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第32回バーチャル座談会 『ビックリ仰天 臭い話』(その1)
古谷さんがしゅくこさんとの対話?の形で連載で書かれている青春日記の第22話 『ビックリ仰天』がびっくりするほどヒットして沢山の方から自由奔放に話が弾み賑わいましたのでバーチャル座談会第32回としてホームページに残して置くことにしました。
今回はその1として皆さんから寄せられた臭い話、経験談、珍談コメント等を纏めました。杉井さんの話からアンゴラが飛び出し駒形、和田の丸紅組の丸紅ブラジル会社の話に脱線してしまいましたが、字数の都合でそこでその1を終了しその2に繋がります。
写真は、しゅくこさんが送って呉れている≪京都北野天満宮の雪隠≫を使わせて貰いました。


しゅくこさ〜ん 古谷です 青春日記 第22話 ビックリ仰天
今日は、一寸シモネタの話です。目を閉じずに読んで下さい。
1)1979年02月のイラン革命の半年後に、イランに出張しました。投宿したテヘラン・シエラトン・ホテルは、中がボロボロで荒れ放題。床のカーペットは剥がれ、風呂の湯が出ないのみならず、食堂のメニューも品不足。「Not available」の連発。「何が食えるか先に言え!」と給仕に怒鳴る始末。町中、品不足を感じさせる陰鬱な雰囲気でした。
駐在員と道を歩いていた時、空き地で男がしゃがんで用を足しているのを見て、「あー汚なー、あんなとこでウンチしている」。駐在員は笑って「フルタニさん、あれはおしっこです」「エーツ、だけどしゃがんでいるじゃないか?」偶々、その男はヒジャブ(民族衣装)を着ており、立った儘用を足す訳には行かなかったので、しゃがんで用を足し
たまでの事。「あー、ビックリした!」所変われば、行い変わる。
2)終戦直後、母親にくっ付いて、播但線の農村地帯にヤミ米を買いに行った時の事。畑の片隅で、老婆がワンピースの裾を上げ、立った儘、おしっこしたのには、ビックリ。障害物が無く、ストレート。勢いが良く、滝の様に音も大きかった。見慣れぬ光景を見て、終わるまで、立ち尽くしていました。
男もすなる「立ちXX」と言ふものを、女もしてみむとてするものなり(土佐日記)。
3)中国のド田舎に出張した時の事。便意を催したので、案内人に連れて行かれたのは、破天荒な公衆便所。08X05米大の丈夫な板張りの床に楕円形の穴が四列X五個掘ってあるだけのトイレ。X隠しも何も無いズンベラボー。屋根があるだけで扉も壁も無い大空間。手洗いの水も無ければ、紙も無い。ラッシュ時は、結構満席になるとか。場合に寄っては、と女が差し向かいで用を足し乍ら、「オメーとこの嫁の臨月はいつか?」「今年のXXの作柄はどうか?」と真面目に話あっているとか。私が出向いた時は、誰も居なかったが、トイレの在り様を見て、便意が途端に収束。案内人に「お陰様で、用が足せました」。 
暴言多罪

古谷さ〜ん  しゅくこです
22話 「ビックリ仰天、 トイレ事情」
この話で思い出しました。20年くらい前に韓国の済州島から学生をホームステイさせました。
そのときその青年の話で特に日本で印象に残ったこと。それはトイレがきれいだということ。
トイレの在り方でその国の文明度が分かるといってました。
ところで古谷さんのイランでのヒジャブ姿の男性。
女性はすぐ目に浮かぶのですが、想像を凝らしても男性がそれを着て用を足す姿はピンときませんでした。説明をもう少し。
それと終戦後の播但線のド田舎で、ワンピース姿で用を足す老婆の姿も?
その時代の畑の老婆ならモンペを想像しますが。
中国での公衆便所体験。いまでもそんな風なのでしょうか。 手洗いは我慢できても
紙がないとどうなるんでしょうね。キタナイ な〜!
わたしが毎朝散歩する公園にはかならずトイレがあり(和風と椅子の両方)
トイレを毎朝掃除しに来る係がいますので綺麗です。
韓国青年が言ったように、その点では文明国といえるかもしれませんね。
先日、泉州のある地方都市の駅のトイレに入りました。ビックリ仰天、
清潔だったのはいうまでもないのですが、荷物入れの綺麗なカゴまで置いてあったのです。荷物を置く小さなスペースやドアのフックはどこにでもあるのですが、こんなちょっとした一工夫。はじめてみました。
用をたしてから写真をパチリ。 手を洗ったすぐそばにhand dryerのあるのも機能的。
どんどんトイレ事情は進化しています。自動開閉式水洗トイレはそこまでしなくてもと
思いますが。
そういえば、「トイレをきれいに」、とか「汚さないように」などの禁止句はいつのまにか姿を消し、「いつもきれいに使っていただきありがとうございます」とどこもかも同じセリフに変わりました。 妄言多謝

