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アメリカ便り「サン・アントニオの心からの友人」  富田さんからのお便りです。
和田さん&W50年の皆さん、明けましておめでとうございます。2017年初のアメリカ便り「サン・アントニオの心からの友人」をお届けします。アメリカ人から母のごとく慕われるとともに、「鉄の拳にビロードの手袋をはめる聡明さを併せ持った女性」と評された白根直子さんの銅像の除幕式が当市で行われたのは、昨秋11月でした。日本の皆さんにぜひ「この人を知って欲しい」と思い、このレポートを書きました。下記のブログをお訪ねいただければ、幸いです。 
http://blogs.yahoo.co.jp/stomita2000/27691451.html

富田眞三 Shinzo Tomita
写真は、白根直子の昨年11月に除幕さえた銅像です。


サン・アントニオの心からの友人  白根直子氏の銅像除幕式
サン・アントニオ市(テキサス州)の市立植物園に同市の姉妹都市である、熊本市が造園して寄贈した立派な日本庭園・熊本園がある。昨秋11月28日、その入り口に立つ、白根直子氏の等身大ブロンズ像の除幕式が行われた。
 セレモニーは銅像建設委員会会長のヘンリー・シスネーロス博士の司会によって始まった。式の参列者はアイビー・テイラー・サン・アントニオ市長、テキサス州代表、ベス・コステロ・白根直子財団会長等のテキサス側要人と、この除幕式のためにトヨタ自動車の豊田章一郎名誉会長(91才)が夫人とともに駆けつけたことに日米両国民たちは驚きを隠さなかった。

豊田章一郎夫人の従姉に当たる、白根夫人は黒子に徹してはいたが、局面を左右する、重要なプレイヤーとしてトヨタ・サン・アントニオ工場誘致に貢献したことは、周知の事実である。その他、天野・ヒューストン日本総領事と姉妹都市熊本の澤田市議会議長も参列した。
銅像横の案内板には、銅像の主である白根直子氏(1926〜2013)を追悼して、日英両語で次のように記されている。
「彼女はサン・アントニオと日本の架け橋となってくれた心からの友人でした。
私たちの生活を教育や商業、文化を通してとても豊かにしてくれました。
そして特にこの熊本園という贈り物を通して」

白根夫人像はアメリカの地にアメリカ人の発案と浄財によって、アメリカ人によって建立されたことに意義がある。外国の人々によって建てられた日本人の銅像は、台湾のウサントウ・ダムに立つ、八田與市技師の銅像が良く知られているが、この種の銅像建立は非常に珍しいのである。

白根夫妻とテキサスとの出会い
さて、筆者は白根夫人の没後、前サン・アントニオ市・国際部長のコステロ夫人や日米協会の数人の関係者から、「白根夫人の銅像を建てる計画が進んでいる」と聞かされていたが、正直半信半疑だった。そして彼らは「白根夫人の友人だったことを誇りに思う」と、異句同音に語っていたことが思い出される。文字通り、白根さんは「サン・アントニオとテキサスの真の友人」だった、と言える。
 白根精一、直子夫妻とサン・アントニオ市との出会いは、1983年にさかのぼる。この年、当時サン・アントニオ市長だった、ヘンリー・シスネーロスはアップ・ウイズ・ピープル運動を支援する友人から、訪米中の白根夫妻を紹介された。シスネーロスは、1981から8年間サン・アントニオ市長を務め、アメリカ全土で最も有能、かつ最も若い市長として教科書に載ったような人物で、ハーバート大を卒業後、ジョージ・ワシントン大学院で行政学博士号を得た後、ホワイトハウスのフェローとして勤務した経験を持っている。その後第一次クリントン政権の連邦住宅・都市開発省大臣を勤めた。
 一方、白根精一は山口県の男爵家に生まれ、父は貴族院議員だった。妻の直子は三井総領家(北家)の三男高雄の次女として生まれ、母親の英子は住友家の出身だった。当時二人は、日本アップ・ウイズ・ピープル運動の理事を勤めるかたわら、直子は父高雄が設立した、啓明学園(拝島市)にも関与していた。なお、両氏はともに幼少期を英国で過ごしたが、直子の父親はオックスフォード大学に妻と子供を連れて留学していた。
この初会合で白根夫人は「日米間の文化、経済交流を盛んにしたい」という希望を述べた、とシスネーロスは白根像の除幕式で回想していた。そして白根夫妻は1985年1月、大サン・アントニオ‐オースティン回廊地帯評議会の会員になったことで、テキサスとの縁が始まった。その後、両氏はサン・アントニオ市国際部、経済開発部から日本に関する助言を求められるようになると、白根夫妻の「不可能なことを成し遂げる、外交手腕と知名度」にほれ込んだ、市長からテキサス州とサン・アントニオ市の東京事務所への協力を要請され、同年、両氏は正式に「サン・アントニオ市貿易・外国投資東京事務所上級代表」、及び「テキサス州顧問」に就任して東京に常駐したが、年間3ヶ月はサン・アントニオ市役所に出勤した。

