第29回バーチャル座談会『新春放談、行く年来る年2015/2016』(その6)
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今年のバーチャル座談会は、それほど盛り上がることもなく終了しましたが、しゅくこさんのヨセミテ日記、キリンビール赤字決算、番外の花咲爺の会関係と年末年始の挨拶等、残して置くだけの価値のあるものだったと思います。駒形さんが日経新聞に掲載されたキリンビール関係の記事も収録させて頂きました。
番外に花咲爺の会関係の発言を纏めて残し今回のバーチャル座談会を終了させて頂きます。
写真の投稿もお願いしたのですが、これと云った写真を送って頂けなかったことから勝手ながら和田家の話題の中心的な存在である3人目の孫、洋君と撮った76歳の誕生日の写真を使わせて貰うことにしました。
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駒形: 明けましておめでとうございます。新年が良い年でありますよう、皆様と共にお祈り致します。
さて「新年年賀」と言えば、まずお酒やビールで「カンパイ」となりますが、そのビール畑で年も押しせまった昨年12月21日、衝撃のニュースが飛び出て来ました。
4年ほど前に日本から颯爽と進出し、順調に業績を伸ばしていると思っていたキリンブラジル(前スキンカリオール)が大赤字を出し、そのせいでキリンの本社(HD・日本)までが上場以来の赤字決算となったと言うのです。
ブラジル社の販売などが予想と違って上手くいかずこの結果になったとの説明ですが、その金額が大き過ぎます。1140億円の損失とは、「えっ、マジかよそれ」です。日本と韓国の間で長年もめ、大統領まで巻き込んだ「慰安婦騒動」、これの決着金が10億円だったのですから、キリンブラジルはこの百倍以上の損失を出したことになります。
たった数年でこの〃成果〃では「やっぱりブラジルは難しいね。見かけ男の甘い言葉に乗っちゃいかん。用心、用心!」となりかねません。
なぜブラジルキリンが上手く行かなかったのか? ブラジルのビール業界とはどんなところなのか? 皆様と一緒に確かめてみましょう。
どうしてこんなに大損を
不景気話でウンザリして、その辺のバールで一杯やっている日系人にはこれは格好の話題です。その一部を聞いてみましょう。
Yさん=「思ったように売れなかったと言うが、ビールは日常に飲むものだから、旨ければ売れるはずだ。売り出された当初早速飲んでみたが、旨くはなかった。ブラジルに向く味を研究してなかったのでないか」
Wさん=「僕はビールの味などはあまり分からないから、日本系という事で店に有れば、いつでもキリンを頼む。ところが僕の住む地域の店ではキリンを置いてないんだ。販売力不足でないか」
Qさん=「そうだ、あまり強力な宣伝もしていないから、(まず市場に慣れてから)と云うことで深く静かに潜行しているのかと思っていた。我々日系人は応援しようと思っているのに、日系人に対する宣伝も殆どしてなかったのでないか」
Tさん=「安いビールはメチルアルコールの割合を法定の線以下に抑えるため、ビール原酒に水を加えて調整する。スキンカリオール・キリンのビールを飲んだが、水っぽかった。それでいて、値段は高い。それからもうスキン・キリンを飲むのを止めた」
Iさん=「キリンは進出を決めるのに、きちんと市場調査をやったのか? 『ブラジルは暑いし、人口は多い、ビールは売れるに違いない』と素人的な感覚で来たのでないか。大損失の理由にブラジルが不況でドルが高くなったとかを挙げているが、そんな周辺状況はどの社にとっても同じことだ。同じ状況下で売り上げを伸ばしている会社があるんだ」
という感じで、なる程、厳しい意見が多いが「尤もだ」と思われる指摘も多いですね。
ブラジルはビール先進国
ブラジル人のPAIXAO=(熱愛するもの)を三つ挙げると、(1)フットボール(熱中度77%)、(2)ビール(35%)、(3)カーニバル(30%)なんだそうです。そんなブラジルのビール業界を調べてみると、これまたビックリ、ブラジルの方が日本よりズット進んでいるのです。