しゅくこさ〜ん 古谷です
「青春日記」 第22話は、ひょっとしてシュクコさんが顔を背けるのでは
ないかと思われるお下劣なハナシを纏めたものです。
ご質問にお答えします。
1)イランのピジャブ姿の男性
  ピジャブとは、昔日本の女性が夏に来ていたアッパッパーに似たワン
  ピースです。恐らく男は、ピジャブの中は、スットントンの筈です。
  立った儘、用を足すと下半身が丸見え。それがいやさで、しゃがんだ
  ものです。
2)田舎のおばーさんが着ていたもの
  畑仕事をする年齢より、もっと老けていました。着脱の楽なアッパッ
  パーでした。モンペ姿では、畑で用は足せません。
3)中国のど田舎の公衆便所
  これは40-45年くらい昔の農村のハナシです。今の姿は想像がつきま
  せん。
何れにせよ、丁寧に読んで戴いて有難う御座いました。書き甲斐がありま
した。そのうちに、似たようなハナシを思い出したら・・・・・・。

丸木で〜す ズバリ、古谷さんは期待通り。いつぞやの論争グセとは同じ人とは思えないぐらい愉快なカキコに喝采。
珍宝入れたる宝船、小出しに出せば尽きる事なし!
下ネタともなれば、一躍俄然、黙っておれないバカボンにも一言。
韓国の水洗便所は戦前の日本の水洗便所と同じ匂いがします。
設備が悪く、掃除がおざなりで民度の低さが歴然としてます。
中国では今でもあるかどうか判りませんが、公衆便所はまるで公衆浴場並で囲いがなく用便中の人が全部見通せ、世間話しながら楽しんでる雰囲気でした。
紅衛兵時代でしたから、当時はホテルの部屋には鍵もなく、ドアが開けっぱなしで各階の服務処で管理してました。自称、泥棒のいない国。
インドの街を歩くと、アルジェリアのカスバやリオデジャネイロのファベラと似たような悪臭が漂ってます。野糞の習慣の印度人もカナダではさすがに自粛してるようですが、アラブ系とインド系に言わせれば、トイレットペーパーを使う人種は文明人ではないそうで、あの連中は紙で吹くのでなく水で洗います。
ついでに、キューバのハバナの美術館のトイレ、用便後にトイレットペーパーがないのに気がついたら、ドアの下から女の手がにゅ〜と金をよこせと言ってるのです。小銭を何ペソか渡すと、新宿で若い女の子が配ってるようなティッシュペーパーをくれました。
ポルトガルのセーラ ダ エストレーラ(星降る山脈)で車を止めて妙齢の女性が下半身丸出しで腰を折り用足ししてるのをヘッドライトでまともに見た時の驚き、皆さんならどうされますか?目を避けますか?

