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熊本県人会訪日団、母県と交流(上)、(中)、(下) サンパウロ新聞WEB版より
ブラジル熊本県文化交流協会は、熊本賢人ブラジル移民百周年及び賢人会創立50周年を記念して76名からなる『熊本県ブラジル交流親善使節団』を母県に送ったとの記事をお馴染みのサンパウロ新聞福岡支局長の吉永拓哉記者が3回に分けて報道しておられます。日本におけるこの種行事の取材には必ず取材記事を送って呉れておりブラジルを良く知る数少ない貴重な記者としての吉永さんの存在は大きい。
笠戸丸移民の中に熊本県人が78名いたとのことで移民監督官として乗船していた上塚周平氏は、上塚植民地を拓き『移民の父』として敬われており郷里の熊本に銅像が建立された。
写真は、サンパウロ新聞連載2日目の上塚周平像の除幕式のものをお借りしました。


熊本県人会訪日団、母県と交流(上)
『移民の父』と懐かしい対面も 「たまがった」母国の変遷 日伯親善願って記念植樹も

 【熊本発・吉永拓哉福岡支局長】ブラジル熊本県文化交流協会(福田康雄会長)は、〇八年の熊本県人ブラジル移民百周年および県人会創立五十周年を記念して『熊本県ブラジル交流親善使節団(団長・同)』を母県へと送った。今月十日から十三日までの三日間にわたり訪問団一行七十六人は「移民の父」と称えられる故・上塚周平の銅像除幕式、熊本城築城四百年祭、大学文化フォーラムなどに出席し、どの会場でも県民からの大歓迎を受けた。同県では訪問団の話題が各メディアで取り上げたことを機にブラジル日本移民百周年の祝福ムードが高まっている。

 訪問団一行は十日夜に熊本入りし、翌十一日には世界最大のカルデラ火山として有名な阿蘇山へピクニックに出掛けた。 その間、福田会長や訪問団最高齢の林寿雄さん(九十六歳)ら代表者七人は潮谷義子県知事や幸山政史熊本市長らを表敬訪問した。福田会長は「百周年を節目に農業分野などで日伯の若者同士の交流を深めたい」と知事らに話した。

 同日夜は熊本日伯協会らで組織する県人ブラジル移民百周年記念事業実行委員会による歓迎会が熊本市内のホテルで開かれ、訪問団と県側との親睦を深め合った。

 十二日は熊本市から程近い城南町にある上塚周平の墓を参拝。プロミッソンの安永忠邦さんが持参したイペーの苗木を植樹した後、訪問団一行は同町の「火の国総合文化センター」庭園で行われた上塚銅像除幕式に出席した(詳細は連載・中にて)。

 式典後、町役場付近の雲晴寺にて昼食会を行った。主催したイッペイの会(米原尋子会長)は「一つに一時間以上かけて作った」という真心こもった千代紙人形を訪問団各自にプレゼントした。

 その後、午後からは地元の酒造蔵『美少年』を見学。一七五二年創業の伝統ある銘酒にノドを鳴らした。八代目緒方直明社長は「一番遠くから来たお客さんだがとても親しみやすい」と喜び、訪問団一人ひとりと握手を交わした。

 つぎに城南町歴史民俗資料館を訪ねた。ここでは上塚銅像の建立を記念して資料展『移民の父・上塚周平の軌跡』が催されていた。展示室には上塚氏の写真パネルや初期移民が使っていた重箱、おひつ、みのなどの生活用品が並べられており、高齢者らは懐かしそうな顔でこれらの展示物を眺めていた。

 この日は夕方から熊本城内で行われた築城四百年祭オープニング・イベントにも出席。多くの県民が集まるなか、アナウンスで訪問団の紹介があり、ブラジル日本移民百周年が宣伝された。

 イベントではソプラノ歌手・福嶋由記さんが童謡『ふるさと』を歌い、訪問団にとっては心温まる母県の夜となった。

 翌十三日、訪問団は熊本市内のホテルで解散。この後、移民フォーラムに参加する人や、他県へ行く人などに分かれた。 幼少の頃を熊本で過ごしたという白澤正敏さん(七十五歳、二世)は夫婦で訪問団に参加した。 「NHKで見る日本と、この目で見た日本はずいぶんと違ってた。道はきちんと舗装されているし車も新しい。よいビアージェンだった」

 六十六年ぶりに熊本を訪れた今村美知子さん(七十八歳、二世)「大津町の家並みが新しくなっていたので驚いた。これから枕崎にある親類の墓参りを済ませて北海道まで旅をします」とウキウキしていた。(つづく)
 (写真=訪問団一行(上塚周平銅像の前で))
 2007年10月17日付

熊本県人会訪日団、母県で交流(中)
《上塚周平氏故郷に帰る 生誕の地・城南町で銅像除幕式》

 「上塚先生、故郷におかえりなさい」――。

 第一回ブラジル移民の監督として渡伯後、聖州プロミッソンに上塚植民地を開設するなどコロニアの礎を築いた“ブラジル移民の父”上塚周平の銅像除幕式が十二日、同氏生誕の地・熊本県下益城郡城南町の「火の君総合文化センター」庭園で行われた。

 これには潮谷義子熊本県知事はじめ村上寅美県議会議長、阿曾田清宇城市長、八幡紀雄城南町長、小堀富夫熊本日伯協会会長、府内和己県海外移住家族会会長、上塚昭逸上塚家代表ら約二百人が出席。また、ブラジルから祝福に駆けつけた福田康雄熊本県文化交流協会会長ら七十六人の訪問団も加わった。

