瞰図的な写真で航空写真なのか近くのビルの屋上からでも撮られたのか普通でない面白いアングルからのものです。サンパウロのZERO指標もはっきり見え地下が地下鉄のメイン乗り換え点になっている広い公園です。

躍進を続けるブラジルのブロイラー産業
お馴染みになりつつあるサンパウロでブロイラーの仲介業をブラジル三菱商事退職後遣っておられる東京農大OBの麻生 悌三さんが彼の専門部門であるブラジルのブロイラーに付いて纏めた掲題の文を送って呉れました。
長年手がけて来た専門分野の話しだけに分かりやすく纏めておられます。鳥インフルエンザがブラジルブロイラー業界には神風として好況をもたらしていますが、ブラジルにも鳥インフルエンザが侵入して来る可能性もなきにもあらず既にその対策を実施しているとのことで私の住むんでいるブラジル南部のパットス湖に飛来する渡り鳥がその感染源になる可能性もあるとのことで恐ろしい話です。
写真は、ブラジル大手のSADIA、PERDIGAOに次いで2番手グループの一つ唯一の外国資本の養鶏業として業界でも注目さえているフランスのDOUX(旧FRANGOSUL)の本社工場前の写真を撮って来ました。工場前の大きな看板にはポルトガル語、英語、フランス語以外に何とアラブ文字に『ようこそいらっしゃいました』と日本語でも書かれていました。


『私たちの40年!!』HP70万回アクセスへの過程 皆さんのお便りの収録。(前編)
今回の70万回アクセス達成キャンペンでは、『私たちの40年!!』ML(235名参加)だけでなく柿沼さんが主宰されているハッピーシニアライフネット(現在549名参加)にも檄を飛ばしキャンペンに参加して頂きました。管理人の柿沼さん始めNOBUさん(70万飛び1番をGET)、渡辺さん(70万回JUSTをGET)、masakoさん(更新で同じく70万回をGET)、亜郁さん、セーラさん、道屋さん等にもお便りを頂きました。またその他多くの方にも『私たちの40年!!』ホームページを知って頂く機会があり今後交流が始まればと期待しております。2008年のブラジル日本移民100周年の年に100万回アクセスと1000件の寄稿集達成を目指して70万回アクセスを一里塚として前進してきたいと思います。今回の写真は、神戸にお住みの道屋さんが10月19日にメリケン波止場にある『希望の船出』像をバックのホテルを上手く調和させた形で撮られた写真を送ってくだいましたのでそれをお借りしました。私たちあるぜんちな丸第12次航の681名が1962年3月30日に神戸を発った記念の場所に立つ『希望の船出』像で飾れた事を道屋さんに感謝します。

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