石田:古谷さ〜ん、 大変化、嬉しいです。楽しく読ませて、頂いてます。本当に、同一人物ですか?
人の何倍も経験を積んだ、商社マンの、生き様、引き続き、披露して下さい。
勉強に、なります。感謝。

しゅくこです アハハがとまらない !
一粒で二度も三度もおいしい言葉の魔術師、丸木先輩にも喝采!
ちなみにわたしはどこにいっても、かならず入ってみる「トイレ・オタク」です。
サンフランシスコで観光バスに乗る前に入ったトイレは、公園でクモがぶらさがっているのよりもこわかったです。
バス会社の切符売り場で数字の書いた暗号札をもらい、観光客でにぎわう明るい表通りに出て、言われた古いビルを探し当て、人っこひとりいない、陰気で狭い鉄筋コンクリートの階段を降りて地下へ。その暗号をまわして重い鉄のドアを開ける。物陰から巨漢の男 (あるいは女かも)がとつぜん現れても、逃げる場所などない。
首根っこをひとひねりで殺されても誰も気づかないだろう、と一瞬よぎるような。
自由の国、アメリカの公衆トイレは、自分の身は自分で守れ、と冷然と言い渡されたような死を覚悟のトイレでした。たかがトイレ、されどトイレ
写真は京都北野天満宮の雪隠です。

アマゾン昭子:しゅくこさん トイレの話ですが 昨年NHKラジオの松田彩子さんがトメアスー、ベレンを訪れた際 駅のトイレは有料でした。私たち高齢者は特別待遇で無料なので気が付きませんでしたが 有料でなければ掃除をする人がいないのでご存じのようにきたないトイレなので入る気がしません、何が気に入らないと言ってトイレが有料ということが許せないと松田さんは言っておられた。 何故か公衆施設はトイレが有料なのである。トイレマナーのない大勢の人が利用し汚し 備品がなくなるからである。だからそこを管理する人がいて料金を徴収することで働きびとの確保とマナーを守れる人の選択がなされているのだと私は思っている。
ブラジルの高齢者待遇には感謝している。特にパラー州は不便なせいか市内バスは60歳で無料 長距離バスも1台に5-7人の割で無料 老人はそんなに旅行しないので 私はいつも無料を利用している。5時間もバスに乗っていると途中でトイレに行きたくなる。ある区間はトイレが全然なく早朝だと民家に駆け込むこともできない。あるとき薬を飲んだら利尿作用があったらしく暗い中どうしてもトイレが必要になり どこでも止まってくれる田舎バスだから其れができるのでしょうが運転手に話したら 道路わきの家からもバスからも 見えにくい塀のある所を選んで止めてくれたが扨 どうしよう。 開いた扉の陰に隠れて用を足したが お話のようにヘッドライトに後ろから照らされはしないかと気が気ではなかったが難なく過ごせて感謝したことでした。
パラー州にはメトロはないがサンパウロの電車、汽車は全線高齢者は無料。ブラジルは出歩きたい私には良い処です。トイレも高齢者なら無料ですし。。

昭子さ〜ん しゅくこです バスを停めてもらっての、暗闇の中のトイレのおはなし、笑ってしまいました。
丸木さんのお話に乗って書かれたあきこさんの体験談、ヘッドライトをきにしながらさぞ落ち着かなかったことでしょう。
わたしにはその経験はないのですが、三田に越してくる前に、下見に来た造成地にはトイレもなにもなく、人のいないのを幸いに溝に用を足しました。
後にも先にも、あんなスピードで用を足した経験ははじめてです。
私が日本で車の免許を取ってすぐ、無謀にも三田から大阪まで運転していったのはいいのですが、市内に入ってから急にトイレにいきたくなり、ビル群の中でのトイレを探す術もなく、そのまま三田まで半泣きになりながら、おりかえし引き返したことがありました。
それにしても、バス料金が65才以上は無料なんですか?
福祉はその点、日本より進んでいていいですね。日本は交通費がめちゃくちゃ高いです。三田市は援助をしてくれますが、隣りの神戸の方がまだいいので、高齢者はよく引っ越ししていきます。
写真は30年前、造成地だった。左のコンドは秘密の犯行現場跡