まず、ビールの生産量でみると(表1)の通り、ブラジルは日本の3倍くらいを造り、世界でみても、中国、米国に次ぐ、世界第3位のビール大国なのです。
それではとビールを造り始めた年代を調べてみると、ブラジルでは明治以前の1853年にドイツ移民がボヘミア=BOHEMIAビールを造っています。
また、皆様お馴染みのブラマ=BRAHMAは1888年、リオで生産を始めていますが、キリンが日本でビールを造り始めたのが同じ、1888(明治21)年なので、やはりブラジルの方が先輩国となるようです。企業進出は、先進国が技術や資本を持って、これらの不足している発展途上国(例えばブラジル)にするものと思っていた、私達には一寸意外な情景ですね。
日本は少子高齢化のせいで人口も増えない、ビールの消費も伸び悩み(減少)という事情があり、ビール企業が成長を望むならば、海外市場開拓しかないという状況があります。ここで、敢えて先進国ブラジルに殴りこみを掛けたキリンの勇気に拍手を送りたいところです。
競争勝ち抜く王者は誰
私達はビールを飲むときに「ブラマが良い」とか、「スコールが好み」だとかラベルに注意はしますが、それを作っているのは誰か、メーカー迄は中々詮索しません。然し新しく市場に参入したい企業には、そのビールがどんな会社で造られているのか、市場をリードしているのはどこか、などは重要な注意ポイントになります。ここでブラジルのビール界の主なプレーヤー(役者)を御紹介してみましょう。
私達がブラジルでビールを飲み初めた頃、給仕に「セルベージャ」と注文すると「ブラマ OU アンタルチカ?」と聞かれました。それほどこの2社が代表的な銘柄だったのですが、この競合2社がブランドはそのままに1999年、経営統合・合併してAmBevとなり、そのAmBevが今度は本社ヨーロッパのInterbrewと合併して、世界最大のビール会社Inbevとなりました。
2009年にはそのInbevが米国のAnhausen―Bushと一緒になり、AB―Inbevとなっています。時代に沿ってブラジルビール市場も国際化し、企業買収合併(M&A)の時代に入っていると言えます。
これとは別に、有名ブランドでカイザー=Kaiserが有りますが、その経営主はブラジル→米国→メキシコと変わっています。一方、1990年代からは各地方、特にサンタカタリーナ、リオ・グランデ・ド・スールなどでミクロビール(地場ビール)企業の手による生ビール(CHOPP)の製造が盛んになり、それぞれ特色を持って活躍しています。
キリンの前身スキンカリオール社は、地方都市ITUで清涼飲料を販売していましたが、1980年代、ビール業界に参入しました。先進メーカーに追いつくため、質より値段(安値)を重視する大衆向け志向策をとり、安物と見られながら、それなりの顧客層を確保しました。
当時、業界1位はAmBevで、そのブランドは(スコール33%、 ブラマ21%、アンタルチカ14%)合計で市場の70%近くを占めてました。これに次ぐスキンカリオールが11%のシェアーで、会社としては『業界2位』となったのです。
この様に国際化、多様化したビール市場の中で、2011年、キリンがこの『業界2位』スキンを買収、進出したわけです。
キリンは社名もスキンカリオールから「キリンブラジル」に替え、売り上げは今まで同様に伸びると予想し、強気の拡大路線を推進しようとしたのです。ところが、実際は見込み違い、売り上げは減少し、生産量は320万KL(2012年)から、250万KL(2015年)にダウンして居たのです。
ブラジルのビール市場は(スコール、ブラマ、アンタルチカ、ホエミア、オリジナル)の各ブランドを持つAmBevが70%強、寡占の王者です。対するキリンは(スキン、デヴァッサ)の2ブランドでだけで10%程度、他にカイザーとか地場ビールもありますから、この市場争い中々厳しい、ブラジルのビールは〃甘口〃では無かったようです。[表2]
