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飯島秀昭氏四国88か所 《歩いたお遍路1300キロ》 サンパウロ新聞WEB版より
飯島 秀明さんは、ブラジル盛和塾のメンバーでブラジル掃除の会会長、よさこいソーラン普及会前会長、ブラジル美容界最大のチェーン店SOHO(蒼鵬)の社長職を9月にご子息に譲り4国88箇所のお遍路にでる。総行程1300キロを34日で踏破したとの事。羨ましい健脚である。現在57歳、3年間を充電の時として60歳から又新たな挑戦を始めるとのことで「生きているのではなく生かされている」お遍路悟った人生哲学に稲盛イズムをバックに彼が何を始めるかが今後の楽しみでもある。まだまだブラジル日系社会でも目の外せない御仁の今後に期待したい。
写真は、サンパウロ新聞WEB版に出ていたお遍路姿の飯島さんです。何とさわやかな顔をしているではないですか。時間があれば歩いて見たいお遍路です。


飯島秀昭氏四国88か所
《歩いたお遍路1300キロ》

九月十五日、社長の座を子息に譲り相談役に就いた大手美容院チェーンSOHOの飯島秀昭氏(五七)がお遍路で四国八八か所札所全てを巡って結願、六日帰伯した。第一番札所霊山寺(徳島県鳴門市)から八十八番大窪寺(香川県さぬき市)までを三十四日間をかけて歩いた総距離は千三百二十二キロ。推定歩数は百八十四万九千六百七十五歩。

 八十八か札所巡りは、数年前から計画、札所を一度に全て参拝する「通し打ち」を成功させるため、三年前から朝夕一時間ずつ運動を課し、聖市中心街の高層ビル二十階にある本社事務所への通勤はエレベータを使わず二十階まで階段を歩いて昇り、休日にはマラソン・ゴルフ(七ラウンド、百二十六ホール)をこなして汗を流し、日本では富士山登山や百キロ歩け歩け大会に参加して脚を鍛えて準備した。

 お遍路の予備知識は薄かったが、一番寺で遍路の講習があり、途中で遍路用品も揃えた。菅笠、金剛杖、数珠、白衣姿で、リュックに納経帳、ろうそく・線香、雨着、衣類、懐中電燈、医薬品など重さ八キロの荷物を詰め、弘法大師が宿るといわれる金剛杖を手に一番札所を出発したのは十月二十日。

 万歩計を忘れ歩数を記録しだしたのは十一日目から。しかし、歩行距離から逆算でき十日目までの歩数は推定で算出した。遍路道は道標少なく、毎日のように道に迷った。「遍路ころがし」といわれる遍路泣かせの険しい難所も多く、特に十一〜十二番、十九〜二十〜二十一番は酷く、標高七百五十メートルの六十番、九百十メートルの六十六番は難所中の難所で、膝をにめ、最後まで歩けるかと不安を抱きながらの遍路だった。しかしその不安を解消して背中を押してくれたのが、遍路の道中で見知らぬ人から食べ物や飲物の施しを受けた「お接待」。あるとき、みすぼらしいお婆さんから五百円の施しを受けたが、逆にこちらが施したいと思うほどのお婆さんだった。お接待とは、「行けない私の分まで宜しくお参りしてください」という代参の意味らしい。

 宿泊はほとんどが民宿と宿坊で食事は精進料理に毛が生えた程度。ブラジルでの贅沢に馴れた胃袋は悲鳴を上げ、高知では、泊まったホテル内の焼肉屋に飛び込み滅茶苦茶に肉を食べ、胃をなだめたこともある。

 一日の歩行距離は平均三十九キロ。五十二キロ歩いた日もあった。普通、お遍路さんの歩行距離はもっと短いが、帰国便の都合による強行お遍路となった。

 「人間は一人では生きては行けない」「生きているのではなく生かされている」「金持ちも貧乏人も皆同じ」「勿体無いという考え方をするようになった」「ここからの人生は変ると思う」。

 お遍路前なら、金と名誉ある飯島さんの口から絶対に出てこない言葉が帰伯後ポンポンと飛び出す。これも、弘法大師との同行二人の旅の影響か。三年間は充電期間と言う飯島氏。六十歳からまた動くという。

 2007年12月25日

 (写真:お遍路姿の飯島氏)



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