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『私達の40年!!』編集委員会4月8日会合議事録
4月8日(月)午後20:00よりサンパウロ市ホテルバロンル内の中華料理店「友誼」に置いて『私達の40年!!』編集委員会兼5月12日の40年祭開催に付いて案内状郵送に当たっての同船者現住所の確認、40年祭の式典の式次第、出し物、陳列物等の検討と各人の割り当て作業等に付き話し合いました。生憎、どうしても外せない先約、家族の病気等が重なり園田 昭憲、北田 隆夫、横井 和子、龍川 いく子委員が出席出来ませんでしたが、高野 泰久、小山 徳、杉島 英機、吉田 栄一、小原 美香、和田 好司の6名が集まり、最後の皆で集まる会合を持ちました。写真は、船内新聞の一部拡大パネル、当時の編集委員の写真を持った記念写真です。

戦後移住を後世の記録に あるぜんちな丸船内新聞号外を計画【サンパウロ新聞より転載】
昨年11月1日(木)付けのサンパウロ新聞社会欄に掲載された上記見出しの記事を転載しておきます。
同じサンパウロ新聞の10月27日付け大耳小耳欄に「一般的に移民船について書かれた本は、船のサイズとか寄港の順序など、あまりにも表面的な記録ばかり。ある日系人のグループがこれから作ろうとする移民船内での記録は、少しでも乗船者個人の日常を記したいと考えている。」と『私たちの40年!!』企画が紹介されている。写真は同日のサンパウロ新聞記事の写しです。

感謝の辞 【1962年5月6日(日)付け船内ニュースさくら第三十号より転載】
昨日四番船室で閉校式後世話人会一同よりあるぜんちな丸船長仁平仁作氏始め乗組員に対して心から感謝を述べさせて頂きますと代表者吉田昌治さんから次のような感謝の言葉が送られました。全文をここに紹介し、新ためて私達一同の心からの謝意を船長さん始め乗組員一同に送りたいと思います。

渡航の思い出を記録 あるぜんちな丸第十二次航同船者会 渡航四十周年に初めて開催 【サンパウロ新聞・ニツケイ新聞より掲載】
4月11日(木)のサンパウロ新聞に「あるぜんちな丸同航会 渡航四十周年に初めて開催」との見出しの記事及び翌4月12日(金)にはニッケイ新聞に「渡航の思い出を記録 あるぜんちな丸第12次同船者会」の見出しで『私たちの40年!!』の紹介と、四十周年通知記事を掲載して呉れております。これまでに消息、現住所をつかめていない同船者の一人でも多くの人が見て呉れると有難いと心から願っております。HPよりもやはり新聞による記事がより多くの見なさんの目に届くことを期待しております。関係記事をここに転載しておきます。写真は各新聞に掲載して頂いた記事を案内書に付けて同船者に配布したものです。

皆様のご支援に感謝して 【月刊「聖母の騎士」2001年6月号より転載】
学生時代の1962年暮れにトメアスー移住地を訪問した際、同じ1962年に上智大学を終えられて奥様とアマゾン開拓の大望を抱きピメンたー栽培に従事40年近くトメアスー移住地に根を据えて現在も熱帯農業と環境問題と取り組んでおられる大先輩に今年の初めに再会することが出来ました。是非何か『私達の40年!!』に原稿をとお願いしておりましたが、実現しないままになっていたところ、インターネットでトメアスーを検索したところ奇しくも新井さんの「皆さまのご支援に感謝して」という一文が2001年6月号の月刊「聖母の騎士」に掲載されているのを見つけました。新井さんのご同意を得てこれをご夫妻の写真と共に転載させて頂きます。新井さんは、上智大学時代からの敬虔なカトリック信者でトメアスー文化協会の会長も勤められた方です。現在は俳句も嗜んでおられ「断ち切れぬ二つの祖国 移民の日」 伯石 の一句を頂きました。

あるぜんちな丸乗組員広野信行次席事務員の寄稿文 (1)
 あるぜんちな丸第12次航には、乗組員が100名以上乗っておられましたがその半数以上の57名を擁する事務部(司厨手、調理手等も含む大所帯)の次席事務員として午前7時から午後8時頃迄毎日船の案内所に詰めて私達の面倒を見て下さった当時24歳の新米?次席事務員の広野信行さん(現在兵庫県三田市在住)より当時の日誌等を参考した克明なあるぜんちな丸第12次航の毎日を綴ってくれております。読み進むとタイムスリップして40年前の船旅を再現しているような錯覚と懐かしさを感じます。あるぜんちな丸の船内放送から始まり、横浜、神戸出港からサントス到着までの日々の生活、時差の調整、各港への寄港、特にパナマ運河の8時間の運航、ドミニカ移民に思いを馳せる暖かい気持ち『私達の40年!!』もこのような多くの乗組員の皆さんにお世話を戴きながら始まったのだと今更の感謝の念を強くします。大変お世話になりました。広野さんから送って戴い写真の中から神戸出港時の見送り人のUPの写真があるので掲載しておきます。見送り人の中にご家族、知人の顔が有るのではないでしょうか?

あるぜんちな丸乗組員広野信行次席事務員の寄稿文 (2)
あるぜんちな丸第12次航次席事務官広野信行さんの寄稿文の後編です。寄稿文にある船内の行事に付いて船内新聞の4月12日号にも「今夜待望の演芸会を開催!賞品は誰の手に?」等の記載が見られ4月21日号には特集で「船内運動会開かれる」同じ2ページ目には第五回映画会の案内「今晩の出し物は、三船敏郎主演の“七人の侍”を上演いたします。皆さんふるってご鑑賞下さい」とあります。「明夕、後部甲板において盆踊りの会を催します」とのお知らせも見られ船内での行事が盛り沢山あった事が伺えます。写真は、広野さんから送って戴いた船内盆踊りの様子を伝える一枚です。



あるぜんちな丸第12次航乗船者名簿第一部(海外移住事業団作成)
戦後海外移住者名簿(海外移住事業団作成)を外務省領事移住部政策課移住班より提供戴いたものを原本としてタイプアップしていますが、これは当時の海外協会連合会を通じて海外渡航費の貸付を受けた正規の移住者のみが記帳されており我々の同船者であっても自費渡航による一般先客、2等先客、1等先客等は含まれておりません。その点船内ニュース班が作成した手書きの名簿の方がより実勢に近いものかもしれません。字数制限のため一度に転載出来ないのでブラジル移住者を一部、二部に分けて掲載し残りのボリビア、アルゼンチン、パラグアイを三部として掲載します。現在までに確実に判明している物故者の名簿も特別編として掲載して置きます。掲載漏れにお気づきの方は是非ご一報下さい。写真は、船内ニュース班で作成した乗客者名簿の表紙です。

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