熊本市と姉妹都市に
 彼女の大きな初仕事は、1987年12月に調印された、サン・アントニオ市と熊本市の姉妹都市提携だった。これは「地下水の豊富なこと、緑が多いこと」が両市の共通点であるとして、白根夫人が熊本市を相手先として推薦したのである。ところで面白いエピソードがある。
同年、熊本市を訪れた、シスネーロス市長への返礼として、サン・アントニオ市を訪れた、田尻熊本市長は、同市の日本庭園に案内された際、「これはテキサス庭園かメキシコ庭園で、日本庭園ではないですよ」と正直すぎる感想を述べた。すると、すかさず白根夫人が「市長さん、姉妹都市提携記念に熊本市が本格的庭園を造ってあげたらどうでしょう」と提案したところ、田尻市長も乗り気になり、熊本の造園家が日本の庭園材料を使って造園、二年後に開園する運びとなり、熊本園と命名された。
なお1990年、夫の白根精一氏が70才で死去した後も同夫人は東京事務所での執務を続けた。
 白根夫人は在任中、サン・アントニオのトヨタ工場及び20数社の同工場協力会社の誘致以外にもSONY,マイコム、コリン医療機器等の同市への誘致実現にも関与した。トヨタは90年代末から米国におけるピックアップ・トラックの生産拠点を探していた。北米トヨタの製造部門は、同社の協力会社が多い、アラバマ、テネシー、ミシシッピ州を希望していた。一方、販売部門は米国の国民車といわれる、ピックアップ・トラックの売り上げ20%を占める、テキサスへの進出を希望していた。ところがトヨタ側はテキサスはトヨタ誘致に乗り気ではないとみて、候補地からはずそうとしていた。そんなときトヨタ上層部に、「それは誤解だ」との説明を行い、同時にテキサス側に「日本企業との付き合い方」をコーチしたのが白根夫人だった。

白根直子財団の設立
 さて、銅像除幕式前に、日米両国間の若者たちの教育、文化交流を目指す、「Naoko Mitsui Shirane 財団(シスネーロ総裁、コステロ会長)」設立の報告が行われた。また、 サン・アントニオ市の姉妹都市・熊本市への「熊本地震被災者への義援金伝達式」も執り行われた。日本レストラン・チェインのSushi Zushi, TOYOTAを初めとする26社、団体からの義援金155,000ドルの小切手がテイラー・サン・アントニオ市長とアルビン・ワラス・サン・アントニオ日米協会会長から、熊本市議会澤田議長へ手渡された。
銅像の除幕式はテイラー・市長と白根夫人の親族を代表して豊田章一郎トヨタ自動車名誉会長夫妻の三人によって執り行われた。
最後にこの式典に参集した、数百人の日米両国民を前に、名演説家のシスネーロ博士を初めとする、諸氏の祝辞から伝わってくる、白根夫人の人となりをご紹介したい。

ヘンリー・シスネーロス:サン・アントニオへの白根夫人のご指導と変わらぬご支援なしにトヨタ工場のサン・アントニオ誘致はありえなかった、と私は断言できます。
            トヨタ・サン・アントニオ工場と協力会社は17,411の雇用を創出し、年間30万台のピックアップ・トラック、タンドラとタコマを生産しています。

豊田章一郎:我々の親族である白根直子は、サン・アントニオの皆さんのご親切と暖かい友情に感謝していることでしょう。皆さんは白根の真の家族でした。

ジュ―ン・メイコン:白根夫人は交渉相手に「Noと言わせない」力を持っていました。そして、彼女は「鉄の拳」に柔らかいビロードの手袋をはめる聡明さを合わせ持った女性であり、男性中心の日本で男性に伍して活躍した、見事な実例でもありました。(元サン・アントニオ市顧問弁護士)

サン・アントニオと日本の架け橋だった、心からの友人・白根直子(1926~2013)の功績を讃えてサン・アントニオ市は2010年、彼女の誕生日である11月14日を「Naoko MitsuiShirane の日」に制定した。三井総領家のお嬢様として生を受けたNaokoは、ノーブレス・オブリージュ精神を身をもって実践して、彼女を慕うテキサス人に惜しまれつつ3年前87才でその生涯を閉じた。
(終わり)
(注)この稿を書くにあたり、San Antonio Express News紙とja.wikipedia.org/を参考にしました。



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