天駆けるキリン
キリン本社(HD)ではこの様な事態に対して「生産を縮小して2019年には黒字化を目指す」としていますが、他方では「ブラジル会社の合併、売却の可能性もなしとは言えない」と声明しています。現今の経済不況の中、会社としても中々苦しいところでしょう。
ところで日系ビール愛好者からは次のような声も上がっていました。
「ブラジルのビール市場はまだまだ有望だ。カーニバルもあるしオリンピックもある。キリンも覚悟を決めて出てきたんだろう、初志を貫いてガンバッテ貰いたい。我々も応援する」
「キリンは営業や宣伝が弱かったのではないか。これからは日系社会にも、もう少し宣伝、営業をして、日系社会経由のブラジル社会への浸透、市場の開発を狙ってはどうか。例えば、日系社会ではブラジル人を巻き込んだ(日本祭り)などが盛大に行われている。この日本祭りにキリンがスポンサーとなって、顧客開発などを図れば良い。どうだ」
キリンビールのラベルには天空を駆けるキリンの絵柄があります。この絵に有る通り、キリンにもブラジルの天に駆け上がる勢いを見せて欲しいですね。
―(感想などをどうぞ=komagata@uol.com.br)
和田: 駒形さん キリンのブラジル進出上手く纏められましたね。分かり易く皆さんの意見も上手く使っての説明上出来です。「慰安婦騒動」、これの決着金が10億円だったのですから、キリンブラジルはこの百倍以上の損失を出したことになります。にはその対比が身近な話題だけに驚きます。有難う御座います。
駒形: 和田さん ビールの話、御採用、掲載頂きまして有り難うございます。
ビールの評判につきましては私がバールへ行って世評を聞いたわけでなく、このW50に乗ったコメントから転用さして頂きました。「俺の言った意見と違うぞ」という方が居られると思いますが、これは「紙面の都合もあり」と言うことで御勘弁願います。
# また、1140億円の損失というのもこの期の営業損失ばかりでなく、「減損評価」〔高く買い過ぎた評価額を現実的な評価額に下げた}もあると思います。これや税金の話などは話を分り易くするため省きました。ご了承願います。
〔読者もW−50諸兄の様に慧眼の方もおられれば、市場経済などに関心の無い方、と色々居られます)いずれにせよ、ご意見、感想などお寄せ頂ければ幸甚です。今後の勉強になります。
〔こんな一銭にもならないことをどうして続けているのか?と自分ながら変な気がする時もあるのですが)どうぞ、よろしく。
丸木で〜す 駒形さんにとっては、日加タイムスに連載された勝ち組負け組より興味ある物語を書けるチャンスと思います。これは三菱グループの見込み違いには異論がありませんが、それよりは日本人経営者をうまく誤魔化したブラジル側の勝利かもしれません。こちらカナダでは、かつて名門商社の安宅産業がレバノン系アメリカ人に騙され、カナダのニューファンドランド州カムバイチャンスで石油発掘事業に投資した例があります。とどのつもり、安宅は潰され伊藤忠に吸収合併されたのです。
駒形: 丸木様 貴重なご意見有り難う御座います。 先日叙情歌・黒木さんと話した際、2月の会では丸木様に30分ー1時間弱くらいお話し頂きたい〔例えばトロントの日系社会の話など) と言っていました。勿論、それと別に美声のご披露も御願いします。
丸木で〜す 黒木さんからのメールにもそんな事が書いてありました。五十嵐さんの日系ブラジル老人クラブ連合会の様な立派な組織を目指し、3年前から「トロント元気かい」が発足してますので、その話と戦後移民の「トロント新移住者協会」が解散させられ、日系文化会館に吸収合併させられた話をします。遂に、カナダでも一世の時代は終焉を告げ、二世三世の時代になりました。更に歌好きな方の為に、トロント紅白歌合戦や僕の所属してる「トロント歌声喫茶の会」、「トロント元気かいカラオケ」、認知症予防の為の「JSSシニアー合唱の集い」も紹介します。(JSSはジャパン ソーシャル サービスでサンパウロの援協ほど規模は大きくないのですが、困ってる日系人支援してます)。
