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グアタパラ移住地入植40年祭に参加しておられた同船者井出さん御一家の写真です。
井出勝一さん長野県出身1920年2月29日生まれを家長としてグアタパラ移住地に入植されその後各地で苦労されたとの事ですが7月6日のグアタパラ移住地40年祭にお孫さんに付き添われてご家族皆さんで久しぶりの里帰りをしておられました。長男の井出大さん1948年11月30日生まれ、3女の井出敏子さん1953年2月23日生まれの同船者とその配偶者、お孫さん等賑やかな雰囲気で楽しくお話させて頂きました。長女の妙子さん1950年2月16日生まれは現在日本にお住まいとの事ですがなんと10人近いお子さんを育てておられるとの事で近々ケースワークとして井出さんご一家の家族構成等詳細を知らせて頂く事になっております。




記念植樹を終えられた佐藤揚明さんと奥様の千鶴子さん
グアタパラ移住地入植40年祭(収穫祭)、モンブッカ湖畔公園造成記念植樹祭で記念植樹を終えられた産業開発青年隊の佐藤揚明さんと奥様の千鶴子さんご夫妻の写真がグアタパラ植民地のホームページに掲載されておりましたのでそのまま転載させて頂きました。



グァタパラ移住地入植40年祭、モンブッカ湖畔公園造成記念植樹祭でイッペブランコ23を植え終わった和田 けい子さん。
グァタパラ移住地入植40年祭に参加の為に7月5日(金)に夕刻まで大学の授業を担当、7時15分の飛行機でサンパウロに出て翌朝6時のバスに乗り込み私と一緒に6日、7日のバスの旅に同行して呉れました。記念植樹祭で植えた白いイッペの花が咲く頃に是非また一緒にグァタパラ移住地を訪ねて見ようと約束しましたが実現するでしょうか。実現できなかった場合は、娘たちにお母さんが植えた白いイッペの木がどれか分かる様にHPに残して置く事にしました。植樹したイッペブランコ23がすくすく育って呉れる事を祈りたい気持で一杯です。日本移民の発祥の地グァタパラ、そえを引き継いだ戦後のグァタパラ移住地の今後の発展を願うのはブラジル日系コロニア全体の願いでもあり40年祭の行事に参加できた事に感謝しております。




産業開発青年隊の田布尾隆雄さん鹿児島県出身1933年3月30日うまれのご遺族の元気な写真。
グァタパラ移住地入植40年祭に参加の為に産業開発青年隊の皆さんとご一緒させて頂いた時にリベロンプレットの町外れの閑静なお墓に奥さんと共に静かに眠っておられる田布尾隆雄さんご夫妻の墓参をさせて頂きましたがグァタパラのモンブッカ湖畔公園造成記念植樹祭に参加しておられた田布尾さんの遺児の元気な姿に接する事が出来非常に嬉しく思いました。長女の小百合さんがパラナ州に嫁いでおり参加出来なかったとの事ですが可愛いお孫さんを抱いた小百合さんの写真も見せて頂き安心しました。写真は、左から長男、3女、次女とその婚約者の4人です。早く亡くなられた奥様、田布尾さんの分までブラジルの土地に立派な花を咲かせて下さい。



40年の集いで撮った産業開発青年隊の皆さんの写真。D
早川量道さん北海道出身1943年3月6日生まれ。サンパウロ市で旅行社をやっておられるとの事ですので次回サンパウロ出張時にお訪ねしてお話を伺って見る積りです。従い早川さんの詳細は暫らくお待ち下さい。



40年の集いで撮った産業開発青年隊の皆さんの写真。C
山木源吉さん山形県出身1943年1月3日生まれ。昔はトカンチンスのインヂオ部落に住んでおられたとかお聞きしており是非詳しい話を聞かせて頂きたい同船者のお一人です。



40年の集いで撮った産業開発青年隊の皆さんの写真。B
佐藤楊明さん秋田県出身1940年9月11日うまれ。ミナス州のセラード開発前線のパラカツより95キロ離れた場所に大農場を所有、農場経営に勤しんでおられるとの事で出来れば10月の大学の変則休暇(先生方の長期ストの後遺症)に時期に是非訪ねて見たいと楽しみにしております。佐藤さんは船内学校での先生をして頂いていたとの事でその生徒のひとりパラグアイに移住された園田八郎さんとの再会を奥様と共に楽しまれておられました。



40年の集いで撮った産業開発青年隊の皆さんの写真。A
吉田欣司さん愛知県出身1931年4月26日生まれ。日本におられる時から造園関係のお仕事をしてこられ青年隊としてブラジルに移住してこられてからも40年間、同じお仕事で造園関係のお仕事一筋のこの道の権威にまで辿り着かれた庭師の職人肌の名人芸を発揮されておられますが、サンパウロ銀行(BANESPA)、連邦貯蓄銀行(CAIXA
ECONIMICA FEDERAL)等のブラジルの公機関の新築ビルの造園等のお仕事が多く歴史に残る日本庭園等を手掛ける機会がなかった事が惜しまれると話しておられ、これから日本のブラジル移民100周年の記念事業等での日本庭園の造園計画等があれば是非腕を振るって頂きたい方です。



40年の集いで撮った産業開発青年隊の皆さんの写真。@
産業開発青年隊8期生(同船者)の皆さんが『私たちの40年!!』の5月の集いに大挙?して参加して呉れました。既に何人かの方の紹介は掲載させて頂いておりますが、当日撮らせて頂いた写真等を紹介、掲載させて頂きます。それぞれの皆さんよりのお便り、寄稿文等も掲載していく積りですしできれば直接お話を伺って充実させて頂く積りですが、先ずは写真を掲載させて頂く事にします。先ず最初に登場頂くのは志方 進さん(左)東京都出身1937年9月27日生まれと佐藤賢志さん(右)新潟県出身、1937年10月29日生まれの仲の良いお二人です。



ミナス州よりご家族で40年の集いに参加されたコチア青年の青柳さんのご家族の写真。
ミナス州のサンゴタルド移住地で農場を経営しておられるコチア青年の一人青柳さんのご一家が四十年の集いに参加して呉れました。ご家族全員5名の参加を計画しておられたとの事ですがお一人は如何しても都合が付かず4人の参加となりました。コチア青年13名の内、帰国されたり亡くなられたりされた方もおり消息が充分掴めておりませんがこれから動向を調べて行きたいと思っており青柳さんにもご協力頂くことになっておりますす。



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