丸木で〜す しゅくこさん 奇遇ですね、僕もトイレオタクでトイレで 勉強してます。 5月にニューヨーク州トナワンダのトイレ でこんな壁掛けを見ました。
僕の母校の高校を舞台にした映画「トイレ の神様」をご覧になりましたか?
たしか、主演女優は貴女と同じ帰国子女。
ことのついでにウンチクを傾けます。
ロチェスターのボシュロム本社勤務の頃に、会社の近くの鉄板焼きレストラン「アリガトウ」のトイレで僕が機関銃を撃ってましたら、隣で用便中の男がSpeak to me?と喋ったので、思わず僕が吹き出しました。
僕が大きばりでの用便中を彼に話しかけてるとのユーモアでしたので、手を洗いながらお互い笑いが止まらないぐらい可笑しかったです。言語の妙味、それ以来アメリカ勤務が楽しく順風漫歩になりました。

しゅくこ:丸木さ〜ん  & みなさまへ    
「トイレの神 様」の歌がいっときはやっていたことがありまし たね。
映画になった とはしりませんでした。
それにしても 欧米人はこんなフレーズをインテリアとして飾る ことが多いですね。
丸木さんが  NY州のトイレで遭遇した下の壁掛けのことです が、これはわりと よく出回っているフレーズらしいです。
ホテル、レス トランなどで、「楽しい時間をお過ごしくださ い」みたいな。
でも、トイレ に飾ってあったのでしょう?
もしかしてひ とひねりしたフレーズかと勘繰ってみました。
sit long 大きい方はゆっくりと
talk much 小さいほうはたっぷりと
laugh often ガスも、しっかりぬきましょう
ちょっと遊び 過ぎかな? おあとがよろしいようで

丸木でーす 冨田さん顔負けのエロチックに満ちたコメントですね。さすがは帰国子女!すべてお見通しで。
日本のトイレも、冨田流にモンロー印でリラックスできるようなフレーズを飾るべきですよね。
トイレの神様の主演女優、たしか今はニューオルリーンズで暮らしてるとか。
あそこには欲望という名の電車があり、僕のような欲望に満ちたバカボンには理想的な夢の街です。
ことのついでにウンチクを傾けます。
ロチェスターのボシュロム本社勤務の頃に、会社の近くの鉄板焼きレストラン「アリガトウ」のトイレで僕が機関銃を撃ってましたら、隣で用便中の男がSpeak to me?と喋ったので、思わず僕が吹き出しました。
僕が大きばりでの用便中を彼に話しかけてるとのユーモアでしたので、手を洗いながらお互い笑いが止まらないぐらい可笑しかったです。言語の妙味、それ以来アメリカ勤務が楽しく順風漫歩になりました。

丸木さ〜ん & みなさまへ しゅくこです これはいいはなし! わたしのクサイ・ダジャレをみごと、粋なエピソードでしめてくださいました。
井川さんに取られないように、わたしが先に予約してなにかに使わせていただきたい。おみごとでした。 Cheers

杉井:しゅくこさん トイレ談義で盛り上がっている様なので私も少々体験談を。
山仲間の言葉では自然の中で用を足すことを男性は「キジ(雉)打ち」と言い、女性は「お花摘み」と言いますが、昨夏南アルプスの聖岳に登った時に登山道の傍らの岩の上にリュックが置いてあるので何だろうと周りを見渡したらハイマツの側で女性が向こう向きにしゃがんでお尻が丸見えでびっくりしました。
女性の立ちションは日本の田舎の家では普通ではなかったでしょうか。
主屋には男性用の便器しか無く、外のトイレに行くのが面倒な時に老齢の女性はスカートをまくり上げて立ったまま用を足していました。
沖縄に合宿に行った時、地方の民家のトイレを借りましたが垂れ流し式なので下を見たら豚が群がっていて排出物を食べていました。この豚肉を美味しいと言って食べていたのかとあんぐりしました。
ニューヨークに出張時、パンナメビル(現メットライフビル)の事務所でトイレに行くには鍵が無いと入れないと言われて鍵を持って行ったのですが、トイレは事務所の外の通路の非常口の頑丈なドアを開けた外にあり、鍵でトイレに入って出て来たら非常口のドアが外側から開かずにパニクってしまいました。結局階段を5階程降りたら開いてる非常口があったのでそこから入って戻りましたが、たかがトイレでも安全管理が徹底しているものだと感心しました。
アフリカのアンゴラ出張時、80年代の内戦時期で地方都市の一流ホテルとは言え物不足でレストランは閉鎖。持参した携帯燃料と鍋で湯を沸かしインスタントラーメンを食べていましたが、困ったのはトイレでした。
便器やビデ、バスタブは設置されているものの水は出ても湯は出ず、便器は山盛りで流れず、小は足しても大は出来ずに結局我慢せざるを得ませんでした。
中国駐在時は地方の工場へ良く出かけましたが、工場のトイレは個別ドアも無く仕切りも無く床に長い溝があるだけで、溝をまたいで用を足す様式で、小も大も兼用でした。道路沿いの公衆トイレはもっとすごい状態で、道端で立ちションの方がましでしたが、どんな場所でも必ずどこかから人が見ていました。今では大量の農薬を使って問題になっている農場ですが、当時は人糞のみが肥料で、中華人糞共和国だなどと比喩してました。
ペルーのクスコでインディオの女性たちが道端にしゃがんで用を足していましたが、あの大きなスカートはカムフラージュ用でもあるのですね。