紅白で唄って声が枯れてしまいました、不悪。
賀多井: 和田さん 杉浦さん 他 W50のみなさん
遅れ馳せながら、新年のご挨拶、本年もどうぞよろしくお願い致します。みなさんの元気なお顔を拝見させて貰っています。
新年早々に、杉浦さんはブラジル訪問、楽しい時間を過ごされて、何よりでした。
この前、杉浦さんの後姿の写った写真の一枚に、ちょっと寂し気な様子が見受けられましたが、それ以外は、元気では笑顔が一杯でしたので安堵しました。
岡山の今朝はこの冬一番の冷え込みでした。元気に過ごしております。
和田:年末年始、皆さんにご発言頂いたバーチャル座談会は、一応明日9日で終了させて頂きます。皆さんのご発言をホームページに残して置きたいと思いますが、ポルトアレグレに来られている杉浦和子さんと10日(日)から2泊3日の予定でお隣のサンタカタリーナ州のフロリアノポリス迄車で出掛けることになっており作業が少し遅れると思いますが、出来るだけ早く纏めて残して置きたいと思います。
ご発言頂いた皆さんには感謝します。まだご発言されていない方には明日まで最後のチャンスです。お名前を付けてご発言下さい。宜しくお願いします。
写真は、現在ポルトアレグレ滞在中の杉浦和子さんと風車小屋公園を散歩中に撮らせて頂いたものです。
丸木で〜す 年が明けたのに僕には暗いニュースばっかりです。出身母体の会社が消滅するのは寂し事です。もっとも、同僚も部下も殆どは亡くなって居り、もう居ませんが。
www.nikkei.com/article/DGXLASDZ08I6L_Y6A100C1TJC000/">http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ08I6L_Y6A100C1TJC000/
和田:丸木さん 暗いニュース等吹き飛ばして新しい年を泳ぎ抜いて下さい。出身母体を大事に思うことは、大切でしょうが、自分を育てて貰ったことには感謝するだけで充分だと思います。前にも云ったように私が出た山手小学校、生田中学校は、消滅。ブラジルで初めて働き始めたリオの石川島播磨造船所も消滅、ポルトアレグレ総領事館は、クリチーバ総領事館の出張駐在官事務所に格下げされ私が起こしたさわやか商会も昨年20年周年を迎えましたが、これから先は、私の手を離れて義妹、西村リリア次第。移住して来たブラジルは、経済危機と丸木さん風に考えていると生きて行けそうにありません。時の流れに身を任せ住んでいるブラジル大好き過去にお世話になった学校、仕事場には現在の自分を作り上げる糧となったことに感謝、残りの生かされる人生を楽しんで行きたいと願っています。
皆さんに取り2016年が良き年になりますようにお祈りします。
富田: 和田さん&私たちの50年の皆さん、Texas無宿の富田です。暮から正月にかけて、車でBig Apple・ニューヨーク方面に行っていましたので、恒例のバーチャル座談会にも出席せず、大変失礼いたしました。
今年も相変わらず、バカバカしい小話でお邪魔させて頂きますので、よろしくご贔屓のほどをお願い申し上げます。
San Antonio, TX にて
和田:富田さんには、6000qの旅に出る前に年末の御挨拶を頂いております。無事テキサスに戻られ旅行記等執筆、構想中でしょうから楽しみに待っています。今年も小話を書き続けられるとの事、楽しみにしていますので宜しくお願いします。皆さんの協力のもとにホームページ更新、BLOG更新も毎日続けて行く積りですのでこちらこそ宜しくお願いします。富田さんの書き込みには何時も助けられています。今年も宜しく。。。
丸木で〜す テキサス無宿ですか、羨ましいな。テンガロン ハットをかぶり2丁拳銃で富田さんが現れるシーンを想像して初夢にして置きます。僕達夫婦は来週からブラジル暮らしです。
