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移住輸送監督官の伊藤敏夫さんと助監督の長沢亮太さんの横顔【船内ニュースより転載】
1962年4月18日水曜日の第12号船内ニュース さくら に移住輸送監督官の伊藤敏夫さんの「横顔」として次の記事が掲載されております。又1962年4月22日日曜日の第16号船内ニュース さくらに助監督の長沢亮太産業開発青年隊隊長が紹介されております。残念ながら上園義房助監督他の皆さんを紹介している新聞が欠落しており一緒に紹介出来ないのが悔しいですが何所かに残っていないものでしょうか?新聞には誰が書いたのか伊藤監督官の似顔絵も出ておりますので一緒に転載しておきます。


横顔 伊藤敏夫移住輸送監督官
今日御登場願ったのは船中では皆様と最も関係の深い監督官の伊藤敏夫氏。こう申上げればいつもニコニコと笑っている大きなロイドメガネの顔を思い出される事でしょう。この移住の仕事に携わったのは昨年の十月神戸移住斡旋所次長に就任されてからだから期間は短いが氏の農漁業との関係は深く戦後若くして村長を始めとして農業、漁業、木炭組合長等を歴任。その間には身から木を切り炭を焼き鍬を握ったというから正に実践の人であると言えよう。現在お年は46才、生まれは島根県、景勝地として名高い出雲大社のすぐ近く、二枝夫人との間に二女のある良きパパさん。酒は飲めば底がないからあまりやらない。タバコは全然だめ。趣味は室外で行う競技。学歴は東京外語大学を中退。最後に皆様への希望として和気藹々と船中生活を楽しんで頂きたいとの事です。

横顔 長沢亮太助監督 産業開発青年隊隊長
今日の登場は、長沢亮太助監督。最初その堂々たる体躯、野心に満ちた精力的なツラ構えを一見するとかの有名なギャング、アルカポネを連想させる。生まれは福岡県玄界灘箱崎の近くでその昔、元寇が押し寄せたという由緒のある所である。丁度赤道祭の日に39回目の誕生日を迎えるという。氏は大学在学中学徒動員で出征。陸軍少尉として戦車部隊に入り桂林作戦に参加。共に参加した同期生15名中唯一人の生残りだというから正に幸運児と言えよう。戦後厚生省人口問題研究所に入り4年間の研究生活を送った。これが氏を移住関係の仕事に踏込せたきっかけである。移住事情の視察の為、渡伯した際優秀な能力を持っていながらドイツ、イタリアに遅れを取っている日本人には協力一致の精神に欠けているとの感を深くし友愛と団結を精神的支柱とした産業開発青年隊の構想を持った。しかしこれを発表した所、不穏な思想の持ち主であるとして米軍に拘引され20日間のブタ箱生活を送ったという経歴の持ち主である。この構想が建設省に採用されて後は寝食を忘れて隊員諸君と取り組み新興宗教の教祖のごとく隊員から尊敬され慕われている。又氏の聖書の文句を引用した格調高い示唆に富んだ講義は隊員諸君の中で大モテだと言う。現在建設省海外協力課課長補佐、総理大臣官房審議室連絡庁官を勤め傍ら女子短大の講師まで勤めるというエンルギッシュな働き振りは正に産業開発青年隊長たるにふさわしいと言えよう。愛妻幸子夫人との間に子宝が恵まれないせいか隊員に我子のごとき愛情を注いでいる。東京大学社会学科卒。趣味は読書、野外スポーツ、特に登山はもっとも得意とする所でアンデス山脈のチャカルタイヤ、イリマニー山を人夫と二人で縦断征服したという岳歴がありアンデス山岳会会長。酒は最近やらないが飲めば斗酒尚辞さずと言う。タバコは駄目。これで南米へは三度目の渡航。
 
(平成14年5月1日タイプアップ/和田 好司)




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