杉井さ〜ん & みなさま しゅくこです
トイレの話はあまりおおぴらにはできない分、蓋をあければ面白い話がポンポン飛び出してきますね。
この50年には杉井さんはじめ、世界を股にお仕事をしてきた方が多く、珍エピソードで、おおいに笑わせていただいてます。
女性の自然の中での用足しが「お花摘み」とはなんと可愛い表現なんでしょう。はじめて聞きました
女性の立ちションの話もはじめてです。そんなことできるんですか?
お花摘みより、よけい衣服が汚れる気がしますけど。
NYではやはり怖い思いをされたんですね。
わたしの体験した、SFよりもっと大都会のホラー映画の舞台にでてきそうな・・・・。
世界の「トイレ事情」まだまだありそうですね。
写真は宝塚に近い蓬莱峡。松本清張さんの小説の舞台にもなったとか。登られことありますか?

石田:杉井様、しゅくこ様、貴方達の話、薀蓄「うんちく」があり、ウィットに富み、薫り高くて良いです。いつも、楽しませて頂いております。ありがとうございます。
w50メンバーの貴族です。いつかは、私も、皆様の様に、なりたいです。
年末:12月17-25日、訪日します。経営の勉強会と、人間ドッグ。東京のみ、滞在します。

駒形:杉井さんはAngolaにも行かれていたのですか? (誰もが行くところでもないのに大したものですね?)アンゴラの内戦時代というと、ポルトガルを追放して地元政権が成立する前でしょうか?
 私が訪問したのは地元サントス政権成立後でしたが、街は荒れていて物不足、ブラジルも革命が起きたらこのアンゴラの様になるのか?と強い印象を受けたのを覚えています。 主要企業は全て公社で若い黒人が取り仕切っていました。  アンゴラは 石油とかダイアモンドとか資源は豊富のようですが、その後良くなったのでしょうか?

杉井:駒形さん ご無沙汰してますがお元気なご様子をメールで拝見しています。私がアンゴラを訪問したのはブラジル駐在から帰国後暫く経った1982年でした。
大阪本社ビル建替えに使用する黒い花崗岩原石の契約と検品の為でしたが、
ポルトガルから独立して内戦状態が続いておりDos Santos共産主義政権支援にロシアやキューバ兵が多勢駐在していて不気味でした。駐在員事務所も無く、首都Luandaの一流ホテルでも食事は毎食Arroz com peixeかPeixe com arrozといった同じメニューしか無いので、代理店のポルトガル人の家に宿泊させて貰っていました。この代理店は植民地時代の広い農園の所有を認められていて、ポルトガルーアンゴラ間を頻繁に往復していたので食料品、ワイン、日用品などはポルトガルから手荷物で運び込んでいました。テレビもカラー放送は無くて大統領の演説以外は殆どブラジルの番組をそのまま白黒画面で流していました。
現在のアンゴラは内戦も収まり、サブサハラブームとかで脚光を浴びており丸紅もルアンダ出張所を開設して駐在員も数名出しています。繊維プラント事業が先行している他に農業開発、水産プロジェクト、産業多角化などを手掛けている様です。

駒形:杉井さん ご説明有難う御座います。私も色々思い出もありますが、今回は取り合えず、御礼、お返事だけさして頂きます。THANKS.

