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ブラジルという名の由来 ホント??!!  河野賢二さんの新説
ブラジルの国の名前は、PAU BRASILという茜色の染料を取る木から命名されたというのはブラジルに住む者の常識?と言える事実ですが、どうしてこの木造船のマストになり赤い染料を取る木がブラジルの木と呼ばれたかその語源まで遡って研究し遠く海を隔てた天草の隠れバテレンが『ブラ汁』の語言と関係するというと頃まで辿り着き、自分にもちじれ毛のポルトガル人の血が混じっているのではないかとそのルーツを探る研究家は、ブラジリアに住みブラジルの国を動かす政治家、行政官を相手取っての日伯政治経済交流を促進するコンサルタントとして活躍されている河野賢二さんです。BATEPAPOのMLを通じて披露された新説をその交信を通じて紹介させて頂きます。
写真は、数年前、香港テクノセンターのブラジル版の導入可能性に付いて意見交換をするためにサンパウロの河野さんの事務所を訪ねた時に秘書の方に撮って貰ったツウショットです。

画像掲示板の書込み一部永久保存開始。(5)
画像掲示板の書込みだけでも書き残して置きたいと願いこの欄を設けましたが新しい書込み分だけ古いのが消えていく事から結構忙しい作業です。
今回の保存分では、矢張り吉田文彦さんの書かれたブラジル人の友達が秀逸で多くの日本の皆さんの驚きと云うかブラジルと日本の違い、日本で失われてしまった事、感情等がブラジルにまだ生きていると云う新鮮な印象を与えて呉れたようです。バーチャル座談会に日本側コメンテーターとして桐井 加米彦さんに参加して頂いたのもこの時期で暖かい書込みをして呉れております。
写真は、どれも残して置きたいものばかりですが、矢張りご自分の庭でランニングシャツに半パン姿でバナナの木の前で撮られたものを使用させて頂く事にしました。吉田さんには、日本からの尋ね人の氏名が明確で時代背景が判る方の消息は略100%見付け出して頂いており感謝しております。

『ブラジル移民』 戦後40年の記録 旧トップページの保存(6)。
5月11日で私たちあるぜんちな丸第12次航の681名がサントスに到着して42年を迎えます。一昨年(2002年)の5月12日サンパウロに置いて静岡県人会館大講堂で着伯40周年をお祝いして早2年が過ぎようとしております。着伯40年で初めて一同に会した仲間はその後も時に触れ、寄り合ったり、手紙、メール、電話等で連絡を取り合っています。その後亡くなられた方もあり名簿の整理等も必要になって来ておりますが、同船者の仲間の動向を集めるという初期の目的は思うように進んでおりません。
同船者仲間の定着の道程を書き残す目的で開設した『私たちの40年!!』HPは、その目的、目指す方向は、今も変わっていませんが、少し範囲を広げ移住者だけのサイトを脱却しブラジルと関係のある総ての人達によるブラジル総合サイトの性格と役割も担うHPに発展して来ております。この方向転換が正しいかどうかは別にして2年間で55千件のアクセスを誇るサイトに育って来ており大袈裟に云えば社会的な責任を要求される立場に立たされております。
3年目に突入、来年5月には、10万回アクセス達成も視野に入って来る『私たちの40年!!』HPの編集者としての責任を感じています。
今回TOP PEGEの書換えに当り旧TOPE PAGEをここに保存します。
写真は、サンパウロのイビラプエラ公園の日本庭園内にある記念碑です。

ハワイ丸コレラ事件 山田廸生『船にみる日本移民史』より。
1998年10月に上梓された山田廸生さんの『船にみる日本移民史』(中公新書1441)は、今では移民史の必読の古典?的な名著と見なされるに至っているが、この本を『私たちの40年!!』HP公開準備をしていた2年前に関 計比児さんに送って頂きました。
山田さんが書かれている第三章 移民船の旅客設備の中に【はわい丸コレラ事件】が詳細に語られていますが、この【はわい丸】に当時1歳で乗船しておられた坂本三郎さんにサンパウロ州奥地のパラナ州との州境に近いオウリンニョスの町でお会いしました。尋ね人の親戚の方で地元日本人会の会合にも御一緒させて頂いた懐かしい方です。寄稿集137番目に『コレラ発生のはわい丸で1歳のとき着伯された坂本三郎さん。』として紹介しております。
1927年大分県生れの坂本三郎さんのブラジルでの風雪の年月を刻み込んだお顔が印象に残っており、【はわい丸事件】の詳細とともに残して置きたいと思いこの山田さんの文章を大阪の妹に頼みタイプアップして貰いました。