和田: 丸木さん 愈々来週からペルナンブッコですか。ブラジルの夏は大変ですよ。奥様の故郷、夏は暑い方が良いのですかね。マリアさんには、冬のトロントよりは良いのでしょうね。東北伯にも出掛けて見たいのですが。。。娘たち二人(茜に小百合)がバスでポルトアレグレからレシフェ迄何と丸三日72時間掛けて行ったことがありますが、(水曜日の午後2時に見送り土曜日の朝のフライトで飛んだ私たちを飛行場に出迎えて呉れる予定でしたが途中でパンクしたりシャワの時間が伸びたりで6時間バスが送れ午後の2時に到着)この旅で一番思い出に残っているのがこの長距離バスの旅だったそうです。
年末、年始のバーチャル座談会を盛り上げて呉れて有難う。普段出てこない会話と云うか想い出話等まで飛び出し面白いですね。次回はリオオリンピックを語るを8月前に開きたいと思いますので宜しく。。。
丸木で〜す 放映中の朝ドラ「あさが来た」のヒロインが設立した大同生命、大同海運、大同鋼板等々には色々想い出があります。
大同海運のパーサーをしてた稲見さんがリオ停泊中にとんずらし、コパカバーナで長沢さんの画廊で働いて居られました。その後、日本へ帰られ森下製薬に入社され駐在員としてサンパウロにオフィスをオープンされましたがモリアミンの認可が得られず撤退されました。その間、フクダ心電計を輸入販売され頼まれ協力しました。兵庫県三木市出身の稲見さんは神戸市垂水区で三木貿易を設立され、ドイツ製の往診鞄を輸入され成功されました。息子さんが京大医学部に入学された頃に垂水で会ったことがあります。陸軍士官学校、神戸大学経営学部卒の豪快なおもろいおっさんでした。
大同鋼板社長されてた松木さんは阪神タイガースの監督になられて、球審を大外刈りで投げ飛ばし球界から永久追放されました。その息子と小学校5年と6年で同級でしたが、親とは全く反対のおとなしい金持ちのぼんぼんでした。
もう一つ書き忘れましたが、公認会計士の親父が大同生命の会計監査してました。
富田: 丸木さ〜ん、東京の芝愛宕通りにある、大同生命ビルは第二次大戦中まで、私の生家の「伊勢屋旅館」があったところです。伊勢屋は当時の一流旅館で、祖父は東京旅館組合の組合長でした。男手が兵隊に取られて、営業できなくなって、廃業した、と聞きました。
鴻池ご夫妻がうちを東京の定宿にしていましたから、「朝が来た」の女主人公もうちに泊まったことがあったかもしれません。
議員宿舎のない時代、国会に近い伊勢屋は代議士先生が沢山泊まっていました。私の叔母が葦原邦子さんの大ファンだったので、邦子さんは何故かうちから宝塚劇場に通っていました。伊勢屋が残っていたら、私はメキシコには行けなかったでしょうね。
Texas にて
丸木で〜す 商売人に学問は不要と言われ、商売見習いに鴻池銀行(後の三和銀行)に親父は尋常小学校出でオフィスボーイとして雇われ使い走りの毎日。大学出が昇進して行くのに馬鹿らしくなり奮起して、京都に出て旧制東山中学と東京に出て早稲田に進学したとか。
一流の伊勢屋旅館が続いてたら、富田さんは旅館主としてホテルオークラのようになってたでしょうね。伊勢屋とは由緒ある名称ですね、徳力さんの故郷のお伊勢さんと関係があるのでしょうか
丸木で〜す 新春放談の締めくくりに下記のサイトをどうぞ。
www.nikkei.com/article/DGXLASDZ09H0J_Z00C16A1MM0000/">http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ09H0J_Z00C16A1MM0000/
三菱系のキリンビールがブラジル進出に失敗した話を聞いて一ヶ月そこそこで、今度は住友系のアサヒビールが世界の名門ビール会社を買収したらしいです。このオランダのビールは斉藤さんも我が家で初めて飲まれたのですが、ストラスブルグのフィッシャーと同じく瓶の開け方が独特です。家内は、この瓶を戻さずに手製のサラダドレッシングや他のテンペーラ出汁なんかの保存に利用してます。別便メールでスキャンします。