和田:杉井さん 駒形さん 内緒話に近い丸紅ブラジル会社の昔話が弾んでいますが、アンゴラで思い出すのが駒形さんがアンゴラまで出かけて見て来た結果ブラジル会社からのアンゴラを商権に繰り込むのは無理との結果、結論でお鉢が私の所に廻って来て和田アンゴラに行くか?と当時の社長に聞かれ一人では行く気がしないので恵子に聞いて見たらアンゴラには石油も出て大学もあるのなら仕事は見付かるだろうから大学を退職して一緒に行くとの返事だったのでいざ転住と慌てましたが、結局駒形さんの意見が通りブラジル会社からのアンゴラ管理の線は、立ち消え従来通りポルトガルのリスボンの領域に留まった経緯があります。その後もブラジル会社内で政治的な情報収集の為にブラジリアに事務所、第2鉄鋼計画で駒形さんが居られたベロオリゾンテの事務所再開発計画、果ては北進論を唱えるリオの副社長の意向でアマゾンアルミ、イタキの港開発、鉄道敷設計画等をFLWするためマラ二オン州の州都サンルイスに事務所を開設計画が持ち上がり会議の席上で和田行くか?と聞かれた時にこれまで散々打診、意向確認等があったが実現しておらず、社内決定をして辞令の形で頂いたら行くか退職するか決めるので先ず辞令が出せる状況を作り辞令を突き付けて欲しい。計画段階での話には答えられないと返事したのを思い出しました。結局は、55歳まで21年間丸紅ブラジル会社ポルトアレグレ出張所長としてお世話になりファミリー会社さわやか商会を起こし21年が過ぎました。お父さんの遊び場所としてのさわやか商会は、義妹に任せ会長として毎日一度は事務所(お父さんの遊び場)に通っていますが、実務は、社長にまかせています。さわやか商会が存続する限り生涯現役で役員手当が支給されることになっておりさわやか商会が潰れないように側面支援をすることになっています。ホームページ、BLOG、メーリングリストの管理運営で結構、忙しくしており毎日せっせと歩いています。

駒形:和田さん 色々の新しい土地にOFCを開設し市場開発の打診があったのは和田さんの能力を買われたからだと大いにAPPRECIATEすればよいですね。
その後さわやか商会に移り好きな仕事をし、好きな趣味を楽しみ、大変結構な人生じゃないですか。
CONGRATULATIONS ! 
山下さん 昨日会議所の部会長シンポ<200社ほど出席)に行きましたら山下さんの「世界10位以内のBRASIL」がありました。−無料配布ー結構ですね。

和田:駒形さん 駒形さんが断ったアンゴラのルアンダやら駒形さんが若い頃に丸紅のワンマン オフイスを構えて居られたベロオリゾンテ、果てはブラジリアかサンルイス マラ二オンに転住していたら私の人生はどうなっていたでしょうかね?想像すると面白くもあり恐ろしくもなります。ポルトアレグレに四九年住み着いたのが良かったと思いますが、何処に住んでも精一杯頑張る方ですから≪我が人生に悔いはなし!≫と胸を張れる生活をしていたでしょう。何処かに転住し変わった人生も面白かったかも知れませんが、生涯現役(一日一度は事務所に顔を出すだけで役員手当が出る)、お父さんの遊び場を持ってせっせと歩いて回る現在の生活はなかったと思うのでこれで良かったと満足して居ます。臭いトイレの話の特集がそれてしまい申し訳ありません。元に戻します。

駒形:和田さんなら、世界どこでも全力投球で『功なり、名遂げて」いたのでないでしょうか? 結果から見ていうのはどうかと思うが和田さんにはP.ALEGREは良い選択だったと思いますよ。適当な大きさがあり、文化的環境もある、それになりよりも恵子奥様に巡り会えた、これが最大の収穫じゃないですか? 立派なお嬢様、そのまたご子息様を得、人生の楽しさ満喫の和田さん、ワンダフルワダ。




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