第10回バーチャル座談会 【ポルトアレグレ総領事館存続に付いて】後編
第10回バーチャル座談会の後編は、前編に対するコメント、サンパウロ新聞に連載された『菊の御紋を消さないで。。。』の現地取材に基く記事を参考に具体的な発言を期待していたのですが、矢張り直接当事者である地元民でない場合、意見を述べ難い話題のようで低調でした。後編は中止しようかとも思ったのですが、真っ向から取り組んでコメント頂いた方への礼儀とこのキャンペンは、結果がどうであれ最後までそのプロセス、経過、課程をフォロウする事が大切であり我々が出来る唯一の方法であるとの認識から後編を纏めて置く事にしました。ご意見頂いた皆さんに深く感謝します。
これでキャンペンが終了したのでなくその一里塚として一章を残して置くに過ぎない事は明白です。
写真は、5月1日に行われた南日伯援護協会主催の秋の運動会に参加され瓶釣り競争で奮戦中の長島総領事です。

第10回バーチャル座談会 【ポルトアレグレ総領事館存続に付いて】後編
第10回バーチャル座談会の後編は、前編に対するコメント、サンパウロ新聞に連載された『菊の御紋を消さないで。。。』の現地取材に基く記事を参考に具体的な発言を期待していたのですが、矢張り直接当事者である地元民でない場合、意見を述べ難い話題のようで低調でした。後編は中止しようかとも思ったのですが、真っ向から取り組んでコメント頂いた方への礼儀とこのキャンペンは、結果がどうであれ最後までそのプロセス、経過、課程をフォロウする事が大切であり我々が出来る唯一の方法であるとの認識から後編を纏めて置く事にしました。ご意見頂いた皆さんに深く感謝します。
これでキャンペンが終了したのでなくその一里塚として一章を残して置くに過ぎない事は明白です。
写真は、5月1日に行われた南日伯援護協会主催の秋の運動会会場に気持良さそうに泳ぐ鯉のぼりです。我々地元民に取ってはこの鯉のぼりに象徴されるポルトアレグレ総領事館は、絶対閉鎖して貰いたくないと願っています。届け我らが願いと鯉のぼりに祈りを送りました。

池田 維大使離任前の記者会見 ポルトアレグレ総領事館についても語る。日本語二紙より転載。
2年間のブラジリア在任を終えて帰国される池田 維大使がサンパウロを訪問しコロニアの各団体合同懇意懇親会に出席された。それに先立ちサンパウロ総領領事館で行われた合同記者会見の席上、我らが記者、後藤英樹記者がポルトアレグレ総領事館存続問題に付いても意見を求めたところ『ポルトアレグレ総領事館の重要性は認識しながらも、政府予算や行政的に見て、必要性の高い地域と低い地域が出てきており、在外公館の統廃合は時代の流れ、現段階では同総領事館は、検討段階にあるとし、後任の堀村隆彦大使、坂場三男中米局長に、同件に対して、詳細を引き継ぎ、地元在留邦人の思いを伝えることを約束してくれた。』との事、約束は果たして頂きたいと願っています。
写真は、昨年12月1日に行われた在伯官民合同会議の前夜、大使公邸における歓迎夕食会の席上で撮らせて頂いたものです。距離が離れていたのと照明不足で失礼ですが、ご挨拶される池田大使と左側は、田中 信ブラジル日本商工会議所会頭です。

県人会主導で農業研修=鹿児島=青年交流に新基軸 ニッケイ新聞より転載
私たちの同船者鹿児島県鹿屋市出身の園田昭憲さんは、『母県とブラジルに貢献したい』との気持でブラジル鹿児島県人会、鹿児島県、鹿屋市を通じて向こう5年間に渡り毎年2名ずつ研修生を受け入れる若者の交流事業を打ち出しその第一回生2名が着伯、既にブラジルでの生活を始めている。アチバイアの姫マッタケ堆肥工場での元気そうな姿の写真を送って頂きましたが左側が飯尾大介さん右が下原耕平さんです。
寄稿集179番目でも紹介している通り、1968年12月13日に21歳で日本の郷里鹿屋市に戻り大学に行きたいので何とかして欲しいと市長に直談判し当時の市長を困らせた思い出がある園田さんは、その時に励ましの言葉と共に餞別を包んでくれた市長へのお返しの気持がこの制度の根底にあるのではないかと思います。あの時の自分とダブらせての若者に掛ける思い入れは筋金入りと云えよう。

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