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歳月を飛び越えて 40年目の集い あるぜんちな丸同船者【サンパウロ新聞5月15日記事より】
『私達の40年!!』同船者の集いは、5月12日(日)に静岡県人会館をお借りして述べ人数120名に上る同船者とその関係者を集め盛会の内に終える事が出来ました。多くの祝辞、応援のお言葉等を戴いており、当日の様子等も追々このHPでお知らせする積りでですが、5月15日付けのサンパウロ新聞に下記の記事が掲載されております。全文を転載させて頂きます。


あるぜんちな丸第十二次航海同船者の四十年目の集い
 「あるぜんちな丸」第十二次航海同船者の四十年目の集いが、十二日午前十時から静岡県人会館で行われ、遠くはパラグアイ、スイスのほか、国内各地域在住の同船者ら約百人が出席した。集いの開催は当時、船内新聞を発行していた編集委員の一人、和田好司氏たちの呼びかけにより、「四十年後の号外特別号」を発行しようと一年前から準備をしていたことがきっかけ。会場では懐かしい顔ぶれとの尽きない話が交わされ、今回の集いを機会に継続した交流と次世代への引継ぎが強調された。
 会場では、はじめに今回の集いのビデオレター制作のために北伯から南伯および日本の九州から北海道まで足を運んだという記録映像作家・岡村淳氏のビデオが上映。
 世話人の一人、高野泰久氏の司会により、先没者への黙祷、和田氏のあいさつが行われた。
 和田氏はあいさつの中で、四十年後の号外特別号の発行は、ホームページという形で実現したことを説明。「集まった資料、写真など共有の目的で公開しているホームページを、何年か後に私たちの子孫が自分たちのルーツとして引き継いでくれることを願う」と述べた。
 小松雹玄JICAサンパウロ事務所長の祝辞に引き続き、今回パラグアイから出席している園田八郎さん(五一、鹿児島県出身)があいさつ。船内学校でのかつての恩師に再会した園田さんは、「四十年という歳月を一気に飛び越え、人生の中でこういうこともあるのかと非常に嬉しく思います。この機会を利用してたくさんの方々とお付き合いしたい」と喜びの表情を見せた。
 当時、移民助監督だった上園義房氏の祝電、集い開催のために学術的考察、映像関係で協力した森幸一・人文研専門研究員、岡村氏の両人のあいさつに引き続き、同船者の藤間芳房さん一門による日本舞踊「黒田節」「おわら慕情」「松」がそれぞれ披露された。
 同船者で音楽家の山川健一・純子夫妻の指揮により、全員で「上を向いて歩こう」「ふるさと」を合唱。この日の「母の日」を祝して、最高齢の下原まつこさん(九三)と吉田カツエさん(八四)がケーキカットを行なった。
 引き続き、先月米寿を迎えたという龍川徹鎧さんの乾杯の音頭により、祝杯が傾けられた。
 会場ではそれぞれが当時の写真などを持ち寄り「見て、この頃はこんなに若かったのよ」との声も聞かれ、それぞれが時代の流れを感じていたようだ。
 現在はスイスに在住し二年に一度は永住権更新のためにブラジルに来るという佐藤賢志さん(六四、新潟県出身)は、南米産業開発青年隊の八期生。「今回の同船者会の話はこちらに来てから聞いたが、青年隊の連中とは兄弟以上の関係。いつも来れば顔を会わせている」と同期の森安夫さん(六一、山形県出身)たちとともに話に花を咲かせていた。
 また、和田氏と一緒に船内新聞を編集していた吉田洋子さん(六四、北海道出身)の妹で、現在ミナス州ベロ・オリゾンテに在住の青木雅子さん(五二)は「船の中ではいつも青年隊の人にくっついていました。子供ながらに楽しかったことを覚えています」と、この日の人々との再会を喜んでいた。





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