 上塚銅像の建立はブラジル日本移民百周年を記念して二年程まえから銅像建立期成会(一村信義会長)が準備してきたもの。

 除幕式当日は雲ひとつない秋晴れの空が広がり、午前十一時から榊田正治小木阿蘇神社宮司によって神事が執り行われた。

 潮谷知事、福田県人会会長、上村銅像期成会会長ら十二人が銅像に被せられていた白いベールを除幕すると、シンボルの丸渕眼鏡に口髭を蓄えた上塚周平が姿を現した。地元のこばと保育園園児らによる和太鼓が打ち鳴らされ、大きな拍手が沸き起こった。

 その後、玉串が奉げられるなどして神事は終了。つづいて直会へと移った。

 はじめに佐藤寛和さんによる祝吟「ブラジルに出発するの詩」(上塚周平作)が披露され、出席者らはしみじみとした想いで故・上塚氏を偲んだ。

 式辞では一村会長がブラジルからの訪問団に感謝の意を表したあと、「上塚先生の功績が末永く顕彰されることを心から念願する」と述べた。

 歓迎あいさつで八幡城南町長は「上塚先生はわが町の名誉町民第一号。銅像建立を機に無限の向上と繁栄を願う」と祈願した。

 潮谷知事は来賓あいさつで「上塚先生は城南町の宝、ブラジル日本移民の宝。先生の偉業を称え、今日この日から隣人のために何をするべきかを考えていかなければならない」と話した。

 福田県人会長は訪問団を代表して「かつて笠戸丸に乗った第一回移民の中には七十八人の熊本県民がいたが、百年後の我われ訪問団は七十六人と非常に数も似ている。これも何かのご縁だと思う。現在、ブラジルには子孫を合わせて約十四万人の熊本県人がいる。私たちは上塚先生の志を受け継いで頑張っています」と出席者らに報告した。 祝辞のあとは阿曾田宇城市長が「サンパウロまで声が届くように」と勢いよく乾杯の音頭をとった。

 親族代表の上塚昭逸さんは「(周平像が)豊かな日本に安心してか少し太ったように見える」とスピーチして会場を沸かせ、出席者らに深々と謝辞を述べた。

 訪問団の一員として訪日した安永忠邦さん(八十六歳、二世)はプロミッソンで生まれ、幼少の頃は上塚氏のことを『事務所のおじさん』と呼び親しんでいたという。「上塚先生は私らの実父のような存在だった。今日は本当に感激した」と話していた。(つづく、吉永拓哉福岡支局長)
 (写真=潮谷知事も出席した除幕式)
 2007年10月18日付

熊本県人会訪日団、母県で交流(下)
日本の食料危機救うのは伯国 緊密な交流通じて相互理解を

 熊本県ブラジル交流親善使節団は十三日朝、宿泊先の熊本交通センターホテルで解散した。その日の午後一時半から熊本学園大学高橋守雄記念ホールで熊本県人ブラジル移民百周年を記念した『大学文化フォーラム』(熊本日伯協会主催)が開かれた。

 このイベントはブラジルから訪問団が来ていることを機にブラジル移住者の思いや体験談、両国の相互交流について話し合ったもので、一般のお年寄りから学生まで約三百五十人が集まった。

 ゲストとしてブラジル側から福田康雄熊本文化交流協会会長、柳森優同名誉会長、小山田詳雄同副会長、日下野良武同創立五十周年実行委員長。熊本側は矢野誠一元北陵高校校長、鴨田重利元ボビエル協和電設社長の計六人が出席。その他、特別ゲストとして元プロレスラーのアントニオ猪木氏が顔を見せた。

 フォーラムではまず猪木氏が基調講演を行った。同氏は十四歳のときに一家でブラジルへ渡り、少年時代はコーヒー農園やセアザで働いた。その後、力道山のスカウトで日本へと帰国してプロレスラーの道を歩んだ。

 猪木氏は『移民』という言葉に馴染みのない現代の若者たちと向き合いながら、「手を血だらけにしてコーヒーの実を絞り採っていた」と自身がブラジルで体験した苦労話などを聞かせた。

 「これからの日本が食糧問題に直面したとき、真っ先に手を差し伸べてくれるのは私の先輩であるブラジル日本移民の方々だと思う。そのためにはブラジル日系社会と親交を深めていくことが必要だ」と締め括った。

 つぎに日下野氏は『熊本とブラジルの関係〜移民百年を迎えてこれからどう関係を強化すべきか』について講演した。

 同氏はブラジルの魅力に触れ、そこに根を張る熊本県人たちが今もなお熊本弁で語り合っている『同郷の心』について話した。

 また、講演の最後には「ブラジルでは教育界、法曹界の分野で多くの日系人が活躍しているが、日本ではまったくニュースに取り上げられない。逆にブラジルの治安の悪さばかりが報道されている。このような誤解や偏見を持たずに日伯の若者同士の交流を深めあってほしい」と思いを述べた。

 つづいてゲストらによるフリートークでは福田会長が、「九州八県で日伯の農業交流制度がないのは熊本だけで、これは非常に残念なこと。県と県人会をつなぐ若い農業青年がブラジルを視察できないものか」と提案した。

 それについて日下野氏は「熊本文化交流協会を窓口として熊本から来る若者の受け皿となるようにしていく。日系二世、三世も巻き込んでいきたい」と意気込みをみせた。

 猪木氏は「ブラジル人はピーナッツ売りのようにたくましく生きる強さを持っている。ぜひ日伯の若者同士の交流を実現させてほしい」と激励した。

    ◎

 フォーラム終了後、福田会長は「七十六人の訪問団を日本へ連れて来たのは熊本県人会創立以来はじめてのこと。熊本の『く』の字も知らなかった二世たちに熊本を知ってもらう良い機会になった」と嬉しそうだった。(おわり、吉永拓哉福岡支局長)
 (写真=大学文化フォーラムで挨拶をする福田会長)
 2007年10月19日付



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