和田:丸木さん 今年の年末、年始のバーチャル座談会は、キリンビールで始まりアサヒビールで終了、丸木さんの話題提供有難う御座いました。左程盛り上がりませんでしたが、それでもそれなりのヴォリュームにまとまりそうです。出来るだけ早くHPに収録して置きます。一応これでバーチャル座談会は終了させて頂きます。皆さんの参加、協力に感謝します。
これから真田丸を見てからフロリアノポリスに向かいます。500q弱、運転手の恵子は大変だと思いますが、私がハンドルを握ると道路警察につかまったり罰金を食らうので車窓の景色でも見ながらのんびり過ごします。1日2万歩の継続記録が今日は、危ういです。10時に出て明るい内にホテルに入りたいと思っていますが。。。ラゴアダコンセイソンでの海産物の夕食が楽しみです。
五味: 和田好司様へ ご無沙汰しております。私は、先週に70才で任期を終え帰国しましたので、JICAシニアボランティアは、終わりです。ボリビア滞在中及びサンファン移住地では、何かとお世話になりました。
次女の孫2人と遊んでいて、ようやく日本の生活に慣れてきました。
3月下旬頃には、徳島県鴨島の長男の孫達の所へ行く予定です。
和田さんもクライストチャーチの孫の所へ行って、3月に来日するとの事ですが、いつものようにお忙しい訪日で、四国のお遍路は、のんびりと歩けそうもないですか。
もし、ゆっくりと時間がある時には、鴨島の長男は、第7と8番札所の近くに住んでいますが、第1から10番札所は、歩けるところなので、そのうちに、お声をかけて下さい。私は、88カ所全部お参りし、愛媛県に親戚もあるので、馴染みがあります。藍染や祖谷もゆっくり来られると良いですね。
また、元旦早々に、東京新聞都心版に花咲爺の会の記事が堂々と掲載され、購読者として驚きました。編集は都内で感じるブラジルなので、井川会長が主でよかったと思います。1ページの記事とその中に拓大移住研の写真も有りますので添付させて頂きます。
一昨日、早大移住研60周年記念誌が届き、出版祝賀会が3月1日に銀座であるので、その時にお会い出来たらとも思いますが、参加出来ますか。いずれにしても、3月に会えたらいいですね。
和田: 五味さん お久し振りです。昨年7月のボリビア訪問以来ですね。お元気で何よりです。無事任期を終えて帰国ですか。
今年も訪日する積りですが、何時になるかは、決めていません。3月は7日から30日迄サンチアゴ、オークランド経由でクライストチャーチに行く予定で航空切符は購入しました。2月に行けたら3月1日の早稲田移住研の記念誌発行記念集会にクライストチャーチ―成田直行便で東京だけに行くことも考えていましたが、ニュージランド着が3月9日のなるので間に合いません。菅間会長には正式に参加できないことをお知らせして置きます。
訪日の際は、四国に立ち寄ると思うので五味さんに相談してお遍路の真似事は、続ける積りです。
ではまた、連絡し合いましょう。下記BLOGに東京新聞記事と共に掲載して置きました。
http://blogs.yahoo.co.jp/yoshijiwada2/36744614.html
和田: 金沢市の山野之義市長と姉妹都市交流委員会会長の福田太郎市議会議長から年賀状が届いていますので金沢友の会関係欄に掲載して置きます。
現在金沢市の職人大学校で制作中の兼六園のことじ灯篭のレプリカ(複製)が今年の10月末か11月には出来上がるとの事で2017年度の8月の日本祭り前後に贈呈式が行われる予定で山野市長がポルトアレグレに来られる可能性があるとの事で2度目の来ポが期待されます。
綺麗な金沢市の写真と共に掲載して置きます。
和田: 毎年お年玉付きの年賀葉書が越智さんから届きますが、昨年は届かなかったなあと思っていたら1年遅れで今年2016年の年賀はがきと一緒に配達されて来ました。出し忘れていたのか几帳面に昨年2015年の年賀状も届きました。私は一度も返事を出していないのですが、この場を借りてお礼を申し上げます。越智さん思い出して呉れて有難う。
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