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馬渡良一さん79歳、タクシ運転手歴30年のベテランに乗せて頂きました。
私がサンパウロに出た時は最近では日本食の食材購入も兼ねて東洋人街のニッケイパレスホテルに泊まる事が多いのですが、今回もニッケイパレスのオーナーの上野アントニオ元連邦下院議員にもホテルでお会いしましたしホテルの前でタクシーの運転手をしておられるその道30年のヴェテラン運転手馬渡良一さんに今回お世話になる機会があり30分弱の間でしたが色々お話を伺う機会がありました。以前同じポントで現在も働いて居られる伊田さんにもお話を伺いましたが、私が一番好きな取材と云うかお話を伺うのが好きなのはこうした現役で一筋に経済的な必要性より働く事を楽しみにして居られる元気な方の話を伺う事です。馬渡さん有難う御座いました。
写真はHOSPITALAR展示会場前で撮らせて頂いた一枚です。


今回のサンパウロ出張では、何時もの定宿、ニッケイパレスホテルに泊まりましたが、ニッケイパレスのオーナー元連邦下院議員の上野アントニオさん88歳とお会いしてそのお元気な姿に驚嘆を覚えましたが、ホテルの前にあるタクシーの乗り場(ポント)で医療器具展示会の会場まで乗せて頂いた運転手さんがタクシー歴30年のベテランの馬渡良一さん79歳でした。
馬渡さんの父上は、1929年(昭和4年)の日本からの移住者が一番多い時期に単身で1200名も詰め込んだ?サントス丸で移住(佐賀県出身)コーヒー園に配耕され同船者の長崎県出身の方と結婚され1931年にアラサツーバの街の近くの農場で良一さんが長男として生まれたそうです。家族力を合わせ色々な作物を手掛け戦前、戦後を通じて田舎で農業を遣っていたそうですが、1961年にご家族全員でサンパウロ市に出て来て日本人街の現在バンデランテ総合病院の地下にあった場所でBAR(バール=珈琲、ビール等を中心とした軽食店)を家族と共に18年間やっていたが病院側よりBARを駐車場にしたいので出て行って欲しいとの要請を受け廃業しタクシーの営業権を購入、病院の傍のポントで営業していたがニッケイパレスホテルが開業すると同時に以前この『私たちの40年!!』寄稿集でも紹介させて頂いている井田王人(IDA KIMIHITO)さん82歳に誘われ創立組合員として参加現在に至っているとの事で一番先輩の井田さんに次いで2番目の古参、年齢のベテランとして現役を続けて居られる。御子息は、3人居られ何れもサンパウロ大学を卒業され歯科医、建築家、小売業の商売とそれぞれ頑張って居られるそうで働く必要はないとの事ですが、元気なうちは現役としてこの仕事を続けて行きたいと意気軒昂ではにかんだような笑顔が印象的な働く事を自分の使命のような律義さを持たれた運転手さんでした。
ブラジルの奇跡と言われた日本からの進出企業が隆盛の頃は、駐在員の奥様方のゴルフに毎日呼び出されPLゴルフ場に一日買い上げで出向き昼飯付きでチップを弾んで貰ったり一時は1000人以上も日本学校に生徒がおりスクールバスに乗り遅れた子供をカンポリンポの日本語学校まで届けたり忙しい時期もあったが最近は駐在員も減り昔のような豪快な遊びをする駐在員夫人も姿を消し寂しい限りだと話して居られました。
時間があればもう少し詳細に付きお聞きしたかったのでですが、次の機会にしました。お元気に働いて居られたら又お世話になり話の続きを聞かせて頂く事もあるのではないかと思っています。
写真はHOSPITALAR展示会場前で撮らせて頂いた一枚です。



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